そこのクズ野郎、ちょっと人助けしませんか?

べいっち

プロローグ

主人公の過去は主人公にふさわしい過去でなければならない

 この作品の主人公である「佐藤さとう 翔太しょうた」は、ニートである。


 だが昔から不登校だった、というわけではない。


 翔太は昔。自分のことを『普通の人間』だと思っていたのだが、それは違う。

 翔太は他人に対して、『優しすぎる』性格だった。


 なにか頼まれれば笑顔で「うん! いいよー!」と言う少年だった。断れない性格だともいえる。


 その優しさにつけ込み、いいように利用する同級生。


 利用されていると気付いたのは中学三年生のころ。

 遅すぎる自我の芽生えに、自分の感覚は麻痺していると気付く。


 ――思い返せば悪口しか出てこない。


『おかわりもうなくて⋯⋯。でもこの給食大好きだからちょっとくれない?』

 ――あの後お腹が空いて、勉強に集中できなかったじゃないか。


『翔太! ついでにここも掃除しといてくれない?』

 ――お前掃除してないじゃないか。


『俺、外で遊びたいから係の仕事やっといて!』

 ――仕事してから遊びに行けばいいのに。無責任なやつめ。


『私帰り一人なの。不審者とか怖いから、家まで送ってくれない?』

 ――方面違うのに。まだ全然明るいじゃないか。


『新作のゲームもってるんだろ!? ちょっと貸してくれない?』

 ――ちょっとって。借りパクしてどこがちょっとだよ。


 なにをいっても断らない翔太は利用され続け、することが次第にエスカレートするのは時間の問題だった。


『お金忘れちゃったから、今回だけジュース買ってくれない? 後でお金返すからさ?』

 ――何度目だ。お金返してない癖に。


『授業サボりたいからさ、お前も一緒にいてくんない?』

 ――他のやつにすればいいじゃないか。なんで俺を指名してくる。


『イライラしてるんだ。ちょっと殴ってもいいよね?』

 ――イライラしてる相手にすればいいのに。なんで俺なんだ。


『あいつのペン隠してくれない?』

 ――自分でやればいいのに。なんで俺がやらなくちゃいけないんだよ。


『お金が高くて買えないからさ、ちょっと万引きしてきてよ』

 ――万引きなんてできるわけないだろ。俺のお小遣いで買ったんだよ。


 ――どうしてみんなと違うんだろう? どうして自分だけされているのだろう?


 疑問はあった。でもそのときの翔太は、それが自分の存在価値だと思っていた。


 だがそれが自分の存在価値ではないことに気が付き、おかしいと気付いてから翔太は選択を迫られた。


 誰かに告げたほうがいいのか、自分だけで解決したほうがいいのか。


 両親は仕事で忙しく、翔太の悩みを察することができない。

 ゆういつ気が付いてくれたのは、肌にできたあざや、買ったゲームが家になくなっていること程度。


 いつも学校のことを明るく話す翔太が学校でうまくいっていないなんて、両親が気付くはずがなかった。


 そして翔太は迷惑をかけられないと思い、このことは誰にも話さないと決める。

 優しすぎる性格は両親に甘えるということができなくなり、頼るということもできなくなった。


 自分が普通の人間ではないと気付いた翔太の怒りの矛先は、『見て見ぬフリをした教師』と『なにもできなかった自分』に向けられる。


 ――なぜ見て見ぬフリをした?


 ――なぜやめてといえなかった?



『俺なら絶対に見て見ぬフリをする教師にはならない。あんな教師よりもっといい教師になって、安定した職を身につけて同級生を見返してやる』



 ふつふつと燃え上がる怒りは原動力になり、中学三年生の翔太は教師になることを決めた。


 それからの翔太は勉強漬けの毎日を過ごし、青春とは無縁の時間を過ごしていく。

 成績は元々いいほうだったため、難なく進学校に進学でき、大学にも通うことができた。


 が、勉強する日々の中で怒りは膨れ上がり、以前の優しすぎる性格はどこへやら。

 根は優しいままだったが、捻くれ者の面倒臭い性格になっていた。


『教師になれば、性格なんてマシになるだろ』


 そして、念願叶って――小学校の教師になることができた。


 利用してきた同級生を見返すために。見て見ぬフリをした教師よりいい教師になるために。


 学生という貴重な時間を潰し、これまで頑張ってきたものが実った瞬間だった。


 教師になってからは勉強漬けの日々とは違い、毎日やることに追われ、今までとは違う忙しい日々を過ごした。


 仕事に慣れれば生徒と関わる時間を増やせる。そうして信頼関係を築き、なにか異変を感じたらすぐに解決してあげる。そうやって生徒から頼られる優しい教師になる――。





 ⋯⋯はずだった。


 教師生活『二年間』。感想、『疲れる』。


 疲れない仕事がないのは翔太だって分かっている。分かっているが、教師はやることが多い。


 授業は基本立ち仕事で、喋っては黒板に書いて意見を聞き出し、ちゃんとノートにまとめさせる。

 授業に使うプリントの制作に宿題の採点。これらをするために休み時間が潰れ、学校で終わらなければ家にもって帰る。

 行事の役割が振り分けられ、学芸会では内容を考えたり衣装を考えたりセットを作ったり。

 部活動の顧問や会議、研修。


 優しい性格は律儀に戻っていたため、本来自分がやらなくていいことまでやっていた。


 この仕事に上乗せされるのが『人間関係』。


 今まで『普通の』人間関係が築けなかった翔太にとって、生徒との人間関係がうまくいくわけがない。


 絶望的に、――下手だった。


 休み時間にドッジボールで一緒に遊んであげたり、ドロケイを一緒にやってあげたり。

 そんなことが翔太にできるわけがなかった。


 生徒に人気がある同期の先生は、生徒との接し方がうまい。同期同士という理由で比べられることが多く、そのたびに情けない気持ちでいっぱいになった。


 ――生徒に好かれることが、俺にはなに一つできなかった。

 

 弱い立場の生徒を救い、優しい先生になるのも夢だった。憧れられる先生にもなりたかった。

 だが憧れる先生がいなかった翔太には、こうなりたいという目標がない。



 結果、仕事が続かない。



 給料は入るけど、使う暇がない。生活費以外は、全額貯金に回していた。


 そして今はニート。

 理由は簡単。今までの疲れが溜まりに溜まり、爆発したのだ。


 それからの生活は、物凄い勢いで病んでいった。昔のことを思い出しては、後悔する日々。

 自傷行為をする人もいると思うが、翔太にはできなかった。昔から痛いことが大の苦手で、トラウマだったからだ。


 ニートになってからの翔太は、学生時代よりもひどい、優しさを一ミリも感じさせない真逆の性格になっていた。


 ――自分を犠牲にしてまで相手になにかをするなんて馬鹿馬鹿しい。

 ――自分が他人に優しくするなんて、そんなことしなくてもいいんだ。

 ――相手が困っていたって自分には関係ないこと。

 ――みんな俺を大切に扱ってくれればいいのに。


『優しさは時に自分を傷つける。身をもって体感したことだ。だから優しさは要らない』


 こんなことを思ううちに、優しさは自分の中に閉じ込めてしまった。


 そんな病んだ翔太がネットに吸い込まれるのは早く、SNSのアカウントをいっぱいつくったり、スマホアプリなんかは特にハマった。


 そして翔太がハマったのは、ネットだけではない。

 ラノベやアニメ、漫画にもハマってしまったのだ。


 特に人気のラノベを買い集め、読みまくるのが一番楽しい。


 そんなラノベ好きになった翔太は、とある一冊のラノベと出会う。


 ラノベの題名は「世界を変えますか? 自分を変えますか?」

 通称「せかます」


 この作品に出会ってから、翔太の暗い性格が少しはマシになり、以前の優しさも少しは取り戻した。


 ――自分が辛くならない程度に優しくなろう。

 ――他人だって同じ人間。優しいほうが相手も嫌な思いをせずに済む。

 ――相手が困っているならできる限り助けてあげよう。

 ――自分の行いはいつか回って自分に帰ってくる。だから優しくしよう。


『自分を傷つかない優しさを身につける。優しさは制御できればいい』


 そう考えるようになった。止んでいた時よりポジティブ思考になり、塾でアルバイトを始めることになる。


 学生のころの過度な優しさはなくなり、程よく毒も吐けるようになって、自分を優先して行動することもできるようになった。皆に優しさを振りまく必要はないと、自分と深く関わる人に優しくすればいいと知る。


 ニートになるまでの経緯や過去を親に話していなかったが、ちゃんと話すこともでき、「今まで辛い思いを沢山させているのに気付かなくてごめんね」と、謝ってくれた。


 それからなぜか運がよくなり、ゲームのガチャで推しキャラがでたり、宝くじで三十万円が当たったりした。


 心療内科などの病院には行かずとも、一人で立ち直れたのは『せかます』のおかげだと翔太は言う。


 そして運がよくなった翔太に、運命が変わる出来事が――。

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