実家に帰る、騙し騙される 前編

「ンニャーン」


 キャリーバッグから解放された小豆はカーペットに寝転がり、伸びをしながらクーラーと扇風機で涼んでいる。


「小豆くん写真で見るより可愛いねぇ! この首輪がチャームポイントで似合ってるわ!」


 そういって小豆を撫でるのは、小柄ながらもたくましい母、「佐藤さとう 結乃ゆの」。


 可愛らしい印象が強い翔太の母は、実年齢より五歳以上若く見られることが多い。

 その度に「お世辞でも嬉しいわ」と、満更でもない顔をするのがテンプレだ。


「そうそう。母さんの犬猫アレルギーってどのくらい一緒にいたらダメになるんだ?」


「犬猫アレルギー? 母さんはアレルギーないぞ?」


「え!? 犬飼いたいっていったときにダメって――」


「あー⋯⋯それは金銭面的にも、家庭状況的にも飼うのが難しかったから。つい嘘言っちゃったの」


 母が言った犬猫アレルギーは、子どもを言い聞かせるための嘘に過ぎなかった。

 翔太はこの歳になって嘘だったことを知り、軽くショックを受ける。


「まぁまぁ。大人になって飼ってるんだしいいだろ?」


 そう翔太をなだめるのは、背の高い普通体型の父、「佐藤さとう 秀祐しゅうすけ」。


 中年太りする年頃だがそれがない。イケオジと言われてもおかしくないほどのルックス。そのルックスに負けず劣らずのファッションセンス。


 そんなカッコイイ父の姿を見て、翔太はずっと憧れを抱いていた。


 そんな絵に書いたような両親から産まれたのが一人っ子の翔太だ。


 若く見られることもなく、ルックスがいいわけでもなく、ファッションセンスがいいわけでもない。

 翔太は一体どっちの血を継いだのか、両親に問いたくなる。


「きぬさんはアレルギーとかない? 食べれないものとかある?」


「私もアレルギーないので大丈夫です。こんなにご馳走を用意して頂いて本当にありがとうございます」


「ならよかった! いっぱいお寿司頼んじゃったから食べてね」


 ダイニングにはお寿司とオードブルが置いてあり、到底四人では食べられない量だった。八人前はあるだろう。

 余って夜ご飯もこれを食べる、なんてことになりそうだなとシルクは思った。


「「「「いただきます」」」」


 声を揃えて挨拶をして、四人は好きな食べ物をとる。


 小豆のご飯はキャリーバッグの中に入れてきたのでそれを食べている。


 翔太はお寿司に狙いを定め、一番好きな鉄火巻を取り皿にとる。

 マグロより海苔の巻いてある鉄火巻の方がお得感があって好きだと翔太は言う。


 シルクは遠慮をし、なにをとるか迷う。

 ホタテやうなぎなどもあるが、無難なサーモンを取り皿にとった。


 翔太の母は一番好きな王道のマグロを取り皿に取り、翔太の父はイカを取り皿に取る。


 翔太の父がイカを食べる理由は翔太の母と翔太が好きではないからだ。

 そしてシルクがイカを好きならば遠慮しようと考えている。考え方も合理的でカッコイイ。


 それぞれテレビを見ながら寿司を食べ、いつ会話を切り出そうか考えている。


 だがそれを顔には出さない。皆ニコニコしながら寿司を食べる。


 この妙な雰囲気に、素直に美味しく寿司を食べることがままならない。


『○○系番組のレギュラーメンバー勢揃い! 笑って泣ける特番番組! これから五時間にわたって放送していきます!』


「⋯⋯」


 みなテレビのほうを見ているが、誰もテレビの内容など頭に入ってきていない。


 翔太の両親は翔太から切り出してほしいと願い、翔太は自分が言わなきゃと思っている。

 シルクは話に乗ればいいので、自分の仕草や姿勢などに気を使っていた。


『さて始まりましたね! まずは朝六時からの番組、〇〇のメンバーです!』


「⋯⋯」


 なにか食べることは忘れず、話を切り出されるのを待つ。

 テレビを見ていてもテレビに関しての話題がのぼることはない。


 無言のままテレビの音が聞こえ、扇風機が回る音が聞こえ、チリンと風鈴が鳴る。この空間がシュールに思えた。


「あのさ――」


 さすがにこのままはダメだと思ったのか、翔太が口を開く。


 ちゃんと話を聞こうと両親は箸を置き、シルクも箸を置いて設定を思い出す。


「今日シルクを連れてきたのは、事前にメールした通り同棲してるからなんだ。メールには書かなかったけど⋯⋯いずれは結婚も考えてる」


 結婚というワードを言った瞬間。

 翔太の両親の顔が明るくなって、微笑むように眉尻が下がったのがわかる。


「今日は同棲の挨拶ですが、いずれは結婚の挨拶もさせていただきたいと思っています。不束者ですが、今後ともよろしくお願いします」


 二人は頭を下げる。

 翔太は少し気持ちが楽になり、シルクは相手の反応を伺う。


 頭を上げると、翔太の両親は涙ぐみ喜んでいた。


「そうか、そうだよな。もうすぐで翔太も二十六歳になるんだよな」


「結婚できないんじゃないかって心配してたからとっても嬉しいわ。もうすぐ二十六歳、同棲するような歳よね。結婚して子どもをもつ年齢でもあるもの」


 翔太の父が翔太の母を抱き寄せ、背をさする。

 翔太は「そんなに泣かないでよ」と、笑いながら眉尻を下げた。


 この光景にシルクは惹き付けられ、目が離せなくなる。


 ――親子の光景。家族の光景。


 ワインから造られたシルクは、こういった家庭を知らない。

 仮初かりそめの両親しかわからない。家族愛を知らない。


 ――物語の中の話、フィクションの中の話だと思っていた。


 その光景が今、目の前で起こっている。


 結婚をすればあの中に入ることができるだろうし、翔太の両親は喜んでシルクを受け入れるだろう。


 だが戸籍も人間であるということすら嘘で、そんなシルクがこの中に入ることができるのか。


 ああやって人のことを思い、泣いて、喜べるだろうか――?


「きぬさん?」

「――!」


 頭の中で考えてごとをしていて目の前が見えていなかった。

 翔太の母がシルクの顔の前で手を振っていてやっと気付く。


「す、すみません。なんだか微笑ましい光景で、つい。ボーっとしてしまいました」


 素が出ないように演技を続ける。


 一つボロが出てしまえばそこから崩れてしまう。

 絶対に崩れない鉄壁の壁を作るように、確信へ触れさせない迷路を作るように、嘘で塗り固めていく。


 シルクは少しうつむき加減で困っているような、悲しむような演技をする。


 もしかして家庭環境が複雑なのかと思わせ、両親に質問をさせる。


「こちらこそいい歳した大人が涙ぐんじゃってごめんなさいね。⋯⋯その、きぬさんのこと、教えてもらえたりする? 親としては息子が選んだ彼女がどんな人なのか知りたいものだから」


 見事引っかかった。


 家庭環境についてはあくまでも話したくないなら話さなくても大丈夫、という雰囲気で聞いてきてくる。


 翔太は予めに計画した設定と違う流れになっていることを察し、「アドリブかよ!」と、焦っている。


「シルクの両親は生きていて、父は公務員、母は専業主婦」という設定が変わるかもしれない。

 とりあえずシルクに任せ、翔太は暗い表情をする。


「⋯⋯私が物心ついた時には父はおらず、母の手一つで育ててもらいました。といっても母に育てられた記憶はありません。いつも家に居ないし、一緒にご飯を食べることもほとんどなかったので。高校に進学するとき、私は家を出て全寮制の高校に入学しました。大学生になったら一人暮らしをして、就職するためにこっちにきました。あ、一応出身は〇〇県です。大学生になったときに母とは連絡が途絶えてます」


 無言で頷き、話を聞いてくれる翔太の両親。

 シルクはなるべく細かく設定を話すと共に、翔太に設定の変更を知らせる。


 対する翔太は「よくある話だけど話変えすぎだろ」と、シルクにチョップを食らわせたい心境だ。アドリブが苦手だから設定を考えたのに、これでは設定も破綻する。


 両親と疎遠になった設定で、ほかの設定も作り替えていく。


「親戚の家に連れていってもらうこともなかったので、頼れる親戚もいない。就職はうまくいったけれど、この先どうして生きていけばいいのかもわからない。新しい地域に慣れるのも大変でした。そんなとき、偶然にも本屋で翔太さんと出会ったんです」


「⋯⋯そう。翔太と出会ったのはいつくらいなの?」


 ここで思わぬアクシデント。

 職業が本屋の店員じゃなくなったことにより、出会った時期がズレてくる。


 本来ならば、「きぬが本屋に就職して二年目の二十四歳。七月二十二日、午後二時頃に翔太と出会う」という設定なのだが、今の話からすると就職したのはどこかの会社。


 シルクが会社員ということは二時に本屋にいることがおかしい。

 出会ったのは平日で、翔太がニートだから会えたという設定だったのだから――、


「私と翔太が出会ったのは、二年前の七月二十二日。休みをとらなければいけなかったので、仕方なくとった休みの日に出会いました。私が高いところにある本を取ろうとしてバランスを崩したとき、翔太さんが支えてくれて。それがきっかけで連絡を取るようになりました」


 設定を変えず、休みを取ったという設定を付け足して上手くやり過ごすシルク。翔太はホッと胸をなでおろした。


「もしその日。きぬが休んでなかったら会えなかったし、俺がニートじゃなければ出会ってなかったと思う」


 シルクだけ喋っていてはいけないので翔太も喋る。


 翔太は『なんとなく』シャツのシワが気になって、シャツを引っ張りながら喋った。


「⋯⋯そう、運命的な出会いだったのね。なんだか『恋愛漫画』みたい」


「そうだな、まるで『つくられた』物語みたいだ。そんな出会い方したら惚れちゃうよなぁ」


「ふふっ。ちなみに惚れたのは私なんですよ」


「そ、そうなんだよって。なんか恥ずかしいな。惚れられたって言うのは柄じゃないし」


 翔太の両親がサラッと怖いことを言ってくる。

 シルクは何事もないかのように受け流すが、翔太だけは明らかに動揺していた。

 だが最後の柄じゃないと言ったことによって場が笑いに包まれる。


「ハハッ、翔太は俺と違ってモテないからなぁ。惚れられたの、きぬさんが初めてだろ?」


「まぁ、うん。初めてだったよ」


「折角きぬさんが来てるのに、翔太の残念な部分が見えちゃったわね」


「二人とも辛辣!」


「ふふっ」


 いつの間にか翔太が弄られキャラになっている。場が和むのでいい事だとは思うが、翔太は納得いかなさそうだ。


「きぬさん、これからも翔太をよろしくね」


 翔太の母は咳払いをして、シルクの目を見て言う。


「はい、翔太さんに捨てられないように頑張ります」


「俺は捨てないから大丈夫だけどね?」


「そうだな。翔太がこんな美人さんを捨てるわけがない。というか、捨てれる立場じゃないな」


「いやそうだけど、実の父親にそう言われるのはなんか複雑!」


 翔太以外が笑い、つられて翔太も笑い出す。さっきの暗い雰囲気は何処へやら。


 会話が弾むようになり、緊張がほぐれたのか箸も進む。


「あれ、マグロがなくなってるじゃないか」

「ホントだ、いつの間に?」

「私はマグロ食べてないのでわからないです⋯⋯」


「あ、えっと⋯⋯」

「ニャーン」


 翔太の母の元に小豆がちょこんと座っている。

 小豆の口にはマグロが加えられていて、マグロを食べた犯人がすぐにわかった。


「⋯⋯母さん?」


「あ、その。だって小豆くんがほしそうに見つめてくるからぁ」


 翔太の母の取り皿には半分に切られたマグロと、一貫分のシャリが置いてある。

 どうやらマグロ半分をあげて、半分のマグロで一貫分のシャリを食べていたようだ。


「ニャン?」


 小豆は「もうくれないのか?」と言いたげな顔で鳴く。

 その仕草と鳴き声に、四人は心を撃ち抜かれ。


「翔太、猫ってイカ食べたりするのか⋯⋯?」


「イカよりはサーモンのほうが良さそう⋯⋯」


「猫はイカなどの甲殻類を食べてはいけないそうですよ。青魚も食べすぎはよくないみたいです」


「てことはマグロくらいしか食べれるものないのか。鉄火巻の中のマグロはまだあるぞ」


「小豆くんが可愛すぎるのが罪よね〜」


 ツッコミ不在のまま、マグロを小豆に与えてしまう猫馬鹿四人であった。

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