出かける前のバタつき
シルクと小豆が祭りの下見に行き、翔太が遮断魔法を習得した日の翌日。
今日は八月十三日。
お盆初日であり、翔太が実家に帰る日である。
帰るといっても電車で一時間程度で、帰ろうと思えばいつでも帰れる距離だ。だが翔太は年末とお盆休みにしか顔を出さない。
どうせ家で暇なんだから頻繁に帰って来なさいというが、どうせ帰っても家に一人なので意味がない。
それに電車で帰るお金が勿体ないと思ってしまうので行かないのだ。
「ってなわけで、実家に顔を出す。それでだ」
契約をしてからいずれしないといけないとは思っていたこと。
「両親に、――シルクと小豆を紹介したいんだ」
シルクとは同居しているし、小豆のことも話していない。
いきなり両親が家に来たら「これはどういうこと? なんで話してくれなかったの?」となるのがオチだ。翔太はその場でやり過ごせる自信がない。
その前に『設定』を考えて、こちらから先に伝えたほうがいいだろう。
今は朝の八時。
十二時には家に着くと言ってあるので『十時半』には出ていきたいところ。
あと二時間半の間、シルクとの関係や小豆を飼った経緯を綿密に設定し、共有。両親に質問されてもすんなりと話せるようにしたい。
「なるほどね。ちなみに日帰りで帰ってくるの? それとも泊まり?」
「昼ごはん食べに行って帰る予定だ。父さんと母さんがシルク達を気に入ってもう少し家に居なさいっていうパターンもあるが、泊まりにはならないだろう」
「我はなにをすればよいのだ?」
「存分に可愛がられてくれ」
「我に適任の仕事! 了解なのだ!」
どうやら一緒に行ってくれるようだ。
小豆はまた電車に乗れることに驚喜し、着いた先で可愛がってもらえると知って上機嫌だ。
「さて、そうと決まれば設定を練るわよ。動物魔法は今日の夜か、明日持ち越すかのどっちかね」
クイーンズ特有の魔法で取り出したメモを翔太の前に置き、ペンも差し出す。
動物魔法を明日に持ち越すということは、余程のことということだ。そして一日休んだらその分明日に上乗せされる。
そのことを知っていても翔太は今日行くと決めていて――、
「大まかな設定を今から書いていくから、それまでアイスでも食べて待っててくれ」
ずっと考えていた設定を、スラスラ紙に書いていく。
自分の書いた小説やポエムを見せるようで恥ずかしいが、そんなことを気にしていたら演技なんてできやしないと考える翔太。
荒っぽくも読みやすい字で、翔太は設定を書き続けた。
――――――――――――――――――
(御両親に挨拶に行く⋯⋯いずれそのときが来るとは思っていたわ。でもこんなに早く来るとは思ってなかったのよ)
翔太の御両親は、翔太の過去を見たときに見たから、大体の容姿や性格はわかるはず。初対面で、悪い印象を与えるようなこともないはずだわ。
それでも早いかしら。まだ調べておきたいことがあったのに。
シルクは準備周到じゃないと気が済まないのよ。
それに小豆を連れて行って大丈夫なのかしら?
確か翔太が犬を飼いたいと言ったときにお母様が犬猫アレルギーだと言ったはずだけれど。
翔太は小豆にああ言っていたけれど、アレルギーの度合いによっては拒絶されるんじゃ⋯⋯。
「しょ、翔太。小豆を連れて行って本当に大丈夫なの?」
「ん? 暴れることはないと思うし、噛まないし。大丈夫だと思うけど、心配か?」
「そうだぞ、我はほかの猫とは違って温厚なのだ」
「そういうことじゃないのよ、ほら、アレルギーとか」
「あー! そういえば母さん犬猫アレルギーだったな。でも撫でたりとかしてたし、大丈夫だと思うぞ」
本当かしら? 妙に楽観視してるのが気に食わないけれど、いざとなったらシルクの魔法でなんとかするしかないわね。
⋯⋯設定。
随分と書いているようだけれど、そんなに書いたらシルクは覚えられないわよ?
げっ、しかも両面書いてあるじゃない。あ、三枚目書き始めた、って、どんだけ書くのよ!
「書き終わったメモ、見ていいかしら?」
「あ、あぁ! いいぞ、その方が効率いいもんな」
⋯⋯なにちょっと照れてるのよ。照れるならボケて大袈裟に照れなさい。そのほうが突っ込めるってものよ。
今の照れ方じゃ、本当に照れているみたいで変な空気になるじゃない。
⋯⋯まぁいいわ。読んでいきましょ。
『翔太とシルクが出会ってそれからの生活』って、なに題名みたいなのつけてるのよ。鼻で笑ってほしいの?
へぇ、最初の出会いはこの前大家さんのところで話した内容なのね。
まぁ大家さんと御両親が繋がっていたらそこで誤差が生じるもの。妥当な設定かしら。
まぁ『本屋の正社員』じゃなくて、『本を書いて売る方』だけれど。
シルクが過去になにをして働いていたのか聞いてこない限り、気付くことはなさそうね。
なっ⋯⋯しかも『付き合ってて同棲中』って⋯⋯。
御両親を安心させるためなのか、結婚を前提にとか書いてあるし。よくこんなこと書けるわね。
「よ、よし、全部書けたぞ。修正するべき箇所があれば教えてくれ」
ツッコミどころの多い一枚目を読んでいたら全部書けたようね。
⋯⋯はぁ、四枚も書いてあるじゃない。最後の一枚は片面で終わってるのがせめてもの救いってところかしら。
「今やっと一枚目の裏を読み始めたところよ。小豆の設定は小豆に喋っといてくれると助かるかしら」
「了解」
さてほかは?
なるほど、出身地と年収ね。
出身地はここと真逆の県。まぁ近いと会うとかいう話になって、ややこしくなると思うから妥当ね。
年収は約三百万って書いてあるけれど、これは本屋の平均年収を調べたのかしら。
シルクの両親の設定まで書いてあるじゃない。
父は公務員で母は専業主婦。なるほど、まぁ在り来りな設定ね。
あとは家事ができるかとか、子どもは何人ほしいとか。
聞かれそうなことがQ&Aで書かれているのね。
「ってなわけだ。小豆、わかったか?」
「なるほど、把握したのだ! とはいっても、我は二人と喋っていられないのだろう? 二人でなんとかやり過ごすのだぞ」
「お、おう」
「翔太、こっち読めたから小豆の設定見せて欲しいのよ。服装はそれらしいのがあるから大丈夫で、あとは手土産ね。電車で行くなら駅の中にあるケーキ屋で買ってけば大丈夫かしら?」
「ほいこれ小豆の設定。二人とも甘いもの好きだからケーキでいいと思う。あ、あと小豆のキャリーバッグ出しといてほしい」
「了解なのよ」
手のひらに小豆のキャリーバッグを出し、翔太に渡す。
そして何気に気になっていた小豆の設定に目を通した。
⋯⋯ふむふむ、小豆が野良猫設定なのは実際と一緒なのね。
飼った時期は図書館練習から帰ってきた日なのね。確かにこの家に連れてきたのはその日だから間違ってないわ。
設定っていっても嘘だらけってわけじゃないみたいね。違う点は全然鳴かないってところくらいかしら。現実では小さい声ながらも鳴いて喋っているから、一応嘘ね。
全く、こんなに設定作っておいてちゃんとできるのかしら。
「全部読めたわよ。設定は頭に入れたからもう充分だし、修正点もないわ」
「んじゃあとは俺が完璧に覚えるだけか」
せいぜい自分で作った設定が多すぎて覚えられないとか、そんな展開にならないでほしいわね。
あら、翔太がキャリーバッグに小豆を入れてくれたみたい。
すやすや中で眠っているのが愛らしいわ。撫でたいけれど我慢我慢。
翔太が頑張って覚えている間に着替えをしといたほうがよさそうね。
といっても魔法ですぐできてしまうからいいのだけれど。
挨拶っていったらワンピースよね。シルクの偏見かしら? まぁいいわ。
半袖で裾に透け感のあるブルーグレーのワンピースに、綺麗目のネックレス。靴もスニーカーじゃダメだから、黒のヒールにして。冷房対策の黒い薄手のカーディガンも。
髪型はいつものハーフアップだけれど、ちょっとアレンジを加えるわ。
髪の毛を全体的に巻いて、ちゃんとほぐす。そのあとにねじりハーフアップをして、黒いリボンで留める。横髪もちゃんと出せば、印象が柔らかくなるでしょう?
メイクに関してはデフォルトで顔が整えられているから、コーラル系のリップを塗って完了。
――うん、悪くないかしら。
「シルクはもう行けるけれど、翔太はどう? 時間的にもそろそろ出発した方がいいと思うわ」
「あ、ああ。え!? もう十時じゃん! ちょ、着替える! 電車何時か調べといて!」
騒がしいわね。えーっと、行く駅はここで、乗る駅はここ。
一番早い特急列車で所要時間六十二分ね。丁度いい出発時刻の電車は、って! 十時台の電車は二本しかなくて、十時二十七分発か十時五十八分発の電車しかないじゃない。
切符も買わなきゃいけないし、駅の中でケーキも買わないといけないのよ。
しかも電車から降りて家まで歩くんだし、って考えると早いほうに乗るべきよね。
ここから駅まで歩いて十五分だから、家を出る時間は十時十二分。って考えると――!
「もう出なきゃまずいじゃない! 翔太! 急ぐかしら!」
「え? やばい? そんなにやばい!?」
翔太の部屋から声が聞こえるけれど、相当焦っているみたいね。
髪型だったり髭を剃ったり、って考えると本当にギリギリかしら。
小豆との魔法は切ってあるようだし、あとはシルクが透明化魔法をかけて見えるようにすればいい。
でも魔力を使わないってことで魔法は全て翔太に任せてあるから、それもやってもらわないといけないのよ。
「遅れるのはやばい、非常にやばい!」
「つべこべ言わずに手動かすかしら! あとシルクに透明化魔法かけてほしいのよ。自分でやっていいならやっておくけれど」
「いやダメだ。ちょっと待って集中する。ふぅー⋯⋯透明化魔法、――開始。よし、オッケーなはず!」
急いでいても魔力管理は徹底するのね。
今は十時十分。あと二分で家を出ないとまずいわね。
小豆の入ったキャリーバッグを玄関に置いて、貴重品も全部バックに詰める。翔太の貴重品も入れたけれど、持ち物ってこれくらいでいいわよね?
「よし大丈夫。って、⋯⋯シルクの服装めっちゃ気合い入ってるな。髪型もだけど」
「頭のてっぺんから足先まで視線を動かしてから照れるのやめるかしら。
「男心バレてるぅ! オッケーオッケー、鍵は?」
「バックに詰めちゃったのよ、ちょっと待つかしら」
そうだった。外に出る時は鍵をかけるから、鍵はバッグに入れちゃダメだったわ。えーっとどこかしら⋯⋯あ、あった!
「はいこれ」
「よし、鍵閉めた。確認した! 小豆は俺がもってるから大丈夫ってことで」
「出発進行なのよ」
全く慌ただしいわね。時間にルーズというかなんというか。
おかげさまで駅まで小走りする羽目になったわ。ヒールで走るのって危ないのよ?
まぁ翔太にはわからないと思うけれど!!
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