演技派女優(?)の猫かぶり
『我の名は
黒猫の名前を知り、これからはそう呼ぶことにした二人。
「自分のプライドや性格、毛の色と似合わない名前だから言い出せなかったのね?」
今まで言い出せなかったのは主にその理由だろうとシルクは推測する。
小豆は首を縦に振っているところを見ると事実のようだ。
「我の中にいる『なにか』が勝手につけた名前。そう思っていたのだが、もし別の名前を名乗っていたら天罰がくだりそうでな。いずれ名乗らなければならないと思っていた」
頭を下げ、小豆は「すまない」と謝る。
シルクは「しょうがないわね。その可愛いルックスに負けて許してあげるわ」と言って今度こそ小豆を抱っこした。
「我は可愛いのではなくカッコ可愛いのだ。そこ間違えるでないぞ」
「ふん、生意気なところは可愛くないわね」
「それブーメランなんじゃ⋯⋯」
「ブーメランじゃないかしら! シルクは生意気じゃないのよ!」
翔太からぷいっと顔を逸らし、すっかりいつもの雰囲気に戻ったようだ。
小豆も打ち明けることができてスッキリした様子。
シルクと小豆がじゃれあっているうちに、翔太は大家さんの家に行く準備をする。
とは言え、大家さんの家は、道を挟んで向こう側だ。横断歩道も近いのですぐに行ける距離。
「なにか書類書くかもだからペン持ってくか。いや、あっちが用意してくれるか」
結局なにも持っていくものもなく、シルクと小豆を連れて挨拶に行くことに。
「シルクは周りの人に見えるように透明化魔法をかけて、小豆はなにもしなくていいわね。言語魔法はそのままにしとくけれど、くれぐれも小豆と喋らないように気をつけなさい」
「了解」「我は二人に喋りかけないようにすればいいのだな」
シルクから忠告が入り、ドアを開けて普通に外に出る。
クーラーはつけっぱなしだがすぐに戻るので問題ない。
鍵を閉めて、ちゃんと鍵がかかったか確かめる。
「それにしても暑っついな。小豆は俺が抱っこするよ。恐らく地面がめちゃめちゃ熱い。抱っこも暑苦しいと思うけど、火傷するよりマシだ。んで大家さんの家はあれ」
「了解なのよ」
小豆は緊張しているのか言いつけを守っているのか黙ったままで、すぐに着いた。
電話で連絡しておけばよかったかな、と今更思う翔太だが、車があるので家にはいるだろう。
――ピーンポーン。ピーンポーン。
『はーい。あぁ佐藤さん。と、彼女さん? どうかしました?』
「か――」
「大家さんはじめまして。翔太さんとお付き合いしている、『
「――っ!?」
話を遮られ、なにかと思えばシルクが翔太と付き合っていると言い出し、「糸矢きぬ」という偽名を言い出す。
翔太の腕の中にいる小豆は目を見開いて驚き、翔太はポーカーフェイスでなんとか誤魔化した。
『美人な彼女さんねぇ』
「あははっ、自慢の彼女なんですよー。ってそうじゃなくて、今日はペット登録をしにきたんです。この猫なんですけど」
『あらぁ可愛いねぇ! 暑いでしょう、ちょっと待っててね』
抱っこしていた小豆がインターホンに見えるようにすると、大家さんの声がガラッと変わって、孫を愛でるような声になった。インターホン越しにドタドタ足音が聞こえる。
(こんな設定聞いてねぇぞ!?)
先程の翔太の笑い方はぎこちなかったし、喋り方も棒読みだった。
冷や汗が止まらない翔太をよそに、シルクは涼しい顔で微笑んでいる。
「いらっしゃい佐藤さんと糸矢さん。あら、佐藤さんすごい汗。ささ、中に入って入って」
「お邪魔します」「お、お邪魔します」
凛とした立ち振る舞い。いつものシルクと変わらない気もするが、口調と声のトーンが明らかに違う。
動揺する翔太は、小豆を撫でまくっている。
部屋に入るとクーラーが効いていて涼しい応接間のような場所に通された。
翔太が引っ越しをするとき、ここで手続きをしたのを思い出す。
「ンニャー」
わしゃわしゃと撫でてくる翔太に「乱暴に撫でるでないぞ」と言う小豆。
返事をしてはいけないので、撫でるのをやめてあげる。
「本当に可愛いわねこの子! おばちゃん猫好きなのよぉ、撫でてもいいかしら?」
「どうぞどうぞ」
そう言って翔太は大家さんに受け渡す。
小豆の黒い毛が太陽に晒されて地味に熱かった小豆が腕からいなくなり、腕や胸のところが涼しくなる。
「あぁ可愛いわぁ。名前はなんていうの?」
「漢字の
シルクが朗らかな笑みで答える。
左隣に座っているシルクこそ、本物のポーカーフェイスだと感じる翔太。
「あとペット登録なんだけどね? 犬がしなきゃいけないだけで、猫はしなくてもいいのよ。まぁせっかく来てくれたんだし、犬用のこの書類に記入してくれるとありがたいかな」
「あ、猫はしなくてもいいんですか!」
「そうなのよー、まぁ報告してくれるとありがたいんだけどねぇ。猫は壁を傷つけたり、鳴き声がうるさかったりするから」
小豆を撫でながら大家さんは言う。
翔太は犬用のペット登録用紙に、小豆のことや自分のことを書いた。
項目には去勢手術について書いてあり、わからず止まっていると、シルクが脚に丸を書いて教えてくれた。
(去勢手術までしてあるのか⋯⋯ちゃんと飼ってたんだな)
いきなり脚を触られてビクッとなったが寒気がしたような振りをしてなんとか誤魔化す。
餌入れや餌も持っていたのを考えると、猫用トイレやブラッシングをするブラシももっているかもしれない。なんならキャットタワーまで持っていそうだなと考える。
記入が終わり、最後の欄に翔太の名前を書いていると――、
「糸矢さんは佐藤さんとどうやって出会ったの? おばちゃん恋バナ聞きたいわぁ」
大家さんがつつけばボロが出ることを、ピンポイントでついてきた。
あの衝撃的な出会いの場面を思い出し、思わずペンが止まる。
しかしこの質問を投げかけられているのはシルク。自分には関係ないと言い聞かせ名前を書くのに集中する。
質問されたのがシルクだったことが不幸中の幸いだろう。
「――⋯⋯私と翔太さんとの出会いですか。あんまりこういう話をしたことがないので照れますね」
少し間があったが、微笑んで照れてみせる。
その姿を大家さんに抱かれながら見ていた小豆は、「シルクがいつもより可愛らしく見えるぞ!」と、思わず言ってしまいそうだった。
一方シルクは頭をフル回転させて、作り話を考えていた。だが間に合わない。間ができれば不自然に思われてしまう。ここは事実を――、
「初めて出会った場所は、ショッピングモールの本売り場でした」
だが翔太はその事実を知らず、作り話だと思っている。
そして本当の話はここまでだ。
「そこで私は翔太に一目惚れしてしまって、連絡先を交換してくださいって言ったんです。いわゆる逆ナンで⋯⋯は、恥ずかしいのでこの話はやめましょう! はぁー暑い暑い」
パタパタと手で仰いで涼む演技。きちんとシルクの顔は赤らんでいて、翔太も自ずと顔が赤くなる。
大家さんは「恥ずかしがらずにもっと喋ってくれていいのに」と言ったが、翔太が用紙を書き終わったことよってこの話は終わった。
流石とシルクといったところか。
この演技力ならば、自分で脚本を書いて主演をすることもできるだろう。
「いつでも小豆くん連れてきていいからね! おばちゃん大体家に居るから! 佐藤さんは早く糸矢さんを妻にできるといいわね」
「が、頑張ります」
小豆を受け取り、やっと家に帰ることができそうだ。
大家さんはまた来てねと言うが、恐らく今度来るときは引っ越すときになるだろう。大家さんから恋バナ攻めされたら、ボロが出る自信しかない翔太だった。
「それじゃあ今後もよろしくお願いします」
そう挨拶をして家に帰る。道中ずっと見守られていたため、あまり会話をせず家に帰った。
「ただいまー」
「はぁ、疲れるわね」
「我はずっと撫でられて楽しかったぞ!」
早く帰るからいいとエアコンをつけっぱなしにしていたが、なんだかんだ三十分かかった。まぁこのくらいなら許容範囲だろうと言い聞かせ、ソファでくつろぐ二人と一匹。
「しかしシルクの演技力には驚かされたよ⋯⋯咄嗟に偽名が出てきて作り話も出てきて、別人かと思った」
「うむ、シルクが別人になってたのだ」
「あぁ、あの名前は偽名じゃないのよ。一応『
「戸籍!?」
初耳の情報に翔太は驚き、翔太の大きい声に小豆も驚いた。
シルクは戸籍があるのでカードも作れるし一人暮らしもできる。バイトもできるし就職もできるというわけだ。
「なんでもありなんだな」
「戸籍とれない程度の実力で、どうやって核兵器をなくすっていうのよ。そのくらいできるのは当たり前よ」
「核兵器ね⋯⋯」
ミッションは核兵器をなくすこと。
わかっていたし、頭の片隅にその事実がなかったわけじゃない。
だが、その規模の大きさの問題を自分でなんとかできるのか不安になるのは当然のことで、
「ちなみに核兵器をなくす実行日って決まってるのか⋯⋯?」
契約してからまだ三日目。契約の挨拶に行ったのが昨日で、現在使える魔法は二つ。浮遊魔法と言語魔法のみ。
魔法書を見る限り六十種類以上の魔法を覚えなくてはいけない。
一日一種類、魔法を覚えていくとしても、最低二ヶ月はかかる。
そして今習得しているのは初級魔法。
中級魔法や上級魔法に上がっていくにつれて、一日一種類覚えることができるのか未知数だ。
つまり、約三ヶ月は練習期間になるというわけだ。
今は七月の終わり。ざっと八月だと仮定して、三ヶ月後となると十一月。
翔太に実行日を問われたシルクは顔色を変えて話す。
「実行日は⋯⋯まだ決まっていないわ。でもなるべく早くしたほうがいいのよ。いつ他国から裏切られ、核兵器を落とされるかわからないし、逆も然りね。市民はのほほんと過ごしているけれど、今現在、とても緊迫した状況なのは間違いないわ」
「そんなに緊迫してるならほかのクイーンズが対処しに行ったほうがいいんじゃ――」
「――ほかのクイーンズでは魔法の威力や魔法が使える範囲が足りない。クイーンズの中で一番魔法を使えるのはシルク。だからこのミッションを成功させることができるのは、シルクとその契約者しかいないのよ」
シルクの表情が曇り、自分に言い聞かせるようにしている。
シルクが背負った責任は、情緒がおかしくなるほど重大な問題だった。
優愛という契約者を亡くし、二年間もシルクは動けなかった。
その間、小さいミッションは一人でこなしていたが、大きいミッションは別のクイーンズに渡る。
本当はシルクとその契約者が行うはずのミッションも、ほかのクイーンズ達で補い、それぞれ傷を負いながらもなんとか成功させてきた。
そんなことを翔太や小豆がわかるはずもなく、シルクをじっと見るしかない。
少しの間ができて、居心地の悪い空気が漂う。
シーンとなったリビングに、エアコンから出る風の音だけが聞こえて――、
「まぁ、俺達じゃなきゃダメってことはわかったよ。できるだけはやく魔法を全種使えるようにならなきゃだな! 小豆も応援してくれよな」
「ふれー、ふれー、しょーうた! なのだ」
翔太はこの空気が大の苦手で、コミュ力がないなりに空気を変える。
小豆も翔太の意思を察して乗ってあげたようだ。
「そうね⋯⋯ということで! これからはスパルタで魔法を教えるわ。初級魔法は一日に三種覚え、中級は一日に二種。上級は一日に一種覚えてもらうわ」
「いきなり!? もしやそれが言いたいがためにこの話もちだしたのか!?」
「さぁね。ご想像にお任せしますってところかしら」
「わぁお⋯⋯翔太、ファイトなのだ」
スパルタ教育はしょうがないと思いつつ、シルクが顔色を変えて話したのは演技だったのではと疑ってしまう翔太だった。
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