第105話 霧の魔樹



 ◇ ◇ ◇




 翌朝からまた、朝一で北門前に集合して、北の森で迷いの魔樹の捜索を開始した。


 昨日と同じように親株になりそうな魔樹や、魔素が濃い場所にあるのだけは急成長を警戒して間引きながら、『マップ作成』に迷いの魔樹の位置をマーキングしていく。




 その途中で初めて、一体の霧の魔樹に出くわした。


 パーティーを結成するときにラグナードから聞いていたけど、魔樹のなかでもその名の通り霧を発生させ惑わせる特性のある個体らしい。


 その霧には、広範囲に広がって視界を奪うだけでなく、幻術で思考力をも奪い取ってしまう効果もあるのだとか。

 ただの霧かと思って油断していたら、いつの間にか捕らわれてしまっていたということもあるみたい。

 ゆっくり惑わされるので気付きにくく危険性が高い。そのため、優先的に討伐しないといけない魔樹のひとつらしかった。




 私の『索敵』スキルはまだ1Kmぐらいしか見透せないので、ラグナードに教えて貰わなければちょっと危なかったかもしれないけど。

 彼の『索敵』はレベル5もあるから、障害物の多い森の中でも常に広範囲をカバーできる。


 それは余裕で、一番耐性のないリノが幻術に引っ掛からずに済む距離でもあった。

 上級冒険者がこうして一緒にいてくれると、森の中奥に来るに当たって安心感が違うし、本当に彼とパーティーを組めてよかったよ。



 今回もリノには念のため、幻術の及ぶ範囲外にある樹の上で荷物と一緒に待機してもらっているけど、迷いの魔樹討伐の時より距離が倍近くあるのでちょっと心配。


 急いで討伐して帰って来なきゃね。







 近づくにつれて、微かに水音がするのは何でだろうと思っていたけど、着いてみて驚いた。


 魔樹の下に小さな水溜まりが出来ていたんだよね。


 霧のせいで視界が悪いけどよくよく見てみると、樹皮から絶え間無く水が染みだし根元へと滴り落ちている。樹液なのかな……甘くて美味しそうな匂いが辺りに充満していた。


 どうやらその甘い水の匂いで獲物を誘き寄せては溶かし、見る見るうちに消化・吸収してしまうらしい。そこから栄養を補給しては、成長と繁殖に役立てているんだとか。周りに骨とかの残骸も何も残っていないのは、丸々全部、溶かしきってしまうからだという……何それ、ちょっと怖い。


「甘水が樹全体を覆っていて、火魔法にも耐性があるから効かないんだ。もちろん、他の魔樹と同じように水魔法も元気になるだけだから使えない。霧の魔樹を魔法で倒すには、土魔法か風魔法を使うしかないんだよ」


 物理攻撃だとやっぱり危険度が増すし、大剣では歯が立たないらしいから、魔法攻撃が一番効果があるらしい。


「なるほど。私も風魔法で援護した方がいい?」


「いや、大丈夫だ。この大きさならまだ俺の土魔法で倒せるからな」


「わかった。 じゃあ、ここはお言葉に甘えてお願いします。ちなみにこの魔樹って、魔石以外にも取れる素材はあるの?」


「あるよ。あの樹液がそうだ」


「あれが? 甘い匂いがしてるし、もしかして食材とか?」


「まさか。あれは錬金素材になるんだよ」


 何でもあの霧の魔樹の本体は、ほぼ甘い匂い放つ水分で出来ているらしくて、倒して魔石を抜き取ると形を保てずにドロドロに溶けてしまうんだとか。


 そこから固形物になるまで水分だけを抜き取り、濃縮させたものが幻術耐性の素材として使われるそうだ。



「ローザ、念のため少し離れていてくれるか。樹液が飛び散ると危ないからな」


「うん、分かった」


 私が後ろに下がったのを見て、ラグナードが土魔法を放つ。彼の土魔法はレベル3とのことで威力が高い。さっそく、霧の魔樹の核に命中した! 


 危なげなく一撃で討伐してくれたので、続けて生活魔法の『乾燥』を二人で使い、一気に水分を抜いて仕上げてしまうことに。液体だと持ち運びしにくいし、ある程度まで固めておきたいんだよね。


 それに液体より固形物にしておいた方が買取価格も上がるらしいし、水分が抜けると小さくなるから嵩張らないし……。


 そうして出来上がったものは見た目が琥珀色で、消化しきれていない何かの骨みたいなのが残ったまま固まっちゃってるけど、スライムぐらいの柔らかさがあった。


 後で錬金術師が不純物を取り除いてきれいにしてから硬化するそうなので、この状態で納品したらいいみたい。


 水分が完全に抜けて硬度が増すと直接触れても大丈夫だけど、今の状態で触ると皮膚が溶けてしまうそうなので、ラグナードが専用の手袋と革袋を使って回収してくれた。


 最後に聖魔法で『浄化』してから『魔力感知』スキルを使い、聖魔水晶を探してみたんだけど、残念ながらここにはなかったんだよね。どうやら先程の樹液溜まりに全て溶け込んじゃったみたい。


 少しがっかりしてたら、その方が樹液により多くの魔力が含まれている事になるから素材としての価値が上がって、買取価格も上昇するんだと教えてもらった。

 意図したわけじゃないけど、一番いい結果になったみたいです。よかった。




 回収後は、魔力に惹かれて魔物が寄って来ない内にと、リノのいる樹の下まで急いで戻っていった。





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