ただの黒猫ではないらしい
猫かぁと脱力した翔太は、次々と疑問が浮かぶ。
ここで猫を育てるのは何故なのか。
今日じゃなきゃいけなかった理由は、猫に餌をあげるためなのか。
自分で考えていても答えは見つからないし、埒が明かない。この際とことん質問してやろうと決意した。
「猫を育てるのには反対しない。とりあえず聞くが、猫は今どこにいるんだ?」
犬派だが猫も可愛い。両親に犬や猫を飼いたいと頼み込んだ時期もあった。
ニートになって動物を飼えるとは思ってもいなかったため、翔太はどんな猫なのか楽しみにしている。
「育ててくれるのね! 安心したわ⋯⋯動物嫌いだったらどうしようかと思っていたのよ。猫は今、この図書館の管理室にいるわ。案内するから付いて来て頂戴」
そう言うとシルクは飛んで管理室に移動した。翔太はシルクの後ろを飛んで付いて行く。
ドアをすり抜け部屋に入ると、そこは管理室と言えないような、物置状態で、埃っぽい部屋だった。
「ここよ」
そう言ってシルクが指を差したのは山積みになっているダンボールの一つ。
その中に猫がいるらしい。
「こんな所に猫がいるのはなんでだ? ここに猫を捨てたとは考えにくいけど」
「シルクがここに隠したからよ。人目につかなくて誰も入らないような部屋だから、隠すのには丁度いいと思って」
「不法侵入で間借りしてたわけだな」
「そうね。でもどうしてもこの子を手放したくなくて⋯⋯」
そう言ってダンボールの中から取り出した猫と対面する。
猫は全身が漆黒の色に染まっている黒猫で、瞳は琥珀のように輝いていた。
「この猫、ほかの猫と違って特殊なのよ」
「普通の黒猫に見えるけど、これのどこが特殊なんだ?」
文字通りの黒い猫はシルクに抱えられ、琥珀色の瞳で翔太を凝視する。
「この黒猫は今まで見た猫の中で、断トツ。いや、異常な程、魔法適性が高いのよ。分かりやすく数値で表現するなら、普通の猫が百程度。普通の人間は三百程度。翔太は千五百程度くらいかしら」
「俺結構高いんだな⋯⋯」
魔法適性がシルクと同じくらいでないと契約できなかったはず、という事はシルクも千五百程度なのだろう。
「まぁ高くないとシルクと契約できないもの。そして、この黒猫は人間より遥かに高い『千程度』の魔法適性をもってる――」
「ニャーン」
黒猫は自分凄いでしょ? と言わんばかりの自信満々な顔で鳴いた。
翔太が普通の人間より五倍高くて、この黒猫は十倍高いということだろう。確かに凄いと翔太は納得する。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。この黒猫が特殊なのはわかった。わかったけど、そもそも魔法適正ってなんだ?」
「そういえば教えてなかったわね。魔法適性っていうのは、『一日に生み出せる魔力の量』や、『魔力を溜めていられる容量の大きさ』。『魔法が使えるか否か』の、三種を全てひっくるめた、契約するときに重要なものよ。そして魔法適性はその生物が放つオーラでどのくらいかわかるから、数値化することは難しいの」
つまり魔法適性が高いということは、魔力が優れているということだろう。
「つまり、この黒猫は魔法が使えるかもしれないってことか⋯⋯?」
「――そうなのよ。でもこの黒猫、魔力を使ってる形跡がない。魔法を使うには、魔力の存在を認識し、クイーンズと契約することが必須。つまり、魔法適性が高いこの黒猫と契約しているクイーンズは一人もいないってことなのよ」
もしクイーンズがこの黒猫を見たら放っておくはずがないとシルクは言う。
この黒猫はそれほど魔法の才能に恵まれているというわけだ。
「クイーンズは猫とも契約できるなんて初耳なんだが⋯⋯」
魔法適性に関しても初耳で、猫と契約できるのも初耳だ。
だが契約するにはデメリットがあったはず。
猫にデメリットを話し、その上で契約したいというのかわからない。魔法など興味がないのではないか。
「生物と会話できる魔法があることで、人間じゃなくとも契約できるのよ。まぁ、シルクはデメリットの関係でこの黒猫と契約することができないのだけれど」
シルクは黒猫の背を撫でながら残念そうに言う。
シルクのデメリットである「契約者の髪、瞳の色がシルクと同じでなければならない」に引っかかるため契約できないのだ。
ほかのクイーンズであれば契約できるだろう。
「自分にできないのが歯痒い」、そう言いたそうな顔をした。
「つまり、シルクは黒猫と契約できないけれども、この黒猫を飼いたい。育てたいってことだな?」
「そういうことなのよ。三ヶ月前位から、場所を転々としながらこの黒猫を育てているわ。魔法を使って会話をしたりしたら随分と懐いてくれて、もう手放したくないのよ⋯⋯今日、どうしても図書館で練習をしたかったのはこの黒猫を翔太に紹介するため。翔太のアパートはペット不可でしょう? だからどこかで育てたくて――」
「ちょっと待て。ペット不可ってどこ情報だ? 俺の住んでるアパートはペット飼ってもいいぞ?」
翔太がそう言った瞬間、シルクが「え?」と、言った。
翔太も何処から嘘の情報を手に入れたのか謎で、「え?」と、言った。
「だ、だって、アパートは基本ペット不可なんじゃ⋯⋯」
「不可の場所が多いのは確かだが、俺の住んでるアパートはペット不可じゃないんだよ。まさかアパートは基本ペット不可っていう固定観念でダメだと思ってたのか?」
コクコクと頷くシルク。
翔太はため息を漏らし、シルクから黒猫をとって抱えた。
黒猫は翔太に抱かれても嫌な顔ひとつせず、翔太を噛むこともない。
「固定観念だけでダメだとか諦めずに、魔法でもネットでも使って調べてからにしろよな。とりあえず、この黒猫は家で飼う。それでいいな?」
「それでいいというか、それがいいわ!」
猫を手放さなくていい上に、家で飼えるのはシルクの理想であり願望だった。翔太も念願叶って動物を飼うことができて嬉しそうだ。
「この黒猫には透明化魔法と通過魔法がかかっているわ。飛行魔法はかかっていないから落とさないように飛んでね」
「了解だ」
そう言って翔太は図書館から飛び立つ。
翔太に抱かれた黒猫はいつの間にかスヤスヤ眠っていて、起きる気配がない。
黒猫が起きた時に驚かないよう建物より高く上昇し、丁度いい高度になったら家の方向まで直線で飛んで帰る。
その間にシルクは図書館の周りに人がいないか確認し、図書館にかけた魔法を解除していく。
「電流魔法、色彩魔法――解除」
これで防犯カメラは再び動きだし、クーラーは消え、図書館にあるガラスは全て元通りになった。
「さて、家に帰ったら黒猫に名前を⋯⋯つけなきゃ」
どんな名前がいいかなと候補を思い浮かべながら、家やビルをすり抜け家に帰る。ペットが飼えるなんて夢にも思っていなかったため、シルクの心は浮き足立っているようだ。
翔太たちが家に着いても黒猫は眠ったままで、危機感というものを知らないのかと疑いたくなる。
「ただいまー」
独り言を呟いて家に入る。
部屋が明るいため電気をつけっぱなしで出かけてしまったのかと思っていたが、それは違うとすぐわかる。
「――おかえりなさい」
「っ!?」
シルクが帰ってくるのを待つかと思っていたら、シルクのほうが先に家に着いていた。
「心臓に悪いぜ⋯⋯黒猫落とすところだった」
「それは許さないわ。もしそうなっていたら『空間停止魔法』を使ってでも阻止していたでしょうね」
「おぉ時間止める魔法か!?」
「そうね。上級魔法だから翔太が使うのはもう少し先になるでしょうけど」
シルクが近くにいるおかげで明るく見えていただけだったようだ。
「翔太と黒猫、シルクにかかっている魔法、全て解除――」
魔法を解除し、翔太はシルクと適度な距離をあけてソファに座る。
「この黒猫に名前をつけたいと思うのだけれど、なにか候補はあるかしら?」
シルクは翔太との間に黒猫を置き、撫でながら名前の候補を出していく。
「全体的に黒くて瞳が琥珀色⋯⋯黒の中にオレンジって感じか。宇宙の中にある太陽って感じがするし、太陽とか良さそうじゃないか?」
「太陽って猫っぽくないかしら。猫は太陽か月で言えば月っぽいのよ。それに太陽ってなんとなく人間の名前っぽいじゃない」
うーんと唸り、悩む二人。
見た目で名前をつけないならば、出会った経緯やこの猫が好きなものにすれば良いのでは? ということでシルクの話を聞く。
「この黒猫と出会ったのは、シルクが花見に行ったときね。人が多く集まるし、契約者探しにもってこいだったからなのよ。そのときに魔法適性が高い黒猫を見つけて、手懐けたわ」
「それじゃあ桜とか? 安直すぎるか」
「安直ね。それにこの黒猫はオスなのよ。もう少し凝ってて、かっこいい名前をつけてあげたいわ」
再びうーんと唸る。黒猫の好きな物はまだわからないとシルクが言うので、情報がもうない。
だが在り来りな名前になりたくない二人は必死に考えた。
そして考えに考え抜いた結果、
「黒猫と喋って、黒猫に自分の名前を決めてもらうのはどうかしら?」
「今まで考えた候補の中でなにがいいか決めてもらうのか。なるほど、いい考えだな!」
ということで黒猫に決めてもらうことにした。だが――、
「なぁ。お前さんの名前を決めたいんだがなんの名前がいいんだ?」
「おーい起きるかしら」
話しかけても起きる気配がない。熟睡しているようだ。
それもそのはず。もう九時を回っている。猫は一日に約十四時間寝ると言われており、二十四時間の半分は寝て過ごしているのだ。
「これは明日にしたほうが良さそうだな」
「そうね、シルクも魔力を溜めたいし、今日はやめておきましょうか」
「了解、ふぁあ。眠いな⋯⋯俺もさっさと寝ることにするよ」
そう言って翔太は洗面台に向かい、歯磨きをする。
お風呂の前に歯磨きをするのは昔からの癖であり、毎晩のルーティーンだ。
歯ブラシを水で濡らし歯磨き粉を付ける。
その間にふと鏡に映る自分の顔を見ると、なんだか違和感があって――、
「ん? んんん!?」
まず気づいたのは瞳。
瞳の色がいつもより透き通っていて、まるでシルクの瞳のよう。
髪の色も少し違う。ブリーチで傷んでいた髪の毛はサラサラになっていて、色もムラがない。髪の根元をかき分けて見てみるも、地毛の黒い髪はなくなっていた。
「まて、よく見ると眉毛も若干色素薄くなってる⋯⋯しかもまつ毛もじゃねぇか!? これじゃまるで――」
「シルクにそっくりね」
背後からいきなり喋りかけられて肩がビクッとなる。
シルクは「ほんと、忘れやすいのね」と言い、
「契約の挨拶に行ったら瞳の色も髪の毛も、シルクとそっくりになるって言ったでしょう? 契約の挨拶から帰ってきて全くそのことについて触れないんだもの。絶対忘れてると思ってたわ。あー可笑しい、ふふっ」
そう無邪気に笑った。
省エネモードではない素の無邪気な笑みは、省エネモードのとき以上に可愛らしく見えて――、
「天使か?」
と、思わず言ってしまうのであった。
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