過去の契約が破棄された理由
シルクの契約者はとても優しく可愛い人で、田舎に住む市役所職員。
凄く田舎だったためか、魔法についてバレることもなく、ごくごく平和に過ごしていた。
そんなシルクの契約者「
その日は久しぶりに幼なじみの友達と二人で遊びたいから、シルクは家で待っていてと。強くそう言われてシルクは家で待っていた。
決まり事、『シルバー・クイーンズは契約者に、否定的になってはいけない』があったからだ。
いつもはついてきてもいいよと言ってくれるから、尾行してついて行っていた。
でもその日に限って、来ないでと。そう言われた。
なぜ強く来ないでと言ったのか。
なぜシルクにはこんな決まり事があるのか。
テロならば未然に防げたはずなのだ。
シルクが尾行して、いつものように怪しい人物を近寄らないようにしていれば。シルクが近くに居て、優愛も魔法が使えたら。
――シルバー・クイーンズが一緒でなければ、魔法は使えない。
これはシルクと契約する上でのデメリットだ。
ほかのクイーンズと契約者は、一人でも魔法が使える。
――全てこうなることを見込んで、このデメリットをつけたのではないか。
シルクにとってワインは絶対的存在だが、このときだけは疑った。
テロによって契約者とその友達。
合わせて三十名程が犠牲になった。犯人は逃走し、自殺した。
そう、『自殺』したことになっている。
勿論自殺ではない。シルクが殺したのだ。
契約者を失った悲しみ、また再犯しかねない犯人を見ての犯行だ。
タワーマンションの屋上まで操り、その場で脅迫。
テロの動機を聞き、シルクの手で突き落とした。
初めて人を殺した感覚は薄く、実感も湧かなかった。
犯人の動機を知っているのはシルクだけ。
魔法による他殺は自殺にすり代わり、事件は迷宮入りに。
テロを起こした犯人の家族は身内が大事件を起こしたことでマスコミから囲まれ続け、家族全員で無理心中。
どうすることもできない遺族の悲しみはどこに向けたらいいのか。
シルクは自分の行動が正しかったのか、迷い続けることになる。
あのときは復讐に燃えていた。だが、殺すのはダメなのではないか。もっと別のやりかたがあったのではないか。
最初はなにも感じなかった心に罪の意識が芽生え始め、心が蝕まれていく。
――グチャグチャになった自分の感情なんて自分じゃない。
――シルクは生きていていいの⋯⋯?
そう、常に思っていた。
だが無情にも時は進む。
罪の意識はそのままに、時間だけが進んだ。
約一年。
魂が抜けたような状態ではなく、少しは回復していた。
本当ならば新しい契約者を見つけなければいけないのだが、昔の契約者を忘れてしまう気がして気持ちが進まない。
それから約半年。また時は進む。
契約をして活躍することが自分の役目だと立ち直り、契約者探しを本格的に始めることに。
だが中々見つからない契約者候補。
少し都会に行けば人が多くて見つけやすいと思い、拠点を変更。
拠点は大型ショッピングモール。
お客さんが多く、人の出入りが激しいためそこを選んだらしい。
まずは店内の構造を知るために隅々まで歩き回る。
のちに本が売っているスペースを見つけた。
シルクが書いた小説がまだ置いてあって、少し嬉しくなる。
そして思い出す。大切な人を失ったあの日のことを。
あの日は丁度最終巻の発売日だった。
そんなことも忘れるくらい悲しくて、もうどうでもよかったことを。
ようやく思い出し、気付く――、
「もしかして優愛は、シルクを祝おうとして――っ!」
小説の完結祝いになにかしてあげると、優愛は言っていた。
もしシルクのためにプレゼントを買いに行っていたとしたら?
だからついて来ないでと言ったのではないか。もしそうならば――。
今まで見るのをためらっていた過去。
「もしこうなっていたら」「こうなっていれば」と思ったシルク。たらればが見れる『パラレルワールド魔法』があればいいと考えた。
パラレルワールド魔法なんて魔法はない。
だがなければ今、創ればいい。
シルクはどうにか魔法を創れないか試行錯誤をする。
元々ない魔法を生み出すことを『異例魔法』と言い、創るには想像力と自身の才能、魔力が要る。
魔力を溜め、様々な魔法を組み合わせて完成させる。
自分の未練を果たすために、前に進むために、魔法を発動させる。
「パラレルワールド魔法、開始。もし、テロが起きなかったら――」
――――――――――――――――――
目を開ける。否、光景が広がる。
ソワソワしながら玄関の前をうろつくシルクが見える。
視点を変えることはできず、感覚もなければ寒さや暑さもない。体という概念がなく、意識だけが空間に浮かんでいる。
これがパラレルワールド魔法のようだ。どうやら成功したらしい。
シルクは成功した喜びと、今から見ることになる光景に緊張していた。
建付けの悪いドアが大きな音を立てて開いた。――優愛が帰ってきた。
「たっだいまー!」
勢いよくシルクに抱きつく優愛。どこか上機嫌な優愛を見て、意識だけのシルクは泣きそうになる。
この世界で優愛は生きている。今見ている自分の姿。
この世界のシルクは、当たり前に居る存在を失う怖さを知らない。
「うぐっ――反動で変な声が出たわ、おかえりなさいなのよ」
日常だった光景。幸せとはこのようなことをいうのだと。少なくともシルクにとって幸せとは、当たり前の日常なのだと思っている。
目があるわけじゃないのに本当に涙が出そうで、心臓があるわけじゃないのに胸が苦しくなる。
「あのね。今日はシルクの書いた小説を買ってきたの! それと⋯⋯完結するまでよく頑張りましたってことで、プレゼントも買ってきた!」
――あぁ。
「小説を優愛に読まれるのはちょっと恥ずかしいわね⋯⋯でも、最終巻にふさわしい終わり方で書けたから、楽しみにしてほしいわ。プレゼントは素直に嬉しい⋯⋯ありがとうなのよ」
やっぱりプレゼントを選んでいたのだ。それに小説まで。
今のシルクには幸せすぎる光景。
この世界だけでも、この生活が、たわいない日常が続くことを強く願う。
涙が出るように目が霞んで、上手くこの景色を見ることができない。
そのまま視界が暗くなり、意識は現実へ――。
――――――――――――――――――
目が覚める。手が動く、体もある。
周りを見渡すと、本売り場で倒れていた。
人はおらず、どうやら閉店しているようだった。
いくら人から見られないといっても、閉店するまでずっと踏まれていたのは気分がよくない。
立ち上がって一応服を払う。
――パラレルワールドの世界は幸せだった。
そのことが知れただけで、なぜか救われた気がした。
あの世界のシルクは人を失った気持ちも、人を殺した気持ちもわからない。
でもそれでいい。
それに、優愛はプレゼントを買いに行ったのだ。
その道中で事故に巻き込まれてしまっただけ。そうだ。それだけだ。
「っ――また涙なんて。やっぱり私は、変われてないのね」
割り切ろうとしても割り切れない。この感情。
なぜまた涙が出るのだ。シルクは強くなったのではないのか。立ち直ったのではないのか。
「シルクはまだまだ弱い子ね⋯⋯早く契約者を探して母様に貢献しなくちゃいけなのに」
早く契約者を見つけてこの国の核兵器をなくす。
早くしないと無差別に人が死んでしまうかもしれない。
そんなことはもう、させない。
零れる水色の涙は、非常口マークの明かりに照らされて、緑色になっていた。
酷く美しいその涙の色は、次第に止まった。
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