第129話 サイレントキラー・プランツ



 普段、北の森の中ではあまり強い風を感じることがない。


 奥へ入るほど樹が強大化し、はるか頭上を覆い尽くしてしまうからなのか、その傾向は強まる気がする。


 でも今、目の前で延寿の樹に起こっている現象は………。


 風もないのに、小石がコツンと軽く当たった程度の僅かな衝撃で、まるで強風にでも煽られたみたいになっているんだよね。樹を震わせ、大量の葉をブワッと撒き散らす。


 その舞い落ちる軌道は真っすぐではなく、弧を描いてみたり、くねくねと蛇行したりしながら、ゆっくりと時間を掛けて下落してくる。


 薄暗い中、時折微光を反射し、点滅するかのように煌めくのがとても幻想的できれいだなぁ。


 本当、離れた所から見ている分には神秘的で美しいんだよ。でもこれ、毒の雨が降り注いでいるようなもんだからさ……素直に愛でられないと言うかね。


 綺麗なものには毒があるって言うけれど、この葉はほんの少し皮膚を掠めるだけでも大惨事になるらしいし。


 ただ、周りの音や振動では動かず、本体に直接触れられた時だけ過敏に反応するという特質だからましなのかな? 一定の条件下でしか反撃してこないって事だから。




 今回はパワーポーション作成の為に、延寿の葉が欲しくて小石を当てた訳だけど、落葉樹じゃないのにこんなに落として大丈夫なのかってほどの量が降ってくる。


 近くにいると危険だからと、こうして離れた所まで避難して見ている訳だけど、滞空時間も長いし落ちきるまで時間が掛かりそうだなぁ……う~ん。




「……なかなか降りやまないね」


「そうですねぇ」


「まぁ、こればかりはゆっくり待つしかないさ。丁度良いから今のうちに休憩しておこうか」


「はい」


「分かった」


 周囲を警戒しながら、すぐ動けるよう立ったままで持ってきた携帯食を食べ、 水分を補給していく。ちょっとした隙間時間を上手に使って休むことも、冒険者には必要なスキルだよね。




「この中で採取可能な葉って、どれくらいあるんだろ」


「あっ、それ私も気になります」


「多分、ポーションに使えそうなのはそんなにないと思う。延寿の葉が魔素を溜め込むまでには、時間がかかるからな」


 朱金色に変化したものだけが、パワーポーションを作れるだけの魔素を含んでいるらしいんだけど、こんなに大量の葉っぱがあるのに数は採れないものなのか。


「そうなんだ。じゃあ探すの大変そうだね」


「まだまだいっぱい落ちて来ますもんね」


「うん」



 色味には関係なく無差別にどんどん落としているし、この中から本命を探すのもまた、大変そうなんだよね。


 全てが舞い落ちるまで待っていたら、埋没してしてしまいそう……。


 樹から直接、採取出来なくて、落下した葉の中から選別しないといけないなら時間がかかるし、ポーションの値段が高くなる訳だ。



「ある程度収まったら、端の方から探してもいいと思う?」


「……二人が舞い落ちる葉を避けられるならな。危険度は上がるぞ。稀にここまで飛んでくる事もあって飛距離も予想できないし。周囲の状況に気を配りながら採取出来るか?」


「はいっ、気を付けます」


「うん、近づき過ぎないようにも注意する」


「分かった。それともう一つ……魔素を多く含んだ葉っぱは、魔物にとっても大好物なんだ。寄ってくる可能性もあるから、その事も覚えておいてくれ」


「「了解!!」」




 ラグナードの許可が出たので、延寿の樹の根元から広範囲に群生している乳茸と、頭上から舞い落ちる葉っぱの両方に直接触れないよう注意しながら、採取を開始した。


 足元も頭上も毒だらけで、結構、難易度高めです……。


 刻一刻と変わる周囲の状況に注意しながら、手袋を嵌めた手で一枚一枚慎重に採っていく。


 この短期間で、足の踏み場もないほど落葉したので、その中からお目当ての朱金色の葉っぱを見つけるのは苦労した。

 でも、『鑑定』と『採取』の二つのスキルを合わせると、品質の良し悪しも判別出来るまで成長していたので、何とか集められました。

 避けきれずに、何回かは外套や装備に触れた事もあったけど、直接皮膚に当たるのだけは死守したので無事だったよ。


 最終的に、三人で二十九枚の延寿の葉を採取出来た。


 これって数的にどうなのかとラグナードに尋ねてみたところ、一本の樹から一回で採れる分量としてはいい方だったらしい。


 そうなんだ……危険を侵して採った甲斐があったよ、良かった。




「さてと……じゃあ次のポイントへ移動するか。ここからもう少し奥へ入ろう」


 今日は雨の後だから、奥へ行くほど魔素が濃く茸まみれになっているだろうとの事。


 ――今までも十分茸まみれだったと思うんですけど……。


「……これ以上あるってこと?」


「そうだ。一体一体も大きくなる。フォレスト・ファンガス達も、その辺を彷徨いているだろうから気を付けて進むぞ」


「はいっ」


 キノコの魔物、フォレスト・ファンガスの一番の好物は茸らしい……なので、その辺を歩けば必ず出くわすはず。


 厳密には同種の茸ではなく、他の種類のを好んで食べるらしいけど。どうやら、各々に好みの茸があって、それを求めて移動しているんだとか。


 つまり、何処にでも茸が溢れかえっているこの状況では、いつ鉢合わせしても不思議じゃない、という事で……。


「油断は禁物だけど、ちょっと来て欲しいかも」


「ふふっ、どの種類も美味しいっていいますもんねっ。ここら辺にはどんな種類のフォレスト・ファンガスがいるんでしょう? 特殊な個体じゃないとうれしいんですけど……」


「まあ、体内魔力が少ないから感知しにくいが、それほど強い個体はいないから大丈夫だろう。たくさん取れれば、自分達用のにしてもいいよ」


「本当? 楽しみだっ」


「いいですね。私も頑張りますっ」


 出来れば、美味しい種類の……例えば松茸風味のとかと遭遇したいですっ。





「……何か、いるな」


「えっ?」


 延寿の樹から離れた直後、ラグナードが何かを見つけたみたい。さっそくフォレスト・ファンガスが来たとか?


 ――何処にいる?


「あそこだ」


 少し前方を指して教えてくれるが、『感知』出来ない。


 暫くすると、サワサワと草藪が揺れだした。


 こっちに来るっ。あともう少し……。


 次の瞬間、何かが跳び出してきたっ……跳びだし……んんっ!?


「えっ?」


「サイレントキラー・プランツだっ」



 姿が……見えない!?





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