黒猫の名は――

 ――ニャーン。ニャオーン。


「ニャーン⋯⋯? うぐっ」


 太陽が昇り、今は通勤時間帯。

 翔太は昨日、十時に寝てからぐっすり今まで熟睡していた。


 そして黒猫が翔太を起こしに来たようだ。

 黒猫はひょいとベッドに登り、翔太のお腹あたりを踏みつける。おかげで変な声が出た。


「はいはい起きるって。ったく、昨日寝てて話し合いできなかったのはどこのどいつだってんだ。おりゃおりゃ」


 ぱっと起き上がった翔太は黒猫を捕まえて、黒猫のほっぺを掴んでむにむにする。

 黒猫の顔がにーっとなって可愛い。オスだと聞いたが性別関係なく可愛く見える。これが猫の罪深いところだと思う翔太だった。


「翔太、朝ごはんできたわよ」


 半開きになっているドアをノックしてシルクが知らせる。

 昨日の夜ご飯を作ってくれた翔太に対して、シルクなりにお礼をしたつもりらしい。


 そんな気も知らず、はーいと返事をし、ベッドから降りて着替える翔太。


 戸締りをしっかりする翔太は、部屋のドアをいつも閉めて寝ている。

 つまり自分でドアノブをひねってドアを開けて入ってきたということだろう。「お前賢くて可愛いなぁ」と、またほっぺをむにむにした。


「ンニャーン」


 満更でもない鳴き声をあげて喉をゴロゴロ鳴らす。


 着替え終わった翔太は、黒猫を抱えてシルクの元へ歩く。

 半開きになっているドアから香ばしいコーヒーの匂いがする。


「おはようなのよ。黒猫のご飯はシルクがもってるから安心しなさい」


 リビングにはキャットフードが置いてあり、黒猫は翔太の腕から脱出。

 キャットフードを食べ始めた。


 机にはトーストされたパンと、少し端が焦げた目玉焼き。コーヒーが置いてある。


「おぉ。ちゃんとした朝ごはんだ」


「ちゃんとしたって失礼ね。翔太は毎朝スクランブルエッグを食べてるみたいだから、目玉焼きにして見たわ。ちょっと焼きすぎたかもしれないけれど⋯⋯まぁシルクが作ったんだから美味しいはずよ!」


「その自信はどこから湧いてくるんだ⋯⋯」


 シルクは「天才だからよ」と自慢げに言うが、翔太は「はいはい」と軽くあしらう。

 あしらわれたシルクは落ち込むこともなく、何事もなかったかのように椅子に座った。


「「いただきます」」


 テレビをつけて朝ごはんを食べる。チャンネルを変えて、好みの番組にすると、丁度天気予報が流れた。


『この地域では昨日梅雨明け宣言が発表され、今日から五日間晴れが続き、真夏日になるでしょう』


「昨日梅雨明け宣言出されてたのか。しかも真夏日だと? 道理で暑い訳だ⋯⋯」


 翔太の部屋にもリビングにもクーラーが設置されているが、ニート生活のためクーラーは禁止していた。

 今までは実家から持ってきた扇風機でやりくりしていたのだが――、


「この辺りは比較的涼しいほうで扇風機でも過ごせるけれど、黒猫のことを考えるとクーラーをつけたほうがいいと思うわ」


 そう言ってシルクがクーラーのリモコンを翔太に差し出す。


 シルクは暑いのが苦手で、今すぐクーラーをつけたい。

 が、あくまでも家の主は翔太だ。住まわせてもらっているシルクにクーラーをつける権利はない。


 クーラーのリモコンを差し出された翔太はリモコンを受け取る。

 今までお金の面で我慢していたが、シルクと契約してお金がある今なら――、


「そうだな。クーラーつけるかぁ」


「べ、別に、シルクはクーラーなくても生きてけるのよ?」


「クーラーなかったら魔法で涼しくするんだろ? 無駄な魔力は使わせないぜ」


「見透かされてるとは⋯⋯翔太のくせに生意気ね」


辛辣しんらつ!」


 生意気と言われて分かりやすく傷つく翔太はクーラーのリモコンを押した。

 これで涼しくなるし、黒猫のためにもいい環境にすることができる。


「ニャー」


 しばらく談笑しながらご飯を食べ、食器を片付けていると、黒猫がニャーと鳴いた。どうやらご飯を食べ終わったらしい。空の餌入れを前足でコツコツ叩いている。


「お代わりほしいの? ダメよ、そんなに食べたら太っちゃうじゃない」


「あ、そういえば魔法かけてもらってないんだが」


 昨日は黒猫が寝ていてできなかったが今日なら喋ることができる。いや、今日だけではなくこの先ずっとだ。


「動物と喋れるようになるには、『言語魔法』を使うのよ。昨日解放した新しい魔法の中に書いてあるから自分で練習がてら実践してみなさい」


「なるほど」


 魔法の練習にもなって喋れるようになるなんてまさに一石二鳥。


 すぐにシンクにお皿を置いて、机にある魔法書を手に取る。

 最初からめくっていって、言語魔法は五ページ目。


 魔法書にはこう書いてあった。


 ――――――――――――――――――


『言語魔法』動物の言語を理解し、喋れるようになる魔法。

・遠隔で使う魔法。


〈大まかな魔法の使い方〉魔力を溜めて喋りたい動物に魔力を放つ。

〈練習方法〉喋りたい動物をじっと見つめて魔力を溜める。一気に魔力をぶつけるイメージで魔力を放ちながら声に出して唱える。又は心の中で唱える。なお、言語をもたない、意志をもたない動物には無効。

〈対象にできる物〉言語をもつ動物。

〈練習に最適な物〉野良犬や野良猫。カラスや鳩。

〈練習に最適な場所〉街の裏路地。

〈使えるようになるまでの平均期間〉約三十分。

〈できるようになるコツ〉喋りたいという意志をもちながら魔力を溜めると、魔法がかかりやすくなります。動物園に行って練習するのもいいですが、人が多く、夜に行っても動物は寝ていることが多いのでオススメはしません。動物を飼って、家で練習するのが好ましいでしょう。


 ――――――――――――――――――


「なるほどな。今までと違うのは魔力を放ちながら唱えるところか」


「シルクが皿洗いをするから練習していていいわよ」


 そう言ってシルクはキッチンに立って腕まくりをする。


 シルクが喋ると黒猫もニャーと鳴くのはもう魔法を使って喋っているからだろうか。

 わからない翔太は、逸る気持ちで練習を始めた。


 部屋の中を探検するように歩いている黒猫に狙いを定めて、今だけは可愛いという気持ちを捨て、喋りたいという意志を強く出す。


 そして魔力が溜まったのを感じ、黒猫に向けて放つ。と、同時に唱える。


「言語魔法――開始」


 魔力は全て放ち切った。喋りかけて、会話ができれば成功だ。


「できたかしら?」


「どうだろ⋯⋯黒猫、俺の声が聞こえるか?」


 シルクの助言なしでできたのか。それとも失敗してしまったのか。


 それは黒猫が発する声によってわかって――、


「な、なんだ? 誰が喋っておる? シルク、変な男の声が聞こえるぞ!」


「おおおお!」


「どうやら成功のようね。黒猫、この声の人物はそこにいる翔太よ」


 黒猫と会話できていることや、一回で魔法を成功させることができて喜ぶ翔太。ガッツポーズをして喜びを噛み締めている。


 一方黒猫も「翔太とも喋れるようになったのだな。会話できる人間が増えて嬉しいぞ」と、喜んでいた。


「特徴的な喋り方だな!?」


「お皿洗い終わったらこの部屋に掃除機かけたりするから、終わるまで仲良く喋ってなさい」


「よーし仲良く喋ってくるわ! あ、そうそう。名前決まったら大家さんに挨拶しに行くぞ。ペットの登録みたいなのしに行かなきゃだから」


「了解なのよ」


 そういって翔太は黒猫を抱えて寝室に行く。クーラーをつけていない寝室は暑く、黒猫のためだと言い聞かせクーラーをつけた。


「名前はシルクと一緒に決めるとして、なにを喋ろうか?」


 翔太はベッドに座って、黒猫は翔太の膝の上に。黒猫の背を撫でながら黒猫に喋りかける。


「そうじゃな、我は何故シルクと契約したのか気になるからその話を聞きたい」


「俺も黒猫のその口調とか色々気になるけどな。んじゃ俺の話をしよう。契約したのは⋯⋯」


 黒猫が自分のことを我と言ったり、現代人が使わないような口調が気になるが、知りたいと言われたら話すしかない。掃除機の音がうるさいが、シルクがやってくれているので文句は言えず⋯⋯。


 翔太が自分の感情や、そのとき感じたことを黒猫に話すと、黒猫は自分が体験しているかのように楽しんだ。


「⋯⋯って感じだ」


「なるほどな。ふむ、面白い。人間はそんな風に感じたりするのか、猫とはちょいと違うな。いや、我が他の猫より優れているから我の感性が違うのか。まぁ良い、次は――」


 ――コンコン。


 翔太の話が一通り終わり、黒猫が次に聞きたい話を言おうとした瞬間。

 シルクがドアをノックした。


「話が盛り上がっているところで申し訳ないけれど、掃除が終わったわ。名前決めましょ?」


「お、ありがとな。さて黒猫。お前の名前を決めるぞ」


「んにゃっ、⋯⋯名前だな。わかっておるぞ」


 黒猫が翔太の膝の上から降りて、すすっとリビングの方へ歩いていく。


 それを追いかけるようにシルクはリビングに戻り、翔太は寝室のエアコンを切ってリビングに行った。


「んで候補なんだが――」


「ま、待ってくれ」


 翔太が名前の候補を言おうとした瞬間、黒猫は待ったをかけた。

 シルクは「なにかあったのかしら?」と、黒猫を抱えようとする。が、黒猫はそれを避けた。


「我の名はない。そうシルクには言ったと思うのだが⋯⋯」


「そうね。ないと言われたわ」


 避けられて少しショックなシルク。

 黒猫はモジモジしながら申し訳なさそうに――、


「実はシルクと出会った日にな? その、あれだ。我の中に住み着く『なにか』に、名前をさずかっていたのだ」


「「!?」」


 そう黒猫は言う。


 出会ったときに名前はないと言われ、それ以来シルクは黒猫のことを黒猫と呼ぶようになった。


 名前はつけようと思っていたが、黒猫が「我に名前をつけなくてもいいのだ」と、言うのでつけていなかった。

 だが「契約者ができればつけてもいいぞ」とも言っていたため、シルクは早く契約者を見つけて、早く名前をつけてあげたかった。


 黒猫の中に住み着く「なにか」が気になるが、それよりも気になるのは授かった名前のことだ。


 何故授かったときにシルクに言わなかったのか。

 色々気になるところだらけで――、


「黙っていてすまない。申し訳なく思っている」


 それを聞いたシルクの周りに星屑のような魔力が煌めく。妖精を纏っているように見えるその光景は、シルクの感情を表していた。


「⋯⋯なんで黙ってたのよ。二ヶ月も一緒にたら、きっかけくらいあったでしょう?」


 大きく光ったかと思えば、小さくなって消えそうになる。


 シルクがどう思っているのか、翔太や黒猫にはわからない。

 わからないが、小さく消えそうになるとき泣きそうな顔をする。


 そのくらいの変化はわかって――、


「そ、その! 黒猫が授かった名前ってどんな名前なんだ? 俺は気になるなぁ。黒猫に住み着く『なにか』から授かった名前なんだろ?」


 空気読めない男。のように見えるが、翔太なりにこの空気を変えようした結果がこれだ。人付き合いの上手くない翔太の考えた作戦が効いている。シルクの周りに出ていた魔力が収まって消えていった。


 シルクは気持ちの変動が大きい人間、クイーンズだ。情緒不安定ともいえるだろう。シルクはこれじゃダメだと自分に喝を入れ、気持ちを切り替える。


「んん、シルクも気になるわ。その授かった名前」


「だよな! 名前が決まらないと大家さんのところにも行けないからな」


 頼む、これ以上シルクの機嫌を損ねないでくれ、と言わんばかりの便乗で黒猫に問う。黒猫も「腹を括るしかない」と思い、自分の名前を打ち明ける――、


「我の名は――『小豆こまめ』。小豆こまめだ。『あずき』と書いて『こまめ』と読むのだ⋯⋯」


「小豆⋯⋯!」「小豆!?」


 シルクは黙っていた理由をなるほどと察し、翔太はあずきと書いてこまめと読むことに驚いた。


「我の名は小豆。これからは黒猫ではなく、小豆と呼んでくれ」

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