白い狂気の部屋と黒い人物
目を開ける。そこには純白の部屋が広がっていた。
ただの白い部屋なのか、白すぎて広く見えるだけなのか。
壁がどこにあるのかわからず、足元を見ても影がない。そして気づく。
――この部屋には光源となる光を発するものがない。
そして窓も見えずドアも見当たらず。照明器具もなく、それなのになぜか明るい。
光を発するものがないのに明るい部屋。
目がチカチカするわけでもなく、むしろ心地よく思える。
――それが怖かった。
「こんなビックリ部屋に通されるなんて聞いてねぇよ⋯⋯」
シルクも来たはずのこの部屋。こんなに異質な部屋なら先に忠告してほしいと思う翔太。
辺りを見渡すがなにもない。人物の気配もなければ家具もなにもない。
シルクの魔法の失敗を疑ったがそれは考えにくい。
シルクは自分の実力に自信をもっていて、失敗なんてするわけがないと言っていたからだ。
翔太はシルクを信頼して失敗はしていないと強く思う。
実際その通り、魔法の失敗はしていない。
だが、翔太が転送された部屋は、――シルクが転送された部屋とは違う部屋だった。
「あ、あの⋯⋯ホワイト・クイーンさんはいらっしゃいますでしょうか? 挨拶に伺ったのですが」
挨拶に来たのに肝心の挨拶する人がいない。
「ちょっと待って。帰るのってどうやって帰ればいいんだ⋯⋯俺はまだ魔法使えないから自分では帰れない。てことはホワイト・クイーンに魔法を使ってもらわない限り帰れないんじゃ――」
ブツブツと早口で独り言を呟く。
ホワイト・クイーンがいなければ挨拶ができず、帰れない。誰かがこの部屋に来るまで、一人でいるしかない。
――この白い部屋でずっと?
「そ、そうだ。出口を探そう。ここだって部屋なんだから出入口くらいあるだろ」
とりあえず前に進むことにした。
壁がどこにあるかわからないため、手を真っ直ぐにしたまま歩く。
その姿はキョンシーのようでたどたどしい。シルクが見たら吹き出して笑う光景だ。
キョンシーのまま歩くこと約三分。
速度は遅いがそれなりに歩いたつもりだ。それでも壁に当たらない。
「⋯⋯もしや無限ループ?」
無限ループをしているのなら目印を置かなければいけない。
とりあえず靴を片方脱いで地面に置いた。
ついでに床を手で触ってみたのだが、触っている感覚がなかった。
冷たくもなく暖かくもなく。恐らく人肌と同じ温度なのだろう。そう考えると暖かいのかもしれない。
またしばらく歩く。
たどたどしいキョンシーは進化して、ちゃんと歩けるキョンシーになっていた。どうやら怖がって歩くのが面倒くさくなったらしい。
歩くこと約五分。
壁には到達できず、後ろを向くと靴が小さく見えた。
ここで悟ることは一つ。
「めちゃめちゃ広い部屋」
そう。めちゃめちゃ広い部屋。
それを悟った翔太はさっきまでのキョンシーは何処へやら。
全力ダッシュで靴の方へ向かい、自分の靴を回収。あぐらをかいて作戦を考える。
めちゃめちゃ広い部屋に監禁状態。
室温や気温は寒過ぎず暑すぎず。走っても汗は出ておらず、喉が渇いた様子もない。気温や室温の概念が魔界にはないのかもしれない。
そして白すぎる部屋は壁があるのかすらわからず、歩くのは体力の無駄になるだろう。
「これは詰んだのでは⋯⋯?」
時間が遅くなってもシルクは助けに来られないだろう。
なぜならデメリットがあるからだ。救助に来てもらうには――、
「シルクが異変に気付き、ほかのクイーンズに連絡をして様子を見てもらう。って感じか」
とりあえず数時間は出られないだろう。
シルクが不安がる前にホワイト・クイーンが来てくれればいいのだが。
「この部屋異質すぎだろって。シルクはどうやってホワイト・クイーンに挨拶したんだよ⋯⋯もしかしてこの部屋自体がホワイト・クイーンとか!?」
色々頭で推測するが、どれもしっくりこない。
この部屋自体がホワイト・クイーンならば、シルクはこの部屋でポンと造られたことになる。そして部屋に対して母様と呼ぶのはあまりにも異質だ。
それに契約の儀式をしたときに声を聞いた。この部屋は喋っていないことを考えても違うだろう。
「そうだ。大声で叫んだら誰か気付くかも」
咳払いをして声を整える。
あぐらをかいていたのをやめて立ち上がり、背筋を伸ばして大声で――、
「だーれーかー! いませんかー! こーこーかーら、出してくださーあーい!」
自分の声は反響することなく、空間に溶けていく。
ここまで大声を出したのは久しぶりで、ゲホゲホと咳が止まらなかった。
「反響しないってことは、壁がないのかもな」
部屋ではない部屋。文字通りの空間が広がっているだけだ。
そうなると本当に救助を待つしかなくなる。
「しばらく寝て待つか。果報は寝て待てとも言うし、ここまで白いと目を開けてるのも辛くなる」
目がチカチカするわけではないのだが、なにもない
「目瞑っても明るい⋯⋯ハンカチで覆えば多少暗くなるか」
ハンカチをアイマスク代わりにして寝る。横になると床の硬さが骨に染みた。
――――翔太の寝息だけが広がる。
翔太が眠り、約一時間後。
爆睡していた翔太は目を覚まし、状況を把握する。
「なんも変わってねぇ。救助に来てもらえずただ白い部屋が広がるだけ、か」
ムクっと体を起こして体育座りの姿勢になる。
そして顔を腕と膝の間にうずめて可哀想な子ども状態だ。
どうしたら出られるのか、いっそのこと体力が尽きるまで歩いてみようか。
焦燥感が押し寄せて不安が募る。一生出られない可能性もなくはない。
魔法を軽々しく信じ、シルクを信じ。契約をしたのが運の尽きか。
「どうすればいいんだよ⋯⋯俺は、なにも変わってなかったってことか?」
安易にいい人だと信じ、自分の迂闊さや優しさが自分を傷つける。
また繰り返したのではないか。裏切られていたのではないか。
そんな考えたくもないことが次々と脳裏に浮かんで、消えてくれない。
「俺は親不孝者だったな。親に告げずに勝手に仕事辞めて、ニートになって。貯金だけじゃ生活できなくなって、嘘をついてまで仕送りを送って貰って。気付てたのかな? 俺が仕事辞めたこと。気付いてたら流石としか言えないな」
懺悔の言葉が次々と出てくる。
「シルクを疑ってる自分がいるのはなんでだ⋯⋯疑ってごめん。きっとシルクは悪くない。なにかの不都合でこうなってるだけだ。根拠もなく疑うなんて俺最低だな」
心の底からシルクを疑ったことを謝りたいと思った。
ここに来て欲しくて、でもデメリットで来れなくて。それでも一番ここから助けて欲しい少女。そんな少女を疑う、なんて愚かなのか。
自分がどんどん嫌になり病んでいく。白い部屋に黒い自分がいるのが嫌になっていく。
こんな純白の部屋に自分はふさわしくないと、この部屋に笑われている気がして――、
「君、合格だよ」
突如声が聞こえた。顔をうずめていたのをやめて顔を上げる。
初めて聞く声だった。女の人の声だが落ち着いていて、中性的な声をしている。その声の持ち主は――、
「初めまして。私は『ブラック・クイーン』という者だ。ワイ⋯⋯ホワイト・クイーンがシルクを泣かせてしまったらしいじゃないか。それで契約者の君に合わせる顔がないと言って、駄々をこね始めてね。代わりに私が来て、ずっと『試練』の様子を伺っていた」
顔をあげた目の前に、黒い人物。ブラック・クイーンがいた。
ホワイト・クイーンと双子であるその人物は、ややつり目で瞳の色が赤く、惹かれる美しい色合いはまるでガーネットのよう。
鼻筋はシュッとしていて眉もキリッとしている。
体のラインの出る黒いインナーを着て、黒いスキニーを履き、黒いマントを羽織っていた。
髪の色も黒く、ストレートのショートで七三分け。
翔太から見ると右の方が分け目で、左に髪を流して右は耳にかけている。
マントに白いラインが入っているところ以外、全身黒い。白い肌が余計際立つ。
全体的に中性的で性別がわかりずらいが、膨らんだ胸が女性であることを示していた。
契約のサインを書いたあとに聞いた声がホワイト・クイーンだとシルクは言っていたが、その声に比べると対象的である。
「試練の内容はこの部屋にいるだけ。この部屋は少し特殊な魔法がかかっていて、契約してない、もしくは契約にふさわしくない人間が入ると、発狂し始めたり幻覚が見えるようになる。君は発狂するどころか仮眠を取り始めて驚いたよ。この部屋に一時間以上いて精神が保たれるのは正しい契約をした人だけだ。試練合格。シルクの契約者だと認めるよ」
「あ――」
久しぶりに人を見てポロポロと涙が出る翔太。
「本当にすまない。もう少し早く姿を現せばよかったのだが、こうしないと試練にならないからな」と、言いながら肩を抱くブラック・クイーン。
眉尻が下がっていて、本当に申し訳ないと思っているのが伝わった。
ボロボロと流れた涙をハンカチで拭う。
これは試練だった。試されていた。
シルクに騙されていたわけでもなく、不都合でもなかった。
まだ生きていられる。ため息のような深呼吸をして、心から安堵した。
「この試練は少々手荒でね。別の試練に変えなくてはと思っていた。この試練は君が最後にして、次からは新しい試練を受けさせることを誓おう」
白い部屋に黒い服が目立つ彼女は、深くお辞儀をして謝ってくれた。
涙も収まって気持ちを切り替える。
試練に合格したのは嬉しいが、契約の挨拶に来たのだ。きちんと挨拶をしなければ――、
――契約の挨拶ってなに言えばいいんだっけ!?
「? 混乱した表情になったがなにかあったのか? 君の気持ちが整い次第ホワイト・クイーンの場所まで移動するが」
「いや、その。契約の挨拶ってなにを言えばいいのか忘れてしまって」
素直に話すとブラック・クイーンは「なんだそんなことか」と微笑み、その笑みは印象と違い、少女らしかった。
「自分の名を名乗り、シルクと契約したことを言う。ホワイト・クイーンからの質問に答えられれば終わりだ。シルクから言われなかったか?」
「シルクから言われたはずなんですけど、この部屋にいたら忘れてしまったみたいです」
二人揃って微苦笑し、深呼吸をしてホワイト・クイーンのところへ移動する。
「では今から瞬間移動魔法をつかう。私の前に立って両手を出してくれるか?」
「こう、ですか?」
数時間前にやっていたキョンシーのような格好をした。
ブラック・クイーンは「それでいいよ」と言い、翔太の両手をとって、声に出して唱え――、
「――私は声に出して唱えなくても使えるのだよ」
そう言ったと思えば、いきなり空間が歪み視界が眩む。
翔太は驚いて周りをキョロキョロするが、立ちくらみのように視界が真っ暗になり――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます