part.3-4 私を救ってくれた人

 数日後、

「ぅぅ……」

 栞が目を覚ますと、見知らぬ天井が映し出された。

(知らない天井……ここは一体何処だろう?)

 辺りを見渡すと古い木造の部屋となっている。

「おお、気が付いたか!?」

 誰かが栞の目覚めを待っていたらしい。その人は栞の目を見ると安堵したように彼女に話しかけた。

「キミは平原の中に倒れていたんだ」

「私が?……あの、ここは何処なんでしょう?」

 栞はその人に問いかけた。

「ここはカドゥの村だ。私はここの村長だよ」

「村長、さん?」

「ああそうさ」

 カドゥ村の村長と名乗る人物はそう言った。

「それで、君の名前は?」

 今度は村長が問いかける。

「私……ですか?」

「ああ!」

 栞はそう聞き返した。

(私の名前は……)

 思考するが、知っているはずの自分の名前が出てこない。

(どうして?何が起きたんだろう?今まで何があったんだろう?)

 過去の記憶を探るものの何も出てこない。栞は完全に記憶を失っていた。

「……!」

 記憶を失った事に気付いた栞は強い恐怖に駆られ、その肩を大きく震わせた。目は視点が定まっておらず今にも倒れそうだ。

「?大丈夫か!?」

 村長が言い切る間もなく栞は再び倒れてしまった。


◉ ◉ ◉


「自分の名前が分からない?記憶が無い、と言うことかい?」

 後日、再び目を覚ました栞から自分の名前が分からないことを聞き、村長はそう言った。

「……多分、そうだと思います」

 と栞。

「ふむ……歩けるかい?」

 と村長。

「はい」

 栞はそう答えてゆっくりと身体を起こした。身体は少し痛むものの歩く事に問題は無い。

「少し、付いてきなさい」

 栞はその言葉に従い、村長の後を付いて行った。


◉ ◉ ◉


 とある家の前で村長は立ち止まった。

「中に入ってくれ」

「はい」

 栞はその指示に従って中に入った。

「この人は?」

 家の中は簡素な作りであまり物が置かれていない。そしてベッドの上に横たわる女性がいた。首に包帯が巻かれており、その上から見てもひどい怪我を負っている事が分かる。

「彼女は『スミノフ イヴァンカ』というこの村の冒険者だ、彼女に見覚えは?」

「……ありません」

 少しの沈黙の後、栞はそう答えた。

「そうか……君はどうやらモンスターに襲われていたようでな……それで彼女は君を助けたんだ」

 村長はそう言った。

「そうなんですか!?と言うことはこの怪我は?」

「ああ、恐らく君を庇って受けた傷だろう……」

 村長は神妙な表情でそう言った。

「この人は……助かるのですか!?」

 と栞。

「分からない。今は魔術師による治療を受けてはいるものの、もしかしたらこのまま目を覚まさないかもしれない……」

 と村長は言った。

「どうして?」

「ん?」

「どうして、この人は私を助けてくれたのでしょうか?」

「それは彼女の思いやりだよ」

 栞の疑問に村長はそう答えた。

「いいかね?私の知る限りイヴァンカは思いやりがあって強い人間だ。彼女の心にある正義感が君を助けるに至った動機なのだろう。君は今混乱しているのかもしれないが、そんなことを言ってはいけない。それは彼女の『思いやり』に水を差す行為だ」

 村長はそう言った。その顔は朗らかでまるで子供にものを教えるような口調だ。

「……すみません」

 栞は素直に謝罪した。どうやら村長は『スミノフ・イヴァンカ』という人をとても信頼しており、何より大切に思っているらしい。

(いいな……)

 栞は何か温かい気持ちに包まれながら、何故かそんなことを思っていた。


◉ ◉ ◉


 翌日、

「おはようございます」

 栞は結局村長の家に泊まっていた。

「おはよう、今朝は良く眠れたかい?」

「はい、おかげさまで……」

「それは良かった、食事が済んだら少しイヴァンカの様子を見てきて欲しいが、頼めるかな?」

「分かりました」

 と、村長の頼みに栞は答えた。


◉ ◉ ◉


 朝食を済ませると、栞はイヴァンカの家に向かった。中に入ると、イヴァンカとは別の人物がいた。

「……?君は?」

 その人物が栞に問いかける。

「私はその人に助けてもらった人です。名前は覚えていません……」

「そうだったのか、私は見ての通り魔術師だ。今は彼女の治療をしているよ」

 そう言ってイヴァンカに向き直ると魔術師と名乗った人物は詠唱を始めた。彼女の周りに暖かな青白い光が浮かび上がる。

「あの、スミノフさんの容態はどうなんですか?」

「うーん、あまりよろしくない状態だ。このままではもう目を覚まさないかもしれない」

 栞の問いに魔術師はそう答えた。

「そんな、何か私に出来ることはありませんか?」

「そんな無茶言わないでくれよ……」

 栞はとっさにそう言ってしまった。魔術師の人は少し困った顔でそう答える。

「大丈夫だよ。難しい治療だけど彼女は絶対に治してみせるさ!君はその後に彼女にお礼を言ってやってくれ」

 その後、魔術師は栞にそう言った。

「……分かりました。約束します」

 栞は静かにそう答え、イヴァンカの家を後にした。


◉ ◉ ◉


『いいかね?私の知る限りイヴァンカは思いやりがあって強い人間だ。彼女の心にある正義感が君を助けるに至った動機なのだろう。君は今混乱しているのかもしれないが、そんなことを言ってはいけない。それは彼女の『思いやり』に水を差す行為だ』

 村長は栞にそう言った。それはきっと彼女への厚い信頼と優しさから出た言葉だ。


『大丈夫だよ。難しい治療だけど彼女は絶対に治してみせるさ!君はその後に彼女にお礼を言ってやってくれ』

 魔術師はそう言った。それはきっと彼女を治したいという強い意志だ。勿論栞を不安にさせない為というのもあるのだろうが……。


 きっと『スミノフ イヴァンカ』という人はとてもいい人なのだろう。柄にも無く栞はそんなことを思った。そして栞はその『イヴァンカ』という人物と話してみたいとも思った。栞は過去の記憶は無い。

(だから忘れてしまっているのかもしれない。でも、こんなことを思うのは初めてな気がする)

 栞はそう思った。


「村長さん!お願いがあるんです」

「ん?戻ってきてたのか、どうした?」

 とある決意を胸に秘め、村長の家に戻ると栞は少し食い気味で話しかけた。

「私、記憶が無くて皆に迷惑を掛けているのは分かっています。でも、私、スミノフさんにお礼が言いたいんです!」

 そう言って栞は一呼吸開け、更に続けた。

「私に出来ることなら掃除でも洗濯でもなんでもします!だから、スミノフさんが目覚めるまでの間で良いので私をここに泊めさせて下さい!」

 そう言って栞は村長に向かって頭を下げた。

「頭を上げなさい、元よりそのつもりだったんだ。気にしなくて良い」

「で、でも……」

 村長の温かい言葉に栞は口ごもってしまう。

「……そうだ、君が倒れていた場所にこの子が一緒に居たんだ」

 そう言って村長はぷるぷるとした黄色い物体を見せた。

「サージスライムだ。このスライムに覚えはあるかい?」

 そう言って村長は栞にスライムを預けた。そのスライムはひんやりと冷たく、手に張り付くような独特の感触がある。

「……すみません、よく覚えていないです」

 栞は素直にそう言った。

「そうか、いや良いんだ。もしかしたら君のペットだったかもしれないんだ。良かったらこの子と遊んでやってくれ」

「……分かりました」

 村長の言葉を栞は受け入れた。


◉ ◉ ◉


 数日後……、

「どうだね?イヴァンカの様子は?」

「まだ予断を許さない状態です」

 村長と魔術師の人が話し合っていた。栞とスライムはそれを影からこっそり見ている。

「このままではもう目を覚まさないかもしれません……」

(そんな……この前必ず助けるって……)

 魔術師の言葉に栞は戸惑ってしまう。その戸惑いから栞は声を発しそうになったが、スライムが口を押さえてくれた。

「ですが……」

 そう言って魔術師は一呼吸開ける。

「カドゥ平原の北西に魔力を含んだ特殊な薬草があると聞きます。それがあればあるいは……」

 と、魔術師は言った。

(薬草……それがあれば……きっとスミノフさんは起きてくれるんだ!)

 そう考えた栞はスライムと目を合わせる。

「行こう!」

 その言葉にスライムも頷いてくれた。それを皮切りに栞たちはその場を後にした。


「……ですが、あの一帯にはアルミラージが多く生息しています。我々だけで向かうのは危険かと……」

「……仕方無い、国に行ってクエストを発注してこよう!」

 その後の魔術師と村長との会話を栞達が聞くことは無かった。


続く……


TOPIC!!

『サージスライム』

スライム系モンスターの中でも特に知能が高い種で訓練を受けることで人間の言葉を理解することも出来る。


性格は人懐っこく、目や口等はほとんど動かないものの、飛び跳ねたり身体をぷるぷると震わせたりと意外と感情表現が豊かであり、

両手サイズで愛くるしい見た目をしている。


また、知能の高さから仕事などの面で人々をサポートしてくれるものもあり、

この世界で最も愛されているスライムと言えるだろう。


ちなみに「サージ」はフランス語で「賢い」の意味

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