part.6-4 眠りの戦姫

 ……、

 ………、

 目を開くと真っ暗な世界が浮かび上がる。

「ここは?」

 何処なのだろう?五感はほぼ機能していないが、何故だか寒さを感じる。見渡せば周囲が灰色の雲で覆われており、僕はその中心に浮いている。

「……!」

 一歩、足を踏み出すと強い風が通り、灰色の雲をかき消した。途端に明るい陽光が僕の目に映る。日中のぎらぎらと照りつける日射しというよりは夕暮れの暖かな光と言った柔らかい印象で、光に近づく度に肌に張り付いていた寒さが和らいでいった。

「ああ……」

 暖かさに魅了された僕はその光に近づいていく。一歩、一歩と踏み出す度に失われていた五感が修復されていき、まるでゆりかごに乗ってあやされているような幸福感が訪れた。目を覚まして間もないと言うのに再び眠気に襲われてくる。誘惑に負けてその場に倒れ込んだ、その時だった。

『——こっち!!』

 急に耳元からはっきりとした声が聞こえた。慌てて振り返るとそこには真っ暗な一本道が続いている。そこから足を踏み出した瞬間、ぞっと寒さが襲ってきた。

「うぅ!!」

 僕は強烈な不快感に負けてすぐに後ろを向こうとする。

『ダメ!』

 しかし、再び後ろから声が聞こえ、今度は無理矢理に後ろを向かされた。金縛りに近い感覚だろうか?もう後ろを向くことは出来ない。

「ぅぅ……っく!!」

 仕方無く歩き出すが、一歩ずつ歩む度に身体の芯が凍る様な寒さに襲われ、そうかと思うと今度は頭痛が襲いかかる。

「ぐああああああああああああ!!」

 激しい頭痛は散発的に僕を襲う。痛みや寒さに耐えながら歩みを進めるとこの痛みに違和感を覚える。頭痛の中に情報が?いや、頭痛そのものが何かの情報の様に感じる。まるで自分の身体にナイフで文字を書いているようだ。次第にこの頭痛が発する情報が明確になってきた。何かの絵が浮かび上がる。地面は緑が多い。森の中だ。でも、木々に葉が付いておらず、枯れ木となっているらしい。

「アモールの森……シュバルツ・アウゲン!!」

 全て思い出した、僕はアモールの森で魔法を使ったんだ。どうやら制御しきれずにこうなったらしい。僅かに後ろを振り返ると温かい光が僕を待っている。

「そっちに行ってたら、僕は死んでいたのだろうか?」

 そう呟いて、僕はまた歩き出した。歩き出せばより一層寒気も頭痛も激しくなる。これは恐らく僕の身体がそうなっているからだ。

「待ってて下さい、ルーディさん!!」

 言いながら、僕はその一本道を進んでいった。


◉ ◉ ◉


『一時の魔法使いは楽しかったかい?』

「誰だ?」

 道を進んでいく内に不意に声が聞こえて僕は後ろを振り返る。しかし、周囲には誰も居ない。

『僕だよ、アモールの泉だ、一度話したことがあるだろう?』

「アモールの泉?」

 言ってる意味が分からず僕は困惑してしまう。

『アモールの泉は魔力と共に意思を持っているんだ、前に僕が君に魔力を授けただろう?』

 言われて思い出した。僕は前にアモールの泉に飛び込んでこうやって会話をした記憶がある。

「そうだった」

『まさか君の方から出向いてくれるなんて思ってなかったよ』

「どういうことだ?」

 僕が聞くと『泉』はクスリと笑った。

『まあそれは置いておこう、君は僕に用事があるのだろう?』

 『泉』の声に僕ははっとなって答えた。

「そうだ……薬草が必要なんだ!この泉でしか取れなかった薬草が!」

『なるほどね、魔力を含んだ強力な薬草が必要なんだ?』

「だけど、この間持っていった薬草は魔力を含んでいなかった……これって僕が泉の魔力を持っていったからなんだよな?」

『そうだね』

 僕の問いに『泉』はまたクスリと笑って答える。

「だから返しに来たんだ、この魔力を……」

『ほう?』

「お願いだ、森を元に戻して欲しい」

 僕はそう言うと『泉』から思わぬ発言が飛び出した。

『まだ、ダメ』

「え?どういうことだ!?」

 僕の問いに『泉』はこう答えた。


◉ ◉ ◉


『2年くらい前までだったかな?アモールの森はとても美しかった。草食モンスター達はここで平穏に暮らしていた』

 『泉』が語り出す。その声はまるで昔を憂いているようだ。

『しかし、ある時から森は大きく変わったんだ。君たちがアルミラージと読んでいるモンスターがここを訪れた。その時奴らは味を占めたのだろう、アルミラージはみるみるうちに増殖し、今、ここに草食モンスターは居ない』

 『泉』はここまで言って一拍置いた。

『そこで僕は森へ魔力の供給を絶ったんだ。魔力を失って暴走した木々は、生命を求めて兎を狩る』

 『泉』はただ厳格に言葉を進める。

『ちょうど良いところに君が来たからね、僕は君に一時的に魔力を与えたんだよ』

 『泉』が言い切った所で僕は「そう言うことか……」と納得した。


◉ ◉ ◉


「つまり、僕に魔力を与えたのは森を壊してアルミラージを殲滅する為ということか?」

『そうだね』

 僕の問いに『泉』は冷静に答える。随分と手荒なやり方だ。

「何故そんなことを?草食モンスターを食い尽くして餌を無くしたアルミラージはいずれ餓死するか新たな餌場を探すはずだ」

『少年、君が思ってるよりアルミラージは賢い。アモールの森に草食モンスターが居なくなってもう数ヶ月が経つ。それなのに未だに大量のアルミラージが此処に居るのだよ。別にここに居るのはなにも『餌があるから』という理由だけに留まらない』

 『泉』は更に続ける。

『人間が住むには『衣・食・住』の3つが必要だね?人間以外の動物も『衣』は置いておいて『食・住』の2つを必要とするものが多い。無論、アルミラージも例外じゃない』

「アルミラージにとってアモールの森はその『住』の役割を果たしている訳か……」

 『泉』の言葉で全てを理解した僕はそう口を挟んだ。

『察しがいいね、少年。天敵が居ないアモールの森はアルミラージにとって最高の住処なんだ。餌なんて他の場所で狩りをして持って帰れば良い、君たち人間がパンを店で買って家で食べるのと一緒だ』

 と言った。なるほど、これなら森の餌を食い尽くしてもその場所に留まる理由がある。

『アルミラージの『住』の要素を崩すには天敵を作るのが手っ取り早い、そう、これは『森の怒り』なんだ』

 『泉』の声が急に尖った声色になる。その声を聞くや僕の背筋もぞっと寒気が走った。

『少年、君は『森を元に戻して欲しい』と言ったね?僕も同じ事を思っているよ』

 言って『泉』は一拍置いた。

『だから少しの間、待っていて欲しい。なに、心配せずとも直に終わる』

 と、『泉』は言った。だがしかし……、

「駄目だ!時間が無い、怪我をしている人がいる。僕の目で見ても分かる致命傷だ、出来るならその人を助けたい。アルミラージを殲滅したいんだろ?時間が掛かるなら僕がやる」

 と僕は言った。いつの間にか僕の目はぎらぎらと輝いている。

『ほう?』

 『泉』は試すように声を発する。顔は分からないもののきっと僕を試すような顔でもしてるんだろう。

『良いよ、それなら話しが早い。手数は多い方が良いからね』

 『泉』がそう言った途端、目の前が真っ白に輝いた。

『話しは終わりだ。間もなく君の意識は覚醒する……行きなさい、試させて貰うよ?』

 白い光は収束し、やがて目の前にアモールの森を映し出した。


続く……


TOPIC!!

クエスト:森を元に……


クエスト形式:討伐クエスト

依頼者:『アモールの泉』

受注者:佐伯 翔太


<内容>

「アモールの森」内に潜む全てのアルミラージの撃退。


ここ数年で増殖したアルミラージは森の中の生態系を完全に変えてしまった。

森の中の草食モンスターは既に全滅し、現状、森はアルミラージの巣窟と化している。


森を元に戻すためにはアルミラージの撃退が不可欠となる。繁殖を防ぐためにも一匹たりとも残してはおけない。

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