17
やあ、俺はしがないニート。就活戦争に負けた哀れな男さ。
誰も俺なんて相手にしない。ただ一人、部屋で惰眠を貪る日々。当然心は腐ってグズグズだ。
でも、そんな俺に生きる楽しみってやつができたのさ。そう、御察しの通り、稀代の殺人鬼『野良』だ。
あいつは銃をぶっ放して死ぬだけの奴らとは一味違う。あの機動隊を翻弄してばったばったと殺しまくる。こんなに爽快なことはないね。世間じゃ頭のおかしい異常犯罪者だが、俺にとってはヒーローさ。あいつが俺の暗い日常に光を灯してくれたんだ。
あいつのラジオも毎回聴いてるし、リクエストだって何度も出した。あいつのいいところは、誰も差別しないってことさ。中学生だろうと国会議員だろうと、『野良』は平等に殺す。どんどん増えていく広い世代の被害者をニュースで見る度に俺の気分は高揚するんだ。
そして最近はもっと燃えることが起きた。ああ、『野良』のライバルが現れたんだ。
全身黒ずくめの二人組。〈ACT〉は正体を明かしてないけど、いろんな話がネットワーク中を飛び交ってる。でも謎の二人組ってところにロマンを感じるから俺は詳しく調べてない。
あいつらは強い。機動隊を片手間に殺しちゃうような『野良』相手に今まで死んでないんだから、よっぽど訓練されたエリートってことだ。そっくりな動きで戦うことから、俺たちはあいつらを『ツインズ』って呼んでる。カッコいいだろ?
俺たちは『マスカレード』が起きる度に『野良』のコミュニティサイトに集まって議論を交わす。今回は決着がつくか、今回は何人死ぬか、ってね。あ、『マスカレード』っていうのは『野良』と『ツインズ』の戦いのことさ。どっちも顔を隠しているから『仮面舞踏会(マスカレード)』、これもカッコいいよな。
俺は今最高に楽しい。好きなことができて、好きなことについて誰かと語り合う。ああ俺生きてる、って感じがするぜ。お袋の金切り声も親父の怒鳴り声も全然気にならない。そうだ、『野良』のリクエストにうるさい二人の名前を送ってやろうか。そしたら二人分の保険金が手に入っ
「こんにちは~! 街の掃除屋野良だよ、さようなら!」
「うわ、笑顔で死んでる。気持ち悪いな……これじゃ親に殺意持たれたって仕方ないね、ご冥福をお祈りします、っと」
*
昼休み、食堂。職員も生徒も混じり合い思い思いに食事を取る中の、窓際のテーブル。
「もう十二月ね」
パスタをフォークに巻き付けながら井上が言った。
「そうだねぇ、なんだかあっという間」
オムライスにスプーンを入れながら琴葉が返した。
休む暇もなく日々が過ぎ去り、街は随分肌寒くなった。物騒な日常ではあるが、それでも商魂逞しい企業によって街中はクリスマスへと模様替えされていく。数日後には大通りにクリスマスツリーも飾られると聞いた。気が早い気もするが、この調子だと一ヶ月など一瞬なのだろうな、と琴葉はぼんやり考えた。
「本当、あっという間すぎて……はあ、今年も彼氏なしかー」
井上が嘆息しながら頬杖をついた。琴葉はそういう話題に疎いので曖昧に笑っておく。
「そんな暇ないもんね」
「クラスにもいいの居ないし。まあでも琴葉は心配いらないか」
「うん……?」
井上の真意が掴めず首を傾げると、井上はニヤニヤしながら琴葉を眺めた。
「どうせイブには彼氏とデートの予定あるんでしょ?」
咀嚼していたのもあり、会話に間が空く。
「……彼氏?」
「え?」
井上が琴葉と同じように疑問符を浮かべる。どうにもお互い噛み合っていないようだ。
「藤堂よ、彼と付き合ってるんじゃないの?」
「は、ええ!?」
琴葉は驚きのあまり大きい声を出して、慌てて口を押さえた。公共の場で騒ぐのはよろしくない。
「違うよ! 司くんとは全然そんなんじゃないから!」
「え、そうなの? 春からずっと仲良かったしてっきりそうだと」
「仲は良いよ、友達だし……でも彼氏とは違うよ」
嫌な汗が出た。確かにクラスで一番仲がいいと言えば司が真っ先に思い浮かぶが、全くもってそんな関係ではない。そもそも琴葉は司をそういう風に意識したことがなかった。
「なんだ、違うんだ。距離とか近いし、クラスの大体が二人は恋人だって思ってるわよ」
「そ、そんなに近かったかな……? 私司くんは、その。男の人だと思ってないっていうか」
「あいつアッチ系なの?」
「えっ、それはわかんないけど」
「あーでも、何となく感覚は分かるわ。藤堂はそういうタイプじゃないわよね」
井上はうんうん、と頷いてパスタを口に運んだ。納得してくれたようなので、手で扇いで顔の火照りを冷ます。
「じゃあ琴葉もフリーなのね」
「うん。年末も寮にいる予定だし……私そういうのはあんまり興味ないから」
過去に好いた惚れたがなかったわけではないが、今はそれどころではない。琴葉は全力で腕を磨かねばならない理由が出来たのだ。恋と両立出来るほどの余裕もない。
「なら、一緒にクリスマスパーティーしない?」
井上がにこりと笑うので、琴葉は思わず子犬のように反応した。友達と集まる賑やかな催しは好きだ。中学の頃を思い出して頬が緩む。
「毎年寮にいる女子でやってるの。せいぜい集まっても十人てとこだけど、プレゼントとか持ち寄ってケーキ食べるのよ」
「わぁ~いいな! 私が行ってもいいの?」
「もちろん。琴葉なら大歓迎」
「ありがとう! 今から楽しみだな……」
琴葉の顔を見て井上も嬉しそうに微笑む。初めは敵チームということもあってうまく話しかけられずにいたのだが、最近ではすっかり打ち解けた。今は琴葉に体術を教えてくれる師匠でもある。
空欄だった端末のカレンダーに予定を打ち込んで、二人は笑いあった。
何やら楽しそうにしている琴葉たちから、数列隣。不自然に周りの席が空いたその中心のテーブル。
宗太は司と圭と共に座って、味噌汁を啜った。付近に座る生徒たちは皆宗太の向かいに座る二人をちらちらと眺めている。校内ではもはや『野良』の次に有名となった彼らを見物しているのだ。
畏敬の念故に遠巻きにしてしてしまう気持ちはよく分かる。そしてそこに割り込む輩が邪魔になろうことも。なので宗太も本当は別の席に座りたいのだが、二人がわざわざ宗太と相席してくるのでどうしようもない。
「こら藤堂、俺の皿にネギを移すんじゃない」
「だってここのネギ不味いんだもん。あ、そういやさ」
「話を逸らすな。好き嫌いはいかんぞ」
「はいはい。おまえさ、彼女できたの?」
「ゴホッ」
唐突な問いに咳き込む。司は楽しげな表情を浮かべながら、水を飲む宗太を眺めた。
「な……なんだ藪から棒に」
「いや、三日くらい前? おまえ他校の女子と一緒にいたじゃん。巡回のときに見かけたんだよ、なぁ圭」
振られた圭が白米を口に運びながら無言で頷いた。
「彼女とはそんな浮ついた関係ではない」
司が見たというのはおそらく小夜のことだろう。公園での再会を期に少しずつ会うようになったのだ。似たような将来を目指す者同士励まし合う、そのくらいの関係。
「ふーん? 一体いつの間に知り合ったんだね古川くん」
「数ヶ月前にちょっとした縁があっただけだ。ニヤニヤするな」
「いやあ遠目だったけど美人さんだったからさ。古川も嬉しそうだったし、なぁ圭」
「そこまで見てない」
「うれ……、だとしてもお前には関わりないことだろう」
「なんだよつれないな。なにかオレに手伝えることがあればと思って言ってるんじゃないか」
宗太は疑り深く司を見つめた。相変わらず読めない笑顔だが、楽しんでいるということは分かる。それに不快感を感じないのはさすがと言うべきか、憎めない男だ。
「余計なお世話だ。……と、言いたいところ、だが」
「ほう、お困りで」
「……実はだな、その……イブの日を空けておいて欲しいと、言われたんだがな」
圭が興味なさげにサプリメントを取り出す。対して司は眉を上げて身を乗り出した。
「へえ、積極的な子じゃん」
「や、やはりそういうことだと思うか」
「まあそうだろうな」
浮ついた関係ではないなどと言ったが、本心は吝かではない。いや、本来なら学業に専念すべき立場であるとは重々承知している。それはそれとして、だ。宗太も結局は思春期の男子である。
「く……俺はどうしたら……」
「おいおい古川、まさか逃げるなんてことはないだろうな。これは据え膳食わぬは、ってやつだぜ」
「そっ、そういう言い方をするんじゃない! 俺は真面目にだな」
「堅いなぁ。じゃ真面目に考えるけどその子どんな感じなの、肉食系?」
「彼女はとてもたおやかで思慮深い人だ」
「うーん、ならそんなに身構えることでもないと思うよ。プレゼント渡して、もしかしたら『ある』、かもね」
司が意味ありげに言った。自意識過剰ではないかという気持ちと淡い期待が宗太の中で揺れ動く。空になった器を重ねて、宗太は首を振った。
「……あるかないかはいい。いいとして、ちょっと聞くが」
「はい、なんなりと」
「クリスマスというが、女性にはどんなものを贈ったら良いだろうか」
「アバウトすぎじゃん? その子にだろ、学生なら小物とかが無難じゃないの」
「そ、そうか。そうだな」
錠剤を飲み込んだ圭が宗太を横目に見て司に耳打ちする。何を言ったのか、司の口元が愉快そうに弧を描いた。
「花束、はやめといた方が良さそうかな」
「! す、鈴村」
衝撃だ。まさか圭が情報を横流ししようとは。中等部の頃、母親に言われるままとある女子の誕生日に花束を贈ったことがあったのだが、出来ることなら封印したかった思い出だ。
「いや、悪くはないと思うけどね? 街中でいきなりやられると対応に困るだろうから」
「ええいそんなことはとっくに理解している、初めから候補になどない! 忘れろ」
「あいにくこういう記憶力は確かでね。大丈夫、オレ口堅いから」
司が口のチャックを閉めるジェスチャーをした。
「ま、頑張ってくれよ。応援してるぜ古川くん」
「ふん、お前の娯楽になる気はないぞ」
「まさか。純粋な気持ちさ」
気恥しさを誤魔化し立ち上がると、司たちも合わせてトレイを持ち上げる。一応相談の礼を言うと、司はウインクをして圭と研究棟の方へ去っていった。
高望みなどしない。ただ小夜と過ごす穏やかな時間が続いてくれたらと思う。でももし、彼女が宗太に好意を抱いてくれるなら、そんなに嬉しいことはないだろう。
まだクリスマスまでは一ヶ月近くある。贈り物についてはゆっくり考えることにしよう。
宗太はそわそわした心を切り替えつつ、軽い足取りで教室への廊下を歩いた。
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