意地っ張りでツンデレで

 心の傷が癒えるわけではないが、パラレルワールド魔法のおかげで気がかりを知ることができた。


 それを区切りに、シルクは契約者探しを続け、翔太を見つける。


 まだ日は浅いが仲は縮まったと思うし、翔太となら優愛と同じくらい仲良くなれる。


 今まで変態言葉と言っていたものはネト語だったり、下ネタというものだったり。知らなかったネト語言葉を知ったり、中々乗る機会が無かった電車に乗った。とても楽しかった。


 だが。


『シルクは翔太の気持ちに答えられない⋯⋯何十年も、相棒として接するしかないわ』


 感情がある以上、恋心もあるはずだ。


 それでも誰かを愛するなんてシルクには想像がつかなかった。


 以前の契約者である優愛には恋愛感情を抱くことはなかったが、この世からいなくなったときは耐えられないほど辛かった。


 ――翔太を好きになったら、それ以上に悲しむことになる。


 優愛でさえ辛かったのに、恋愛感情を抱いた相手がいなくなったらどれだけ辛いことか。


 不老不死とはいえまだ子どものシルクは、もう辛い思いをしたくない気持ちが強かった。


 翔太の気持ちには応えられそうにない。


 それでも――、


(どうして母様には甘えられないのに、翔太にはこんなことができるのかしら)


 意味がわからなくて意地を張りたくて。でも悲しくて。ただ涙が流れる。


 忘れていたわけではないけれど、ずっと胸の中に閉まっていたものが出てきてしまった。


 できることなら忘れたい。でも楽しかった記憶は忘れたくない。死んだなんて、嘘だと言ってほしい。


 複雑な感情が押し寄せて大きな咳が出た。

 過呼吸になりそうなほど呼吸が乱れてしまう。


(でも、今だけはこうしていてほしいと思うのよ。ちぐはぐすぎてシルクはおかしくなったのかしら)


 シルクはツンデレの意味を教えてもらったとき、自分の性格に当てはまると思っていた。

 でも意地のような恥ずかしさのような感情から、咄嗟に違うと言ってしまった。


 だが気付いている。自分はツンデレで、ツンがほぼ十割だということに。


 デレなんて出したくないと思うのに、今はデレの時間なのだ。

 いつもツンツンして可愛げのない人物こそが自分のはずなのに。


「わけわかんないかしら」


 しばらく泣いていたがやっと泣き止み、呼吸も落ち着いたようだ。


 その声を右耳でキャッチした翔太は首をかしげたくなる。

 わけわかんないのはこっちだと言ってやりたいらしい。


 これから挨拶に行くということでアイロンがけしたシャツがしわくちゃだ。


「申し訳ないけど、この体勢そろそろキツイのでどいてもらっても⋯⋯?」


 またデコピンされるのではないかと少しビビりながら話しかける。


 少し間があったが、シルクは翔太から降りた。

 翔太の顔に引っかかっていた帽子がスッと落ちて、視界が開ける。窓からの日差しが眩しい。


 シルクは立ち上がって伸びをしていた。

 こちらに背を向けて、顔は見えない。


「別に、気が狂って泣いてたわけじゃないのよ。昔のことを思い出して悲しかっただけかしら」


 さっきまで泣いていたとは思えないくらい、ちゃんとした声でシルクは話す。

 でもそれは強がりで、少しつつけば泣いてしまうくらい脆い状況だ。


「シルクが前、契約していた契約者のことを思い出したのよ。母様がそのときのことを心配してくるから、思い出しちゃっただけ。別に嫌味を言われたり、暴言を吐かれたりしたわけじゃないから安心するといいわ」


 翔太に心配させまいと気を使うが、場の空気や言葉の間が、不自然を生んでいく。シルクの望まないほうへ進んでいく。


 翔太はシルクを心配している。

 本当は心配されたくなかった。


 だがこの状況で心配するのは必然、魔法を使わなくても、人付き合いが苦手な翔太でもわかることだ。


「辛いことがあったんだな。そうか、うん。昔のことを言われたら泣きたくなるのもわかるよ。俺も思い出したくない」


 皆、思い出したくない辛い過去の一つや二つあるだろう。


「みんな過去になにかしらあって、それを抱えて生きてると思うよ。思い出して泣いちゃうくらい辛い過去があることを知って、俺はシルクが人間らしいと思った。魔法で造られたシルクでも、めっちゃ強がりなシルクでも、強い感情があるんだなって」


 ――人間らしい。魔法で造られたクイーンズであるシルクに、人間らしいと。


 その言葉を聞いてシルクは心を撃たれた。衝撃的だった。


 今まで心が邪魔だと思っていたのに、こんなものがなければ悲しむこともなかったのに、と。


 人を造っても感情がなければ人間とはいえない。ただのロボットで人形だ。


 でも、辛い感情を知るならば、ただの兵器でいたかった。

 ただリバティからの襲撃に耐え、反抗するだけの兵器でいたかった。


 そう思ってしまうシルクのことを、――人間らしいと。そう言って。


 伸びをしていた手が止まり、自然と腕が下がる。

 振り向いたシルクはとても驚いていて、信じられないような顔をしていた。


「なんでそんな顔してるかわからないけど、今度教えてくれたら嬉しいかな」


 この話題は一旦終了。そう言うように、翔太は手をパチンと合わせて空気を変える。

 これ以上掘ってもシルクが辛いだけだろう。


 ――今度余裕があるときに喋ってくれたらいい。

 翔太の不器用な優しさに、シルクも気持ちを切り替える。


「⋯⋯そうね、気が向いたら話すわ。魔法を使うからそこに立って」


「おう。それにしても切り替え凄すぎかよ」


「弱々しいシルクでいてほしかったの? 確かに、そのほうがあんなことやそんなことしやすいものね。変態」


「あの状況でそんなことする男は変態と言うよりクズだな⋯⋯」


 それもそうね、と言いながら目を閉じるシルク。集中力を高めているようだ。


 ゆっくりと深呼吸をする音が翔太の耳に入る。

 寝息のようなその深呼吸が妙に心地よかったことは、自分だけの内緒らしい。


 数秒後、シルクが目を開いて翔太を見る。


「今から魔界に転送するわ。心の準備はいい?」


「俺はいつでもオーケーだ。失敗しずに転送してくれよ? 市内とかに飛ばされたら帰って来れなくなっちゃう」


「戯言言うくらい大丈夫なようね。シルクが失敗するわけないじゃない。自分の心配だけしてればいいわ」


 翔太はさっきと態度が違いすぎるシルクに苦笑しながらそのときを待つ。

 今から地球じゃない惑星に行くのだ。結構楽しみでワクワクしている。


「それじゃ、俺は魔界に行くから、その間魔法の勉強に必要な道具とか揃えておいてくれ。帰ってきてから即勉強開始したい」


「そうね。準備もないけれど⋯⋯精々スパルタ教育に耐える覚悟をもって帰ってくることね」


「準備するのは俺のほうってことか⋯⋯」


 ふふっと笑うシルク。その笑顔が見れて安心する翔太。

 心配性で気を使うところはなにも変わっていない。小さい頃からの癖や性格は中々変わらないものだ。


 笑いが止まって一つ咳払いをしてから真面目な顔になる。


 目を瞑り、一息空気を吸って――、


「魔界転送魔法――開始」


 魔力が空間に干渉して歪む。刹那、翔太は魔界に転送された。

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