青と青の契約者

 昼ごはんを食べ終わったシルクは本格的に寝たいらしく、ソファをしまって自前のベッドを出して寝ていた。


 その間に翔太は、皿洗いをして、シルクの邪魔なにならないよう自室で魔法書を読むことにした。


 とりあえず今書かれている魔法、三つを覚えてみる。


 一ページ目は操り魔法。二ページ目は浮遊魔法。三ページ目は――、


「『間隔魔法』か。詳しく読んでみよう」


 間隔魔法について、魔法書にはこう記されている。


 ――――――――――――――――――


『間隔魔法』現在地から自分の行きたい場所までの正確な距離、移動時間がわかる魔法。

・遠隔で使う魔法。


〈大まかな魔法の使い方〉自分の行きたい場所に魔力を放つ。

〈練習方法〉自分の行きたい場所をできるだけ鮮明に想像し、魔力を集めて声に出して唱える。又は心の中で唱え、空間に魔力を放つ。この時、遠ければ遠いほど魔力の消費が大きくなる訳ではないので、集める魔力の量は、行きたい場所の距離と関係ない。

〈対象にできる物〉人物。建築物。飛行物体。

〈練習に最適な物〉行きなれた建築物。

〈練習に最適な場所〉インターネット環境が良い部屋。

〈使えるようになるまでの平均期間〉約一時間

〈出来るようになるコツ〉とにかく想像力を働かせること。想像力が乏しいと成功させにくいので、インターネットで調べた場所の写真を見て練習をするのがオススメ。魔力を放つときは、球体が中から爆ぜるようなイメージで放ちましょう。行きたい場所がある方向に向かって放つのは意味がありません。


 ――――――――――――――――――


「つまりインターネットで調べてたものが魔法でわかるってことだ。ネットで調べれればわかるんだから、魔力の無駄遣いになるんじゃ⋯⋯?」


 インターネットで行きたい場所を調べれば、魔法を使わなくてもわかる。

 それをわざわざ魔法でしようとは思わない翔太。


「正確にわかるらしいけど今だって正確だし、使わない魔法に入るのかな」


 ゲームにいる初期キャラだったり、経験値を貯める雑魚モンスターと同じように、この魔法を習得したあとに使うことはないだろう。


 そう思った翔太は一ページ目の操り魔法を見ることにした。


 操り魔法はこう記されている。


 ――――――――――――――――――


『操り魔法』人や物を操る魔法。

・遠隔で使う魔法。


〈大まかな魔法の使い方〉杖を使い、対象の物に悪意をもって発動させる。

〈練習方法〉杖を対象に向けて杖の先に意識を込める。込めきった感覚が杖から送られてきたところで、声に出して唱える、または心の中で唱える。

〈対象にできる物〉自分より魔法適性が低い人物。接着されていない物。自分の体重×二キログラムまでの物。

〈練習に最適な物〉四肢のあるぬいぐるみ。

〈練習に最適な場所〉おもちゃ屋。

〈使えるようになるまでの平均期間〉約一時間。

〈出来るようになるコツ〉対象が物であっても、きちんと悪意をもって魔力を込めること。ぬいぐるみが対象のときでも「お前に今から嫌なことをしてやる」と、いった気持ちで使うようにしましょう。


 ――――――――――――――――――


「悪意か⋯⋯魔女は疫病をもたらす厄災だとか言われているけど、やっぱり魔法は悪意をもってかけるものなのか? 幸せをもたらす魔法があってもいいのにな」


 一ページ目に杖を使う魔法をもってきた理由はわからない。

 ホワイト・クイーン、ワインのみぞ知ることだ。


 それでもシルクの意図はわかる。


「この魔法だと躓くって思ったのかもな。俺からしてみれば余計なお世話だと言ってやりたいが、浮遊魔法のほうが見た感じ難易度も簡単そうだし⋯⋯」


 翔太はシルクの不器用な優しさを知った。


 余計なお世話だとシルクに聞こえないように呟いているが、実際は『悪意をもって魔法を使うのが怖い』と思っている。


 ⋯⋯シルクは熟睡中で、ここは別室。

 翔太の独り言など聞こえていないだろう。


 ――それでも口に出せば誰が聞いてるかわからない。


 そんなことを思ってしまう。

 契約の挨拶に来て、契約をして。


 魔法の話を誰かに聞かれていれば、翔太はこの世にはいない。


 ――口に出せば誰が聞いてるかわからない。


 他人や物に悪意を向けると、それが自分に返ってくるのではないか。

 翔太にはそんな心配がチラついて、この魔法と向き合うのが怖い。


 シルクの判断は当たっていたようだ。


 現に翔太の額には冷や汗が浮かび、脈が早くなっている。明らかにこの魔法に拒絶反応を起こしていた。


「ははっ⋯⋯俺弱いな。こんな魔法小学生でも使えるだろ。俺に八つ当たりしてきたあいつらなら笑って使うだろうよ。こんなこともできないようじゃこの先大変だな」


 落ち着かせるために深い深呼吸をして独り言も呟く。

 やっと脈も安定して冷や汗も止まり、ホッとして背もたれに深くもたれると――、


「――!?」


 自分を落ち着かせるために精一杯で周りの音を聞いていなかった。


 ――何だこの威圧⋯⋯。


 普段なら些細な音でも敏感に反応できる翔太。

 その翔太が周りの音に反応できないときに限って、こんな状況が起きるのは何故なのか。


 ――とりあえず考えろ。今の状況とするべき行動。


 シルクと初めて会った時に感じた『威圧感』を背後に感じ、せっかく止まった冷や汗がまた出てくる。シルクが起きてこの部屋に入ってきたとは考えにくい。


 背後にいるのはシルクと同じ魔法が使える誰か。

 もしくは殺人鬼や泥棒などの犯罪絡み。


 振り返る余裕はないが、浮遊魔法を使って相手を撃退することはできる。


 だが相手が魔法を使える人物でなければ、魔法を使ったことを見られて翔太は死ぬ。


 魔法を使うのはリスキーだと考え、一旦相手との距離をとることにする。


 生憎部屋の構造的に背後イコールドア。

 ドアのほうに相手がいるということは、退路を防がれるということ。


 一旦距離をとって相手がどんな人物なのか判断し、話し合いで済む相手なら話し合いをしておしまいなのだが、相手に殺意があれば魔法を使う他ない。


「――っ!」


 急いで立ち上がり、左にあるベッドの方向へ体を投げる。即座に相手の顔や年齢、性別を見る――、


「お兄さんってば警戒心強いね! そんなに警戒しなくてもいいのにー。ルーズはほかのクイーンズと違ってちっちゃくて可愛いから! えへへ、自分で可愛いって言っちゃった」


 背後の人物は自分の名をルーズと言い、クイーンズとも言った。

 可愛いとも言ったが確かに可愛い幼女に見える。


 屈強な男がいたらと想像していたが、それとは裏腹に小さくて可愛い少女が立っていた。

 翔太は安堵で腰が抜けてその場に座り込む。


 目の前の少女は全体的に言えば小さくて、色が青くて、可愛い。


 髪の毛の色は澄んだ海、ブルーサファイアのような色をしていて、翔太から見ると右側にサイドテールをしている。


 結んであるリボンは瑠璃色で瞳の色も瑠璃色。

 少しタレ目気味の目が眠気を醸し出しているが、発言からすると活発な少女だろう。


 服は黒色の生地に水色のラインが施されているセーラー服で、足元は黒のニーソックス。


 黒を基調としてポイントに青色が施されたこのコーデ。


 どこかで既視感があるのはシルクと同じクイーンズだからで――、


「お兄さんはシルク以外のクイーンズに会うのは初めてー? ルーズ、お母さんからシルクに契約者ができたって聞いて飛んできちゃった! あ、言葉通り飛んできた!」


「シルク以外のクイーンズはル、ルーズちゃんが初めてだよ。飛んできたって言うのは魔法で飛んできたって意味だよね?」


 なんとなく親戚の女の子と接するような態度をとってしまう翔太。

 小学校で働いていた頃、小さい子から近寄ってくることがなかったため内心あたふたしている。


「ルーズちゃんじゃなくてルーズでいいよー! あとシルクと喋ってる口調で喋ってほしいなー! 魔法で飛んできたのはるーちゃんも一緒!」


「――あ、お邪魔してます。翔太さんですね?」


 るーちゃんも一緒、と言われ、ひょこっと扉を開けて入ってきたのはまたもや少女だった。


 身長はルーズとさほど変わらず、髪の毛の色はルーズより深い瑠璃色で、翔太から見て左側にサイドテールをしている。


 結んであるリボンは瑠璃色で瞳の色も瑠璃色。


 半袖で、ブルーストライプの白襟ワンピース。丈は膝よりほんの少し短く、足元は素足で、床が冷たくないか翔太は心配する。


「私は『頼泉らいせん 瑠璃るり』と言います。ルーズからはるーちゃんって呼ばれてます。これからよろしくお願いします! ほら、ルーズも挨拶して」


「私は『ブルー・クイーンズ』っていうんだけど、ルーズって呼んでほしいの! これからよろしくねー!」


「俺は佐藤翔太って言うよ⋯⋯って、今更かな? というかなんでここに来たんだ? 会いに来ただけって訳じゃないだろ?」


 そう二人に問いかけると――、


「私は学校が終わって、ルーズと散歩するついでに翔太さんにご挨拶をと思いまして。手土産も持ってこなかったのですぐに帰らせていただきます!」


「えー! もう帰っちゃうのー? まだシルクと喋ってないのに!」


 パッと見瑠璃の年齢は小学四、五年生ほどだが、口調が大人びている。

 きちんと恥のないように教育された子だとわかる振る舞いだ。


 一方ルーズは身長の割には口調が幼すぎる印象で、喋る度に表情が変わったり体を動かしていて、とても活発で素直な印象。

 口調の語尾にビックリマークやハテナマークが付いているのが聞いてわかるほどだ。


 騒がしくて元気な子どもと、大人びた子どもの対照的な二人。


「シルクは今リビングで寝てるよ。今は魔力の回復待ちなんだ」


「シルク魔法使いすぎたの!? まだ契約したてなのに大変じゃない? 魔力切れってなにもできなくなるからなー」


「さっき見てきた感じだと、魔力切れじゃなくてただ寝てたみたいだよ?」


「そうなのか! ルーズうっかり屋さんだからなぁー、間違えちゃった」


 対照的な二人だが、二人の間に壁はなく、普通の友達のような接し方で違和感もない。


「ルーズはもう少し大人の対応ができるようになったほうがいいよ。翔太さんが凄く怖い人だったら、今頃ルーズが殴られてたかも」


「えー? でもお兄さんが怖い人でも魔法使っちゃえば怖いものなしだよ! まだお兄さん契約したてだし、まだ魔法使えないんじゃない?」


「そんなこと言わないの! ルーズは回復系は強いけど攻撃系は弱いでしょ? 今は魔法が使えないかもしれないけど、それを言うのはちょっと失礼だよ」


 二人のわちゃわちゃを見ていたら話に入れなくなって、すぐ帰ると言っていたが中々帰らなくて。


 ただ苦笑いしながら見るしかなかったこの場を変えてくれたのは――、


「ルーズうるさいかしら⋯⋯ふあぁ。ゆっくり寝てられないのよ。もう少し静かに話しなさい」


 ドアにもたれかかり、あくびをしながらこの場を断ち切ってくれたのはシルクだった。


「――瑠璃ちゃんお久しぶり。ルーズは相変わらずね」

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