二年ぶりの再会
ホワイト・クイーンはブラック・クイーンと共に魔界に生まれ、初めて魔界で魔法を使い、魔法を世に広め、魔法を規制することになった人物である。
そして現在、魔界で一番偉い人物はこのホワイト・クイーンだ。
「シルクってば全然毎月のお金を使わないんだもの! ちゃんと栄養のある食べ物食べてるの? どうせ『魔力が有り余ってるから食事は怠ってもいい』とか思ってるんでしょう。そんなのダメよ? それに――」
「か、母様、少し落ち着いてください。そうでないとお話が進みません」
マシンガントークというのはこのことか。
おっとりしている声だがスピードは早くそして落ちない。
そんなホワイト・クイーンを冷静に落ち着かせるシルク。
一方的に喋るところしか見たことがないシルクは、本当に魔界を統制できているのか若干心配になる。
「あ、お話? 『ワイン』ばっかり喋っちゃってごめんね? 久しぶりに会うからつい舞い上がっちゃって⋯⋯すーぅ⋯⋯はーぁ⋯⋯よし、落ち着いたわ。それで話って?」
「母様⋯⋯」
契約についての話があると言ったのに全く耳に残っていないようだ。尊敬しているとはいえ、ため息が出そうになる。
「母様、重要な挨拶をしに参りました」
ため息は喉で留め、ホワイト・クイーンから距離をとる。
抱きつかれた反動で落ちてしまった
服装を正して背筋を伸ばす。
肘を直角に曲げ、
この姿勢は魔界に住む人ならば全員知っている基礎知識だ。
目上の人に対しての挨拶だったり正式な場だとこの体制をとる。
静かで物音もなにもしないこの白い部屋で、シルクは深呼吸をしてから挨拶を始めた――。
「――
挨拶を終え一礼する。洗練されたこの空間にふさわしい挨拶だった。
挨拶を受け取るホワイト・クイーンも一礼し、しっかりとした顔つきで挨拶を受け取った。
先程までシルクにベタベタだった母親とは思えない顔つきで――。
「それでは翔太と変わります。シルクは人間界に戻り、代わりに翔太が来ますから、しばらくの間待っていてください」
シルクは帽子をかぶり、背を向けて帰ろうとする。
しかし、ホワイト・クイーンはそうさせてくれない。
「待ってシルク。その、もう帰ってしまうの? もっとここにいてくれてもいいのよ⋯⋯?」
突如近寄り、後ろから抱きつかれたシルクは動けなくなってしまった。
今までとテンションが違う。雰囲気、空気も変わっていた。
ホワイト・クイーンとシルクは、実に『約二年ぶりの再会』となる。
どちらも不死身だが、会わなかった時間は短くはない。
契約が破棄された二年前。その報告をするために訪れたシルク。
当時のシルクは
その姿を見て母であるホワイト・クイーンは心配していたのだ。
――次の契約者が見つかればいいのだけれど。
シルクにはもう、契約という言葉が頭にないのではないか。
大切な人を失う悲しみを味わいたくない一心で、契約は一生しないのではないかと、そう思っていた。
この話はしないほうがいいと思い、ホワイト・クイーンは気を使っていつもの感じを出していたのだ。
だが契約の話が関わると、どうしても話を切り出したくなってしまい――、
「やっと新しい契約者ができたって挨拶に来てくれたのに。シルクは強くて可愛いけれど、ワインには甘えてくれてもいいのよ⋯⋯?」
ホワイト・クイーンは言ってしまった。
それに対し、シルクは動けなかった。そしてなんといえばいいのか、わからなかった。
心の傷が完璧に癒えることはない。回復魔法は外傷にしか効かない。心の傷までは癒せない。
あの人が生き返ってくれたらと、何度願っても生き返らない。
他のクイーンズとは違いシルクには――『特別な魔法』がないのだから。
「ワインはずっとシルクのことを思っていたわ。心配だったの。でもこうやって契約の挨拶に来てくれて、新しい契約者が出来て。――本当によかった」
シルクの背中に抱き着くホワイト・クイーン、ワインは泣いていた。
ホワイト・クイーンの略称は『ワイン』であり、シルバー・クイーンズがシルクと名乗るのと同じように、自身のことをワインと呼ぶ。
背中に感じる母の温もり。その温もりはやがて冷め、消えていく。
シルクから離れたワインは涙を拭い――、
「ごめんなさい。これじゃあ母様失格、子どもに弱いところ見せるなんて⋯⋯ワインは応援してるわ。今度来るときはお土産、もってきてね?」
振り返ることのないシルク。
澄んだアクアマリンのような瞳には、今にも溢れそうな涙が浮かんでいた。
その涙が溢れないよう上を向いて、明るい声を装って返事をする。
「わかりました、母様。今度来る時は――っ。絶対、絶対、お土産もってきますね」
それでも溢れてしまった涙を袖で拭い、魔界転送魔法をかける。
翔太のいるあの家へ、ちゃんと帰れるようにイメージをして。
――刹那。シルクは消え、人間界へと戻った。
――――――――――――――――――
「っうわぁあ!?」
シルクはソファに座ってスマホをいじっていた翔太の前に転送された。
翔太はいきなり目の前にシルクが来てびっくりしたらしい。
ソファが五センチほど後ろにずれた。
びっくりするのもつかの間。
翔太はシルクが泣いていることに気が付く。
その涙は澄んだ水色をしていて、無色透明ではなかった。
とても綺麗で、あまりにも珍しいものだからマジマジと見ていると――、
「なっ、なにマジマジと見てるのよっ! この変態!」
シルクが持っていた帽子を翔太の顔面に勢いよく投げつける。
その反動でまたソファが十センチほど動いた。
翔太は大きいつばのついた帽子で前が見えないまま、
「泣いてるから心配したのと、涙に色があって綺麗だなと思って――」
「翔太に心配されたくないかしら!」
「痛てぇ!?」
今度は木のほうきで頭を一発叩かれた。
どうして心配すると暴力で返されなければいけないのかと、翔太は不満に思いながら帽子を取ろうとすると――、
「ごめんなさい⋯⋯少しだけ、このままでいさせてほしいの」
コツンと音を立てて床に落ちた木のほうき。
シルクは翔太の上に乗っかって、抱きついていた。
翔太はあまりの急展開に心臓が飛び出そうになる。
ツンデレのデレが発揮するとこんなにも破壊力があるのかと、そう思った。
心臓がバクバクして息も荒くなってしまっているが、シルクは泣いている。
翔太の右肩にはシルクの頭があって、右耳から泣いている声が聞こえるのだ。
なぜ泣いているのかはわからない。だがその理由を聞くのは今じゃない。
今はきっと、甘えるときなのだ。
照れながらもシルクの背中をさする翔太に、過去のことを想い、涙が止まらないシルク。
今だけは、この大きい帽子があって良かったと思う翔太だった。
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