第一章 出会いと魔法

雨に導かれた先にあるものは

「食材買ったし、これでしばらく買い物に行かなくてもいいな」


 買い物の帰り。俺は独り言を呟きながらスーパーを出た。

 季節は梅雨が終わるころで、見上げた空は今にも雨が降りそうな曇り空。ざっと七月の下旬頃とでも言っておこう。


(早く帰らないと、雨に濡れることになりそうだな⋯⋯)


 そんなことを心の中で呟きながら、いつもより早足で家へ向かう。


 両手に荷物を持っている状況で雨が降れば、ビニール袋が雨を弾き、弾いた水が服について服が濡れる。この状況で雨に濡れて帰るのは最悪なのでぜひとも遠慮したい。


 ただでさえ雨続きで、洗濯物が乾かないというのに。


「あっ」


 早足で歩いた数十メートルの努力も虚しく、雨がポツポツと降り始める。


 下を向いて歩いていたため気付かなかったが、他の人は傘を持っているらしい。天気予報見ておけばよかった。


 徐々に傘の大軍ができ上がり、その中で傘をさしていないのは精神的にきついものがある。俺のほうを向いていないとしても、視線が気になって仕方がない。


 それに今は小学生が帰る時間帯。

 小さい子は周りの気になったこと、面白いことを話題にしたりする。つまり俺が笑いの話題になりそうで怖い。周りから浮いた存在のように思えてしまう。


「まぁ、もう浮いてると思うけど」


 今までよりさらにスピードを上げ、小走りで傘の中を潜り抜ける。

 こんなことになるならコンビニで傘を買えばよかったと脳裏にチラついたが、節約しないと生活できない今。傘を買うなら風邪をひいたほうがマシだ。


「ふぅ」


 やっとアパートに到着した。



 ――この雨が、このあと起きることの前触れだということに気が付かずに。



 本降りになる前に帰って来れたし、屋根のある場所を通ってきたからか思ったより濡れていない。


「卵大丈夫だよな、割れてたらだいぶショックだぞ」


 大事に右腕で抱えていた卵パックを心配しながら食材を地面に置き、ポッケから鍵を出す。


 いつものように鍵穴に鍵を入れて、鍵を開け、ドアノブをひねって部屋に入る――。


「⋯⋯え?」


 ドアが開かない。ドアノブをひねることができず、鍵がかかっている。


 今日は鍵を閉め忘れて、今、鍵を閉めたのか? ⋯⋯いやいや、そんなことはないはず。今日もいつも通り鍵をかけたかちゃんと確認をして出かけたんだし。


 まぁいいや。とりあえずもう一度鍵穴に鍵を入れて、今度こそドアを開ける。


 やっとドアが開いて、蒸し暑い部屋に荷物を運ぶ。


「――っ!?」


 それは一瞬の違和感。否、目の前の違和感に襲われる。


(なんで自分のもってないスニーカーがあるんだ!?)


 スニーカーだけではない。香ばしい香りも漂っている。

 何かが発火したのか、それともコーヒの臭い? なのか?


「いやいやいやいや」


 思わず声にしてしまった。どうしよう。怖すぎる。

 とりあえずドアを閉めて、いったん気持ちを整理したい。


 俺の部屋に限って泥棒? いや、お金ないし、そもそもここアパートだよ!?

 それに取るものっていったって現金ないし、ラノベと漫画しかないわ。いや、一巻も取られたくないけど!


(母さんの場合もあるし、友達が来てるっていう⋯⋯。いや、友達いないし母さんに合鍵渡してないわ)


 と、とりあえず逃げるか。でも雨降ってる中どこに逃げれば? あ、交番に逃げれば! ⋯⋯でも交番の場所知らない⋯⋯。


 じゃあ誰か呼んで、一緒に部屋に入るとか。っていっても大家さんは道挟んで向こう側に住んでるし、隣の部屋の人ともほとんど喋ったこともないし!


(⋯⋯ああもう! どうにでもなれ!)


 勢いよくドアを開けてさっと靴を脱ぎ、玄関から一番近いリビングへ向かう。


 第一声は大きな声で、お前なんか怖くないと言うように――、


「どろぼ、う、ぁわぅ!?」


 大きな声で泥棒と叫ぼうと思っていたのに声が裏返り失敗。勢いよく入ったはいいが怖がってしまってへっぴり腰。


 こんな情けない俺が見つけた泥棒は、ソファに座ってコーヒーを飲む銀髪の少女⋯⋯。



 少女!?!?



 驚きが隠せず、変な声が出るわ尻もちをつきそうになるわ鳥肌が立つわ⋯⋯って、情報が多すぎる!


 何この状況! 今すぐにここから出たいです! 母さん! お巡りさん助けて!


 しかもこの銀髪少女、全くこっち見ずに呑気にコーヒー飲んでるよ! そのコップ、俺がいつも使ってるやつだし!


 ⋯⋯でもその少女から目が離せない。


 ただの泥棒だから目が離せないということかもしれないが、引き付けられる「なにか」があるみたいに――。


 この状況、やっぱり警察に通報したほうがいいよな? 泥棒じゃないにしても不法侵入だよね?

 あ、でも携帯部屋に置きっぱなしだから今持ってない⋯⋯。


 俺がへっぴり腰であたふたしながら思考を巡らせている中、少女は飲み終わったコーヒーカップを机に置き、こちらを向いて口を開け――、



「そこのクズ野郎、ちょっと人助けしなさい」



 と、いきなり罵倒してきたのであった。

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