腹が減ってはなんとやら

 帰宅し、買ったものを整理して収納。


 今日の夜ご飯から買った食器を使えるということもあってか、シルクは夜ご飯を待ち遠しく感じていた。


 そんなシルクを見て、翔太は早めに夜ご飯を作ることにする。


「おにぎりの残りをご飯として食べるから、ご飯は炊かなくていいな。おかずはどうする? というかシルクって料理できるのか?」


 以前契約していた人との暮らしはある程度聞いたが、まだ謎は多い。

 それに契約者探しのときは、コンビニや外食オンリーだったらしいので、暫くは料理をしていないはず。


「そうね⋯⋯できるかできないかだったら、できないほうに入ると思うわ。ただ手伝うくらいはできるはずよ」


「なるほどな。じゃあできる範囲でいいから、手伝ってもらうぞ」


「了解よ」


 おにぎりというと、遠足や運動会などの学校行事を連想させる。


 それに加えて、翔太には屋台のイメージがあった。

 肉巻きおにぎりだったり、おにぎり屋さんが屋台を出していたり。


「焼きそば作るかな」


 ということで屋台の定番、焼きそばを作ることに。


「焼きそばの麺は買ってあるから、下ごしらえとしてキャベツとか豚肉を切るぞ」


「キャベツと豚肉は冷蔵庫から取り出してきたわ。キャベツは数枚とって洗い、豚肉は解凍しとけばいいかしら?」


「ああ、そうだな。よろしく」


 指示を出さなくてもやりかたはわかっているようだ。


 試しにシルクにキャベツを切ってもらったところ、テンポよくきちんと切れている。怖がる様子もない。傍から見ても料理ができない人に見えなかった。


「レンジの使い方も合ってるし、包丁も難なく使えてるし、どこが料理できないんだ?」


 肩が一瞬跳ねて、シルクは口をあわあわしながら言う。


「そ、その。そこそこできるけれど完璧ではないし、前の契約者が料理人顔負けに料理ができる人だったから⋯⋯その人のお手伝いくらいで丁度よかったのよ。だから私くらいの人は料理できる人には入らないと思って⋯⋯」


「いや、それ前の契約者が凄かっただけで、この手際の良さだったら普通に料理できる人だと思うよ! なんなら料理人顔負けの人の傍で、手際やレシピを見てるシルクのほうが、俺よりうまいんじゃ?」


 翔太が褒めるとシルクの様子が一変。

 おどおどしていたのがぱあっと明るくなり、自信を取り戻したように――、


「そうだったのね⋯⋯! シルクはなんでもできるんだから、『翔太より不手際だなんて、ありえない』と思っていたもの。さっさと作りましょ!」


 清々しいほどの笑顔で無意識にトゲを放ち、そのトゲは翔太の心に刺さるのであった。


 ――――――――――――――――――


「シルクのその⋯⋯天然ツンデレはとてもいいんだけど、ツンの部分が結構心にくるんだ⋯⋯そこのところどうにかならない?」


「私の個性だもの。どうにもならないし、どうもしたくないわ」


 シルクが料理を作り、翔太はアシスタントに。立場が逆転してしまった。


 ツンデレのツンの部分だということはわかるが、翔太も心がある。どうしても心に刺さるのだ。


「初めて会ったときもそうだけど、なんでそんなに俺のこと下に見るんだ? そういう性格で、誰にでもそうやった態度をとるのはなんとなくわかるけど⋯⋯特別俺にだけ厳しいとかそんなことはない?」


「そうね⋯⋯たしかに翔太には、多少きつくあたってる部分があるかもしれないわ」


 認めたシルクだが、シルク自身もなぜ翔太にだけ特別きつくあたっているのか、イマイチよくわかっていない。


 ネガティブな翔太のままであれば「俺が嫌いだからきつくあたるんだ」と思うだろうが、今の翔太はポジティブ思考。


 導き出されたものは、からかい混じりの答えで――、


「照れ隠し、とか」


「べ、別に、照れ隠しのつもりであたってるわけじゃないと思うのよ! 勘違いはやめてほしいかしら!」


 ぶわっと顔が赤くなり、シルクの魔力が暴走。体内から外に出た魔力が風になり、冷蔵庫に貼ってあるゴミカレンダーが飛んでいく。


 翔太が風に驚いて目を瞑っている間にシルクが杖を持ち、翔太に向かって魔法をかけ――、


「んんんっん(ごめんって)! んんん(なんか)、んんんんんんんんん(しゃべれないんだけど)!?」


 杖をもって魔法をかけたということは、悪意のある魔法だったということだ。


「ふんっ、操り魔法よ。魔法はもう使いたくなかったけれど、出かけたときに言ったでしょう?」


 シルクは翔太から顔を背け、杖の先で小さく丸を描くように手首を動かしながら言う。


「『家でやったらアレを使っていたずらをするわ』って。今は唇があかなくなるように魔法をかけたわ。口があかなければ余計なことを聞かずに済むもの。⋯⋯なに? 謝ったって無駄よ」


 翔太は「ごめんって!」と言いながら、手のひらを合わせて謝るポーズをしている。


 それを横目に見ながら杖をしまい、シルクは黙々と焼きそばを作りはじめる。


 ツンデレが好きな翔太でも喋れない状態はきつく、鼻詰まりならば窒息死してしまうなと思っていた。


(今は喋れないだけだけど、体も拘束されたらって考えると流石に泣けてくる⋯⋯つか俺悪いことしたっけ? 『照れ隠し?』って聞いただけなんだけど⋯⋯でも反応がいいから辞められなさそうだな)


(シルクを怒らせた罰かしら。⋯⋯なんで怒っているのかしら? 図星を突かれて逆ギレしているだけ⋯⋯? で、でもシルクはああやって言われるのが嫌なのよ、プチっと来るのは誰だってそうなのよ。うん、シルクは悪くないかしら)


 少しからかっただけでこんなことになってしまったことに対し、反省はしているが辞められそうにない翔太と、反省したくない様子のシルク。


 心優しい人間の契約者と、どうしても気が強くなってしまうクイーンズ。


 ピリピリした空気が漂い、翔太は頭を掻きながらなにをしたらいいか考えたる。シルクは焼きそば作りを辞めないため、翔太は味噌汁を作ることに。


 そのピリピリした空気を変えるように、焼きそばのソースと味噌汁の出汁の香りが漂う。


 その香りは二人の空腹を刺激して、――翔太とシルクのお腹が鳴った。


 ――――――――――――――――――


「そうよ、お腹が空いてちゃイライラするもの」


「そういうことだったんだな。これからはお腹が空いてるなら遠慮なく言ってくれ。八つ当たりされても困る」


 八つ当たりなんてしてないわよと言っているシルクだが、完璧八つ当たりで逆ギレであった。


 翔太は魔法を解除してもらい、味噌汁ができあがってテーブルに並べている。シルクは焼きそばをお皿に盛りつけていた。


 お皿を食卓に出してみると、統一感があって、家具屋の展示物のようだった。ランチョンマットがあれば百点満点といったところ。


 料理を並べて、人と夜ご飯を食べる。


 自分の部屋に人が居て、一緒にご飯を食べるなんて初めてだ。

 いつもの部屋が、シルクが居るだけで別の部屋に見える。


「なんか新鮮な光景だな⋯⋯よし、いただきますして早く食べようか」


「そうね、冷めないうちに食べましょう」


 そう言ったのを合図に、二人仲良く「いただきます」と言って食べはじめるのだった。


 ――――――――――――――――――


「ちゃんとお味噌汁になってるじゃない。というか美味しいわ」


「そりゃよかった。焼きそばもおにぎりにあってうまい」


 自分の作った料理を褒められて嬉しくなる二人。


 だがシルクには不思議なことがあって――、


「ご飯のおかずに焼きそばにしようって言ったじゃない? ご飯のおかずに焼きそばを食べるって、おかしくないかしら。焼きそばは主食じゃないの?」


 今までなんの疑問にも思わず、ご飯のおかずとして焼きそばを食べてきた翔太にとって、その疑問は耳を疑うもので――、


「いやいや、焼きそばはご飯のおかずだろ。俺はずっとそうやって生活してきたけど」


 昔からそうやって食べる家庭だったのだ。焼きそばはご飯に合うし、お好み焼きやたこ焼きだってご飯のおかずとして食べてきた。ラーメンやうどんも、少しご飯をよそって食べている。だが言われてみれば、炭水化物×炭水化物。


「私が前契約していた人は、焼きそばや粉ものは主食として食べていたのよ。それが当たり前だと思っていたから、驚いているわ」


「まじか。俺の家が特殊なのか⋯⋯いや、わからん。調べてみよう」


 食事中にも関わらずスマホをいじる。マナーとしては悪いが、気になることはすぐに調べないと忘れてしまう。


 調べたところ、関西の人は、焼きそばや粉ものをおかずにご飯を食べるそう。


 だが翔太は関西の人ではなく、焼きそばは細麺のウスターソースで、関東支流の食べ方。お好み焼きやたこ焼きに至っては、本当に謎だ。


「謎だな⋯⋯だが、俺の家の食べ方が少数派なのはわかった」


「謎ね⋯⋯私もおにぎりと一緒に食べてみようかしら」


 さっきから焼きそばだけ食べていたシルクが、昼の残り物のおにぎりに手を出す。


 焼きそばをひとすくいして、ぱくり。おにぎりを一口、ぱくり。


 もぐもぐと食べながら、味を吟味する。

 ゴクッと飲み込んで、うーんと言ったあと。


「案外合わなくもないけど、喉が渇くというか詰まる感じがするわね」


 と言って味噌汁を一口飲んだ。


 たしかに口の水分を持ってかれる感じはあるが、その度にお茶や味噌汁を飲めば問題ない。合わなくもないと言ったので、美味しくもないというとこか。


 その後はテレビを見ながらご飯を食べて、時々喋るのはテレビの話題ばかり。

 翔太は魔法のことについて喋りたいのに、きっかけが掴めず、中々言い出せない。

 情けないが、まぁしょうがない。諦めて今日は普通に過ごすことにした。


「ご馳走さま。俺の分の食器は持ってくから、食べ終わったらもってきてくれると助かる」


「ひぉうはいはのひょ」


 了解なのよ、と言ったのだろう。


 スポンジを泡立て、食器を洗っているとシルクがお皿をもってきた。

 もってきてくれたのはありがたいが、シルクの頬が膨れていて、急いで口に詰め込んだのが伺える。


「そんなに急いでもって来なくてもいいのに」


 そう言ったが、返事がない。

 シルクは急いで口の中を空にする。喋るまでに間があったが、もぐもぐが可愛かったので許す。


「っんと、早くもっていったほうがいいかと思ったのと、食べるスピードが翔太に負けたのがなんとなく悔しかったから、せめてとおもって急いでお皿をもってきたわ」


 食べるスピードを競うと絶対マナーが悪いので、そこだけ注意してお皿を受け取る。


 ――と思ったら、自分のお皿は自分で洗うといい出したので、二人でシンクの前に立ってお皿洗いをすることに。


 今日から一緒に生活することになるわけだが、ずっと二人でいる気がする。

 作業も二人ですることが多く、効率はいいが、――一人の時間がないような気がする。


 一人の時間があるとすれば、トイレやお風呂、寝るときくらいだろうか。


「そういえばシルクって屋上で夜を過ごすんだろ? お風呂とか、歯磨きとかどうしてたんだ?」


 お皿を洗いながら話しかける。話しかけられたシルクもお皿を洗いながら答える。


「シルクは魔法によって作られたクイーンズだから、お風呂には入らなくても清潔なのよ。ゆっくり体を休めて、癒されたいときだけ湯船に浸かるって感じね」


 ――すごいな、水道代が浮く。


 その感想が頭に浮かんだ翔太はきっと倹約家だろう。


 翔太は隣にあるシルクの頭のにおいを嗅ぐが、とてもいい匂いがする。これはデフォルト設定なのだろうか。


「こうやって洗剤を使っても手荒れはしないし、手についた水もひと振りすれば、全て手から落ちるのよ。あと食べたものは魔力に変換されるからトイレもいかなくていいわ。それに病気にもならないし。あ、でも擦り傷だったり、骨折だったりの怪我はしてしまうわね」


 体から汚れは出ず、外からの汚れもつかない。だが怪我はする。


「そうやって聞くと、シルクはやっぱ人じゃなくて魔女なんだなって感じるな」


 翔太の言葉を聞いたシルクがムッと顔をしかめて――、


「シルクが魔女と呼ばれることに疑問を抱くのだけれど。シルクは魔女じゃなくてクイーンズよ? 魔法が使えるだけで、魔女ではないわ。魔女は、私達魔界と対立している惑星――『リバティ』で暮らしている人種の名前よ」


「⋯⋯はい?」


 シルクは魔女じゃないことが発覚し、魔界は対立している惑星リバティがあることに驚き、翔太の開いた口が塞がらなかった。

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