突然の訪問者
「ふぇあ!?」
文字に表せられないような声が出て、罵倒されたような感覚に襲われる。
――否、罵倒されている。
(いやなになに。え!? クズ野郎って言った? なんで!?)
混乱した俺を無視して、少女は話を続ける。
「変な声だけ出して、質問に対して黙っているっていうのは、さっきの言葉に肯定的であるということでいいのね?」
「いやいやいやいや!? 全然よくないんですが!」
いきなりのことすぎて、混乱がおさまらない。いや、誰でもこうなるであろう状況だろう。
不法侵入してる人がコーヒー飲んでて? いきなり罵倒してきて、何事もないかのように喋りかけてくるんだから!
(というか初対面なのに丁寧語を使うのを忘れた!!)
まぁ、この人だっていきなり変なこと言い出すんだ。お互い様ってやつだろう。うん。
――っ!?
なんか既視感ある容姿だなと思ったら、自分が好きなせかますのヒロインにそっくり⋯⋯よく見てみると隅から隅まで似てる。コスプレか? 『コスプレで不法侵入』って、インパクト強すぎなネットニュースかよ!
もしもコスプレじゃないのなら、俺の大好きな銀髪少女だ。
現実でここまで可愛い銀髪の子見たことないし、凄い綺麗で可愛い子だけど⋯⋯せかますとなんか関係あるのか? ドッキリ?
せかますのヒロインは毒舌キャラじゃないけど、ホント容姿だけはそっくりだ。なんだこの子、この状況!
家から出てってもらうのがいいのか。やっぱり警察に通報したほうがいいのか?
ちゃんと戸締りしたはずなのに鍵が開いてたってことは、この部屋の鍵を持っていたのか? 合鍵渡してる人いないのに?
「クズ野郎は人助けしますかって聞いてるのよ。早くイエスかノーか教えなさい? ただでさえあなたが買い物から帰ってくるのを待ってたというのに」
最初から思ってたけど、クズ野郎って呼ばれるのなんで!? ニートってこと知ってるのか?
それに今なんて言った!? 待ってたって言ったよな? え、なに。俺のストーカーとか? いやいや、ストーカーはありえない。そもそもそんなに外に出てないんだから。
「ホントに、とっとと喋ってほしいのよ。とりあえずイエスなのかノーなのか。答えてくれないと話が進まないかしら」
(ああもう!)
「あ、えっと。今の状況のままだとノーなんですが。とりあえずあなたはどういう人で、何が目的で家に不法侵入してるのか。教えてもらえますかね?」
意気込んだのはいいものの、口調は冷静に。さっきよりは丁寧語っぽく喋れた気がする。
⋯⋯いや、コミュ障発揮とかそんなんじゃないよ? オドオドしてるように見られたかな、って。今そんなの気にしてる場合じゃない!
大きく深呼吸をして、ギリギリ気持ちを落ち着かせる。考えてもキリがない。冷静さを保っていたいが、内心会話なんてしている場合じゃない。
それはこの銀髪少女から、異常なほどの威圧を感じるのだ。
一歩間違えたら、殺されてしまうような威圧を――。
「相手の名前を聞く時は、まず自分から名乗るのではなかったかしら?」
まぁそれはあるかもしれないけど。これめんどくさい人だ。
とりあえず名乗らなきゃいけなさそうだから、一応自己紹介しておくか。いや、不法侵入してくる人に自己紹介っておかしくない? ああもうわからん!
「俺は佐藤翔太っていいます。あなたの名前は?」
こんなもんでいいのか? この人ホントに何しに来たのかわかんないけど、悪い人じゃなさそう⋯⋯?
「ちゃんと名乗ってくれるのね」
威圧を放つ謎の銀髪少女はゆっくりとその場に立ち、丈の長い黒いパーカーの裾を摘んでお辞儀をする。
まるでその所作は、ドレスを着たお嬢様のように見えた。
「私は『シルバー・クイーンズ』という者よ。『シルク』と呼んでくれると嬉しいわ」
銀髪少女は自慢げにそう名乗る。
シルバー・クイーンズ? クイーンズ!? お姫様だったのか!
なるほど、お嬢様のように見えたのはあながち間違いではなかったと。
せかますのヒロインとは全く名前違うな、って当たり前か。容姿については偶然ってことなのか?
――せかますのヒロインに似てる。
結構引っかかってるけど、実際俺も銀髪だしな。
俺の住んでいる国では「個性を伸ばそう」ということで、自由に髪の毛の色を染めたり、若者が着ている派手なファッションを年齢問わずするようになった。
コスプレをして歩く人もいるし、以前と同じように普通といわれる服を着ていたり。今までより好きな服を着る人が多くなった。
以前では学校の校則で「髪は染めるな!」とかあったが、それもほとんどの学校で改善され、校則もだいぶ緩くなった。
という訳で、俺は銀髪に染めているわけだが――。
「また黙るのね。まぁこんなに可愛い美少女が突然家にいたら、色々したくなったりするのも分からなくはないけれど。そんないかがわしいことを考えるなんてどうかしてると思うわよ?」
「考えてないし。そんな発想が思い浮かんだあんたこそ、どうかしてると思うけどね!?」
「名乗ったんだからあんたなんて言わないで、シルクと呼んでほしいのだけど」
「あぁ! もう!」
また丁寧語で喋るのを忘れてしまった。ついツッコミ口調で喋ってしまうのは、ラノベの影響か⋯⋯? ってどうでもいい!
数回言葉を交わしたが、なにもしてこない。やっぱり危害を加えるような人ではなさそうだ。
威圧はあるものの、それはシルクさんの目付きの問題。少しつり目で目力があるからだろう。服装や髪型はいたって普通に見えるが、ほとんど黒でまとめているのには理由があるのだろうか?
ほかで気になるところは、シルクさんの座っていたソファの隣に辞書のような、教科書のような本が置いてあることくらいか。
あきらかに俺が持っている本ではない。それに表紙のデザインが少し変わっているのだ。
昔の西洋にありそうな本のデザイン。なおかつ、黒とシルバーで飾られている。
「⋯⋯シルクさん?」
「さん付けとかやめて欲しいわ。シルクでいいって、言ったでしょう?」
国の個性を伸ばす方針は悪くないと思うが、上から目線は腹が立つ。
「んじゃシルク。そのソファにある本はなんだ? シルクの持ち物だよな?」
タメ口口調になってしまうのは、呼び捨てだから。もうなにがなんだか分からない。自分が狂ってきているような気さえする。
それにしても本当になにをしに来たのか。泥棒という選択肢はもうないような気がするが、まだストーカーという選択肢があるからな。油断は禁物だ。
「この本は私物ね。――シルクと契約者用の魔法書なのよ」
「⋯⋯はい?」
契約者? 魔法書? 意味が分からない。これ、ストーカーでもない気がする。
自分の名をシルクと言ったこの人は、誰かと契約してるのか?
――あ、中二病なのか。
きっとそうだ、そうに違いない。中二病だからキャラクターになりきった容姿にしてるんだ。
でもそれなら口調も揃えるか?
(私物で魔法書って。しかも持ち歩いてるとか)
「はぁ⋯⋯」
恐らく中二病であるはずのシルクがため息をついて俺の目をじっと見たかと思うと、俺に呆れているような口調で話し始めた。
「シルクと契約するのは紛れもない翔太なのよ。いい加減現実を見たほうがいいと思うわ。まぁいきなり家に居た人に、変な事言われて混乱するのも当たり前のことだと思うけれど⋯⋯現実がわかっていないようね。鍵のかかった部屋に入れたのは魔法のおかげなのよ?」
「ちょっと待て、契約するのは俺だって?」
現実を見るのはシルクのほうじゃないのか? 現実がわかっていない? 魔法のおかげ?
「確かに鍵は閉めたはずだから、魔法で入ったってのは少しは信憑性がある。あるけど⋯⋯で、でも、合鍵を事前に盗んでいたとか、ピッキングをしたとか、そういう考え方もあるぞ」
「随分と口調がコロコロ変わるのね。一人でブツブツ喋っていたし、結構やばい人に契約持ちかけてるんじゃ⋯⋯まぁいいわ。そろそろ冷静に判断できるようになったかしら? そんなに信じられないって言うなら魔法を見せてあげてもいいわよ」
「え? まじですか!?」
「ですか!?」って、なぜ語尾についてしまったのかはわからないが、食い気味に返事をしてしまったことに後悔している。
なぜならば「引っかかった!」といわんばかりの顔でシルクがニヤニヤしているからだ。
とはいえ、実際に魔法が使えるようになれればどんなに楽しいだろう。そう思っているのは事実だ。
でも魔法という存在があったとして、もしもシルクが魔法を使えたところで⋯⋯俺は使えない。
「そんなに食い気味になるってことは、魔法に興味があると自白してるようなものだけど?」
「⋯⋯興味があるのは事実だし」
シルクは少し考えるような仕草をして、細いシルバーの棒? を取り出す。
すると、指揮棒のようなそれを俺に向かって突き出した。
「それじゃあ簡単な魔法をかけてあげるわ」
ニヤッとシルクが笑った瞬間――謎の感覚が襲う。
体の中をなにかが駆け巡り、全身とその周りの空気に働きかけるなにか。初めて感じる体内のなにか。
その感覚は決して不快なものではなく、どこか懐かしい気もする。
「わっ、えっ」
徐々に自分の体が重力に反して浮く。床から足が離れていく。シルクはニヤニヤしたままだ。何か嫌な予感がする――。
浮いたと思ったら意思に反して四肢が動いた。
そして変な踊りを踊らされてい⋯⋯る?
え? 魔法ってこれ!? もっとかっこいいやつをやってくれると思ってた。数秒前の俺を完璧に裏切るこれ!?
見るからに脱力感でいっぱいの、腕をプラプラしているような動き。四肢に力が入っていない感じ。盆踊りをしているけど気力がなくて、盆踊りになってないみたいなこの動き。
それに加えて振り付けのセンスが全くない。
はっきり言ってラジオ体操よりださいと思う。
――めっちゃ恥ずかしい!
「⋯⋯ぷっ。面白すぎるかしら」
「いい加減やめてくれないかなぁ!?」
そう言うと一気に重力が戻り、地に足がつく。
⋯⋯こいつ、魔女だ。しかもドSで毒舌。人を弄んで喜ぶタイプの人だ。
「シルクが魔法を使えることはわかったよ、充分わかった。今俺の体に起こったことは、普通じゃありえないことだったからな」
これは魔法だということが身をもってわかる。
まぁ魔法書とか契約とか。あながち間違いではないと思う。
あぁ魔法か。魔法ってあったんだな⋯⋯俺も使ってみたいな、なんて。
フィクションだとわかっていても使いたくなって憧れてしまう。
魔法とはそんな存在で――、
「――魔法って。その、シルクと契約すれば使えるようになるのか⋯⋯?」
「やっと顔つきが変わったわね。そうよ、シルバー・クイーンズの契約者となれば魔法を使えるわ。ただし、メリットとデメリットがあったり、色々説明があるけれど。それでもいいなら契約を結んでくれると嬉しいわね」
――メリットとデメリット。
ラノベによくあるパターンだ。なにかを使えるようになる代わりに、なにかを失う。
まだ現実味がないし、信用していいのかもわからない。
いい年した成人済み男性だし、こんな話に乗っかってる時点でダメなのだが、心は少年。まともな学生時代を送ってこなかった俺は、他の男性より子供っぽいだろう。
だからこんな馬鹿げた話にのってしまうのだ。
「そのメリットやデメリットを、教えてくれるか?」
正直にいえば、俺は魔法が使いたい! デメリットがどれだけあってもだ。
誰でも憧れるだろ? 一度くらい、魔法が使えたらなぁって。
そして今、俺は使えるっていう機会を与えられているわけだ。
だがまだ死にたくない。死なない程度で、元気に過ごせるデメリットなら全然大丈夫だ。
死にたくない理由はいっぱいあるが、所詮オタク。
好きなラノベや漫画が連載している間は死ねないし、アニメもある。
最近ボーカロイドにもハマり始めたので、いっぱい曲を覚えたい。
俺はまだ死ねない! けど魔法は使ってみたい!
「教えるより、とりあえずこの魔法書を読んでくれると早く済むかしら。ちゃちゃっとこれ、自分で読んでくれる?」
「説明って本任せなのね!?」
抑えきれないツッコミをかましたとこで、本を手に取る。
本は顔が隠れるくらいのサイズで、紙質がとてもいい。そして古本屋のような臭いがする。
ページをめくってみると、そこには魔法の種類とその魔法の説明が書いてあった。
一ページ目に書いてあった魔法は『操り魔法』だった。これで変な踊りを踊らされていたのか?
特に詠唱などは書いてなく、「詠唱する」とだけ書いてあるので、自分で詠唱を考えるのだと推測する。
最初のページから少しめくっていくと、魔法の種類が途切れていた。
「ん? 魔法の種類がここで途切れてるけど、こっからはどうやって使うんだ?」
「どんどん魔法をマスターしていくと、魔法の種類が増えて新しい魔法が使えるようになるのよ」
どうやらどんどん魔法を覚えるたびに、次の魔法が使えるようになる魔法書のようだ。なんだかゲーム感覚というかなんというか。
さらにめくるが白紙が続く。もうなにも書いていないのかと思って、最後のページだけ見ようとめくると、後ろのページにメリットやデメリットのことが書いてあった。
――――――――――――――――――
『契約においてのメリット&デメリット&決まり事』
共通のメリット
・魔法が使えるようになる。
・寿命が長くなる。
共通のデメリット
・魔法を使っていることを目撃されると、複数契約をしない限り、契約者の存在が消される。
共通の決まり事
・その月の
――――――――――――――――――
寿命が伸びる!? なんてことだ、素直に嬉しい。
だが気になるのはデメリット。
『複数』契約しないと契約者の存在が消える⋯⋯? 消えるということは、死ぬということなのか?
「シルク。ここに契約者の存在が消えるって書いてあるんだが、消えるっていうのはどういうことだ?」
「そのままの意味だけれど。契約した人間は、この世の中にいなかった存在として消されるのよ。ちなみにシルクとかの契約を申し込むほうは消えないわ」
――鳥肌が立った。
シルクに会ってから鳥肌は立ってたと思うが、それ以上に体が震えた。
つまり自分が死ぬかもしれないということ。死にたくなければ上手くやれ、そういうことなのか。
なんともクレイジーな契約だと、全身で感じた。
一ページ前に戻ると今度はシルクと契約する場合に起こるメリットデメリットが書いてあり――。
――――――――――――――――――
『「シルバー・クイーンズ」と契約する際のメリット&デメリット&決まり事』
メリット
・シルバー・クイーンズと一緒に行動している限り、暗いところでも、明るい時と同じくらい明るく見える。
・全体的に魔法の威力が高い。
・広い範囲に使う魔法の威力が高い。
デメリット
・魔法の威力が高いため、魔法を使った後の疲労感が他の契約者より大きい。
・魔法適性がシルクと同じでないと正しい魔法が使えない。
・一緒に魔界に行くことができない。
・シルバー・クイーンズが一緒でなければ、魔法は使えない。
・契約者の髪、瞳の色がシルクと同じでなければならない。
・契約は死ぬまで切れない。
・契約が切れると死ぬ。
決まり事
・シルバー・クイーンズは契約者に対して否定的になってはいけない。
――――――――――――――――――
⋯⋯なるほど。
これを見ても魔法が使いたいか。そう言われると考えてしまうものがある。
なんというか、文章でマジマジと見ると現実味を帯びて少し怖くなった。
契約が死ぬまで切れなかったり、結構デメリットが重い。安易に契約していいものではなさそうだ。
「そろそろ読み終わったかしら?」
「あぁ、一応一通り読んだ。だが結構デメリット、というか、リスクが大きいんだな」
「まぁしょうがないわね。シルクは天才肌だから、それ相応のリスクを負わなければいけない。というわけなのよ。理解いただけるかしら」
「今、無理やり理解した。契約するかどうかってことだが⋯⋯もう少し時間をくれないか」
今すぐに決断してしまっては、後々後悔するかもしれない。それにシルクが裏でなにか企んでいて、言っていないことがあるかもしれない。
「そう。⋯⋯まぁ、そこに書いてあることが全てではないわ。今はもう少し緩くなっているし、母様に言えばそれ以上緩くしてもらうことだってできる。でも時間はそれほどあげられないの。今は午後五時。明日の午前九時にまた来るから。その時までに決めてもらうことになるけど、それでいいわね?」
「契約が緩くなる⋯⋯わかった。明日の午前九時まで。それまでに決断しておく」
「あ、くれぐれもネットや紙にこのことを書かないこと。もし契約しなかった場合、魔法のことがバレないようにするためのお願い。わかるわね? これを破ってどこかに書いたりすると、即私が家に押しかけるわ」
即ネットに書きたいが、押しかけるとか怖すぎて書けない。恐らくこの世から消されるとか、そういう類だろう。恐ろしい。
「書かない書かない。それじゃあまた明日」
「ええ。また明日。良い返事を待ってるわ」
そう言うとシルクは、あの魔法書を持って消えた。
すっと、瞬きをしたら居なくなっているみたいに、消えた。
やっぱり魔法が使えることがわかる。
なんだか騒がしくて、なんとも摩訶不思議な時間だったなと思う。
シルクが居なくなって、一気に冷静に。脈が落ち着き、鳥肌も消えていく。
冷静になって一人立ち尽くしていると――、
「あ、あぁ!」
思わず声が出てしまった。
それは買ってきた食材が玄関に置きっぱなしだということに気が付いたからで⋯⋯まずいまずいまずい。
急いで玄関に行った、が、遅かった。
「買い溜め用のアイスがあああぁ!」
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