実家に帰る、騙し騙される 後編

 マグロをたらふく食べた小豆は、シルクの隣でお腹を向けて寝ている。寝顔がどことなく笑っていて、幸せそうだ。


「流石にこの量は食べきれないな」


「多く頼みすぎちゃったものね。でも思ったより減ってよかったわ。このくらいならお父さんと一緒に食べられるし」


 小豆のお腹がぽっこりしているが、四人もお腹がぽっこりしている。


 手土産としてもってきたプリンが食べられないくらい、みな満腹で苦しがっている。


 五時間放送されるテレビ番組も中盤にさしかかり、今は早押しクイズをしていた。


『問題です! 日本で一番人口が多い県は何県でしょう!』


「東京でしょ?」


 翔太の母が東京だと答える。翔太の父も「東京だろうな」と言い、シルクはわからないので適当に「だと思います」と言う。


 だが一人。

 翔太だけは引っ掛け問題だと気付いだようで、ニヤッと笑う。


『早かったのは○○チーム! 答えをどうぞ!』


『東京!』


『残念、不正解です!』


「えぇ? 違うの?」


 翔太の母は違うのかと驚き、翔太の父は「あーそういうことか」と気付く。

 答えた芸人は驚き、ほかの芸能人も引っ掛け問題だと気付き始める。


 また早押しが始まり、早押しに勝ったのは有名女優。


『では○○チーム、どうぞ!』


『神奈川県!』「神奈川県だ」「神奈川県だな」


『正解! 問題は「」だったので、答えは神奈川県。東京は東京「」ですからね!』


「翔太も父さんも凄い! 母さん全くわからなかったわ」


「私もわからなかったです」


 翔太はもう教師ではないが、勉強しただけあって頭はいい。


 数時間前とは違って番組を見る余裕も出て会話も弾む。


 相変わらずシルクの演技は上手で外面を作るのがうまい。

 対して翔太はくつろぎ始めて気が緩み始めていた。


「シルクはクイズ苦手だもんな」


「シルク?」


「あ、つい癖で言ってしまった⋯⋯」


 シルクと言ってしまった。が、こうなった場合の対処法は考えてある。


「私の名前がきぬなので、シルクってあだ名で呼ばれてるんです」


「きぬって呼ぶよりシルクって呼んだ方が特別感あるだろ? きぬって名前は他にいるかもしれないけど、シルクって名前の人はいないから」


「あらそうだったの! 最初からあだ名で呼んでてもよかったのに」


 特別感あるだろと翔太が言ったときに翔太の母は微笑み、シルクは照れる演技をする。

 無事回避。特に怪しまれていないようだ。


「特別なあだ名は自分だけ言いたいってか? 案外独占欲強いんだな」


「いやそんなこと言ってないから! まぁそんな感じだけど!」


「ふふっ」


「母さんも笑わないで! あぁもう! 言わないように意識してたのに! もうここまで来たらいつも通りシルクって呼ぶからな。ただし母さんたちはシルクって呼ばないでくれよ?」


「「はいはい」」


 それから食べることをやめて、テレビを見ながら話をした。


 話した内容は付き合ってから同棲するまでの話や、同棲してからの生活など。

 どれも作り話で嘘だらけなのだが、シルクの演技力で本当だと思い込ませる。


 嘘の話を楽しそうに嬉しそうに聞いてくれる翔太の両親。

 その二人を見て、心が傷まないと言えば嘘になる。


 でも、嘘の話でも、両親が喜んで楽しんでくれるのは嬉しかった。


「シルクが料理してくれることが多いんだけど、めっちゃ完璧なんだよ。びっくりしたのが冷蔵庫の収納術! 久しぶりに冷蔵庫開けたらめちゃめちゃ片付いててさ。どこになにがあるのか、すぐわかるようになってたんだ」


 この話は本当だ。

 翔太が素直に驚いたことを喋っている。


「最近テレビでもよくやってるよね、冷蔵庫の収納術。でも実際にやろうとは思えないんだよなぁ。母さんやる?」


 翔太の両親は料理を交代で作っている。

 どちらかがやろうといえばやるだろうが、どちらもやりたくないといえばやることはないだろう。


「んー、便利なんだろうなとは思うんだけどね。収納ボックスとか買わなきゃだから、めんどくさいなぁって思ってやらないかな」


 流石にお菓子の空き箱じゃあ綺麗にできないでしょ? と翔太の母が言う。

 確かにお菓子の箱ではよれよれになって収納できないだろう。


「凝り始めたら止まらなくなっちゃって、つい⋯⋯使いやすくなったし見た目も綺麗だし、結構気に入ってます」


 シルクは喋りながら事前に撮った冷蔵庫の中の写真を見せる。


 白い箱で統一された、無駄がない収納術。

 使いやすいようにラベリングしてあり、冷蔵庫が大きく見える。


「芸能人の冷蔵庫みたい! きぬさんすごいわね、女子力ってやつ?」


「母さん、無駄に若者言葉使わなくたっていいんだぞ⋯⋯」


「確かに綺麗に収納されてるな。モデルハウスの冷蔵庫ってこんな感じになってそう」


「モデルハウスの冷蔵庫はなんも入ってないと思うけどな」


 両親の発言に翔太はツッコミを入れる。最近シルクにツッコミを入れるのが癖になっているのでつい突っ込んでしまうようだ。


 時間が過ぎ、深い夢の中から小豆が覚め始める。

 テレビの特番もあと一時間になった。


 お腹も落ち着いてきたので、翔太がもってきたプリンを食べる。


 程よい甘みの舌触りなめらかでまろやかなプリンに、トロッととろける苦甘いカラメル。四人は甘美な美味しさに舌鼓したつづみした。


 プリンを食べ終わると、そろそろお開きの時間に――。


「んじゃそろそろ帰るわ。電車の時間もあるし」


「夜ご飯食べていけばよかったのに」


「まぁきぬさんも緊張しっぱなしだろうからさ、そんなに長く拘束させるのはね?」


「いえいえ! とても楽しかったです」


「またいつでも来てね。私、きぬさんのこと――実の娘だと思ってるから」


 きぬには両親がいないに等しい。そう思った翔太の母はシルクに言う。


 その言葉がシルクの心に刺さり、嘘ではない本心の気持ちで。


「ありがとうございます」


 と、今日一番の笑顔で挨拶をし、帰って行くのだった。


 ――――――――――――――――――


 翔太達が帰り、父と母は家の片付けをしている。


 普通ならば息子の彼女について喋ったりするだろうが、二人とも浮かない顔をしたまま喋らない。


((なにが嘘でなにが本当⋯⋯?))


 ――翔太には嘘をつくときの癖がある。


 その癖が今日出ていて、両親は戸惑っているのだ。


 翔太が嘘をつくときの癖は「服を手で引っ張る」ということ。


 今回その癖が出たのは「もしその日。きぬが休んでなかったら会えなかったし、俺がニートじゃなければ出会ってなかったと思う」と言ったときだ。


 この文自体が嘘で作られ咄嗟に出た設定なのだが、翔太の両親にわかるはずがない。


 それでもなにか嘘をついていることはわかっている。


「ねぇ、父さん。翔太はなんの嘘をついてるのかしら。いつもよりたどたどしいのはきぬさんがいたからだと思っていたけれど、違ったかもしれない」


 チリンと風鈴が鳴る。

 テレビを切った今、音が鳴るのは風鈴と扇風機のみ。


「きぬさんがニートで会社に通ってないとか。日付が違うとか。翔太がニートじゃなくても会う機会はあった、とか。色々可能性はある。事実を見つけるのは厳しいだろうね」


 翔太の父は苦笑しながら言う。

 それに釣られて暗い表情だった翔太の母に、少し笑みが浮かぶ。


 実の両親に、なにを隠しているのかわからない。


 同棲の挨拶を楽しみに待っていたのに嘘をつかれたのだ。

 結婚を考えているとも言われたのに、どこかで嘘が混じっている。


 嘘に関してなにが嘘なのかわからないが、その嘘は翔太が隠したいと思っていったことだ。


 ――これ以上詮索しない。


 問いただしても話さない可能性もある。また嘘を重ねていってくるかもしれない。


 それならばもう、詮索しないのが一番だ。


(きぬさんは自然体だったし、なにかあればきぬさんが引っ張ってくれそう。大丈夫よ、なるようになるわ)


(将太ももう大人だ。いい歳した大人だ。ちゃんと考えた上での嘘なんだろう。まぁ嘘がばれるあの癖は直したほうがいいと思うがな)


 二人が翔太の癖に気付いたのは保育園のときだった。

 それから翔太の嘘を見抜くようになったが、「嘘でしょ?」とは一度も言わなかった。


 いつも遠回しに、カマをかけるように喋る。


 すると翔太は図星を突かれたように一瞬驚く。

 これが嘘をついたという確認、確信だ。


 それ以上はいつも詮索しないようにしている。

 一度だけ問い詰めたときがあるが、絶対に口を割らなかったからだ。


 嘘をついたことだけ認めるが本当のことは言わない。

 絶対になんで嘘をついたのか言わない。


 かたくなな意思を尊重することが大切だと思い、今まで過ごしてきた。


 だが今回の嘘は、気付かれれば翔太の命に関わること。


 そんなことは親にはわからないだろうが、知ってしまった場合、翔太はこの世から消される。


 そして二人が翔太に問いつめれば、危険を回避するために魔法を使うことも考えられた。


 最悪の場合、二人を殺す可能性だって――、


「なぁ母さん。俺らは翔太になにかしてあげられているだろうか。ずっと辛い思いばかりさせていると思うんだ。婆さんのことだってそう。俺らがなんとかしていれば、少しは長生きできたと思うんだよ」


 二人の判断は悲しくも正しい。


「なにもできてないかもしれない。それでもここまで成長してくれたのは嬉しいことじゃない。お婆さんのことは私も迷っていたわ。でもこれがお婆さんの望む道だったから」


 いつも正しい道を歩いてきた。


「『持病で長くは生きられない。でも病院には行かずにずっと家で翔太を見ていたい』って。だからこの家で死んでしまったし、翔太に辛い思いをさせた。ここまで隠してきたんだからずっと隠し通すつもりだけど。これでよかったのか⋯⋯?」


 翔太の祖母の一生の願いだった。


 病院で死ぬなら家で死にたい。死ぬ間際まで翔太の面倒をしたい。料理を作って翔太に教えたい。一番長く翔太と喋っていたい。


 そんな願いを知らない息子は、祖母が死んだのは両親のせいだと思っている。

 優しすぎるから過労死したのだと。本気でそう思っているのだ。


 親も子も、互いに嘘を隠し続け墓場までもっていくつもりだ。


 それが正しいのかどうかは、まだわからない。


 でも正しい道を歩き続けた翔太の両親なら、きっと正しい道になっていくだろう――。

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