part.4-5 微睡まない夢の中

「何で!?何で何だよ!!」

 迫り来るアルミラージを背に僕は一心不乱に走り続ける。幸いアルミラージの足は僕より少し遅い程度、これなら何とか撒く事が出来そうだ。木々の間を縫ってひたすら走る。最早ここがどこだか分からない。

「クソ、まだ付いてくる!」

 森の中は複雑なはずで右に左に様々な方向へ動き続けているが中々ウサギを振り切ることが出来ない。しかし、僕自身の足の速さでようやく撒く事が出来た。

「何なんだよ、一体……」

 僕は草むらに身を潜めて呟いた。周りは暗くて何も見えないが、足音が複数聞こえる。間違いなくアルミラージの徘徊だ。それが徐々に近づいてくるのも分かる。


 ——ザザッ、

 不意に足音が速まった。一気に音が大きくなり、こちらに近づいてくる。

「くっ!」

 完全に見つかった。僕は素早く起き上がり、全力で走り続ける。また当ての無い鬼ごっこが始まった。このまま逃げ続けても勝てない、しかしアルミラージが僕の手に負えない事はルーディさんとの戦闘を見ていれば分かる。やはり追い回されていたとは言えルーディさんと離れるべきでは無かった。そもそも何で僕はこうもつけ回されているんだ?先にルーディさんと共に取り囲まれたとき、アルミラージは明らかにルーディさんを無視した。どう見ても不自然な事だ。

「はぁ……はぁ……」

 息を切らしながらも僕は必死に脳に酸素を回す。それでも走ることにエネルギーを使い、それが思考を邪魔してしまう。……えーっと、と言うことは、ルーディさんと僕に、何か、『違うこと』を、嗅ぎつけて……。

「うお!痛てっ!」

 僕は木に思いっきり頭をぶつけた。しまった、考えることに夢中で前を見ていなかった。


 ……頭を、ぶつけた?

 ……違うことを、『嗅ぎつけて?』

「あ……」

 そうだ、僕はここに来たとき頭を動物の死肉に思いっきりぶつけた。つまり、

「……腐敗臭か!」

 奴ら僕からにじみ出る腐敗臭を嗅ぎつけて追ってきてるんだ、だから足取りに迷いが無いしルーディさんを無視したのか。クソ、こんなことなら泉に着いたときにもっと良く顔を洗っておけば良かった。でも……、

「それなら考えがある……」

 そう呟いて僕はまた走り出した。


◉ ◉ ◉


 僕には一つの目的地があった。でもそこが何処にあるのか最早分からない。だから必死に走り続けた。もう身体はヘトヘトだ。それでも森の中をぐるぐると走り続ければいつかはそこへたどり着く事が出来るはずだ。当然、今もアルミラージは付いてきているのだが……、

「やっと見つけた!」

 僕はようやくその目的地にたどり着くことが出来た。目の前には謎の獣の死体がある。既に満身創痍な身体に鞭を打って無理矢理手を動かした。

「クッソォォォ!今日は厄日だ!」

 そう叫びながら死体の肉を抉る。猛烈な腐敗臭に耐えながら死肉をちぎってその手に取った。僕は目的を果たすとまた走り出した。この間もアルミラージが僕の後を追い続けている。

「走れよ!まだ終わりじゃ無い!」

 走り続けて何とか撒いた。この隙に僕は持っていた死肉を周囲に出来るだけ広範囲にばらまく。そう、匂いを拡散させて僕の居場所を特定出来なくするのだ。

「頼む、もう付いてこないでくれ!」

 そうして僕はまた当ての無い方向へと走り出したのだ。


◉ ◉ ◉


 それ以来アルミラージとの接敵は明らかに散発的になり、接触しても死肉の匂いをばらまいた箇所へ向かう事で簡単に撒く事が出来た。それでもまだ問題がある。

「ルーディさん、一体何処に……」

 この複雑に道が分かれている森で、しかも真夜中で松明の明かりも無い。こんな状況で人捜しは至難の業だ。僕は途方に暮れてその場に座り込む。くたくたになった身体は重力に引かれてストンと身体を落とした。あ、これダメな奴だ。身体が言うことを聞かない。

『僕は、立派な人間か?』

 何処かで聞いた声が聞こえてくる。ええっと、何だっけ?これ……。

『何から逃げた?』

 ああそうだ、前に一度こんな夢を見たんだっけ?

『強く、なりたい?』

 ……。

『僕は……』

 …………。

『僕は鏡、実像である君を映し出す存在』

 ?……こんな言葉言ってたっけ?

『力の元へ向かうと良い。そこで僕と会えるから……』

 目の前に鮮やかな光が灯る。

「はっ!」

 しまった、僕は寝てたのか?こんな状況で呑気な事だ……。

『力の元へ……』

 ……この声、夢で出て来た奴だ!

「力の元へ……」

 僕の意思とは関係なしに自分の口が幻聴の声を復唱する。何なんだ『力』って……。そう思った途端、僕はある方向をくるりと向いた。これも僕の意思じゃ無い。そして自分の身体は言うことを聞かぬまま、勝手に一定の方角へと歩き出した。


◉ ◉ ◉


「ここは……」

 『アモールの泉』か?『力』とはどうやら泉の魔力の事らしい。

「うお!」

 次の瞬間、僕は泉の中に飛び込んだ。例によって身体は勝手に動くままだ。

「がは!ぐぽぽぽぽぽp……」

 突然に泉に飛び込んでしまった為に僕は泉の中で溺れてしまう。

『大丈夫』

 真後ろから突然声が聞こえてくると共に僕の動きをぴたりと止められた。

『ほら、落ち着いて?』

 ……?水の中なのに息が出来る?

『ほらね?』

 僕は背後を向いたが、そこには誰もいない。

「誰なんだ!?一体何処から?」

『僕は泉そのものだよ、君が思っているような姿は存在しない』

「一体何事なんだ?そう言えば昨日?の夕方にも君はいたよな?」

『うん』

「もしかして、異世界転生は君が?」

『さあ、どうだろうね?』

 『泉』はクスリと笑う、まるで僕を馬鹿にしているかのようだ。

『それよりも君に力を授けるよ』

「力?」

『そう、それを使って待ち人の元へ向かうんだ!』

 『泉』はそう言った。『待ち人?』ルーディさんのことか?そう思いかけた途端、目の前がまた真っ白になった。


 ——ザブン!

 泉から轟音が鳴るのと同時に僕は泉の中から飛び出した。僕の中から知らない力が溢れてくる。大きく深呼吸して目を見開く。そして本能がささやくまま、僕はこう唱えた。


「シュバルツ・アウゲン!!」


 途端に周囲を緑色の魔方陣が覆う。これが、『魔法』……。

「ぐあああああああああああ!!」

 そう思ったのも束の間、頭がパンクしそうな程の情報が入り込んでくる。これはまさか、『アモールの森』?頭の中に森全域の地形が映し出された。でもそれだけじゃ無い、その中にいる生き物、風の流れ、木々の隙間から入る月光の光まで、森の何もかもが見える。

「これは……アルミラージ?そしてこれは……!ルーディさん!」

 ルーディさんを見つけた!どうやら今2匹のアルミラージと戦っているようだ。きっとルーディさんのことだ。多分2対1くらいなら押し切る事が出来るだろう。それよりも……、

「例の少女は何処に?」

 マッピングされた森を必死に探す。

「……見つけた!」

 木の根元に倒れ込んでいる。倒れてはいるものの、少女の肩は規則的に動いている。どうやら生きているらしい。僕はその少女の元へ向かった。


◉ ◉ ◉


「大丈夫か?しっかりしろ!」

 僕は少女の元へ駆けつけると、少女の肩を叩いて必死に起こした。

「う……」

 少女は僅かに口を開く。良かった、起きたみたいだ。

「ここは?」

「アモールの森だ、君は今まで倒れてたんだよ」

 僕は少女に事情を話す。

「はっ!そう言えば!」

 少女は我に返ったらしい。

「私、ウサギに襲われて……!」

「もう大丈夫だ、さあ早く帰ろう」

「待って下さい!」

 少女は僕の手を取って動きを止めた。

「あの、ここの薬草が必要なんです!泉にあるっていう薬草が……」

 少女はそう言った。そう言えばそんな話あったっけ?この子はそれを探していたのか。

「分かった、薬草が必要なんだな?でもその前に、僕の仲間と合流させてくれ」

「分かりました」

 少女はそう言って僕の元についた。あ、そう言えば……、

「君、スライムを知らないか?」

「スライム?この子ですか?」

 少女がそう言うと頬にひんやりとした感触が伝わってきた。暗くて何があるのか分からないが、どうやらスライムはいるらしい。後で確認しよう。

「ありがとう、じゃあ行こう!決してはぐれないで!」

「はい!」

 少女は僕の手を強く握りしめてそう呟いた。


◉ ◉ ◉


 僕達は『シュバルツ・アウゲン』の魔法でアルミラージとの接敵を回避しながらルーディさんの元へ向かった。魔法の情報によるとルーディさんはまだ戦っている。1匹敵を撃破して残りはあと1匹らしい。

「ルーディさん!」

「ショータか、無事だったみたいだな!」

 ルーディさんはアルミラージの頭に斧を命中させてそう言った。どうやら戦闘はもう終わったらしい。

「何とか生きてます、少女も保護しました」

「何!?本当か!?」

「は、はい。助けて頂いてありがとうございます」

 少女は控えめにそう言った。

「でかしたぞ、ショータ!!」

 ルーディさんはそう言いながら僕に松明を渡した。ずっと暗い空間にいたためか、松明の小さな光でも眩しく見える。

「君も松明を持っておくと良い……」

 僕は少女に松明を渡そうと振り返った。


 ……え?


 振り返った先に立っていた少女、それは……、

(栞!?)

 その姿はまさに栞そのものだった。そんな、どうして栞がここに?僕が口を開こうとしたその時、

「?どうかしたのですか?」

 栞が先に僕に話しかけた。そうか、今この子は記憶が無いのか……。

「いや、なんでも無いよ」

 僕はにっこりと笑って栞に松明を渡す。栞は怪訝に思いながらも松明を受け取った。

「おお、シェリー!何処に行っていたんだ!」

 途端にルーディさんは栞の肩に乗っていたスライムに声を掛けた。スライムもぴょんぴょんと栞の肩の上で飛び跳ねている、喜びの表現?なのかな?

「良かったですね!」

「ああ、ありがとうショータ!」

 森の中、3人はしばしの喜びを噛み締めていた。


◉ ◉ ◉


 その後、僕らは泉へ向かい、栞が求めていた薬草を入手した後、森を抜けた。終わった、何で僕は生きているんだろう?そんなことを思いながら僕は平原を歩いていた。

「しかし驚いたな、ショータがあんな強力な魔法を使えたとは……」

 と、ルーディさん。

「いえ、たまたまですよ?」

 と、僕。本当にたまたまだ。今でも何で発動したのかよく分からない。

「今日はカドゥ村に泊まろう、君はどうするんだ?」

 と、ルーディさん。

「私はカドゥ村の村長さんの家に泊めて貰ってます。なので、村までは一緒にお願いします」

 と、栞は言った。ああそうだ、栞に言いたいことがあったんだ。

「そう言えばまだ聞いていなかったね?」

 と、僕は言った。そして彼女の名前は『佐伯 栞』であると知りながら、彼女の記憶が無いことを知りながら、僕はこう続けたんだ。


「君の名前は?」


続く……


TOPIC!!

シュバルツ・アウゲン


強力な空間認識魔法


周囲の地形や生物、人の存在を瞬時に把握するが、術者の脳に直接それらの情報を流し込むため、

術者はその膨大な情報を処理しなければならない。

これが出来ない状態で下手にこの魔法を使うと、脳が焼き切れて最悪脳死状態に至る事まである(この状態をブラック・アウトという)。


ブラック・アウトを回避するには元の頭の回転速度も重要な要素となるが、

魔法発動時に生じる「不要な情報」を素早く捨てる判断力も必要である。

すなわち、「シュバルツ・アウゲン」を使用すると、草木の揺れや小鳥のさえずり等、

戦闘において不要となる情報も多数入り込んでくるが、これらを切り捨てることで

脳に入り込んでくる情報量を抑制することが出来る。

これは「シュバルツ・アウゲン」に限らず情報処理系の魔法に必要な基礎知識である。


「シュバルツ・アウゲン」は森林地帯や洞窟、迷路などの探索や救助活動で真価を発揮する事が出来る魔法である。

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