part.8-2 それが『世界』と分かるまで

 あれから僕は日暮れまで剣一本でモンスターと戦い続けた。

「背筋を伸ばせ!猫背で戦う奴があるか!!」

「相手をよく見ろ!躱されるし反撃を貰うぞ!!」

 この間も勿論ルーディさんの指示が飛ぶ。僕はただそれに『はい!!』と返事して剣を振るのみだった。


◉ ◉ ◉


「つ、疲れた……」

 その後、訓練を終えてカドゥ村に到着する頃には既に日が落ちていた。

「明日は早い、今夜は食事を終えたら何もせずに寝ることだけを考えろ。今日の疲れを引きずっていたら明日に響くからな……今日の分の食事だ」

 と、ルーディさんは言って僕にサンドウィッチを渡した。

「忙しい時の食事はそいつが最適だ。主食、肉、野菜……これらを一口で補える」

「はは……そうですね、ありがとうございます」

 言って、僕はそのサンドウィッチを受け取った。

「それから最後に、レイジフォックスは仲間を呼ぶ習性がある。だからそいつらとの戦闘はなるべく素早く終わらせろ、そして戦闘後は増援が来る前にその場所を離れるんだ」

「分かりました」

 と言って僕らは解散となった。


◉ ◉ ◉


 翌日、

「ぅぅ……」

 目を開くとそこにはいつもの日本にある僕の部屋が広がっていた。やはり、カドゥ村での出来事は夢だったらしい。

「んんんんん……!」

 僕は大きく背伸びをした。心なしか夢で行った訓練の疲れが残っている様な気がする。夢である以上、多分気のせいだろうけど……、

「そう言えば今日は土曜日か……」

 ベッドの上に置いてあるデジタル時計を確認してそう言った。どうも最近夢の中に居る時間が長いせいで、曜日感覚が失われているらしい。朝食を取ろうと起き上がったその時、部屋のドアが何もしていないのに勝手に開いた。

「んんんんん……しょーたーおはよー」

 ドアの向こうからゾンビの様なうめき声を上げて茜が入ってきた。そう言えば夕べから茜が泊まっていた事を忘れていた。……っていうか相変わらず寝起き酷いな!

「ほら、取り敢えず下行くぞ……」

「んんんんんぁぁぁぁぁぁぁ……」

 呻く茜を連れて僕はリビングへの階段を降りて行った。


◉ ◉ ◉


 その後、朝食を終えて自室へと戻って来ると、僕は携帯の画面電源を開いてネットの検索画面を開く。何となく……本当に何となく異世界で起きた栞の記憶障害について調べる事にしたのだ。


◉ ◉ ◉


 調べた限りだと栞に起きている記憶障害は恐らく「解離性健忘かいりせいけんぼう」が最も近いだろう。特徴としては戦争や天災、事故等による心的外傷等が思い出せなくなるという事らしい。普通は数時間〜数日程度の記憶が飛ぶだけらしいが、栞の場合、自分の名前等も含めた全ての記憶を失っている。


 治療法は様々あるが、この中で最も現実的なものは恐らく「認知療法」だろう。つまり、健忘を引き起こした原因を探る事にある。栞の場合、レイジフォックスに襲われたと言うことを認識することで健忘を治療出来る可能性が高いと言うことになる。


◉ ◉ ◉


「なるほどね……」

 ネットで適当に引っかかったサイトを調べながら僕は独り言を呟いていた。もうかれこれ30分近くは調べ物をしている。僕は大きく背伸びをすると、また突拍子も無くドアが開いた。

「しょーた、数学教えて!数学!」

「お前……ノックぐらいしろよ!」

 間髪入れずに茜が中に入ってきた。

「何調べてるの?エロのサイト?」

「ちげーよ……」

 茜が僕のPC画面をのぞき込む。何となく僕はそれを隠すように立ち回った。……いや、エロでは無いけど……、

「何これ?かいりせい……何て読むの?」

「かいりせいけんぼう」

 でも結局PC画面は隠しきれずに茜がそう聞いて、僕が答える。

「記憶障害……か、栞ちゃんのこと?」

「まあ、そんなところ……」

 茜の言葉に僕はそう答えた。

「夢はまだ続いているの?」

「ああ、ここ最近ずっとその夢だ。妙に現実味が強い」

「ふーん、そっか……それより本題の勉強だよ!数学教えて!」

 そう言って以降、茜が夢の件について追及することは無かった。


◉ ◉ ◉


 それから休憩を挟みつつも夕刻まで勉強を続けた。僕も茜も成績はそれなりに良い方だが、その成績をキープ出来ているのはお互いが苦手科目を教え合っているお陰でもある。

「まあ、こんなものか……」

 と、僕が言った。それを合図に二人の手が止まる。

「うん、そうだね……じゃあそろそろ」

 と、茜が言った。

「帰るのか?」

「ご飯作ろっか!」

 僕の言葉と茜の言葉が同時に出て被ってしまった。

「いやいや今日のご飯まで作って貰う必要はないよ!」

「良いよ気にしなくても」

「ご飯作ってたら夜遅くなるぞ?」

「大丈夫、今日も泊まってくから!」

「はあ!?」

 思いもしない言葉が茜の口から出て来て、僕はそう言った。畜生、コイツ最初からそのつもりで……、

「良いじゃん!泊めてよ〜!」

 茜が言いながら僕の身体を揺さぶる。

「ああもう!しょうがねえなー!!」

「やったー!」

 僕が言うと茜は嬉しそうに飛び跳ねた。


◉ ◉ ◉


 その後、各々入浴を終えて就寝時間となった。

「ねえしょーた」

「ん?」

 自室に入る前に茜に呼び止められる。

「君が居てくれて良かったよ……」

「え?それってどういう……」

 またも予想してなかった言葉が茜の口から飛び出してくる。

「だって君の家族は皆バラバラになっちゃったから……」

「まあ、そうだな……」

 茜の言葉に僕はそう言った。

「だから君まで居なくならないでね?」

「……分かってる」

「ずっとここに居て?」

「……ああ」

「……よし!じゃあそろそろ寝よっか」

「……おやすみ」

「うん、おやすみ」

 そう言って僕らは各々部屋に入っていった。


続く……


TOPIC!!

カドゥ村


カドゥ平原にある農村。


年間を通して安定した降水量であることから小麦を中心とした穀物の栽培が盛んに行われており、

収穫された小麦をそのまま利用したパン等の料理も多く作られており、

それらの味の良さで評判を貰い、観光や小麦の輸出で農村にしてはかなり栄えていた。


しかし、レイジフォックスの増加に伴い、田畑を荒らされる被害や、

村民が襲われ、村の縮小が余儀なくされた。


現在では僅かに残った田畑で小麦の栽培を行っており、

村の中で消費するだけの自給自足で何とか生命線をつないでいる。

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