part.5 夢と現実を間違えて……

 目が覚めた。夕べの疲れが取れないまま、僕はだらけた身体に鞭を打って半身を起こす。

「うぅ……」

 眠い目をこすって辺りを見渡す。確か僕はカドゥ村の宿に泊まって……、

「……え?」

 目の前にはファンタジーとはほど遠い現代的な空間が広がっていた。そう、僕『佐伯 翔太』の家そのものである。

「一体、どういうことなんだ?」

 まだ寝ぼけている僕の頭に何とか血を上らせて思考する。次第に頭が覚醒してきてその答えが浮かんできた。

「夢、だったのか……」

 『ふわぁぁぁぁ……』と、大きなあくびをしながら身体を起こす。妙に詳細な夢だったな……。でも、妹と一緒に異世界転生というのも案外悪くない。ウサギから集中砲火を浴びるのも動物の死体に顔を突っ込むのも二度と御免だが……。

「はぁ、支度しなきゃ……」

 残念ながら今日も学校がある。このご時世、悪夢を言い訳に欠席など許されないのだ。そんなこんなで愚痴を溢しながら支度をする僕は、自分の身体に染みついた腐敗臭に気付くことは無かった……。


◉ ◉ ◉


 時は巡って今は部活中、僕は化学室にいる。今日は特にやることは無いのだが、家に帰っても誰もいないし、何となく帰る気にならなかった。何というかだんだんワーカーホリックの父さんみたいになってきている気がする。これで酒でも飲めば完璧じゃなかろうか?いや僕未成年だから飲まないけどね……。

「はぁ……」

 暇になった僕は夕べの夢を振り返っていた。


◉ ◉ ◉


 異世界『アレンガルド』に手ぶらで転生した僕は出来ることも無くて平原を彷徨っていた。その時に僕は旅の商人『ルーディ・イェーガー』と出会う。彼は僕が転生する一ヶ月前からペットであるサージスライム『シェリー』とはぐれており、ずっと探し回っていたらしい。それを聞いて僕はスライム捜索の手伝いをすることになった。僕は誰かがスライムを保護した可能性を示唆し、人がいる場所への移動を提案、最も近場の村である『カドゥ村』へと向かった。


 村にたどり着き、村民ら話しを伺うと、記憶喪失の少女(栞)と共にスライムがモンスターに襲われており、村の冒険者がそれを助けたという情報だ。これを受けて僕達は村長の家を訪ねるが、その少女(栞)とスライムは行方不明となっていた。


 結論から言うと、その少女である栞は助けて貰った冒険者に恩返しをするために単独で『アモールの森』へ向かい、その泉にある薬草を入手しようとしていたらしい。僕とルーディさんは栞とスライムの救助のために『アモールの森』へと向かった。


 『アモールの森』では激戦が続いた。腐敗臭を嗅ぎつけた『アルミラージ』が僕に一斉攻撃を仕掛けたりなんだかんだしたりと色々あった。そんな中で僕は魔法『シュバルツ・アウゲン』を会得、その場で使って栞を救ってはぐれていたルーディさんと再び合流することに成功した。ちなみにこの時に僕は助けた少女が栞であることに気付いた。


 栞との再会後、記憶喪失である栞には僕が兄であることはあえて言っていない。それどころか栞の素性や名前に至るまで、自殺前の彼女の一切の記憶を教えなかった。


◉ ◉ ◉


 夢の内容ははっきりと覚えている。本来、僕は夢を見た後は暫くすると内容をほとんど覚えられないタイプで印象に残っている夢がほとんど無い。やはりこれは妹である栞が夢に出て来たからだろうか?……いや僕はシスコンでは無い、決して……。

「……」

 何となく僕は教卓の席から立ち上がった。誰もいない化学室を一瞥し、声高らかに叫んだ。

「シュバルツ・アウゲン!!」

 ……しかし、何も起きなかった。まあ当然だわな……何となく満足した気分で席に着こうとしたその時だった。化学室のドアから物が落ちる音がする。何事かと思って振り返ると、僕の幼なじみ『住屋 茜』が自分の鞄を落としてその場に立ちすくんでいた。まずい!見られた!

「ななななななななななな……」

 と、茜は絶句して顔を手で隠している。

「ななななななななななな……」

 と、僕も同時に絶句していた。

「なななななっななな……」

 と、茜。

「なななっなななっ……」

 と、僕。

「な?なななーななーな?」

 と、茜。

「なななな!ななっ!?ななななー?」

 と、僕。いや、何の会話だよこれ……。しかし人は「な」だけで会話を成立させることは出来ない。

「きゃーーーーーーしょーたが中二病に目覚めたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「やかましいわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


◉ ◉ ◉


 それから茜は化学室に居座り、勝手にくつろぎ始めた。

「お前何しに来たんだよ帰れよ……」

 そう言いながら僕はビーカーに適当なお茶を注いで茜に渡した。

「言動と行動が合っていないぞ?……ねえ、これ大丈夫なの?」

「……何が?」

 茜の言葉に僕は首をかしげた。

「いや、ビーカーに飲み物注いで大丈夫なの?」

「何を言ってるんだよ?ビーカーは普通の水道水よりもより綺麗な精製水で洗ってるんだぞ?そこら辺のコップより綺麗だからな?」

 茜の疑問に僕はそう答えた。その後、茜は観念したのか「じゃあ……」と言って恐る恐るお茶を飲んだ。何か複雑な顔をしている。

「それよりもさっきの何だったの?」

「もう忘れろ!」

「シュバルツ・アウゲン!!」

 茜は右手を前に突きだして左手で目を隠しながら叫んだ。

「おいやめろ僕そこまでかっこつけてないしやめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「で、何だったのこれ?」

「ああもう分かったよ!話せば良いんだろ?」

 こうして僕は夢で見た顛末を茜に話した。


◉ ◉ ◉


「へえ、夢で栞ちゃんと異世界転生かぁ……」

 ビーカーのお茶をすすりながら茜はそう言った。

「まあ、色々あったよ、当分ウサギは見たくないな……」

 僕は「トホホ……」と、疲れた笑みを浮かべながらそう言った。

「でもさ、何で栞ちゃんと再会した時にしょーたは自分の事を何も言わなかったの?」

「ん?」

 僕は口を『ω』こんな感じにしてわざとらしく首をかしげる。

「だーかーらー、栞ちゃんって記憶喪失だったんだよね?何で栞ちゃんの過去を教えたりしなかったの?」

 と、茜は言った。

「……」

 僕はわずかにため息を吐いた。茜は僕が答えたくない質問をわざわざ聞いてくる。どうせ答えなんて知ってるだろうに……。

「そんなの、栞の過去の記憶は嫌な思い出だからに決まってるだろ……」

「つまり、栞ちゃんが自殺した記憶を蘇えらせるくらいだったら記憶喪失のままにしておきたいって事?」

「そうだよ、何か文句あるか?」

 ふてくされて僕は答えた。それでもなお茜は僕の顔を真っ直ぐ見据えている。

「いや、しょーたらしいなって思っただけ」

 と、茜は答えた。

「はぁーーーーーーー、茜ぇ、僕はどうしたら良かったんだ?」

 僕は化学室の教卓にぐったりと身を預けてそう言った。今、僕はかなり情けない事を茜に聞いている気がする。

「うーん、私はそれでも栞ちゃんの記憶を戻したいと思うかなぁ……だって、私は『記憶がなくなる前の栞ちゃん』が好きだったからね!これは単純に私の『私欲』からの行動かな?」

「茜らしい行動だな……」

「うん、そして記憶が戻った後は私が全力で栞ちゃんを支えるよ!だって私の『私欲』でむりやり栞ちゃんの記憶を戻したんだからね、その辺の責任をちゃんと取らないと!」

「これも茜らしいな……」

「でしょ?」

 そう言って茜はぺろりと舌を出した。あざといです、はい。


◉ ◉ ◉


 それから僕らは他愛も無い会話をした後、一緒に下校した。ホントに何しに来たんだよ茜は……。

「はあ……」

 そして僕は今、家に帰ってきている。ご飯も食べ風呂にも入って後は寝るだけだ。

「……」

 不意に今日の部活での茜の言葉を振り返る。

「うん、そして記憶が戻った後は私が全力で栞ちゃんを支えるよ!だって私の『私欲』でむりやり栞ちゃんの記憶を戻したんだからね、その辺の責任をちゃんと取らないと!」

 茜はそう言った。なるほど、茜らしい真っ直ぐな答えだ。いつまでもメソメソしている僕とは大きく違う。

「もしも、夢の中の異世界転生が僕じゃ無くて茜だったら……」

 その時は栞の運命も大きく変わっていただろうな……。

「……って、僕は夢の話しをどうしてここまで考え込んでいるんだよ、全く……」

 と、独り言を呟きながら部屋の明かりを消した。


続く……


TOPIC!!

な?ななななーなー!


なななな?ななななななーななーなーな、

なななーなーなーなーななな。

なななななな『ななーなななーなな(※)』な、なななななな

なな?なななななーなーなーなーな。


なな、なななーなーなななーな、

なななななーなーなーななーな。


※『ななーなななーなな』な、ななななななな

 なな、なななななななっななっな。

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