気付かないフリをする――シルクの場合
「絶対とは言いきれない時点でもうだめじゃない!? 絶対まだなんかあるでしょ!」
「今のところ伝え忘れはないって思ってるのよ! 思い出せないし、きっともうないのよ!」
シルクは時々、忘れていたことを突然思い出すことがある――。
それは本当に唐突で、現実でやっていることとは全く関係のない、契約のことだったり、魔界で事件が起きていることだったり。
忘れっぽいことだけで済まされない重要なことも忘れている。それを突然思い出す。
「とりあえず今はいいけど⋯⋯食器買いに行く準備しなきゃな」
「それもそうね。食器買うのを楽しみにしてたのに、今のですっかり忘れていたわ」
「忘れっぽすぎない⋯⋯!?」
「うぐっ⋯⋯」
――これは仕方ないのよ。一個のことに集中すると別のことが疎かになるから。あ、そうそう、そうだった。魔法を解除しなきゃね。
「荷物持ったままでそこに立ってくれるかしら?」
「魔法解除するんだな。了解」
――またかしら⋯⋯翔太は本当に子どもっぽくて夢見がちね。高い壺でも買わされそう、それもいいものだと信じ込んで。
「できれば声に出して言ってくれると嬉しいなぁ、なんて思ったり⋯⋯」
まぁ、しょうがないからやってあげてもいいかしら。
「はぁ⋯⋯了解なのよ」
「よし!」
――やっぱり魔法をかけるときはこうでなくっちゃっといわんばかりの顔ね。踏みにじるのもできるけれど、ちょっと可哀想だからしないであげるわ。
「――翔太にかかっている魔法、全て解除。そして、これよりシルクに透明化魔法を開始する。⋯⋯これでいいかしら?」
「やっぱいいな! これからも俺に魔法をかけるときは、今みたいな感じで頼む!」
――むっ。そんなに喜んでくれるならこれからもやってあげないことはない⋯⋯のよ。
――それにしても、ラノベの影響って大きいのね。
翔太を見つけて、契約して、今の今まで。
シルクはずっと、『意思覗き魔法』を使っていた。
この魔法は対象者の考えていることが全て頭の中に入ってくる魔法だ。
翔太にかかっている魔法は全て解除してしまったため、今からはなにを考えているのかわからない。
だがいいのだ。これ以上翔太の心を覗いても、楽しみがなくなってしまう。
シルクが知りたかったことはもう、充分知ることができた。
――それにこの感情は、シルクが勝手に覗いていいようなものじゃないのよ。
――――――――――――――――――
翔太を最初に見つけた場所は本屋、いや、大型ショッピングモールの本売り場だった。
魔法適正がずば抜けて高かった翔太を見つけ、髪の色と瞳の色を即座に確認。
『――!』
そして自分と一緒だということを確認し、シルクは運命を感じた。
ただ契約をしてくれそうな人物なのか見極めなければいけない。
まずは意思覗き魔法を使い、なにを考えているのか知る。
本屋にいるときは本に対する感想が頭に流れてきて、家に帰ってからの翔太の思考はつまらないものだった。
『あー洗濯物やらなきゃ。夜ご飯どうしよう。塾生の課題の丸つけまだだったな。今日はやることやって明日はバイトか』
『⋯⋯俺、生きてていいのかな』
家で本を読んだりゲームをしたり、ネットをしているときでも、常につまらない思考が頭の片隅にあった。
『つまらない思考につまらない生きかたね⋯⋯昔のシルクみたい』
その後も観察という名のストーカーをし続け、なにを考えているのか覗き続けた。
そして契約を持ち込むために、初めて直接会ったときのこと。
シルクはいきなりクズ野郎と罵倒し、翔太は驚き混乱。
目まぐるしく回る思考と言動のギャップが面白く、思考をよんでいることを悟られないよう平然を保った。
だがその中ですごく引っかかった思考があった。
『なんか既視感ある容姿だなと思ったら、自分が好きなせかますのヒロインにそっくり⋯⋯よく見てみると隅から隅まで似てる』
せかますというラノベのヒロインにそっくりなんだそう。
『現実でここまで可愛い銀髪の子見たことないし、凄い綺麗で可愛い子だけど⋯⋯せかますとなんか関係あるのか? ドッキリ?』
それに可愛いだの綺麗だの、ベタ褒め。
心の中で思っているだけなら普通相手に伝わらないと思うだろうが、魔法が使えるシルクには伝わりまくり。
そしてせかますのヒロインに似ているという件だが――、
――シルクがモデルだもの、当たり前じゃない。⋯⋯なんて言ったら、どうなるかしら。
そう、似てて当たり前なのだ。
だってせかますのヒロインのモデルがシルクなのだから。
そしてもう一つ、驚愕の事実があって――、
――シルクがせかますを書いたってことを言ったら、本当にどうなるのかしら。
翔太失神必須。
シルクは翔太の大好きなせかますの作者であり、ヒロインのモデルである。
こんな事実を知ったら失神してしばらく起きないだろう。
――せかますね⋯⋯二年前に完結したラノベを持ってるのは気付いていたけれど、今も好きだなんて驚くわ。
なぜシルクがヒロインのモデルになったのかというと、イラストレーターさんの一言が原因で――、
『いとやんってすごいアニメとかに出てきそうな美形だし、ヒロインのイメージが銀髪少女なら、いとやんの容姿をそのままヒロインにしちゃってもいい?』
そのイラストレーターさんの意見により、シルクの容姿そっくりのヒロインができたということになる。
そりゃ似ているもなにも似せているのだから、当たり前のことだった。
ちなみに「いとやん」とはシルクのことであり、シルクの和名は「
二年前に完結したシルクのラノベは、人気作で、三十巻にも及ぶ長編小説だ。
この世界。日本に来てから書き始め、契約しているときも執筆をし、作家として活動していた。
だが契約が破棄され、同時に小説が完結する。
それ以来執筆活動をしておらず、別の作品も書いていない。
そんな驚愕の事実を知ったら、翔太はどうなるだろうか。
――まぁ、まだ秘密のほうがいいわね。
翔太が不老不死について喋っている間、シルクは翔太のことを考えていた。
――――――――――――――――――
「いやぁ、正直ビックリした。シルクが電車に乗ったことないなんて」
「今までほとんどアレで移動してたのよ。今日はアレを使いすぎだし、アレで移動するのはなし。車は乗ったことあるのだけれど、電車はないかしら⋯⋯って、なによ! にやにやしながら見ないでほしいかしら!」
――環境が環境だったのよ、仕方ないじゃない!
「『翔太! 駅があるなら電車に乗りたいのだけれど、ダメかしら⋯⋯?』なぁ〜んて言われちゃ、もう電車で行くしかないだろ? しかもオッケーしたら『ホント!? ありがとなのよ!』とか、『初めてなのよ⋯⋯電車っていつごろからあるのかしら?』とか、『何人まで乗れるの?』とか、『ホントに時間通りに来るのかしら!』とか。子供じゃん――って痛い! デコピン痛い!」
――せいぜいデコピンで痛がるがいいかしら。
「からかうのもいい加減にすることね。今はデコピンで済んだけれど、家でやったら承知しないし、アレを使っていたずらをするわ。それにシルクの声を真似をしたみたいだけれど、全然似てないわ。そんなに気持ち悪い声してないし、子どもでもないのよ! ふんっ」
――本当、子ども扱いしないでほしいかしら。不老不死でも精神年齢は成長するのよ。⋯⋯多分。
デコピンで痛がるがいいとか、そういうところが子どもっぽいのだが気付かない様子。
「それで、なんで電車に乗ったことがなかったんだ?」
「前契約してた人の家の近くに駅がなかったのが原因かしら。駅まで車で行って、わざわざ電車で行くなら、アレを使ったほうが早いって感じで」
――翔太が驚いてる顔のままちょっと止まってたけれど、そんなに珍しいかしら⋯⋯。
「ちなみに前契約してた人と一緒に暮らしてたところって、どんなところだったんだ?」
――村はいいところだったけれど、あんまり思い出せないわね。うーん。
「そうね⋯⋯周りに田んぼが多くて、周りは高い山で囲まれていて、バスが一時間に一本しか走ってなくて、コンビニに歩いて三十分ってところかしら。近くのスーパーまで車で二十分かかるし。駅まで歩こうとするなら五十分かかるわ」
――田舎者は馬鹿にされるって聞いたことあるけれど、翔太は馬鹿にしてくるのかしら?
「あ、なるほど」
――あ、凄い納得してる⋯⋯馬鹿にはしないみたいね。馬鹿にされたら、今度はデコピン強めにしてやろうと思ってたのに。
「田舎は人が少なくて好都合なのよ、ここは前の場所より断然都会だから気を張ってほしいかしら」
「確かにバレるとアウトな俺にとっては好都合だけどここは田舎じゃないからな⋯⋯」
――バレるとアウト。翔太は消えてしまうし、シルクはまた新しい契約者を探さなくちゃいけない。
「翔太はアレのことについて絶大な信頼をもっているようだけど、自分のうっかりミスでデメリットに触れてしまうかもしれないんだから、ホントに気をつけてほしいわ」
――そうよ。うっかりミスで消されるなんてこと、絶対にしないでほしいかしら。
「ああ、浮かれ過ぎないように気をつけなきゃだな」
――そんな無邪気な笑顔で言われると不安が拭えないかしら!
――――――――――――――――――
そして食器を選んでいる間。
お揃いにしようと提案したのはシルクのほうだった。
「夫婦茶碗、夫婦箸って感じね!」
全てはこの
――せかますに入れたシーン。挿絵にもなっているところね。翔太は気付くかしら?
シルクは自分の作品のファンである翔太に試すようなことをした。
そして自分が作者だと、自分がモデルだとわかるかどうかカマをかけた。
翔太は作中にこの絵があったことは思い出したが、さすがに作者でモデルだとは気付かない。
だが作中のヒロインとシルクを重ねて、照れていた。
ほんの数秒無言になり、時が止まったようだった翔太がハッとして口を開く。
「夫婦じゃないけどな」
それに対してシルクはからかうように――、
「でも結婚って私達の契約みたいなものじゃない。そう変わらないわ」
と言う。
「それ以上言わないでくれ⋯⋯色々ドキドキしちゃう」
――好意は知っているけれど、シルクはそれに応えられるかしら。
翔太の恋心らしき曖昧な気持ちを知りながら、気付かないフリをしてからかう。
シルクからすればからかうことも、弄ぶような言葉も、些細な戯れに過ぎない。
「はいはい。もう買うもの決めたんだし、さっさと買って帰るわよ」
ただその戯れが、楽しくて心地よくて。
今のままがいいだなんて、虫のいいことを考えてしまう。
「そうだな、帰るか!」
――今はまだ、気付かないフリをしていたいのよ。
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