気付かないフリをする

「絶対とは言いきれない時点でもうだめじゃない!? 絶対まだなんかあるでしょ!」


「今のところ伝え忘れはないって思ってるのよ! 思い出せないし、きっともうないのよ!」


 アパートに到着し、玄関で言い争う二人。


 翔太がちゃんと声を出して反論してるのはいい進歩だと思うが、シルクの忘れ癖は良いとはいえない。


 言い荒らそってもキリがない。

 これから食器を買いに行く予定があるというのに。


「とりあえず今はいいけど⋯⋯食器買いに行く準備しなきゃな」


「それもそうね。食器買うのを楽しみにしてたのに、今のですっかり忘れていたわ」


「忘れっぽすぎない⋯⋯!?」


「うぐっ⋯⋯」


 ドアをすり抜けて外に出たため、家に入る時もドアをすり抜けて入る。


 透明人間には慣れた翔太は、人間の適応能力は侮れないなと思った。


「荷物持ったままでそこに立ってくれるかしら?」


「魔法解除するんだな。了解」


 魔法を解除してしまうことに名残惜しさを感じつつ、これからまだいっぱいできるからいいやと開き直り、解除されるのを待つ。


 だが待っている間に中二心がくすぐられて――、


「できれば声に出して言ってくれると嬉しいなぁ、なんて思ったり⋯⋯」


「はぁ⋯⋯了解なのよ」


「よし!」


 やっぱり魔法をかけるときはこうでなくっちゃっといわんばかりの顔。

 その顔を踏みにじることもできるシルクだが、可哀想に思うのでやらないらしい。


「――翔太にかかっている魔法、全て解除。そして、これよりシルクに透明化魔法を開始する。⋯⋯これでいいかしら?」


 シルクが唱えた瞬間、翔太の体に魔力の風が吹き、魔法が解除された。

 これで飛ぶことも、周りから見えなくなったりすることもなくなる。夢から覚めたような感覚になった。


「やっぱいいな! これからも俺に魔法をかけるときは、今みたいな感じで頼む!」


 喜ばれて調子をよくしたのか、これからかけるときはちゃんとやってあげようと心に決め、その一方で、翔太の少年の心に呆れるシルクだった。


「ちなみにシルクが自分に透明化魔法をかけたのはなんでだ?」


 今から出かけるんだから、透明になってしまっては色々都合が悪いだろう。

 かけるなら周りから見えるようにする魔法だと思うのだが――、


「クイーンズは元々人間から見られないように、透明化魔法のような魔法がかかっているわ。それは解除することができないのよ。透明化魔法は、クイーンズにかけると見えるようになるからかけたってことね 」


「なるほどなるほど」


 つまり、クイーンズとクイーンズ以外では、透明化魔法の効果が変わってくるということらしい。

 クイーンズとそうでないものとの違いは、ほかにもありそうだなと思う翔太だった。


「魔法解除したから、外で魔法に関することを喋ってはダメよ。バレるのを阻止するため、翔太の命のためだから、厳重注意で」


「やっぱおっかないな⋯⋯了解」


 真っ直ぐな目が合い、二つの意味でドキッとする。


 ――死んでしまうかもしれない恐怖と、自分の気持ち。


 翔太は薄々自分の気持ちに気がついている。魔法が使えるドキドキと、非日常な日常へのワクワク。


 その中に紛れて、勘違いかもしれない気持ちがいることに。


 種を撒いたばかりで枯れるか咲くかもわからない状態のこの気持ちは、伝えるべきではない。


 それにきっと、シルクは翔太のことをどうとも思っていないだろうから――。


「不老不死だしな⋯⋯」


「ん? シルクは不老不死だってお昼ご飯のときに言ったけれど、それがどうかしたの?」


「いや、不老不死っていいな〜って思っただけ!」


 誤魔化し、誤魔化し続けて気付かないふりをする。それが一番いいのだろう。


 翔太の寿命が長くなるとはいえ、クイーンズは不老不死だ。

 シルクにとって、翔太との生活はほんの一部にしか過ぎない。


「不老不死は人間がほしがる望みの一つだものね。羨ましがって同然だわ」


「ホント言い方がツンツンしてるよなぁ!?」


 出会って二日でこの距離感ならば、これからもこの距離感が続くのだろう。


 心地よい距離感を知ってしまうと、その先には進まなくていいと思ってしまうのだった。


 ――――――――――――――――――


「いやぁ、正直ビックリした。シルクが電車に乗ったことないなんて」


「今までほとんどアレで移動してたのよ。今日はアレを使いすぎだし、アレで移動するのはなし。車は乗ったことあるのだけれど、電車はないかしら⋯⋯って、なによ! にやにやしながら見ないでほしいかしら!」


 外で魔法の話をするときは魔法のことを「アレ」と呼ぶことにし、対策をして外に出てきた二人。


 歩いていると駅が見え、シルクが電車に乗りたいと言い出したため電車で行くことになったのだが――、


「『翔太! 駅があるなら電車に乗りたいのだけれど、ダメかしら⋯⋯?』なぁ〜んて言われちゃ、もう電車で行くしかないだろ? しかもオッケーしたら『ホント!? ありがとなのよ!』とか、『初めてなのよ⋯⋯電車っていつごろからあるのかしら?』とか、『何人まで乗れるの?』とか、『ホントに時間通りに来るのかしら!』とか。子供じゃん――って痛い! デコピン痛い!」


「からかうのもいい加減にすることね。今はデコピンで済んだけれど、家でやったら承知しないし、アレを使っていたずらをするわ。それにシルクの声を真似をしたみたいだけれど、全然似てないわ。そんなに気持ち悪い声してないし、子どもでもないのよ! ふんっ」


 ――シルクの扱いレベルが一上がった。


 どうやら外でからかう分には可愛いいたずらで済むようだが、家や誰もいない二人きりの場所では魔法を使っていたずらをするらしい。

 アレと伏せて言うと、なんだかいかがわしい物のように聞こえなくもないなと思う翔太だが、シルクに言うと「変態」の一言とともに嫌われそうなので言わないでおく。


「それで、なんで電車に乗ったことがなかったんだ?」


 今日の昼、前契約していた人とはなにをするにも魔法に頼るようなやんちゃをしていたと言っていたが、なにか関係があるのだろうか。


「前契約してた人の家の近くに駅がなかったのが原因かしら。駅まで車で行って、わざわざ電車で行くなら、アレを使ったほうが早いって感じで」


 家の近くに駅がないということは、そこそこの田舎だったのだろう。

 駅まで車で、というところからも、バスが通っていないことが伺える。


 駅までのバスがない地域となると、だいぶ田舎な気がするが――。


「ちなみに前契約してた人と一緒に暮らしてたところって、どんなところだったんだ?」


 シルクは右手を顎に当てながら「ん〜」と思い出している。


「そうね⋯⋯周りに田んぼが多くて、周りは高い山で囲まれていて、バスが一時間に一本しか走ってなくて、コンビニに歩いて三十分ってところかしら。近くのスーパーまで車で二十分かかるし。駅まで歩こうとするなら五十分かかるわ」


「あ、なるほど」


 やはり田舎だったことが発覚。

 田舎に住んだことがない翔太は、コンビニに行くまで歩いて三十分なんてことを経験したことがない。駅まで五十分、ここまで駅が遠いと電車に乗ったことがないのもなるほどなと納得できた。


「田舎は人が少なくて好都合なのよ、ここは前の場所より断然都会だから気を張ってほしいかしら」


「確かにバレるとアウトな俺にとっては好都合だけどここは田舎じゃないからな⋯⋯」


 契約においてデメリットの存在は大きく、契約をする上で大きな妨げとなる。その中の一つが「魔法を使っていることを直接目撃されると、契約者の存在が消される」だ。


 透明化魔法を使えば基本なんとかなるものだが、外出先で透明化魔法をかけるところを見られれば元も子もない。


「翔太はアレのことについて絶大な信頼をもっているようだけど、自分のうっかりミスでデメリットに触れてしまうかもしれないんだから、ホントに気をつけてほしいわ」


「ああ、浮かれ過ぎないように気をつけなきゃだな」


 反省させられたところで電車に乗るために駅に向かう。


 駅まで歩いて十分ほど。その間も絶え間なく喋り続け、仲が深まっていく。透明化魔法をかけてはいないため、周りから見られているわけだが、そんなの気にならないほど盛り上がり、あっという間に駅に着いた。


 スマホに入れていた電車のアプリで料金を確認し、切符を二人分買う。

 そして正しい路線で、正しい電車に乗って目的地の駅に着いた。


 シルクは切符を入れる機械にびっくりし、時間通りに来る電車にびっくりし、何車両も繋がっている電車にびっくりし、駅の中にお店があることにびっくりした。


「なんで駅にお店があるのかしら⋯⋯なんで駅に服屋だったり家具屋があるのかしら⋯⋯!」


「なんであるのかわからんが、駅の中にあるこの家具屋で食器買うぞ。買ったらまた電車で帰るからな」


「駅は電車に乗るための場所じゃないのね。知識がアップデートしたわ」


「そうかそうか。よかったな」


 思わず頭を撫でたくなるような子どもっぽさ。


 魔法についてはしゃぐ自分もそうやって見られていたのかと思うと、少し恥ずかしくなった。


 目的地の家具屋についたところで、シルクが辺りをキョロキョロし始めた。

 翔太が理由を聞くと、ここに一人で来たことがあるんだそう。


「シルクはここでベッドを買ったわ! ここが駅だったのは知らずに入ったから、びっくりしているのよ」


「大型ショッピングモールだと思って入ったのか」


「おおがたしょっぴんぐもーるってなにかしら」


「またか⋯⋯」


 大型ショッピングモールの説明をして、シルクがベッドを買ったという家具屋で食器を物色する。

 シルクは箸を使うことができて、食事のマナーもちゃんと知っているようなので一安心。


 翔太の家にある食器の中には割れてしまったりかけてしまっている食器もあったため、お揃いで揃えることにした。


「夫婦茶碗、夫婦箸って感じね!」


 屈むシルクがお揃いの茶碗と箸をもって、上目遣いでそう言う。


 ――可愛い、惚れる。


 だがその姿に既視感を覚えて、すぐに気がつく。


 翔太が好きなラノベ、せかますのヒロインと同じことを言っていて、挿絵になっているシーンだ。


 その挿絵にそっくりで、まるで自分が主人公になったような、そんな気がした。


 ハッとして現実に戻る。戻っても相変わらず似ているなと思ってしまうが、すぐになんでもなかったようにして――、


「夫婦じゃないけどな」


 と、目線を逸らして言う。


「でも結婚って私達の契約みたいなものじゃない。そう変わらないわ」


 だがシルクのストレートに――、


「それ以上言わないでくれ⋯⋯色々ドキドキしちゃう」


 ノックアウトされてしまった。


 恋人でもないのに夫婦と言われ、結婚と契約はそう変わらないと言われ。変に照れてしまう。


 だが契約という言葉が聞こえただけで、ドキドキがハラハラに変わる。

 なぜドキドキは、危険と隣り合わせなのだろうか。


「はいはい。もう買うもの決めたんだし、さっさと買って帰るわよ」


 傍から見れば翔太はシルクに惚れているし、シルクは翔太に呆れている。

 翔太がシルクに惚れているのは、単にせかますのヒロインに似ているからなのか、恋心なのかはしっかりわからない。


 もし恋心であっても、シルクが翔太を好きになるまで、翔太に希望はないだろう。


「そうだな、帰るか!」


 イケメンシルクが翔太の分の食器まで買ってくれて、またまた電車にはしゃぐシルクを横目に見ながら家に帰るのであった。

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