凡人と天才
夜の帳が下りる中、個室で黙々と藍琉はデッサンをしていた。
画用紙の上を鉛筆が走る乾いた音と、右へ進む時計の秒針だけが、部屋を覆う静寂に、変化をもたらしていた。
イーゼルの向こうには、月日と日光にさらされて古びた分厚い本が、三冊。
らせん階段のように角度をつけて配置されたそれを、ろくに瞬きもせず、執拗に観察する藍琉は、突然、画板のクリップで止めていた画用紙を乱暴に破り捨てた。
立ち上がり、破いた紙を更に雑巾の如く捩じる。たった今まで描いていた三冊の本は、塵籠の中に消えていった。
荒い息で、部屋にある机に藍琉は向った。
机の上には、大量の本と、数冊のノート。スケッチブック、筆記用具。壁には、一年後まで隙間なく星屑館にいる芸術家たちの予定が書きこまれたカレンダー。
一番近くにあったスケッチブックを手に取って、ぱらぱらとめくる。
花、果物、犬、野菜、石膏のブルータス、貝殻、風景画……………。
それらは全て、藍琉が描いたものだった。
Bの鉛筆の力強くも柔らかい線が特徴で、対象をとらえて書かれてはいるのだが、彼女の口から出るのは失望の色が混じった溜息だった。
予定だらけのカレンダーの横に、師匠が描いた石膏画と、国際大会最優秀作品の写真が貼ってある。
写真よりも美しい木炭の青年マルスに比べて、私の作品は幼児の殴り書きだ。
「…………………………………………………………………………私だって」
星屑館で一芸術家として、活躍してみせる。
藍琉は黙って、スケッチブックを閉じ、机にうず高く積まれた本を片端から手に取っていった。全て、絵画の技法本だ。
孤独な夜が、深まっていく。
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