第九話: 長続きしない(他責)




 意外と難航していたバイト探しだが、視点というか、基準を替えるとすぐに見つかった。


 内容としては、飲食店の雑務処理(レジ対応等を含む)。具体的には、ホール勤務である。


 場所は、都心にほど近い……2,3回だけ利用した覚えがある、味は良かったけど、それだけしか印象に残っていない店だ。



 で、どうしてそこに決めたのか。



 これはまあ彼女の感覚としては盲点だったのだが、適材適所というやつを勘違いしていた。



 要は、アレだ。男だった時の感覚でバイト先を探していたのが原因であった。



 つまり、男なら優先的に雇って貰えそうなところを中心に応募し続けていたわけで……そりゃあ、上手く行かないわけである。


 建前として平等とされているが、現実は違う。


 文面に出さないし記さないだけで、実際は『男のみ』『女のみ』『○○歳以下or以上』といった、限定的な募集は当たり前のように行われている。


 むしろ、ちゃんと募集要項にそれらを記載しているだけ誠実と思って……っと、話が逸れた。


 とにかく、彼女(太一)は勘違いしていたし、無意識の判断によって、採用される可能性が極めて低い方ばかりを選んでいた。



 そりゃあ、見つからないわけだ。



 たとえば、警備員という仕事で好まれる人というのは、体格が良くて年若い男だろう。歳若くなくとも、体格が良ければ採用されやすいのは考えるまでもない



 現在の彼女の場合はどうだろうか。



 やはり、性別は抜きにしても、見た目のイメージは大事。


 今の彼女は、肉付きは良いが全体的な線の細さは否めず、力仕事が得意のようには見えない女性だ。


 残念ながら、その美貌も、警備員という仕事においてそこまで有利には働かない。



 外に居るより、内勤で事務作業に適性があるように見えるだろう。



 よほど人手不足で、募集を掛けても集まらなかったとなればまだしも、彼女が選んでいたのは経験則として自給が高く業務もそこまで辛くないもの……そりゃあ、採用されないわけである。


 なので、気付いた彼女は早速、それまでとは異なる路線……すなわち、どうせ採用されないと思って無意識に除外していた見た目重視のバイトを中心に応募した。


 ちなみに、見た目重視とは、主に都心部や駅前などの、比較的若者が利用している店などが、それに当たるだろう。


 というのも、昔ながらの商店街や老舗などはその限りではない傾向にあるが、そういった店は若く綺麗な子が基本的に採用される傾向にある。


 残酷というか現実的な話だが、売る商品や、能力に相当な違いがない限りは、不細工よりも綺麗な子や可愛い子が表に立ってくれた方が売れるのだ。



 そこに、男女の区別は無い。



 誰だって、選べるなら不細工な子に応対されるよりも、美人な子に応対されたいと思うのは当たり前なのだ。


 そういうのを全く気にしない者や、ソレよりも効率を優先する者、あるいは好みが一般的なソレとは逆ならばともかく、特に理由もなく意図的に不細工を選ぶなんてのは稀だろう。


 そして、採用する側だってそう。


 一緒に働くなら、不細工よりも美人。性格に問題が無く、特に秀でた違いがないならば、美人を優先的に採用するのは当たり前の現実であった。



「──立花・エプレシア・舞子。今日から働くことになりました、よろしくお願いします」

「ハーフ?」

「はい」

「もしかして、モデルとかもやってる?」

「いいえ、やっていません」



 だから、採用通知が来た時も特に嬉しいとかはなく、この見た目なら採用されない方が不思議だよなあ……という感想しかなかった。


 だって、以前の姿ならともかく、今のこの身体の見た目は、顔も身体も本当にえげつないのだ。


 言うなれば、野生のグラビアアイドル。君、居る場所間違えてないかって二度見されるぐらいのヤベーボディである。


 何処を切り取っても欠点らしい欠点が無く、目視でも分かるぐらいにスベスベの肌。そっちを目指せば一ヶ月後には確実に紙面を飾れるだろう。


 そんな美女が、募集に応じてやってきたのだ。


 仮に己が募集する側だったら、逆に頭下げてでも来てほしいと思う。むしろ、理由なく断るやつがいるなら見てみたいとすら、彼女は思った。



「き、君、凄いね」

「恐縮です」

「今まで色んな子に教えてきたけど、これだけ覚えの速い子は初めてだよ」

「得意なんです、覚えるの」



 で、実際に働いてみて思ったのだが……これがまあ、楽勝も楽勝である。レジもそうだが、やろうと思えばどの業務もすぐにやれた。


 メニューの中身(お土産コーナーの商品含め)は、全て記憶した。備品の置き場所を始めとして、この店のやり方も同時に記憶した。


 レジのやり方も覚えたし、常連と呼ばれる人たちの顔はおろか、常連ではあるけど顔を覚えられていない人も全て記憶した。


 教育係だと紹介された男の先輩からも、『物覚えが良過ぎて、教える事がすぐになくなっちゃった』と苦笑されたぐらいだから……如何に習得が速かったかが想像出来るだろう。


 さすがに知らない業務は教えてもらわないと分からないが、教えてもらえば、その日の内に全て完璧にマスター出来たのであった。



 ここらへんはまあ、彼女のチートボディのおかげである。



 一度聞いた言葉を意図的に記録(記憶にあらず)する事が出来るので、うっかりミスも無い。


 加えて、人間基準で言えば無尽蔵としか言い表しようがない体力のおかげで、最初から最後までノンストップで動ける。


 それに、この身体になった当初ならともかく、今はもう慣れている。時折、意図しない言葉が出てしまう時もあるが、それは『天然?』といった感じでスルーされている。


 後はもう、十全に能力が発揮されるだけで……バイト歴3日目にして、ベテランの人と同レベル(いや、それ以上)以上に手早くスムーズに動けるようになっていた。


 そうして、バイト歴2週間を過ぎる頃には……忙しい時でも彼女が居ればだいたい店を回すことが出来る存在として、周囲に認知されるようになっていた。



 ……。



 ……。



 …………とまあ、そんな感じで幸先の良いバイト生活が始まった……わけなのだが。



(やる事が……やる事が多いよ!)



 気付けば、彼女は……店の外にて続いている長蛇の列を意識しながらも、無表情のままに業務をこなし、途切れる気配の無い客を捌き続けていた。


 いったい、何がどうなってそうなったのか……それはひとえに、彼女が美人過ぎたのが理由であった。



 具体的には、彼女目当てに訪れる客が激増したのだ。



 激増した理由は、SNSに晒されたからである。あまりに急に増えたので不審に思ったお店側が調べた結果、発覚したのだ。


 曰く、『ガチで美人過ぎる店員が居る!』という触れ込みで、とあるインフルエンサーが晒した結果……らしい。


 残念ながら、気付くのが遅れてしまったことで広くネットの世界に広がってしまい、対処不能となってしまった。


 いちおう、店側から盗撮の疑いとして画像等を削除する方向へ動いているらしいが、もはや、大本を止めたところでなんの解決にもならないのは明白であった。



『──でっか、なにあれグラドル?』

『エプロン越しでも分かるぐらいにでけえ』

『生の方が10倍綺麗じゃん』

『腰ほっそ、足なっが……』

『モデル? モデルなの、あの人?』



 だって、既に来ている者たちを中心に、口コミでどんどん各自のコミュニティへと広がっていっているからだ。


 実際、大して広くはない店内の至る所から聞こえてくる客の言葉の大半は、彼女に関することばかり。


 既に、大本のインフルエンサーからではなく、それを見た友人から誘われて来たといった感じの者たちが多くなっていた。


 当然ながら、来ている者たちの大半は初見の人達。つまり、新規の客であり……言い換えれば、普段来る者たちではない+αの客たちで。


 酒を提供してはいるが、長時間飲み明かすような店ではないから、特定の客が席を占領するといった事態にこそなってはいないが、誰がどう見てもキャパオーバーな状態となっていた。



 ──が、しかし。



 それでも、彼女のチートボディの前では、なんとかなった。


 超人的なバランス能力を駆使してホールを駆けずり回り、次から次へと送り込まれてくるオーダーを全て記録して。


 調理場が半ば地獄と化したせいで、順番不動となった料理をオーダー通りにテーブルへ。


 ホールに居る時は、常に小走りである


 もちろん、大げさに動くと注意されるので、傍からはそこまで急いでいないように見せながら。


 常人なら30分と動けば息切れしてしまうような、息つく暇もない業務を顔色一つ変えずに片っ端から片付け続け。


 そうして、一人で3人分の動きを完璧にこなした彼女は、勤務を開始してから、約3か月後の給料日に。



「ごめん、舞子ちゃん……申し訳ないんだけど、これ以上君を雇えそうにない。今月末を最後に退職してくれないか?」

「え?」



 まさかの、退職勧奨たいしょくかんしょうがオーナー(コック兼任である)より成されてしまった。


 これには、さすがの彼女もちょっと納得出来なかった。


 辞めさせるかどうか、それは雇っている側の判断が全てだ。


 正社員云々ともなれば色々と出来ない理由が法的に出て来るが、それでも雇用継続が難しい理由があれば、退職させる事が出来る。



 しかし、彼女はこれまでミスらしいミスは何一つしていなかった。



 店の売り上げだって、彼女が来てから明らかに増えた。むしろ、一人で3人分ぐらい働いていたと自覚出来るぐらいに働いていたと断言出来る。


 それを、雇用する側とはいえ、こうまで一方的に退職を促されるともなれば、そういう理不尽に慣れている彼女(太一)からしても、ムカッと腹が立つのも当然であった。



「理由は、完全にうちのキャパオーバー。行列によって近隣から苦情も上がり、SNSでも何時まで経っても店に入れないとか、色々言われ始めているっぽい」

「…………」

「舞子ちゃんは体力もあって若いから何とかやれているけど、ちょっと僕たちの体力が持たないというか、以前からの常連さんたちを結果的に蔑ろにしちゃうというか……」

「……あ~、はい」



 が、しかし。


 オーナーから語られた理由は、そんな彼女の内心の怒りを鎮静化させるには十分すぎる代物であった。



 彼女自身に罪が無い。だが、それを言うなら店側も罪は無い。



 勝手に集まって来ているのを捌く為だけに人員を雇えば、それはそれで本末転倒というやつだろう。


 そう、オーナーも自覚している事だが、この人気はあくまでも一時的なモノ。


 その原因は、望む望まざるに拘わらず、彼女……バイトで入った『立花・エプレシア・舞子』という美女にある。


 だから、一目見れば大半の者たちは満足する。


 一部はリピーターになってくれるかもしれないが、一過性のソレさえ乗り越えれば大丈夫と思っていた。



 ……けれども、彼女が働き出してから3ヵ月。



 そんなオーナーの楽観を他所に、状況はむしろ悪化する一方で、今月に入ってからはついに業務に支障を出すような客まで現れ始めてしまった……らしいのだ。



「舞子ちゃん、気付いてなかった? 客の中に、明らかに君の注意を引くために面倒臭いことしている人たちがいたんだよ……」

「え?」

「その様子だと、全然気付いていなかったのか」

「はあ、すみません、さっぱりでした」

「まあ、君は凄い子だけど、変な所で無頓着っぽいからしょうがないか……」



 ──全く、気付かなかった……表面上は無表情のままに、そう、彼女は内心にて驚きの声をあげた。



 昔ならいざ知らず、今のこの身体では、周囲から何かをされてもガラス越しに羽虫が飛んでいるような感覚だからだろうか。


 その気になれば、何時でも振り払えるような存在から何かをされたところで……そんな意識が根底にあるからなのかもしれないが、全く気付いていなかった。



「君以外がオーダーを取ろうとすると露骨に嫌な顔をしたり、ちょっと考え直すとかでオーダーキャンセルしたり、かと思えば、直後に君が居る方向に大声でオーダーを頼んだり」

「…………」

「他にも、君がレジに回るまであえて席を立たない客が出たり、他の従業員に君の事を尋ねようとする客が出たり、勝手に店内を撮影している者が出たり」

「…………」

「ごめんね、本当に君は悪くないんだ。でも、先週ぐらいから態度の悪い人が現れ始めて……他の人達が怖がっちゃって……」

「……あ~、はい、わかりました」

「それに、行列も……ちょっとぐらいなら周りもなあなあで許してくれているけど、それが常態化しちゃうと最悪警察まで動いちゃうから……ごめん、本当にごめんね」

「いえ、あ、いえ、その、こちらこそ、申し訳ないです」



 何店舗も経営しているならともかく、元から人気があるとはいえ、コックを兼任している個人店のオーナーに、それら全ての対処を求めるというのは酷な話だ。


 SNSで広まる切っ掛けとなった彼女が居なくなるのは手痛いと思う反面、それが原因で彼女以外の従業員が辞めてしまう事態になれば、それこそ一大事だ。



「……すみません、御迷惑をお掛けしました」

「本当に、ごめんね」



 だから、彼女はせっかく前以上に仕事に慣れたし、賄も美味いぞと気に入っていたこの職場を去ることを受け入れたのであった。






 ──とまあ、そんな感じで。



 再び無職へと戻ってしまったわけだが、彼女は特に焦らなかった。既に採用されやすいコツというものを掴んでいたので、次のバイト先は3日後には決まっていた。


 今度のは、ガソリンスタンドのバイトだ。


 これまた幸いな事に、危険物取扱に関する資格は既に取得してあったし、その為の知識も頭の中に入っていたので、特に問題なく採用された。



 ……が、今度は3か月目を迎えられないまま退職の運びとなってしまった。



 理由はまあ、一回目と同じく、客(とは言い難いけれども)とのトラブル(意味深)が増え始めたのが原因であった。


 いや、まあ、アレだ。


 これもまあ一回目と同じく、彼女自身が暴言を吐いたとか、業務上のミスがあったとか、そういう理由ではない。



 単純に、彼女(の、見た目)の魅力があまりに過ぎたのが悪かった。



 なにせ、『野生のグラドル?』と大半の者たちから思われてしまうぐらいのスタイル。ただ立っているだけでも、そのスタイルの暴力性が抜きん出てしまう。


 そのうえ、彼女は見た目こそ女性ではあるが、精神的な部分は男性である『真坂太一』のままなのも悪かった。



 有り体にいえば、隙が多いのだ。



 大なり小なり成長するに合わせて身に付ける無意識の所作が、彼女には無い。それは悪く言えばガサツではあるが、良い意味で見れば無防備となる。



 その様は、傍から見れば男を惹きつける誘蛾灯だ。



 働き始めた当初は問題が起きるようなことはなかったが、一ヶ月が過ぎた頃から異変が生じ始めた。


 わざわざ言うまでもないが……まあ、彼女に声を掛ける人が現れ始めたのだ。



 もちろん、彼女は断った。一切の期待を持たせず、全て一言で切り捨てた。



 勤務中なのもそうだが、そもそも彼女の内面は男性。同性愛者の気は無いし、だいたい、この身体になってからそういう欲求もとんと感じなくなってしまった。


 だから、万が一にも、億が一にも、彼女が靡くことはなく、声を掛けるだけ無駄に終わるだけ……なのだが。



 ──当たり前だが、それで終われば彼女が辞める事態にはなっていない。



 はっきり言って、働いている場所が悪かった。


 前回は都心にほど近い場所だから人の目もあったことで、一線を越えるような輩が姿を見せることはなかった。


 なので、今回は前回の反省として自宅からも都心からも離れた場所を選んだのだが……それが、まさかの逆効果であった。



 具体的には……反社会の者と思われる人たちに目を付けられたのだ。



 何やら不審な感じがしたのでチートボディを使って調べてみたら、案の定……ほとんどが前科2犯や3犯の者たちで、中には全科6犯のヤベーやつもいた。


 どうやら、そういう人たちからすれば、彼女は本当に隙が多い女に見えるらしい。まあ、そうでなくとも、そうするだけの理由がそいつらには有るのだろうが……で、だ。


 さすがに、捨て置くわけにはいかない。



 そう判断した彼女は、秘密裏にそいつらを1人1人始末しておくことにした。



 もちろん、手加減などしない。


 わざわざ苦痛を長引かせるようなことはしなかったが、存命させるような事はせず、全て完全に絶命させた。


 恨み辛みは関係なく、そんな慈悲を与えてやるような優しさなど、彼女には無かったからだ。


 悔い改めて反省したところで、理不尽な辱めを受けた者たちの慰めにはならない。


 そもそも、再犯している時点で口だけの反省なのは明白だし、そういう輩に近い性質の男に嫌な思い出がある(太一時代の話)こともあって、なんの良心の呵責もなかった。



 ──で、そうなるとまあ、色々と騒ぎになるわけで。



 何故なら、彼女は仕留めるだけなら蚊を潰すぐらいに簡単に行えるが、死体の処理に関しては……少なくとも、目立たず行う事が出来なかった。



(う~ん……死体を抱えて山奥に移動するとなると血で汚れるし臭いし、海に捨てて……漁師さんとかを驚かせても可哀想だな)



 いちおう、外国の山奥とかならほぼ確実に見つからないだろうが……それはそれで移動するのが面倒に思った彼女は、しかたなくその場に放置した。


 なので、騒ぎになるのも当たり前で……露見する可能性は限りなく0だが、もしもの可能性を考えた彼女は、そのガソリンスタンドを退職した……というわけであった。


 結果、彼女はまたもや無職の仲間入りを果たし……さすがに、3度も似たような経緯で失職するのは御免だと思った彼女は、一旦バイト探しを止めた。



「チロル」


 ──にゃん


「ナッツ」


 ──にゃん


「何時も同じ返事しかしないから、喜んでいるのか返事をしているだけなのか分からん」


 ──にゃん! 


「気に入ら、あ、ごめん、しつこかった。だからパンチは止めてって……」



 おかげで、彼女は無職のままに年を越すことになり……無職のままに、ぼんやりと正月特番番組を見る結果となってしまったのであった。


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