第55話 スライム講習会・後編



 前半の座学が終わると次は実戦。


 皆で一階に降りて行くと、やけに貫禄のあるマッチョなおじさんが、腕組みして立っていた。


「おう、 今日の生徒はお前ら五人か?」


「はい、そうです。よろしくお願いします!」


 人族の男の子が代表して挨拶してくれて、一人ずつ順番に名前を名乗っていく。


「講師のボルボスだ、よろしくなっ。よしっ、じゃあ現場まではちょっと歩くから、さっそく行くぞ!」


「「「はいっ!!!」」」





 私は知らなかったんだけど、東門から出て五日ほど行った所に大きな湖があり、そこから川がいくつも流れ出ている。その流れに沿って大小の村々が点在しているんだとか。


 湿地帯もあるみたいで、雨の月じゃ無くともスライムが増殖しやすいため、ボトルゴードの町近くの東の草原にもそこそこの数が年中いるらしい。


 近年の需要増で急激に乱獲が進み、だんだんと町の周辺からは少なくなってきたみたいだけど、それは北の森も同様とのこと。なるほど、だから見かけなかったんだね。


 今日はその中でもボルボスさんおすすめのスポットに向かっている。


 何でもスライムが好んで食べる草がたくさん生えている場所らしく、東門から歩いて一時間ぐらいはかかるみたい。




「私の村があっちの方面にあるんです。徒歩だと三日で着く距離なんですよ」


 隣を歩いていたリノが、歩いている道より北の方角を指しながら教えてくれた。三日もかかるって、結構な距離があるよね。


「……女の子の一人旅でちゃんと町まで無事に来れてよかったよ。魔物とかは大丈夫だったの?」


「はい。幸い、ここら辺はいつも昼間は往来がありますし、魔物も出なかったので大丈夫でした。一日中歩き続ければいくつも村を通るので宿にも泊まれて、割りと安全に来れたと思います」


「そっか。よかったよ」


 護身用の小さなナイフ一本で十分だったってことか。できれば私もこっちのソフトモードな方に落っことして欲しかったよ……例の白い部屋の神っぽい人よ……聞いてないだろうけど……。




「うちの村までは滅多にスライムも来ないんですけど、見つけたら大人たちが倒してました。でも倒したらすぐ体が溶けて消えちゃうから、使える素材になるなんて誰も知りませんでしたよっ。町に来てこんなにスライムの素材が利用されてるって知って驚きましたもん!」


「まあそうだろうなぁ。ここまで広がったのは最近のことだしな。偶然、素材の採取方法が発見されて、いろんな利用価値があると研究成果が発表されてな。利便性が高いもんだから、すぐ供給不足になっちまった」


 講師のボルボスさんは、冒険者ギルドだけじゃなく商人ギルドにも頼まれて、今度、スライムが多く生息している周辺の村々に行き、教える事になっているらしい。


 それを聞いて、その近隣の村出身らしい男の子三人が嬉しそうに顔をほころばせた。


「それはいいですね!」


「うんっ。村の収益が上がれば暮らしが楽になるし、村を出なくていい若い奴が増えるから助かります!」 


「そうなるといいな……」


 素直に喜ぶ若者達の様子に、ボルボスさんも顔が緩んでいた。




 道すがら、スライムの素材の取り方のコツを聞いていく。


 弱い魔物なので倒すだけなら簡単だが、それだけだと素材が消えて魔石しか残らないというのはわかった。では、どうするのか……。



「まずはスライムを倒し、素手で体内の魔石を探し出せ。そのまま魔石を抜き取らずにくるっと外し、魔力を注いで体内で魔石を砕く。これだけだ! 猶予は倒してから十秒以内! さっさとやらんとすぐ溶け出すからな、分かったか?」


「ボルボスさん質問です! 直接中に手を突っ込むんすか? 溶解液とか怖いし手袋はめたまんまやりたい」


「駄目だ! 溶解液の心配はしなくていい。倒した後なら、何故か溶けないからな。それに素手でやるのが一番成功率が高いんだ!」


「何でなんすか? 理由とかは……」


「細かいことは気にするな。理由なんか知らずとも出来りゃいいんだ!」


 あ、理由とか知らないんだ……。でも偶然発見された方法だしそんなもんか?


 溶解液を警戒して倒した直後のスライムに素手で触る人がいなかったから、今まで素材が取れなかったのかもね。


「俺は、魔石を体内でくるっと外すっていうのがよくわからんです」


「まあそれはやってみたら分かる。実戦あるのみ!」


「はぁ、そうなんすか?」


 大雑把な説明に戸惑うものの、一理あるかもと素直に引き下がったのだった。




 それからスライムは、短剣より長剣の方が安全に倒せるとボルボスさんに言われたので、リノには私がゴブリンソルジャーから手に入れた剣の方を渡すことにした。


 彼女はまだ武器を買えてないからね。やっぱり食費に大半の稼ぎを持っていかれているらしいし……。

 飢餓感は薄れたけど食欲は落ちてないとかで、あれだけの差し入れではまだまだ足りなかったんだろう……どんだけ底なしなんだ。


 ちなみに今日も、ギルドに行く前にいつもの魔法を重ね掛けし、「回避一定時間微上昇」効果もあるポポの実のドライフルーツを少しずつ食べる用に渡してある。支援魔法の効果が切れたらまた掛け直せるし、途中で倒れることはない……はず……たぶん。

 






 目的の場所に着くと早速スライムがポヨン、ポヨヨンっと目の前に現れ出した。


 おおっ、これが噂のスライム! 水滴型でポヨポヨしてて可愛いっ。



 まずはボルボスさんが見本を見せてくれることに……。


「いいかお前ら。スライムの素材を取るには、タイミングと時間がもっとも大事なんだ。 よ~く見とけよ?」


 ボルボスさんは魔法ではなく剣を使って討伐するようだ。


 スライムの攻撃手段は主に二つ、体当たりと溶解液を飛ばしての攻撃。


 溶解液の方は金属を溶かす程の威力はないそうでひと安心です……普通の剣で倒せるそう。




 シュッと剣でひと突きして簡単に倒すと、スライムは一回り小さくなり死んだのが分かる。


 すぐさま片手でスライムを持ち上げ、もう一方の手を突っ込み魔石を探しているようだ。


 見つけたみたいで探っていた手が止まると、そのままくるくるっとスライムをあっちこっち回転させてまた手が止まり……。


 プチっと魔石を粉砕する音がしてから、手だけ抜き取った。



 ――ここまで約三秒、めちゃ速っ。



「よしっ、見てたな!? これで完成だっ。やってみろ!」



「「「えええぇぇ――――――!?」」」



 説明……終わり!?


 イヤイヤ見てたけどスライム半透明だしよく見えてないって!


 それにほら、中でくるくる何かしてたでしょ、何なのあれ!?


「ボルボスさん、速すぎて分かんないってっ。くるくるっとのとことプチったとこ、もうちょい詳しく!」

 

「そうか? 詳しくたって見たままなんだがなぁ。くるくる回すと魔石が外れるのが分かるだろ? 外れたらすぐ魔石に、ばぁ~っと自分の魔力を注いで壊す。魔石の許容量以上、魔力を注ぎ入れると出来るからなっ。間違っても力技で握り潰して壊さないように!」


「まず、くるくるくるくる回さないとダメだと? う~ん、魔石を切り離すようなイメージでいいんすか?」


「ああ、それだ! で、くるくるくるっと左か右か上か下に回せ!」


「ええっ、なんて!?」


「結局どっちに回すんすか!?」


「回せる方に回せ! 水滴をでっかくしただけようなこいつに、正確な向きがあると思うか? 今、上向きになっとるのか下向きになっとるのかどっちなのかも分からんのに、方向の指示が出せるか!」


「なるほど、達人でも分からないと?」


「わからん! ほれ、さっさとやらんと日が暮れるぞ! やれ!」


「分かりました!!」




 少年たちが色々質問してくれたおかげで、その後は順調に討伐し、素材を集める事が出来た。


 やり方さえわかれば誰でも簡単にできるけど、ただ、魔石の砕け散り方によっては、残る素材の体積がだいぶ変わってくるみたいなんだよねこれ。


 そのままの大きさだったり、小さくしか残らなかったり……コツがあるらしいが、そのへんは勘でやれと言われた。ソウデスカ。



 リノの少ない魔力でも、ひとつふたつのスライムの魔石なら砕くのは大丈夫そうで、本人もほっとしていた。


 ほんのひと手間を加えるだけで、素材が溶けずに残るなんて不思議。


 夕方までにはたくさんの素材を手に入れて、冒険者ギルドに持ち帰ることができた。





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