第76話 水玉茸の出番です
宿に帰って自分たちの部屋に荷物を置いてから、リノはお肉を解体しに一階の炊事場へと降りて行った。
その間を利用して、私は部屋の中で香草塩を作ることに。魔法を使う製造過程は他の宿泊客に知られたくないし、秘密にしないとだからね!
まずは午前中に採って来た香草。甘草、辛草、涼草、黒鞘豆草の葉っぱを適量組み合わせ、机の上に敷き詰めた殺菌作用のある大葉の上に置いていく。
甘みの強い甘草とミントっぽい香りの涼草は少なめに、唐辛子のようにピリリとした刺激の辛草と肉の臭みを取る黒鞘豆草の葉っぱを多めに。
その真上に、陽光がわりに聖魔法の『聖火』を使って光球を出す。持続させるために強めに魔力を込めて浮かせ、香草全体に当たるよう調整する。
聖魔法の『浄化』できれいにしてから、水魔法で中の水分を絞り出していく。
ここまでで十分乾燥して、触っただけでもパラパラと崩れていくほどになったので、用意しておいた少し大きめのスライム袋(ほぼビニール袋と同じ)の中に素材を全て入れる。
外側から袋を手で押し潰してある程度細かく砕き、最後に今回から新たに覚えた風魔法を意識しながら、ミルミキサーをイメージして袋の中に渦巻き状の風を起こし、仕上げをしてみた。
うん、これは前回より均一できれいに細かく砕けてる。
次に塩を入れて袋を振り振りし、よく混ざったのを確認してからちょっと舐めて味を確かめた。
これだけでも十分美味しいけど、病み付きになる旨さにするには金茶香茸を適量足し、隠し味に苦味のある虫根コブ草をちょっぴり入れる必要があるので、先程と同じ手順で粉末を作り少量ずつ加えて味をみていく。
虫根コブ草が足りないかと心配したけど大丈夫そう。うん、これくらいでいいね。
最後に、ダイダイの実の皮を粉末にしてあったものを加えて完成です!
しかしこの香草塩、金茶香茸の効能の一つが「食欲増進作用」のせいか、積極的に食事をしたくなってくるというか……暴食衝動とは違う感覚なんだけど気力が満ち溢れてくるみたいな? なんか食べたら元気になる気がする。雨からの魔素を吸いとった後に採取したからかな?
ただこれ、前回のにはここまで感じなかったような……素材がよすぎたのかもしれない、美味しいんだけどね。
作りたての香草塩を持って一階の食堂に降りて行き、女将さんに香草塩を納品することに。
指定された容器は昨日の試作品と比べると五倍くらいあったけど、たくさん採取してきたおかげで一度でその分量を作りきれたんだ。
さっそく女将さんに味見して貰ったところ、更に美味しくなってると絶賛されたよっ。作り方を変えたのかって。
――そうなんですよね。変えてないのに、何か違いますよね。材料の種類は一緒だし『鑑定』結果も同じなのに美味しい以外の効果も出ていそうで、私もドキドキしているんです。
美味しすぎるという他は特に問題なかったため、約束通り香草塩は銀貨一枚で買い取ってもらえた。
後は、リノの食費を押さえるために料理をするだけだね! ホーンラビット一体とウォークバードが三羽あるので、干し肉にする分も足りるはずっ。お肉の他に茸もいっぱいあるし……たぶん。
先に炊事場でお肉を解体中だったリノと話し合った結果、今日はホーンラビット一体を食べることに決まった。ウォークバードは三羽とも干し肉にする予定だ。
前回と同じ焼き肉をリクエストされたので、リノが捌いてくれた骨付き肉に作りたての香草塩を振ってから鉄板の上にのせ、バンバン焼いていく。
暫くして、お肉と茸の焼ける良い香りが炊事場に漂いだした。
水白茸を一緒に焼いているので、先にそちらの火が通る。この茸も単独だと淡白なお味らしいけど、香草塩を振って下味を付けたものにお肉から溢れ出てくる肉汁がいい感じに絡まり、美味しく出来上がったんだよね。
お皿に取り分け、ホーンラビットが焼き上がるまで食べながら待ってもらった。
そうこうしている内に、段々とお肉も焼けてきたよっ。前回は少し焦がしちゃったけど、今回は大丈夫、美味しそうな焼き色がついてるっ。
早速、出来立て熱々の湯気が立っている焼きたてのお肉を、リノに取り分けた。どうかな?
「……! 何これっ……昨日より更にすっごく美味しくなってるんですけどっ。ふわっと香る香草塩の風味が食欲を刺激して堪りません! ホーンラビットのお肉っていうのもあるんでしょうけど、柔らかくてジューシーで、それでいてしつこくなくってっ。いっくらでも食べれそうですよこれは!!」
「……ソレハヨカッタネ」
食欲増進作用が効いているのか、ブラックホール並みのリノの胃袋が暴走しているだけなのか、そこら辺はよく分からなかったけど……。
相変わらず冗談のような見事な食べっぷりで、幸せそうに頬を緩ませながらもほぼ一体、きれいに食べるとようやく手が止まった。
あ、私も一切れだけいただきましたよ。茸もたっぷりの量があったし、これから夕食なので少しだけにしといたんだけど、確かにとっても美味しくてもっと食べたいって思った。
病みつきになりそうでちょっと怖いけど、結構油がのっていたのに胃もたれもしなかったのはうれしいかな。
調理済みのお肉と茸が少しだけ残ったけど、それは全部、彼女の夜食に消えちゃう予定です。
……リノって順調に体質改善してるはずのに、食事量はあんまり減ってない気がするのはなんでだ。一度大きくなった胃袋は中々小さくならないとかなんだろうか?
う~ん、食費の負担がこれまでと変わらないっていう残念な結果になるのかどうか、しばらくは様子見だな。
残りの解体済みのお肉は香草塩を揉み込み大葉で包んで、一旦部屋に置いてきた。夕食の時間だからね、先に女将さんのお料理を堪能する事にしたんだ。
食べながら、今後の予定を話し合う。
今日は大量にいろんな素材を手に入れたので、夕食後もすることがまだまだいっぱいある。
私の魔力にも限りがあるし、一度に魔法処理出来る魔力量があればよかったんだけど無理だから、どれを優先させるかを決めなきゃいけない。
本当は食後にウォークバードの干し肉を作りたかったんだけど、これは自分達用の保存食だから一応下処理はしたし後回しにすることにした。
やっぱり、冒険者ギルドに買い取ってもらう物を先に処理しないとね。特に、大量に集めてきた水光茸の価格をアップさせるためにも魔法で乾燥させたいんだけど、今日は討伐に採取に支援にと既にいっぱい魔力を使ったから、もう底をつきそうなんだ。
支援魔法の『HP回復』と『MP回復』って、割りと無限に全回復出来て万能なんじゃないかと思っていたけど違った。そこまでの便利魔法じゃなかった。
自分だけに掛けてた時には気付かなかったけど、どうやら制限があるみたいで一定量を越えると効かないっぽい。
レベル1だと一度掛けたら一時間は効果が持つはずだったのに、最後の方はリノだと、五分間ぐらいしか持たなくなってて焦ったよ。
これは彼女の魔力総量が少ない事も関係しているんじゃないかな。元々魔力が少ない器に掛けるのですぐに支援魔法の効果が枯渇してしまうんだと思う。
毎日基本魔法の『魔力操作』や『魔力強化』の練習を頑張っているんだけど、今までダメだったものがすぐ出来るようにはならない。でもそろそろ努力が報われて欲しい。
――というわけで、水玉茸の出番です!
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