星のもとに集う才能

 嫌がる師匠を何とか館に連れ戻し、無事に作品を発見、梱包・運送できた私は、師匠と共に、食堂に向かった。

 陽はとっくに西の切り立った山脈の遥か向こうに落ちて、風は人の世のように冷たかった。



「おおおおりゃああああああ!!」

「わあああああああああああ!!」

 シャンデリアの光の下、湯気で視界が曇る中、食卓の上で激しい戦闘が繰り広げられている。

「これは俺の霜降り!」

「僕のです!!」

 木造の穏やかな雰囲気が漂う食堂には不釣り合いな光景が目の前に広がっていた。黒に、コバルトブルーのインナーカラーの髪が似合うパーカー姿の男子と、くせのある抹茶色の髪に袴を着崩した男子がすき焼きの牛肉を取り合っている。パーカーの方は、人気絶頂のネットアイドル大翔。袴の方は郷土玩具職人見習いの銀作。二人とも必死な形相で、箸と箸が一枚の分厚い誘惑を取られまいと、ぶつかり合う。

 大変行儀も悪ければ、鍋は火にかけている最中、怪我をしないか不安だ。

 食堂でそれぞれの机を数人で囲んでいた私達は、二人の戦いを見ていた。

 食堂にいるのは全員十代の星屑館で活動している芸術分野の金の卵たちだ。

 怪我や事故を心配しながらはらはらしているか、

 温かい目で見守っているか、

 面白がっているか、

 大きく三つに分けることが出来るが、私は必要があれば他から要請があるので、目の前の鍋が良い具合に煮えるまで、一緒に食卓についている気の合う若手芸術家達と漫談に花を咲かせることにした。

「年末にあるジュニア国際トリエンナーレに出品するのは、俺と、翔太朗と、藍琉

だな。」

 一眼レフカメラのレンズを微調整しながらそう言ったのは、動物カメラマンの期待の星、折笠拓馬だ。世界大会での受賞歴も持ち、早熟な作家の多いこの館の中でも、群を抜いて活躍している一人だ。真摯に対象に向き合う姿は、私の目指す芸術家像にもなっている。

 食卓にデジカメで撮影した星屑館の看板虎真珠の写真が現像されて何枚か置いてある。どれも、五分足らずで撮影したとは思えない見事な出来だった。

 私の師匠の翔太朗は、そのうちの一枚を手に取って、

「真珠も大きくなったね。」

 と顔を綻ばせる。ホワイトタイガーの真珠は、生後間もない頃、密漁密輸で日本で売買されていたのを、星屑館にいる元動物飼育員と芸術家が警察と協力して保護したのだ。真珠のほかにも、数々の絶滅危惧種を発見した功績から、真珠はこの館の一員として引き取ることが出来た。今年で二歳だ。かなり利口でもある。

 拓馬は得意げに

「それ、俺もよく撮れてると思うんだ。」と言って、私の方に向き直り、

「藍琉、依頼が来てたよな。仕事との兼ね合い、大丈夫か?ほら、えぇと、あれだ。あれ、あれ…」

「ああ、トリエンナーレのパレード用の衣装制作と、顧客の方の造形物の件ですね。大丈夫です。衣装制作はほぼ終わっていますから。」

 そう私は答えながら、お茶を啜ろうとした。

 背後からバケツを高く積み上げて、一気に崩壊させたようなとてつもない喧騒音と罵声が上がった。

 遅れて「藍琉!いるか??」「見習い藍琉!二人が!!!」「おい何でも屋藍琉!仕事だ!」「藍琉ちゃん!」「丁稚藍琉!」「あーいーるー!!!!!」

 と、いちいち人が密かに気にしている単語が目白押しに洪水になって、溜息が出た。食堂に会していた天才たちが私の名前を呼ぶ。

 私は、湯呑みを置き、師匠と拓馬に「行ってきます」とだけ言った。二人は、気の毒そうに「お疲れ様~」と返して、苦笑いした。

 私は、今なお争っているアイドルと玩具職人の席に急ぎ足で向かい、大声を張り上げた。

「あぁ!見て下さい二人とも!館長が道下師の恰好をしてラッパを吹きながらサングラスをかけて天井から舞い降りてきました!!!」

「「何だって⁈」」

 二人は同時に天井を見上げ、私はその隙に引っ張られて今にも千切れそうになっている霜降り肉を二等分した。

 極めて正確に。

 二人は道下姿の館長の姿を探している。

 普通に思考を巡らせれば、食堂の天井からおじさんがコスプレしてラッパを吹きながらやってくるなんてまずあり得ない。

 しかし、ここに集う人間の頭ではそれが現実に起こりうる。

芸術は、普通の頭からは生まれないからだ。

「おい!藍琉!おかしな館長は何処か!!」「天井⁈」

 どうやら、喧嘩していた二人だけでなく他の人達も本気にしたようだった。

 必死に頭を上に向け、天井の洒落たステンドグラス調のランプには目もくれず、珍妙な格好のおじさんを探していた。

 何人も…

 もう、何も言うまい。

 私は少し頭痛がした。

 ここは変人が揃い過ぎている。

 


 

 

 

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