part.8-3 それが『世界』と分かるまで
翌日、目が覚めると僕はやはりカドゥ村に居た。ずっとこの夢が続いている、そう思いながらもすぐに着替えて部屋を出る。
「おお、起きたか!」
泊まっていた部屋を出るとルーディさんが待っていた。
「イヴァンカは既に村の出口で待っているらしい。準備が出来たらそっちに行ってくれ」
「分かりました」
言って、僕は宿を後にした。
◉ ◉ ◉
「来たか、待っていたぞ!」
「スミノフさん、お待たせしました!」
僕が村の出口に着くと、スミノフさんが近くの木に寄りかかって待っていた。
「じゃあ早速行こう!……と、言いたいところだが……」
「?」
言って、スミノフさんは続けた。
「なあ、その『スミノフさん』ってのは、止めてくれないか?なんか聞く度にむしゃくしゃするんだ……」
「……じゃあ、イヴァンカさん?」
「『さん』も止めてくれ」
「……イヴァンカ?」
「うん、それでいい!」
と、スミノフさん……もとい、イヴァンカは言って今度こそ村の外へと歩き出そうとした、その時だった。
「待って下さい!!」
不意に後ろから声が聞こる。振り返るとそこには栞が立っていた。
「あの……私も連れて行って欲しいんです!」
「え!?」
栞の言葉に僕らは驚愕した。
「何を言ってるんだ!?君は戦えないじゃ無いか!」
イヴァンカが栞に反論する。
「分かってます……でも、このままじゃダメなんです!」
「……ダメって何が?」
栞の言葉に僕が聞き返した。
「私、記憶が無くて……でも、このままじゃ嫌なんです!」
栞は更に続ける。
「私、過去の記憶が無いのはとても怖くて……だから思い出したいんです!その為にも、記憶がなくなる前の状況が見たくて……」
栞はそう言った。確かに「記憶がなくなる前の状況を見る」と言う行為は失われた記憶を取り戻す近道と言えるだろう。昨日(?)調べた内容で言うところの「認知療法」というものだ。
「……本当に?」
「え?」
僕の言葉に栞は戸惑う。
「本当に、記憶を取り戻したいと思いますか?」
「……はい」
僕が聞くと、栞はそう返した。……これはどうすれば良いのだろうか?確かに栞は「記憶を取り戻したい」と、そう言った。でも、これは『栞が過去の記憶を知らないから言えることなんじゃ無いか?』と考えてしまってどうしても正しい答えが見えない。
「……どうする?これ」
僕が悩んでいると、イヴァンカが僕に問いかけてきた。
「……危険じゃないか?」
「だが、彼女の記憶を取り戻す為にも必要だと思うが……」
と、イヴァンカは言った。無論、『栞の記憶を戻したくない!』などという言い訳は出来ない。栞自身も『もう決めている』と言った表情だ。
「……分かりました。ただし、絶対に僕らから離れないで下さい」
観念した僕はそう言った。
「ありがとうございます!スミノフさん、翔太さん!」
と、栞は言った。
「ハハ……君も『スミノフさん』なんて止めてくれよ……」
と、イヴァンカは苦笑して言った。
「え、じゃあ……」
言って、栞は続ける。栞の事だ、どうせさん付けで呼んでイヴァンカから訂正されるのだろうと思っていた。
「『お姉ちゃん』って呼んで良いですか!?」
「えっ!?」
「なっ!?」
『お姉ちゃん』だと!?それはちょっとお兄ちゃんと話しを通してから……!
「あ、ああ!私は構わないぞ?」
と、イヴァンカは言った。いや何でこの人まんざらでも無い表情を……っていうかこの件はちゃんとお兄ちゃんと話しを通して……!
「よ、よろしくお願いします、お姉ちゃん!」
「ああ!こちらこそよろしく!」
栞の言葉にイヴァンカは胸を張ってそう言った。
「翔太さんも、改めてよろしくお願いします!」
「あ、ああ……よろしく……」
先の栞の言葉で僕は敬語を使うのを忘れてそう言った。……っていうか、僕のことは『お兄ちゃん』って呼ばないんだね……いや、別に良いけど……、
「よし、話しもまとまった所でそろそろ出発しよう!」
イヴァンカの言葉を皮切りに、僕らは村を後にした。
◉ ◉ ◉
「……取り敢えずはこんなものか……」
イヴァンカが言って、僕らは各々その場に腰を下ろした。あれから数時間程周囲を探索して古井戸や池のある場所を見て回った。池は自然の水場であることも相まってレイジフォックスを初めとしたモンスターがたむろしていたが、古井戸は深さがある分、モンスターの水場となることは無い、よってほとんどの場所が安全な箇所ではあった。無論、数年間放置されているだけあって水が止まっている箇所もあったが……、
「今日の分はこのくらいにしておこう……」
と、多数のメモが残された地図を見ながらイヴァンカが言った。
「よし、じゃあそろそろあの場所へ行ってみよう」
と、イヴァンカが言った。
「あの場所?」
「あの少女と私が出会った場所だ。そこに行けば何か思い出せるかもしれない」
と、イヴァンカは栞を見ながら言った。今のところ栞に変わった様子はない事から、栞の記憶はまだ取り戻されていないだろう。
「……分かった、行こうか」
正直乗り気では無いものの、特に言い訳を思いつかない僕はそう答えた。
「?なんだか乗り気じゃ無いみたいだが、大丈夫か?」
僕の声を聞いて察したイヴァンカがそう言った。
「……何でも無いよ、大丈夫だ」
イヴァンカの言葉に僕はそう返した。
◉ ◉ ◉
その後、イヴァンカと栞が出会ったという場所へと到着する。
「どうだ?何か思い出せそうか?」
と、イヴァンカは聞いた。僕は黙って二人を見ている。
「……すみません、よく覚えていないです」
「……そうか、丁度ここで君はレイジフォックスに襲われていたんだ。私が君に話しかける頃には既に意識が飛びかけていたんだが……」
イヴァンカは栞に当時の状況を語るが、栞の記憶はまだ戻らないらしい。
「うーん、やはりダメか……」
イヴァンカが諦めて帰ろうとした、その時だった。
「翔太、後ろ!!」
「え?」
イヴァンカの声に反応して後ろを向く頃には既に手遅れだった。背中に強い衝撃と何かに引き裂かれたような感覚を感じると共に、身体が強制的に地面から離れる。そのまま僕は吹き飛ばされてしまった。
「ぐふっ!?」
吹き飛ばされた僕はそのまま地面に叩きつけられる。幸いにも頭を打つことは無く、そのまま起き上がるが、背中の激痛で中々起き上がれない。何とか顔を上げると、そこにはレイジフォックスよりも遙かに大きな狐が僕を睨み付けていた。
「はああああ!!!」
イヴァンカがとっさにレイピアを向けるが、その狐はたやすくその刃を躱す。
「翔太さん、大丈夫ですか!?」
その隙に栞が僕に手を差し伸べてきた。その手を取って何とか立ち上がったが、足下がおぼつかない。どうにか剣を構えたが、視点が定まらなかった。何とか意識を集中する。
「はあ……はあ……」
「翔太さん、無理しないで……ひっ、ち、血が……」
僕を支えていた栞が僕の背中の傷を見た途端、急に顔が青ざめた。
「ち、血が……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
栞が僕を放し、その手で自分の顔を押さえて叫びだした。
「し、栞!?まさか記憶がフラッシュバックして……くそ、最悪だ!!」
僕は栞の名前を呼んではならない事を忘れてそう言った。目の前には敵がいる。僕は負傷してほぼ戦闘不可能、栞は混乱しており、今戦えるのはイヴァンカだけ……、最悪の状況だ。
「くっ、何とか……戦わないと……」
目の前の敵を睨みながら、僕は手に握る剣を杖にして何とか立つ。
「翔太、無事か?」
イヴァンカが隙を見て僕と合流した。
「何とか、大丈夫だ……でも、栞が……」
僕の言葉でイヴァンカが栞を見る。どうやら気絶してしまっているらしい。
「不味いな、あいつは恐らくクイーンフォックスだ。私一人じゃ太刀打ち出来ないぞ……」
「何とか、僕も戦わないと……」
「無理するなよ……私でも時間稼ぎ位なら出来る!」
言って、イヴァンカはクイーンフォックスの元へ突っ込んでいった。イヴァンカの動きは俊敏であるものの、やはりクイーンフォックスには届かない。僕はおぼつきながらも少しずつクイーンフォックスと距離を詰めていった。
「……ギャアアアアアア!!!」
「!?不味い、逃げろ翔太!!」
「え?」
不意にクイーンフォックスの標的が僕に向く。そう、僕は不用意にクイーンフォックスと距離を詰め過ぎたのだ。
「う、うわあああああああああ!!!」
クイーンフォックスが攻撃態勢に入る。覚悟を決めて僕も剣を握りしめたその時、
「……兄さん、逃げて!」
栞が僕の前に立ち、両手を大きく広げた。
「し、栞!?」
「大丈夫、私は大丈夫だから……」
栞が僕を庇いながらそう言った。
「私なら……死ぬことが出来るから……」
そう口にする栞は、決して僕の方を振り向かない。
続く……
TOPIC!!
『クイーンフォックス』危険度 ★★
『レイジフォックス』のリーダーとなる存在で、生物界では珍しい雌がこの座に着いている。
基本的にクイーンフォックスの行動パターンは繁殖期と活動期の二つに分かれる。
繁殖期ではレイジフォックスを生み出すため、巣に籠もってじっとしている。
この間、大量のレイジフォックスを産むために体内の栄養を消費し続けるため、
身体は痩せ細り、ほぼ身動きが取れなくなる。
これにより、クイーンフォックスを狩る際は基本的に繁殖期に狩ることが多いが、
その時期はレイジフォックスが最も多くなる時期でもあるため、その点に注意が必要である。
活動期ではクイーンフォックスが自ら巣を出て徘徊している時期になる。
目的は単なる『遊び』としての徘徊であるとか、餌場や水場、新たな巣を探している、等
様々な説が唱えられているものの、実際の目的は未だ解明されていない。
活動期のクイーンフォックスは健康状態が最も良い時期になるため、
運動神経、攻撃力がレイジフォックスの倍以上となり、安易に関わると危険である。
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