第92話 無理せず強化中
彼女にとって、弱体化していないゴブリンとの戦闘は初めてなはずだけど、臆することなく飛び込んでいくっ。
ほぼ同時に四体と対峙し、振り回された棍棒を避けきれず、バシッ音を立てて鎧に当たったっ。
痛そうな響きにハラハラするけど、本人はまるで攻撃を受けてないかのように動きを止めない。
この混戦状態のまま魔法を使うと、間違ってリノに当たるかもしれないと躊躇した。
そこで、わざと大きな音をたてて樹から飛び降り、ゴブリンの注意を引いてみた。
即座に反応して、一体がこっちに向かってくるっ。よしっ、引っ掛かった! 単純で助かったよ。
すかさず火魔法の『火弾』を放って排除する……これであと三体。
リノにダメージを与えられても尚、敵意を剥き出しに反撃している個体に後ろから近づくと、気付かれる前に万能ナイフで仕留める。
その直後、彼女が二体目を倒したので、全てを討伐し終える事が出来た。
で、怪我の具合を確かめようとしたんだけど、かすり傷程度で大きな怪我もなくちょっと痛いだけです、という。
それでもキズ口から血が滲んでいて痛そうなので、聖魔法の『治療』を掛けておいた。
私も含めて、今回初めてゴブリンの攻撃を直接受けた訳だけど、奴らは思ったよりも腕力がなかった。想定より弱くて助かったよ……。
武器も錆びたナイフと棍棒という粗末なものだったし、鎧の金属部分が上手く衝撃を吸収してくれた事もあって大事に至らなかったのもよかった。
やっぱり装備って大事だね……あの時、有り金叩いて手に入れられる革鎧の中で一番のを買っといてよかったよ。
私達が強くなったのか装備が相応のものだったのか定かじゃないけど、ゴブリンの攻撃を直接受けても防げると分かったのは収穫かな。
私は魔法攻撃だけで倒していたから、そこら辺の情報が不明だったんだよね。これなら、もう少し積極的に攻撃しても大丈夫かも?
それからもよく魔物に遭遇するので、『索敵』で少しは避けて休憩も入れながら、サクサク討伐していく。
余裕がある時には、二人で一回の戦闘時間を出来るだけ短く済むように考えて動いたりもした。
森の中をあちこち移動し、目的の迷いの魔樹を探していったんだけど……。
「う~ん。結構見つからないもんだね」
「本当に。エドさんから聞いて、一番可能性が高い所を探しているはずなんですけどね?」
「そうだよね。高い樹の上からスキルを使って視てもダメだったし……」
「北の森は広大ですし、この中から発見するのはやっぱり厳しいですよね。時間が掛かりそうです」
歩きながら、おやつに持ってきた木の実入りのクッキーをモグモグ食べていたリノも、ため息をついた。
森に入ってから約三時間経つけど、まだ遭遇出来ずにいるのは良いのか悪いのか……。
本当は魔樹なんていない方がいい。でも、この辺りにいるらしい一体だけは町から近いし討伐出来ないと困るんだけどなぁ。
懐中時計を買ってからは正確な時間が分かるので、支援魔法が切れる一時間毎に樹に登り、休憩を入れる事にしている。
スパンが短いけど、常に警戒しているから精神的な疲労もあり、森の奥へ行くほど戦闘回数も増えるから集中力が持たなくなりそうなので、これくらいが丁度いいというか。
自家製の干し肉はもうなくなっちゃったので、シルエラさんから伝授された万能ドリンクといつものドライフルーツで補給するんだけど、こういう時の飲食って本当、身体に染み渡るんだよね。回復効果があるから当然なのかもしれないけど。
そして今回はリノに貰ったクッキーもある……なんか、甘味ばっかじゃないこれ? でも、疲れたときにはそういうのが欲しくなるんだって。
ザクザクした固めの食感と、噛み締める度に香ばしく立ち上る匂いのせいで、軽くの補給で終われなさそうというか、どんどん食べちゃいそうでこれは危険です……。
さすが彼女の一押し商品だけある、癖になりそう。これを見つけるのに『嗅覚強化Lv2』と『味覚強化Lv2』が大活躍したんだろうなぁ。はぁ、美味しいっ。
何とか頑張って、やめられない止まらない魅惑の味を振り切るのに成功すると、支援魔法と聖魔法を重ね掛けしていく。
よし、休憩終わりっ。
鋭気も養えた事だし捜索を開始しますか。まだまだ時間もあるし、一体だけでも迷いの魔樹が見つかるといいなと期待しながら『索敵』を発動させた。
休憩の度に二人で相談して、これから進むべきルートを決めていく。
北の森の中奥は初心者には危険な為、うっかりと入り込まないよう注意しないといけない。
なので、そのギリギリの境界線辺りを、果樹園と呼んでいる果樹が多い場所の方へ向かって歩いている。
しかし、道なき道を行くので足場も悪い上に、よく魔物の群れに足止めされるので、歩みは亀のように遅い。でもまあ徐々に、捜索の範囲を広げれていると思う。
段々と町から離れていくし初めて通る場所だけど、『マップ作成』スキルがあるから迷わずに自信を持って歩き回れるのがいいよね。身を守ることに集中出来るし、随分と負担軽減になっているはずだ。
この辺りではゴブリンより強そうな、今まで遭遇した事のない魔物の気配が時折『索敵』に引っ掛かって来る。
一度、直に視て『鑑定』すれば、名称が判明して対策を立てれるんだけど、その為には魔物が見える位置まで近づかないといけない。
そうなると、奴らに気配を察知されてしまいそうで出来ないんだよね。
感じとしては迷いの魔樹の強さに近い気がするので、単独なら二人で倒せる可能性が高いんだけど、すでに今までで一番多く魔物討伐をしている事からあまり無理をしたくない。
支援魔法で回復出来るとはいえ、ポーションのような即効性の高いものではない訳だし、ね。
体の大きな種類も増え、この辺りだと普段は中奥にいるゴブリンの上位種族であるホブゴブリンや、鹿や猪、蛇型の魔物等が時折出てくるらしい。
それに、冒険者ギルドの資料室にある北の森について書かれた書物によると、森の奥へと入って行くにつれて徐々に弱い種類の魔物でもレベルアップして強くなってくるようだとあった。
ポイズンラットやホーンラビット、ついでにゴブリン等がそれに当たる。
つまり、単純に今までより相手をしなきゃいけない魔物の数と種類が増え、更にこれまで相手にしてきた弱い魔物達も、レベルアップした強い個体と遭遇しやすくなるということ。
森の奥へ行くほど魔素が濃くなり、その事が魔物の強さに影響を与えているらしい。
他にも魔物との戦闘が長引いたり派手に音を立てて暴れたりしていると、別の魔物を引き寄せてしまう可能性が上がるそうだ。
今までよりも慎重に、出来るだけ静かに行動せよと注意書きされていたんだよね。
さらにもう一つ厄介な事に、討伐に魔法を使い過ぎると、放出された魔力に反応して近寄ってくる魔物がいる事も載っていたんだ。
本当、色々気をつけないとっ。安全の為にも『索敵』で戦闘回数を調整し、出来るだけ強い個体を避けるのと、魔法に依存し過ぎない戦い方の検討もしておきたいし。
いずれにしても、討伐後は即逃げられるように、体力と持久力に気を配って体力配分を間違えないようにして、油断せずに行こうと確認しあった。
昼食を食べた後は町へ向けて引き返すことにして別ルートを通り捜索していると……ようやく一体、『索敵』スキルで迷いの魔樹を見つける事が出来た。
ゆっくりと前進しながら、幻術耐性のない人族のリノがどのくらいまで近づくと不味いのか、その距離を確かめることにする。
念のため、手を繋ぎ一緒に歩くと、ある時点で目がとろんとしてきた。本人に自覚はないけど、それが幻術が掛かった瞬間だった。
結果、幻術が効く範囲は30mくらいっていうこと。う~ん……障害物の多い森の中なのに、結構広範囲に術が通るんだね。
私の最大火力は火魔法でレベル2の技だけど、射程は約20m。威力を強めるためにも出来るだけ近づきたい。
リノには離れた所で待っていてもらい、『隠密』で距離を詰めると、『魔力感知』で魔核を探し、火魔法の『火炎噴射』を放った。
あっさりと倒しきれたので、討伐は短時間で済んだ。魔石も大きくなく、どうやら若い個体立ったようだ。
たぶん幻術の効き目は、迷いの魔樹の大きさによっても差があるんだろうね。
大きいほど危険度が上がるはずだから、やっぱりリノには、最低でも「幻術耐性+1上昇」の魔道具が必要だと思った。
一応、本日の目的を達成出来たし、強い魔物に出くわさないでいる内に森の浅い部分まで行くことにした。
戦闘が多くて彼女も疲れてきたみたいだ。おかしいな……支援魔法の『HP回復』と『MP回復』を重ね掛けしているんだけど、効きが悪い。
ともかく、これ以上疲れない内に帰ろう。まだ昼過ぎだけど、命大事に、だからね。
自分達用の食材を少しだけ集めながら、帰路についた。
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