時と共に変わる街並み

「はぁ、はぁ、はぁーっ。疲れた」


「折角小走りで駅まで来たのにケーキ選びで迷ってるんだもの。また走ることになるのは当然ね」


 翔太は電車に揺られながらドアにもたれかかり、日頃の運動不足を痛感していた。

 ケーキ選びが長引かなければ、走らずに済んだのかとシルクに言われ気付く。


 ――家を出てから今に至るまで、なにがあったかまとめると。



 一、小走りで駅まで行き、転ぶこともなく無事到着。

 二、駅の中にあるケーキ屋さんでケーキを選ぶが、翔太の優柔不断な性格が発動。

 三、シルクが見かねてプリンを勧め、残り五分。

 四、切符を即購入し、若干駆け込み乗車になりつつもなんとか間に合った。



「ふぅー。しっかし猫を連れて電車乗ろうとすると料金かかるんだな」


「駅員さんに言われなければ無賃金で乗せるところだったわね」


 椅子に座ることができなかったため、二人は立って喋っている。


 小豆が入っているキャリーバッグは足元に置き、プリンの箱は翔太が持つ。

 普段から力仕事や荷物持ちは翔太が率先してやっている。男のプライドやかっこつけだろう。


 シルクはクイーンズのため汗を一切かかず、呼吸も乱れていない。

 対照的に翔太は大汗をかいていて、それをハンカチで拭き、クーラーの真下で涼んでいた。


「プリンにしてよかったな。ケーキだったら小走りしてる間に崩れそう」


「悩まずに即決してくれれば小走りする必要もなくてケーキでもよかったのよ」


「ぐぬぬ、確かにそうだな」


 満員電車とまではいかないが喋り声はなるべく小さく。

 特に口調が変わっているシルクが喋ると注目されるので、変なことや変な言葉を言えば確実に不審がられるだろう。


 だが注目されるのはほかにも理由があり――、


「え、今ドア付近に立ってる人、せかますのヒロインに似てね?」


「いやまじで似てるよね。ヘアアレンジほどいたら全く一緒じゃね?」


 制服姿の男子二人。顔つき的にも高校生だろう。

 椅子に座りながらコソコソと喋っている。


 どうやらシルクがヒロインに似ていると気付いたようだ。


 その二人とは距離が離れているので、本人に聞こえていないと思っているだろう。

 翔太のような普通の人間ならば聞こえない距離だが、シルクはデフォルトで耳も目もいいので聞こえている。


(知ってくれている人がいて嬉しいわね。ファンかしら)


 シルクの容姿がせかますのヒロインに激似ということ。


 これに関してはイラストレーターの意思で、シルクをモデルにヒロインのキャラデザをしたため当たり前だ。

 服装に関してもシルクがもっている服を参考にしているため、服も似たように描かれている。


 似ていて当たり前な事実なのだが、これを知っている人はイラストレーターとシルク、担当編集だけだ。

 誰かが他言していない限り漏れることがない情報。


 周りから見ればコスプレをしている人や、偶然にも激似な人に見えるだろう。


「それにしてもその隣にいる男の人は主人公に似てないよな。スーツだし」


「しかもケーキの箱持ってるし」


 翔太が主人公に似ていないのは当たり前だ。ただの一般人である。

 コスプレでもしない限り似ることはない。


 翔太は自分が噂されているとも知らず、呑気にあくびをして外を見ていた。


「なにか重要な挨拶に行くんじゃね?」


「会社の取引先に挨拶するとか?」


「いや会社の取引先にペット連れてかないだろ」


「確かにそうだな。お前推理力高くね?」


「え? 当たり前じゃん。俺お前より頭いいし」


 頭が悪いほうの男子高校生は「うわぁー腹立つ」と、棒読みで言う。

 そして直ぐに話題が変わり、スマホゲームの話に。


(仲がいいのね。青春って感じの雰囲気を纏っているわ。今度もし小説を書くなら学園モノにしようかしら)


 脳内でなんとなく設定が思い浮かぶ。

 だが学校に通ったことがないシルクは授業がどんな感じなのかわからず、すぐに断念した。


『まもなく〇〇に到着します。 お降りのお客様は、お忘れ物のないようお支度ください。お出口は右側です。〇〇を出ますと、次は〇〇に停ります』


「あ、席空くぞ」


 翔太が見た方向はさっきの男子高校生のほうだ。

 二人は荷物をまとめてドアの前に移動している。


 翔太は小豆が入ったキャリーバッグを持ち、座ろうと移動する。


 ――プシュー。


 電車が止まり右側のドアが開く。

 大きい駅のためか、今までいっぱいいた人が続々と降りていった。


 男子高校生も降りてそこの席が空いたが、近くにいた親子がそこに座った。


「シルクこっち」


 翔太は別の空いた席にシルクを座らせる。


「ありがとうなのよ。というかその『あだ名』で呼ぶのやめるかしら」


「あぁすまん、いつもの癖で」


 咄嗟にシルクと言ってしまった翔太だが、シルクのナイスフォローで違和感がなくなる。

 シルクのことはきぬと呼ぶことを思い出させてくれた。


「まだ結構時間あるし、寝てていいぞ」


「じゃあ有難く寝させていただくわ」


 またもや翔太のかっこつけが発動。本当は座りたくてたまらないのだ。

 脚は震えているし、疲れている。


 それでもシルクにかっこいいと思ってもらいたい一心で耐える。


 だがかっこつけという名の見栄っ張りはシルクには届かず。


「スー、スー」


「⋯⋯」


 シルクが寝ると言ってから一分もしない間に寝息が聞こえた。寝るのがとても早い。


 シルクの隣は二十代くらいのイヤホンをつけて寝ている男性で、女性ではない。


 それがなんとも気になった。


 特急列車は進行方向に向かって二席が左右に設置されており、一人席空いていると相席のようになる。


 早く座りたいと思う気持ちと、シルクの隣が男性ということに翔太はため息をつき、その男性に睨みを利かせる。


 時間が経つが、シルクの隣にいる男性は起きる気配がなく、もうそろそろ次の駅に着く。


『まもなく〇〇に到着します。 お降りのお客様は、お忘れ物のないようお支度ください。お出口は右側です。〇〇を出ますと、次は〇〇に停ります』


 二度目の車内アナウンスが聞こえ、やっとシルクの隣にいる男性が起きた。

 どうやらこの駅で降りるらしい。隣に座っている人が変わっていることに気付き、荷物をまとめている。


(やっと座れる⋯⋯)


 シルクはずっと寝たままで次の駅に到着し、シルクの隣にいた男性は降りていった。


 翔太はやっと椅子にたどり着き、翔太とシルクの間の足元にキャリーバッグを置く。プリンの箱は座席についている机の上に置いた。


(はぁ、結局十五分近く立ちっぱなしだったな。俺も少し寝よう)


 乗り過ごすことがないように、下車時間より早い時間でバイブで知らせてくれるタイマーをセットする。


 シルクのように寝るのが早いわけではないので中々寝付けない。


 だが電車の揺れるのが心地よく、疲れているのも相まって、三分もしないうちに寝付くことができた。


 ガタンゴトンと音が鳴り、座席の上のクーラが翔太の頭上に風を注ぐ。


 キャリーバッグに入っている小豆はずっと寝っぱなしだ。

 鳴き声もあげず、電車に酔うこともない。こんなに都合のよくて完璧な猫がほかにいるだろうか。


 電車に揺られること約四十五分。


 スマホがポケットの中で震え、翔太は目を開ける。


 窓の外が眩しくて中々上手く目が開かない。

 しばらくして目が慣れると車内アナウンスが聞こえ――、


『まもなく〇〇に到着します。 お降りのお客様は、お忘れ物のないようお支度ください。お出口は左側です。〇〇を出ますと、次は〇〇に停ります』


 ジャストタイミングだ。シルクは起きそうにないので翔太が起こす。


「シル――きぬ、駅着くぞ」


 思わず寝起きでシルクと呼ぶところだった。慌てて訂正、周囲の反応はなし。


「了解よ」


 翔太がシルクの肩を叩いて起こすと、シルクはパッと目を覚ましてバッグを手に持つ。

 ふらつくこともなくサッと席を立ちドアの前に歩いていった。


 翔太もキャリーバッグやプリンの箱を持ってシルクに続く。立っていた人が翔太達が座っていた場所に座り、眠る。


 ――プシュー。


 降りる人が少ない小さめの駅。

 人混みに押されて出るということもなく、すんなり下車。


 外に出ると空気がモワッとしていて、暑苦しかった。


 駅の中を少し歩き、翔太は両親へ駅に着いたと連絡をする。


 ここから翔太の家まで徒歩約二十分。今の時間は十一時三十二分。ゆっくり歩いても十二時までに着くだろう。


「それにしても炎天下の中歩くのって辛いわね。溶けそうだわ」


「シルクって物理的に溶けるのか?」


「⋯⋯ちょっとなに言ってるのかわからないわ。日本語で喋ってくれる?」


「俺日本語喋ってるんだけどなぁ。って、きぬがそれ言うの笑えるな」


「ふん、私は純日本人よ。人間死んだら灰になってハイさようならかしら」


「ダジャレ⋯⋯!」


 シルクが中々言わないダジャレに拝みつつ、雑談しながら家まで歩く。

 翔太が実家に帰るのは大晦日以来なので約七ヵ月ぶりだろうか。


 街並みが大きく変わっているわけではないが、新しく家が建っていたり、新しいお店ができていたり。反対に家がなくなり売地になっていたり、お店が潰れていたりするのを見ると、時の流れを感じる。


「ここに八百屋があったんだけどなぁ」


 潰れたのは翔太が高校二年生の時で、今はコンビニになっている。


 その八百屋さんには、夜ご飯の材料を買いに行っていた。

 雨が降ったら泥濘ぬかるむような駐車場だったが、今ではコンクリートの駐車場。八百屋のときにはなかった自転車置き場もある。


 便利だろうがそこに店主のおばちゃんはいない。

 人懐っこくて、翔太の顔を覚えてくれて、いつもオマケに飴をくれたおばちゃん。あのおばちゃんは今生きているのだろうか。


 客という接点しかなかった翔太は、それすらわからない。


 母校の小学校の前を通ると、変わらない校舎と運動場があった。

 懐かしむような思い出がない翔太は嫌気がさしたが、それでも変わらないものがあるのは嬉しかった。


 だるような暑さの街を歩き、街の変化を見ながら進む。

 翔太は手汗も酷く、プリンの箱の取っ手がふにゃふにゃだ。


「保冷剤いっぱい入れてもらったけど溶けてそうだな」


「まぁ溶けててもしょうがないわね。この暑さだもの」


 どんどん翔太の実家に近付き、海に近付く。


 時より風がさぁっと吹いて、浮かぶ汗を涼しくしてくれる。

 この風は坂を降りた先にある海から吹いた海風であり、慣れ親しんだ空気が翔太の気持ちを落ち着かせた。


「帰ってきたって感じだ」


 雑談しながら歩くこと二十二分。

 つまり現在十一時五十四分。


「ここが翔太の家?」


「あぁ、俺の実家だ」


 翔太の家は昔ながらの瓦屋根の一軒家。


 翔太の父が子どものときに建てられた家で、翔太が小学六年生のときにリノベーションした。


 とはいってもリノベーションから十年以上経っている。

 翔太はリフォームしてあげたいと思っているが、ニートだったためできていない。


 ――ピーンポーン。ピーンポーン。


 身だしなみを軽く整え、翔太がインターホンを鳴らす。

 シルクも演技をするために咳払いをして気持ちを切り替える。


『はーい! 翔太ときぬさんね。ちょっと待っててね』


 明るい声で楽しみにしていた翔太の母の声が聞こえる。

 その声の後ろで小さく翔太の父が「来たか」と、言ったのがシルクには聞こえた。


 ずっと寝ていた小豆も何かを察したのか起きて、キャリーバッグの中で動く。

 その振動が翔太の腕に伝わり、小豆が起きたことに気付いた。


 翔太は自分の家に帰ってきただけなのに、何故かソワソワしていた。

 左後ろに立っているシルクは姿勢を正し、堂々としている。


 それを見て「なんで俺がソワソワしてんだよ」と、少し笑えた。


 ――ガチャ。


「いらっしゃい! きぬさんも小豆くんもわざわざありがとうね」


「いえ、こちらこそいつもお世話になってます」


「美人さんな彼女連れてきて、俺らはびっくりだぞ。こんな息子だけどよろしく頼むよ」


「こちらこそよろしくお願いします」


「こんな息子ってひでぇな。あ、これプリン。買ってきたから後で食べよう」


「あらありがとう。ささ、ご飯できてるから早く食べましょ」


 翔太の母に手招きされ家の中に入る二人と一匹。


 小豆は外に出してほしそうにキャリーバッグの中で暴れている。

 だがここまでリラックスしているのは小豆だけだ。


 ――皆、全力で嘘を演じている。


 妙な雰囲気が漂う中、嘘まみれの時間が始まろうとしていた。

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