第151話 決心



「助かったよ、ローザ。ここにあるやつだけでもやってもらえて」


「親方……ううん。こちらこそ、本当、急ですみませんでした。今まで、色々とありがとう」


「ああ、こっちこそな」


 スライムの在庫が少ない今は、もうこれ以上できることはないけど……私にやれることはやりきったから少しは気が楽になったかな。提案してくれたラグナードに感謝です!


 最後に、品薄の中でも新商品を親方がパーティーの人数分売ってくれた。これでまた安全に冒険出来る、うれしいっ。


 ……うん、間違いなくうれしいんだけどさ。


 ただ、形状についてはもう、ね……やっぱり絶対防御スーツという名の、実質、全身タイツだよねっていう……このチープなデザインに手を加える気はなさそう。

 つまりは相変わらず着用に精神的なダメージを受けちゃうことになるんだけど、冒険の際には機能優先、安全安心が第一っていう方針は共感出来るし志が立派なのもわかるから、下手に注文をつけれないし……親方って頑固だし……。研究者としては尊敬しているけど、センスについてはアレだよね。壊滅的と言うか? 困ったものです。




 その親方は、帰る段になって見送りに出てきてくれたんだけど、何かを言おうとしていい淀んでいる。なんだろう? 


 やがて、少し迷う素振りを見せたものの、決心したかのように言った。


「俺たちは基本、町の外から来る商人を信用していない。 今までの取引先はともかく今回スーツを買いに来る奴らは、あわよくばアイデアを盗もうとするやつもいるだろう。だからな、余計な情報は一切、掴ませないように用心している……スーツのことであろうと何であろうと、な」


「この期間は俺なんか、無口になっちゃうもんね。だって下手に口を開いたらさ、海千山千の商人達に巧みに誘導されちゃって、ペロッと吐かされそうだからっ」


「スキルを使って、さりげなく精神攻撃してくる奴もいるし、ほんと用心しないとなんだ」


「そ、そうなんだ。大変だね」


 私だって、そんなプロに絡まれたら自信がないよ。色々と秘密を抱えている身としては遠慮したい。


「うん。だからまあ、この時期にローザちゃんが店に居ないのは、かえっていいかもしんない。情報が更に秘匿できるからね」


 そういって、パチンッとウインクされた。でも、何でこんなに親切にしてくれるんだろ……この工房でほんの少ししか働いてない私に皆、いい人過ぎない? 




 そんな思いが顔に出ていたのか、ロイさんが少し真剣な顔になって、こういってくれたんだ。


「それはね。迷いの魔樹をはじめとする森の侵略から、君たち冒険者がこの町を守ってくれたからだよ。いわば、ローザちゃん達は命の恩人なんだ」


「ロイさん……」


「僕達はね、この町で生まれて育ったんだ。だから大森林の側にある辺境の町に住むことが、どれ程危険かよく知っている。冒険者は自由だ、逃げても誰も咎めない。でも、ローザちゃん達は、この時期に逃げずに留まってくれて、危険を伴う依頼を受けてくれた。ありがとう。町を、僕達を守ってくれた事、感謝してる」


「……ライさん。でも、私達は、冒険者として報酬と引き換えに依頼を受けただけで……そんなお礼を言ってもらうほどのことじゃないというか……」


「いいんだよ。それでも助かったのは確かだし、ずっとお礼を言いたいなって思ってたんだ……いい機会だったからさ。ありがとう、ローザちゃん」


「ううん。なんかうれしい。こうしてお礼を言ってもらえるなんて思ってなかったから。こっちこそ、ありがと」


「まあ、そういうことだ。この町の住民は皆、作戦に参加してくれた冒険者の味方だと思ってくれていい。だからまた、ここに来ることがあったら一緒に仕事しよう。待っている」


「……親方」


「俺達、さよならは言わないからね、ローザちゃん。短い間だったけど一緒に働けて楽しかった。またね」


「元気でね、ローザちゃん。道中、気をつけて」


「……うん。親方、ライさん、ロイさん……皆、ありがとう。またね」


 そうして、待っていてくれたラグナードと一緒に、スライム工房を出たのだった。




「よかったな、ローザ」


 工房を出た途端、ソッと声をかけてくれたラグナード。


 たくさん魔法を使って体は疲れているけど、心残りがなくなって気持ちは晴れている。


「うん、ラグナードのおかげだよ。時間を作ってくれてありがとう」


 改めて言うのはちょっと恥ずかしいけれど、お礼の言葉はちゃんと口に出して伝えなきゃと頑張って告げたらニヤっと笑って、軽く頷いてくれた。イケメンってどんな表情をしても格好いいんですねっ。


「私、この町すごく好き。親方も夢見亭の女将さんも、エドさんやマールさんも、勿論シルエラさんも……皆、良い人ばっかりだ」


「……そう、だな。人族にもいい人がたくさんいる。だけど、それでも俺達が長寿種族な以上、最低限の用心はしとかないといけない」


 ラグナードが真剣な顔になって言う。


「本人が善良で全くその気はなくとも、狡猾な者の手に掛かればどうなるか……ローザだって、人族を嫌いになりたくないだろう?」


「……それは、親しくなった人でも信用し過ぎるなってこと?」


「ああ、そうだ。優しい彼らを憎まずに済むように、これからもいい隣人でいられるように、慎重に行動しよう……ここは人の町で、俺達の町じゃないんだから」


 あぁぁぁっ、彼のフサフサした素敵な耳と尻尾が垂れ気味ですね……すみません、私が心配かけちゃったせいで……。


「……うん、そうだよね。分かった」


 私って、今はエルフだもんね。元が人間だったせいか、忠告されていてもすぐ信用しちゃうんだよね……だから、ラグナードがこうして直接言葉にして忠告してくれたんだと思う。


 勿論、彼らが信用に値しないっていう訳ではないのはラグナードが言った通りで。


 ただ、関わる人が多くなればなるほど、悪意を持つ人との繋がりができる可能性も高くなるし、情報が漏れる危険性も上がる。意図せず、私たちにとって不利な情報を暴露してしまう事もあるだろう。


 日本で暮らしていたら、こんな問題に直面することはあまりなかったはず。でもこれが、この世界で生きていく日常になるんだよね。そうと思うと、ちょっと凹むなぁ……。


 ただ、ラグナードが言うように、自分達が標的にさらされる危険が常にあるってことを忘れちゃいけない。


 彼らを悪意に巻き込まないためにも、人族全体を憎まずにいられるようにするためにも、ちゃんと自衛しよう。


「気を付けます。でも私、またやらかすかもしれない。その時は教えてくれるとうれしい」


「フッ、仕方ないな。面倒みてやるよ」


「はい、お願いします!」


 無自覚に色々やらかしてて、自分で自分が信用できないからね。本当、すみません。


 苦笑しながらも引き受けてくれたラグナードに頭を下げながら、もう一度、気を引き締めようと決心したのだった。





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