part.1-3 「死」から始まる夢物語

『僕は……』

 『』の中の声の主が言いかけたとき、また別の方向から声が聞こえてきた。

『……ぁ……』

 ……?

『しょーた』

 何だろう?僕を呼ぶ声がする……。


◉ ◉ ◉


「しょーたってば!」

「んん……あ?」

「やぁっと起きた、水出しっぱなしだったよ?」

 隣には茜の姿、どうやら僕はあれから居眠りしてしまったらしい。えっと、何してたんだっけ?そうだ、弁当箱!

「あれはもう私が洗っておいたから。っていうか、わざわざ洗ってくれなくても良かったのに……」

「そうか、すまない……」

 僕の謝罪に茜は「良いって良いって!」と朗らかな笑みを浮かべて言った。

「それより大丈夫なの?こんな所で居眠りしちゃってたけどさ?」

 茜は小首をかしげながら僕の顔色を伺う。

「大丈夫、少し疲れてるだけだ」

「ふーん、なら良いけど」

 僕が力無く笑うと、茜はこれ以上追求することは無かった。

「よし、じゃあ行こう!」

「へ?」

「しおりちゃんのお墓参りだよ!部活前に約束したじゃん!」

 顔を膨らませて茜は言った。そう言えばそんな約束してたな。


◉ ◉ ◉


 日もすっかり暮れ、月の青白い光を中心に星がぽつぽつと浮かび上がる中、僕と茜は墓地を訪れていた。目の前には「佐伯家之墓」と掘られた墓石が立っていた。そう、今はここに栞が眠っているのだ。

「……」

 僕らは目を閉じ、両手を合わせて栞の冥福を祈った。

「……」

 ふと、茜を片眼で見る。凜とした姿が月光に照らされ、まぶたを閉じた横顔はまるで完成された絵画のような、現実感が無い程の美しさがあった。

「っ!?」

 僕はブンブンと首を振った。いかんいかん、取り乱した。


 よし、僕がここで誓うこと、それは2つある。そう、たった2つだ。

 一つはバラバラになった家族を再び一つに戻す事、栞はもう戻っては来ないけど僕らには家族が確かに居るんだ。だからこのままで良いはずが無い。

 もう一つは、僕が強くなること。例えば、今隣にいる茜みたいに……。今の僕の姿を見たら栞は何て言うだろうか。


「よし、そろそろ行こうか」

 数分の後、茜は静かにそう言った。僕も静かに頷いて荷物を取る。

「栞、また来るよ」

 僕は目の前の墓石に語りかけて、茜と共に墓地を後にした。


 茜と別れて家に帰ると、僕は夕飯の支度をした。流石に夜はちゃんと作る。僕は冷蔵庫から適当な野菜や豚肉、カレールーを取り出した。そう、カレーだ。作っておけばしばらく持つからね。作ってる合間を縫って風呂のお湯を溜める。で、カレーが出来上がったらさっさと食べる。……おっとその前に風呂のお湯を止めないと!よし、今度こそカレーを食べる。うん、普通。食べ終わったら食器類を片付けてお風呂。上がったら自分の部屋で今日の宿題を片付ける。今日の宿題は国語に数学……げっ、英語まである!

「あーめんどくさー!」

 僕は独り言を喋りながらそれらを片付けていった。

 僕が宿題を終える頃には辺りは暗く、街灯などの人工的な光以外はほとんど何も見えない。勿論上を見上げれば無数の星が見えるだろうが、僕は上を向かない。一度向いてしまえばそれに手を伸ばしたくなってしまうからだ。夢は見たくない。見上げた夢が大きい程、届かなかったときの虚無感は激しいからだ。なのになんで……、

「『強くなりたい』なんて願ったんだろうな……」

 消灯直前、睡魔で濁った思考で僕はそう呟いた。


◉ ◉ ◉


 ……、

 ………、

 今日が終われば明日が続く。痛みや苦しみがリセットされること無く、少し変わった『今日』が続くんだ。例え時間が経っても何かが変容することは無い、僕はそう思っていた。再び目を開くまでは……、

「どこだ?ここ……」

 目の前には知らない平原が広がっており、僕はその大地に寝そべっていた。空を見上げると見たことの無い鳥が舞っており、太陽は僕が知るそれより遙かに青白く、そして眩しい。横を向くと雑草と柔らかな土の香りが鼻腔をくすぐる。僕は起き上がり、その世界の空気を大きく吸い込んだ。今までで感じたことの無い爽快感がある。初めてだ、初めて呼吸で爽快感を感じた。そして、あまりの出来事に一瞬麻痺した思考が徐々に正常な働きを取り戻していくと、今度は大きな焦りが頭の中を巡り始めた。

「どこだここーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」


続く……

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