第154話 狼さんは気遣い上手
「あのですね? こんなにたくさん買ったってことは、やっぱりお金の方もいっぱいかかりましたよね? 大丈夫だったのかなぁって思っちゃって……」
「うん、まぁ足りない分は予定通りラグナードにお願いして、全部出してもらいました」
「やっぱり」
「そうなの。事前に想定してたよりも借りる金額が大きくなっちゃったから頑張らないといけないかも……これでもまだ、必要最小限の物だけだって言われたけど。予備の武器とかも買ってないし」
「……まぁそうですよね。ここよりも更に辺境の地に行く訳ですし、装備も揃えておいた方がいいのは分かります」
「うん。魔物の出現も多くなるし、色々と町より手に入りにくくなるから、本当はもっと予備を持って行かないとダメだって言われちゃった。開拓村では全般的に物資が品薄らしいから」
そんな開拓村にある唯一のお店は、酒場兼ギルド出張所兼宿屋のジーンさんの所で、そこに少し雑貨などが置いてあるらしい。
それ以外に必要になったら、徒歩で半日のところにある一番近い市町村……それが私達が今いるボトルゴード町なんだけど、そこに代表者が買い出しに行くか、半月に一度、雑貨を納めに来ている小売り商にいって取り寄せてもらうみたい。
「成る程。たぶん専門の雑貨店が無い分、すぐに欲しい場合はうちの村より大変そうです」
「そうなの?」
「はい。でも頑張れば日帰り出来る距離にこの町がありますから、その点では便利そうですね」
リノはそう言ってあまり不自由さを感じていないみたいだけど、日本の便利さに慣れている私としてはとっても不便に感じてしまうなぁ。
まぁ私達は、この町に来るかもしれない悪徳商人に見つからないようにするために、これから一ヶ月間、ジニアの村へ避難するわけだから、欲しいものが出来ても近寄れないんだけどね。
「でももし必要なものが出来たら、ラグナードが代わりに買いに行ってくれるって」
「ありがたいですねぇ」
「うん、本当そうだね」
彼には出会ってから今まで、申し訳ないくらいお世話になりっぱなしです。いつか、恩返しできるといいな。
それはともかく、今度行くジニアの村は、ここより更に森が近く、今まで私達が出会ったことのない種類の魔物も多いらしいんだよね。
いくらラグナード達がついていてくれても、危険が増えると思う。 聖魔法の『
借金の額にびびってしまって途中で尻込みしそうになったんだけどね。想定していたより増えたから。
でも開拓村の状況や魔物のことを色々と教えてもらって、出来るだけ揃えておいた方がいいからと言う言葉が心に重く響いた。
私もリノも幸い、稼ぎよりも安全第一に冒険してきたから、これまで骨折とか血が止まらないほどの裂傷とか、そういった大きな怪我はしたことないけど、そんな幸運がこれからもずっと続くとは思えないしね。
リノにもそう言った説明をして、受け入れてもらった。
「わ、分かりました。じゃあ開拓村では茸狩り、頑張らないとですね!」
「うん。きっと私達の『幸運スキル』がいい仕事してくれるはずだから。大丈夫のはずっ」
「ですね! きっとすぐ借金も返せますよね!」
「多分ね!」
今までも何とかなってきたしね!
この世界に来てからお金が無いのはずっとなんだし、あんまり深刻に考えないようにしよう、うん。
そうこうしているうちに、荷物も積め終わった。
「これでよしっ。しかしもう明日ですか。ラグさんと同じ狼人族の方にお会いするのは。急でしたからちょっと心の準備ができていないといいますか、ドキドキしてきました! どんな人、なんでしょうね?」
リノが胸に手を当てて、照れくさそうにそう言った。
「私も前に一度、チラッと後ろ姿を見ただけだからねぇ。どんな人なのかはよく分かんないや。ラグナードも特に何も言ってなかったしね」
「そうですかぁ」
「でも会えるのはとっても楽しみ。それにさ、彼と同じ種族ってことはやっぱり強いんじゃないかな?」
「ええ、きっとそうでしょうね。彼は村専属の冒険者さんなんでしょう?」
「うん、そう言ってた」
「専属になるためには冒険者ギルドの承認が必要なんですよ。準ギルド職員さんみたいな扱いになるので、等級は六級以上が必要ですね」
「へぇ、じゃあラグナードと同じくらいなのかなぁ。あっ、でも彼も狼人族さんだし、実際の実力は六級以上とかありそう」
「多分そうだと思います。ラグさんも色々とめんどくさいことに巻き込まれない為に、五級には昇級しないって言ってましたし」
「うんうん」
確か、五級以上の冒険者になると免税とかで優遇されるかわりに、権力者や金持ち連中からのややこしい強制依頼も受けないといけないから大変になるって言ってたもんね。特に長寿種族は、一部の特殊な趣味を持つ、人族の権力者に狙われやすいというしね……怖いなぁ。まぁ、だから彼もきっとそうなんじゃないかと思う。
「村へ行ったら、そのオオカミさんのお家に間借りさせてもらうことになるんですよね? 何かこう、気の利いた手土産でも用意出来ればよかったんですけど。手持ちにも、ろくなものが無くて……」
荷物の詰まった鞄の中を見ながら、残念そうに言う。
そうだね、鞄の中身はいっぱいだけど自分達に必要なものしか入って無いもんね。
「こんなに急じゃなければ、何か手土産を買うか作るかしておいたんですけどねぇ」
「あ、それなら大丈夫っ。ラグナードがちゃんと解決策を考えてくれたから!」
本当に彼は、よく気が利く狼さんなのです。
「あのね、明日村へ行く前に、ハニービーの巣を一緒に取りに行かないかって誘わわれたの。彼の友達も、甘いものが大好物らしいんだ」
教えてもらったばかりの、意外と可愛らしい家主さん情報を伝えた。ご本人の前では絶対に可愛いなんて言えないけどね。男の人は可愛いって言われるの、嫌がるだろうし。
「……家主さん、甘い物好きのオオカミさんなんですか」
「そうそう。ラグナードが巣の場所を知っているらしくて、蜂蜜なら絶対喜んでくれるからどうかって」
「そういうことなら是非!」
贈る相手好みの手土産が用意できそうで良かったと、リノはホッとしたように笑った。
「でも……たまたまかもしれませんけれど、甘党率高くないですか。ラグさんも甘いお菓子とか大好きですし。狼人族さん達って甘党派なんですかね?」
「さあ? どうなんだろうね? 彼が蜂蜜を手土産に選んだのは、自家製の蜂蜜酒を作っているからだって言ってたけど。絶品らしいよ。大量に消費するからあればあるほどいいんだって」
「へぇ、蜂蜜酒ですかぁ。絶品って言われると、どんな味がするんだろうって気になっちゃいます」
「そうだね。私も飲んだことないから分かんないけど、彼が作るものはそんなに甘みはなくて、でも味に深みがあるから癖になる美味しさなんだって。いくらでも飲めるってラグナードが言ってた」
「それはそれは……美味しいんでしょうねぇ」
リノはそれを聞くと、うっとりとした表情になった。きっと、絶品の蜂蜜酒の味を頭の中で想像しているんだろうなぁ。
この世界で蜂蜜と言えば蜂型の魔物ハニービーから取れるものを指すから、普通の村人には倒せないらしい。リノの村でも討伐を頼んだ冒険者から少し買い取るくらいで、滅多に手に入らないんだって。
「だから村では飲んだことなかったんですよね。一度、飲んでみたいなぁ……じゅるり」
「う、うん」
……夜寝る前に、食欲大魔人のリノさん相手に美味しそうな話をするのは厳禁だったかもしんない。折角おさまっている食欲を刺激したくないし、これ以上掘り下げずサラッと終わらそう、サラッと。
「う~ん、私も興味あるけど。まずはたくさん差し入れできるようにしたいよね!」
「ですね! いっぱいお世話になる予定ですし。じゃあ明日はうんと頑張って、ハニービーを攻略しましょう!」
「そうだね、頑張ろっ」
互いの顔を見合わせ、決意をこめて頷き合った……よし、乗り切った。
と言うわけで、一ヶ月もの間、お家に間借りさせてもらう訳だし、いっぱい取れるといいな!
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