忠誠心ヲ捧げる覚悟ハ、デキテイルカ

『天使か?』


 と、そう言ってしまった翔太は赤面し、シルクは「なっ」っと言ってリビングに逃げた。


 天使なんて言われたことがないシルクは猫を抱き、魔法でソファをしまい、ベッドを出して布団に潜る。


 全身が熱くなって、耳まで熱をもつのがわかった。


「らしくないかしら⋯⋯」


 黒猫を抱き抱えたままだが黒猫は鳴かず、シルクのされるがままになっている。


 翔太は「なんで言っちゃったんだよ」とその場にしゃがむ。

 後悔はしていないが恥ずかしさで死にそうだ。


 翔太は女性に可愛いと伝えたことがほぼない。


 それでいて可愛いと言うより恥ずかしい、「天使」という言葉を言ってしまったのだ。


 忘れようと、考えないようにして歯磨きをするが、無心になりすぎて血が出るほど歯を磨いてしまうし、お風呂に入るとシャンプーを二回してしまう。


「俺やばいな」


 体をタオルで拭いているときにそう思った。

 確かに普通の人なら「天使か?」なんて言わないだろう。


 これはラノベの影響だろうか。

 以前は使わなかった言葉が翔太の脳裏にチラつく。


 そしてまだ会って三日だ。

 引かれていてもおかしくないし、絶交だと言われてもしょうがない。


「もし契約切りたいって言われたら俺は死ぬってことか」


 そうなった場合本当に笑えないので、シルクに絶交と言われない程度に、引かれない程度にアピールしていこうと思う翔太だった。


 ――――――――――――――――――


 む、我に駆け足で近づいてくる人間がいるな。


『ねぇ。――貴方はただの猫なの?』


 初めて人間から通じる言葉で喋りかけられた。ただの猫なの? と言われても、ただの猫だとしか言えぬ。それ以外の何物でもないだろう。

 それにお前も猫語で喋りかけているではないか。


 見ればわかるこの艶のある美しい黒い毛並み。

 顔だってキリッとしてカッコ可愛いだろう?

 耳は傷一つないし、猫にしては珍しく長くて細い尻尾。


 この姿を見て可愛い猫じゃないなんて言うほうがおかしいのだ。


『お前こそなんだ。いきなり話しかけてきて、もしや人間の形をした猫なのか?』


 傍から見ればニャーンニャーンとしか鳴いていないように見えるだろうが、きちんと意味をもって発している言葉だ。


 もしこいつが猫ならば、さっさとその人間の面を剥がして猫の姿に戻ればいい。


 この姿は人間よりも小さくて可愛いし、人間から可愛がってもらえる。

 よりによって可愛がるほうにならなくてもよいのだぞ?


『私は⋯⋯人間よ。猫じゃないわ。ここだと人が多いから人気ひとけのないところで喋らない?』


『ふむ。猫ではないと言うのだな。少しお前に興味がある。ついて行ってやらんこともないのだ』


『ありがとう、私の後ろを付いて来て頂戴』


 そう言って変わった髪の女は歩いて行く。


 大人しく付いて行ってやると、時よりこちらを振り向く。

 そしてちゃんと付いて来ているのを確認すると、前に進んで行く。


 そんなことを数回していると裏路地に辿り着いた。


 確かにここなら人間は来ないだろう。しかしこんな裏路地を知っているとは、本当に人間なのか? 信用できぬ。


『さて、まずは自己紹介ね。私の名前はシルバー・クイーンズ。シルクと呼んでほしいわ』


『ほう、変わった名前だな。我に名はない、好きに呼ぶとよいぞ』


 シルクか。名前の雰囲気的には、外国人とやらの名前に近いものを感じるぞ。


 髪の毛の色といい瞳の色といい、中々この国の人間だとは思えない容姿をしておる。そして猫語を喋れている。謎多き人間。


 こんなにワクワクする人間は初めてだ。


『クイーンズを名乗ってもピンと来ていない⋯⋯つまり野良猫? 貴方、誰かに飼われていないの?』


 ブツブツ独り言を喋っていても無駄なのだ。猫はお前ら人間より耳がいいのだぞ? なぬ? 飼われている猫だと?


『我は誰にも飼われていない。野良猫だ』


『そう。野良猫⋯⋯なら――』


 ――!? な、なにをしているのだ! お、お前。高い! 流石にこの高さは我の身体能力であっても死が迫る!


『さてはお前人間でもないな。もしや人間の形に化けた鳥? いや、でも猫語を喋れている。くそ、なんなんだお前!』


『大人しくしてて頂戴。もし落ちたら大変でしょう? あと、ちゃんと名乗ったんだから、お前って呼ぶのやめなさい。ちゃんとシルクと呼んで』


『こんな状況で大人しくしていられるわけがなかろう! だがここから落ちるよりこのシルクとやらに身を任せたほうが安全――』


『そうよ、そのほうが安全。そして、シルクは人間でもなければ猫でもない。鳥でもないわ』


『ならシルクはなんの生き物だと言うのだ! こんな空を飛ぶような人間は見たことがないし、猫語を喋れる人間も見たことがないぞ!』


『シルクは――魔法が使える人型兵器よ。シルクのような人間のことをクイーンズと言うわ』


『まほお? なんだその言葉。じんこうへーきというのもよくわからぬ。クイーンズという名も初めて聞いた。わからん。わからんぞ! もっと猫もわかる説明をするのだ!』


『ふふっ、猫が猫にもわかる説明しろって言うの面白いわね。そうね、もっと簡単にいうなら、普通の人間には使えない特別な力が使える人間。みたいな感じかしら』


『むむぅ。まだ難しいぞ。特別な力というのはどんな力なんだ? 重たい石を持ち上げたりできるってことなのか? というかいつまで飛び続けるのだ!? もう大分移動した気がするのだが!?』


『特別な力は今も使っているわよ? 貴方と喋ることができたり、こうやって空を飛んだり。今自覚がないだけで、実は貴方が透明になる力も使ってるの。もうすぐ目的地に着くからじっと抱かれていなさい』


『シルクの不思議はその力が原因だったのか。そしてその力を魔法と言うのだな』


 ⋯⋯む? 待て、我の美貌が見えなくなっているだと!?


 それは一大事だ。

 我の美貌が見えなければ、撫でてもらえなくなるし、餌もくれなくなるだろう!?


 くぅ、我はのんびり花見をしていただけなのに。何故こうなった⋯⋯。


『物分りのいい黒猫で助かるわ。さて、後は――』


 後はって、そのあとに起こるのは――うわっああああ落ちる! なにをやっておるのだ! って。なぬ? 衝撃がない。助かったのか?


『無事到着ね。このまま腕の中がいいのか、後ろから付いてくるのがいいのか選びなさい』


『あの移動方法で無事なのが奇跡⋯⋯んん。もしシルクが疲れていないのなら、このままがよい。シルクの腕の中は居心地がいいのでな』


『こんな程度で疲れるシルクじゃないわ。それじゃあ抱いたままで少し歩くわよ』


 そう言ってシルクは我の背を撫でたり頭を撫でたりしてくる。


 ⋯⋯悪くない。中々気持ちがいいものだ。ふわぁ〜。眠くなってきた。到着するまでウトウトしていよう⋯⋯⋯⋯。


『――ねぇ。おーい。聞こえているかしら?』


『んにゃ⋯⋯?』


 おっといけない。ウトウトだけでとどめようと思っていたら寝てしまった。


『よかった。起きてくれて。さて、ここで貴方に質問をいくらでもできるわね』


 どこに移動して――ん? ここはシルクの腕の中⋯⋯ではない。草の上に寝かされている。


 すんすん。ふむ、なるほど森か。近くに川の音がする。人の声は聞こえてこないな。


 どうやら人気ひとけのないところというのは裏路地ではなく、こっちだったようだ。


『質問でもなんでもするがよい。我は寛大だからな。いくらでも答えてやろう』


『そう、ならよかった。じゃあ早速。貴方はずっと野良猫なのかしら。親や兄妹はいない?』


『気が付いたときには野良猫だった。親や兄妹はいない。だがこの美貌のお陰で餌には困らなかった。そして我が喋るこの喋り方は、親のような猫に教えてもらった』


『親のようなその猫は物知りだったの?』


『あぁ、物凄く物知りだった。質問すれば必ず答えてくれたし、質問してなくても色々な知識を教えてくれた。花見の文化もその猫に教えてもらい、今日していたのだ。――その猫はもう、この世にはいないがな』


 親のような猫。と言ったが、親というよりは親戚のおじさんといったところだろう。少し壁があるが、仲良くしてくれる。そんな仲――、


『あの猫は人間に飼われていた元家猫だと言っていた。その時に色々学んだとも言っていた。だが大きく地面が揺れて、外に逃げたら人間と離れ離れになった。何日も家の前で待ったが会えなくて、諦めてしまった。そしてお腹を空かせたまま歩いた先がこの街だったらしい。そして我が人間から餌を貰っているときにフラフラ寄ってきて、餌を分け与えてやると仲良くなった』


『そう⋯⋯地震で家族と離れ離れになったのね。そういえば貴方の名前はないと言っていたけれど、その猫から名前を貰ったりしていないの?』


『名前はつけてくれなかったよ。あの猫にも名前というものがあったらしいが、教えてくれなかった。名前で呼ぶのは飼ってくれた家族だけがいいと』


 あんなにも飼ってくれた人間。いや、家族のことを想っているのに。どうして待つのを諦めたのか謎でしかならぬ。


『あの猫が教えてくれなかったのは「名前」と、「諦めた理由」だけだ。それ以外はなんでも教えてくれた。⋯⋯あの猫の話はこのくらいでいいだろう。我もあの猫を思うと心が痛いのだ』


『辛い話をさせてしまってごめんなさいなのよ』


 何故シルクが泣きそうな顔をするのだ。そんな顔をするでない。シルクは顔が美しく整っておるのだから、そんな顔をすると顔が崩れるでないか。泣くでない。


『ごめんなさい。みっともない顔を見せてしまったわね』


『みっともないなど思っておらぬよ。我を撫でて心を落ち着かせるといい』


『ふふっ、それってただ撫でてほしいだけじゃないかしら?』


『なにを言っておるのか我にはわからんなぁ〜』


『猫にもボケとツッコミの文化はあるようね』


『やかましいわ!』


 ふん。やはり我のモフモフ度には癒し効果があるようだな。シルクが笑顔になったぞ。そして我も撫でられて気持ちがいい。一石二鳥というやつだ。


 しばらく撫でられ、ゴロゴロ心地よい時間を過ごし、シルクの涙が乾いたところで今度はこっちから質問をしてみよう。


『なぁシルク。シルクは何故「ただの猫なの?」と、聞いてきたのだ? 我が猫に見えなかったのか?』


 猫語で猫なの? と聞いてくるのは日本人に日本語で「人間なの?」と、聞いているようなものだ。猫だと思っているが確認のために聞いてきたのか?


『ちゃんと猫だと思ったわ。猫だと思ったのだけれど⋯⋯』


『だけれど?』


『魔法適性が他の猫より断然高かったのよ。それが不思議だったから、シルクと同じように魔法が使える猫なんじゃないかと思って』


 魔法適性? うーむ、また知らない言葉が出てきたぞ。

 魔法は不思議な力のことを指す言葉で、適性は適していることを指す言葉だったな。


 二つを組み合わせると、不思議な力に適しているという言葉になるな。つまり我は不思議な力が使えるのか? シルクのように?


『我はシルクのような不思議な力を使ったことはないぞ?』


『でしょうね。魔法を知らないし、クイーンズも知らなかった。けれど関係ないわ。貴方は魔法が使えるかもしれない、そういう逸材なのよ』


 逸材。いい響きだ。中々悪くないな。ふふ、逸材か。他より優れているという意味であろう? そういう言葉が我は大好きなのだ。


『魔法が使えるようになるにはどうすればいいのだ? 逸材を放っていたら勿体ないだろう。そして我は魔法に興味をもった。ぜひ使ってみたい』


『魔法が使えるようになるには⋯⋯クイーンズと契約すれば使えるようになるわ。でも、シルクは貴方と契約できないのよ』


『なぬ? 何故契約できないのだ?』


 シルクはシルバー・クイーンズというクイーンズの一人なのだろう? 何故できないのだ、我が猫だからか?


『シルクと契約するには条件が多すぎるのよ。そして貴方はシルクの条件に満たしていないの。でも、シルクは貴方を飼いたい。契約はできないけれど、貴方を飼いたいの』


『シルクが我を飼いたいだと?』


『そうよ。絶対に貴方を飼いたい。ほかの猫じゃダメなのよ!』


 ⋯⋯ほかの猫じゃダメ。絶対に飼いたい? 我を? 本当に?


 ただ餌をくれるだけの、今までの子どもとは違う。飼いたいと、シルクは言ってくれている。


 それにほかの人間とは違って、シルクならばこうやって喋ることができる。ふむ、悪くない。特別な我にふさわしい、特別な力をもった人間。


『⋯⋯飼われてやってもいい』


『本当!? 嬉しいわ!』


 ――一生ノ忠誠心ヲ。捧げる覚悟ハ、デキテイルカ。


 ふん。一生なんて知らぬ。我は共にシルクと生きるとを今決めた。忠誠心を捧げる覚悟はないが、猫の手も借りたい状況になったら貸してやらぬこともこともない。


 ――忠誠心ヲ捧げる覚悟ハ、デキテイルカ。


 な、ないと言っているだろう? でも困ってたら助けてやるのだ。それじゃダメなのか?


 ――忠誠心ヲ捧げる覚悟ハ、デキテイルカ。


 ⋯⋯しつこいな。はいはい、できていると言えばいいのだろう、できていると。


 ――ヨロシイ。ナラバ「名前」ヲ授けヨウ。


 名前? 我に名前をつけるのはシルクじゃないのか? 名前は飼い主につけてもらうんじゃ――、

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