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――やあみんな、こんにちは! 今日も野良の殺人相談ラジオ〈Strally〉の時間がやってきたよ。おかげさまで今回が十回目、今後も規制や垢BANにもめげずやっていくね!
それじゃあさっそくみんなの声を聞いていこうか。まずは一人目、〈ハッピーリーマン〉さん。
「前回リクエストした者です。おかげで嫌いな上司とおさらばできて、役職にもつけました! ありがとうございます!」
それはよかった。前回は丁寧に顔写真まで送ってくれて助かったよ、職場が快適になって良かったね!
じゃあ次。〈マネキンガール〉さんから。
「毎日生活指導の先生にいやらしい目で見られて本当に気持ち悪いです。他の女子生徒にも同じ視線を向けています。どうかこいつを殺してください」
これはいけないね、教師がそんなことをするなんて! オーケー、変態はオレが成敗してあげよう。楽しみに待っていて!
次だ。〈夢見る瓶底〉さんから。
「こんにちは野良、楽しんでいるみたいだね! 実は政府に気に入らない議員がいるんだ。頭が堅くて法案が通らない! あの案はとてもいいものだと思うのに。ぜひぶちのめしてくれ!」
なるほど、お堅いヤツらのせいで政治が滞るのは良くないね! 新しいものはどんどん取り入れていこう。わかったよ、良い報告をまっていてくれ。
じゃあ次は……。
……こんなところで今回はおしまい。みんなたくさんの声をありがとう! 合計六人の依頼を受け付けたよ。死ぬのは明日かな? それとも一週間後? それはわからない、だってオレは気まぐれだからね!
次回の放送は未定! チャンネルも未定! 無事放送できるように祈っていて。
それじゃあみんなさよなら! 背後にも頭上にも地面にも注意だ、バイバイ!
*
「……というのが現在の状況だ。ご質問は?」
「最悪だな。ここまで好き勝手されて、我が社の信用はガタ落ちではないか」
仕立てのいいスーツを着た男が厳しい表情で博士を睨んだ。
「対策はどうなっている。封鎖壁や監視カメラが簡単に乗っ取られてしまうのは君たちの管理が杜撰だからだろう」
「これでもセキュリティは日々強固になっているはずなんだがねぇ……相手の侵入経路は未だ不明だ」
どこか感心したように言うと、男の表情は一層厳しくなった。博士は大きなはめごろしの窓のはるか下で車が行き交うのを眺めその怒りを受け流した。
「このままでは済まされんぞ。奴が余計なことを口走る前に、早急に抹殺しなければ」
「……ヒヒ、そうだねぇ」
「何を笑っている。奴が『学園の産物』だと分かれば貴様もただではすまんだろう」
男がイライラした様子で博士を指さす。ずいぶん落ち着きがないように見える。博士が再び笑いを漏らすと、男は額に青筋を浮かべた。
「この私を馬鹿にしているのか」
「いや、失礼。いくら一条殿とはいえ、御息女のことがよほど気になるとみえる」
「……」
「御息女には目撃情報があるのだし、生きていると分かればそこまで」
「だからだ。いっそ死んでいてくれたらどんなに私の心が晴れるか」
博士は静かに男、一条を見据えた。
「……確かに、彼女は優秀だからねぇ。これが彼女の手によるものだとしてもおかしくはないが」
「もしそうなれば尚更、全てを葬らねば。身内から犯罪者など出せば私の築いてきた立場が台無しだ」
いやはや、どいつもこいつも子供を大切にしない、と博士は心の中でため息をついた。一条はとうとう立ち上がって部屋を歩き回りはじめた。
「そういえば、あの話は検討して頂けたかね、会長」
博士は一条を意識の外に置いて、無言で思案するもう一人に声をかけた。窓からの逆光を浴びてその表情はよく見えない。
「……そちらで好きにしろ。あれについては技術部に一任している」
「完全にワタシが後継として動いていいと言うことだね?」
「ああ。全て任せよう」
会長が低く断言したのを聞いて、博士は笑みを深めた。
「ではそのように。報告は以上だ、失礼するよ。あいにく猫の手も借りたいほど忙しくてね」
「いいか、これ以上の敗北は許されんぞ。全力で対策を講じることだ」
「イエッサー。それでは」
博士はわざとらしく敬礼してみせると、白衣を翻して退室した。ドアの閉まる直前に、一条の舌打ちが博士を見送った。
*
暑い。施設内はクーラーのおかげで多少涼しいが、それも気休めだ。相変わらず走り回る研究員たちは白衣を着ていて辛くないのか、と司は力なく眺めた。
前を歩く圭の項に視線を移す。いつも涼しい顔の彼でも流石に暑いらしい。ノートで扇いでやると圭はこちらを振り向いたが、軽く手で払う仕草をするに留まった。
世間は夏休みだ。長期休暇と銘打って国外に避難する者も少なくないだろうが、日ヶ守学園の生徒たちは使命感からか毎日のように登校している。
「夏休みなんて実質無いようなもんだな」
「休む分だけ体は鈍る」
「そりゃそうだけど。毎日びっしり講習があるんじゃ、いっそ無いって言ってくれた方が諦めがつくってもんだろ」
強制参加ではないものの、その内容は復習ではなくほぼ本格的な授業だ。夏休みを満喫すれば確実に落ちこぼれるだろう。
「やあ、浮かない顔だねボーイズ」
二人の前方で博士が愉快そうに挨拶した。彼女は暑さなどなんでもないようにいつも通りの姿で佇んでいる。
「博士は暑くないんすか」
「まあ多少は。さ、中に入りたまえ。幾分涼しいと思うよ」
博士に招かれるまま司と圭は面談室に入った。今日はトレーニングではなく少々話がしたいとのことだった。
室内の調節された空気が司の身体を冷ましていく。壁の一部を切り取った水槽が目も涼しくさせた。
「調子はどうだね」
「良いと思いますよ。だいぶ連携も取れてきてるし。な?」
「……悪くはないです」
「授業での活躍も耳にしているよ。ワタシも暇があったら見に行きたいところだが」
博士がにこにこしながら言った。チーム戦は以前にも増して盛り上がりを見せている。司のチームの勝率は先週ついに学年トップに躍り出た。
「相当お忙しいようですね」
「ああ、毎日息をつく暇もないよ。とんだイタズラ猫が現れたものだ」
「その割にこっちはまだ一度も遭遇してないな」
「彼が何を考えているのかさっぱり掴めないが、圭クンへの興味を失ったとは思えない。引き続き警戒はしていたほうが良さそうだ」
「元よりそのつもりです」
「うん、気力は充分といったところか。では本題に移ろう」
博士がもっともらしくソファから身を乗り出し、司も真剣に話を聞く準備をした。ここ一ヶ月での野良による被害は甚大らしい。呑気に構えている余裕も無くなってきたのかもしれない。
「キミたち、休暇を取りたまえ」
「……は?」
予想した話題からずいぶん外れた言葉に、司は素っ頓狂な声を上げた。
「どういうことです」
「今からでも一週間は休みが取れるだろう。ゆっくり心身を休めてもらいたいんだ」
「……そんな余裕はないでしょう」
「第一家にいたって気が休まるもんでもないし」
「それはその通りだ。だから……司クン、帰省なんてどうかね」
「帰省。オレの実家に?」
話が見えてこない。圭と共に怪訝な顔をしていると、博士は左右の足を組みかえて座り直した。
「実はキミたちに特別巡回の話が出ている」
「特別巡回?」
「機動隊とほぼ同格の権限が与えられる課外活動だ」
「……その権限が与えられるのは三年生の成績上位者だけでは」
「ああ、本来はそうだ。今までにも前例はない。だが不可能というわけではない」
「なぜ今なんです。野良を考慮してのことなら遅すぎる」
「それについては申し訳ないと思っている。キミたちの立場を公に出来ないとはいえ、武器の携行も許可せずにおいたことは謝ろう、すまない。だが、今回の話はそれだけの理由ではない」
「……と言うと?」
司が相槌を打つと、博士は静かに頷いた。
「あの刺激的なコマーシャルが放映されてから一月余り、野良の動きは非常に活発だ。彼はリクエストと称して殺人の依頼を受け、その予告通りに犯行を繰り返している。これまでの被害者は二十七人。その中には政府官僚や未成年者も含まれる。この他に、異常犯罪者の死体も多数見つかった」
「多いっすね……」
「もちろんこの間我々が何もしなかった訳ではないとも。巡回を増やし、野良を追跡する特殊部隊を投入し、キミたちの護衛を増員した。気づいていたかね?」
妙な視線を感じることがあったが、それは護衛のものだったのか。圭はなんの驚きも見せていない。気づいていたなら教えてくれてもいいのに。
「……だが状況は芳しくない。投入された八部隊のうち半数が壊滅状態、未だ彼の居所すら掴めないといった有様さ」
「壊滅、ですか。トップクラスの精鋭でしょう」
「敗因は彼が市街地に陣取っていることだ。司令部の手腕がどうだったかまでは分からないが、おそらく上手く動けていないのだろうね」
「市街地じゃ銃を撃ちまくるわけにもいかないし、奴の手の届く範囲は全員人質になりうるってことか」
「いつどこが戦場になるかわからないのでは避難のさせようもないからねぇ……しかも彼、軍人相手には遊びが全くない」
博士は首を振って溜息した。テーブルに大きめの端末を置き、動画を再生する。監視カメラの映像らしく、そこには常人離れした動きを見せる野良がこちらに手を振り不敵に笑っていた。
「……彼は学生当時からずば抜けた能力の持ち主だったという。味方にいればどんなに頼もしかったことか」
「あんな事件を起こすような人間です。遅かれ早かれ敵になったでしょう」
圭が冷たく言った。
「あのように愉快犯を気取りながら、こうした面では実に容赦ない。彼は機動隊と『遊ぶ』気はないとみえる」
殺戮の動画を停止し、博士が二人を見据えた。
「このまま軍備を投じ続けたとしても、状況はさほど変わらないだろう。もっと別方向からの策が必要だ」
「……僕らで、何かが変わると?」
圭が探るように訊ねた。博士は静かに立ち上がって、水槽の中を漂うクラゲを眺めた。
「彼は、もしや待っているのではないかと思ってね」
ガラスにうっすらと博士が映る。司は黙って彼女の言葉の続きを待った。
「血濡れの舞台を演出し、自らに差し向けられる刺客を待っているのだとしたら」
「……」
「もちろんこれは憶測にすぎない。誰もあの異端者の考えはわからない。が、もしそうだと仮定するならば、我々は彼の思惑通り行動せざるを得ないだろう」
振り向いた博士の、顔に対して大きすぎる眼鏡が白く光り目元を隠す。
「僕らなら『遊んで』くれるだろうと。そのために公にできる立場を作るんですね」
「まさか三年生になるまで彼を放っておくことはできない。しかし相応の理由なく子供に武器を持たせたとあっては何かと面倒だ」
「でもさすがに無理があるんじゃ? いくらなんでも三年の成績上位者に匹敵するとは……いや、オレがね」
「僕にしたってそうだ。周囲が反論出来ないほどの力はない」
「個々の能力であればね」
博士がそう言って両手の人差し指を交差させた。その意味に司も程なく気がつく。
「キミたち一人ずつに常時権限を与えるのではなく、キミたち二人が揃う時のみ特別に権限を与える、という方向でいくつもりだ」
「……てことは一人で行動するときは今まで通り武器の携行も?」
「単独行動の範囲についてはこれから詳細を決めるが、仮に携行が許可されても原則使用できないということになる。多少不便だがこのあたりがギリギリだろう」
実力の伴わない中での特別扱いは反感を買うが、状況的にこれ以上司たちを丸腰にしておくわけにもいかない。野良に勝負を仕掛けるというなら尚更だ。波風立てず根拠を示すとするなら、司たちの強みは連携になる。
「それでも方々の説得には少々時間がかかるだろう。具体的に言うなら……」
「夏休み明けまで?」
司が言葉の先を拾うと、博士は満足そうに頷いた。
「ですが休暇まで取る必要が?」
しばらく思案していた圭が疑問を呈した。確かに、残り十日ほどを今まで通り過ごせばいいだけのことだ。今さら身の安全を確保する意味もないし、推測のように野良が待つのならむしろ危険性も減るだろう。
「……もうチャンスはないかもしれないからね」
博士が笑みを悲しげなものに変えた。
「野良と正面切って戦うことがどういうことか、分かるだろう。これまでのように暮らせる保証はない。それどころか命の保証すらできない」
「それは……」
脳裏に圭を踏みつける野良がよぎる。司がどれだけ成長したとしても、奴に太刀打ちできるとは限らない。最悪、初めの戦闘で致命傷を負うことも十分に有り得るだろう。
「すまない。我々は……私は、君たちを危険な方へと導くことしか出来ない。休暇はせめてもの罪滅ぼしというわけだ」
博士は珍しく顔を伏せ、力なく言った。意味深な笑いで司を引き入れたときとはずいぶん違う雰囲気に戸惑う。淡々とした印象があったが非情というわけではないらしい。
「……以前も言いましたが、この道を選んだのは僕自身です。博士が背負う必要はありません」
「だが……」
「オレも。勝手に首突っ込んだだけです」
司が自分を指さして笑ってみせると、博士はふ、と穏やかな表情を浮かべた。
「いい子だね、キミたちは」
「どういたしまして。じゃあお言葉に甘えて帰らせて貰おうかな、そろそろ顔が見たいってメールも来てたし」
「……なら僕は引き続きトレーニングを」
「え? おまえも来るだろ」
「なんで。行く理由がない」
「冷たいこと言うなよ相棒」
「そうだねぇ、圭クンも一緒に行くといい」
博士が司に同意を示し、圭が微妙な表情になる。
「僕が行く意味は……」
「キミ、旅行は初めてだろう? こういうのは若いうちに体験しておかなくては」
「そういう事ではなく」
「二人でいたほうが何かあったとき面倒くさくないし。割と田舎だけどいいとこだよオレの地元」
「君の地元がどうかじゃなくて」
「たしか乗り換え無しで行けたね、二人分の旅費を手配しよう」
「……行くとは一言も」
「あ、うち一軒家なんで圭も泊まれますよ。宿は無しでいいっす」
「おい」
「それはいい。キミの母君にお土産を用意させてもらうよ」
「ありがとうございます、母が喜びます」
「……」
博士と司に押され圭が徐々に諦めた顔になる。
散々二人で日程を話し合ったあと、司たちの笑顔に負けてとうとう圭は首を縦に振ることとなった。
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