第七話 片鱗、気付くことなく



 そうして、翌朝。朝日が差し込む室内にて、彼女は……何時ものように、猫にご飯をあげていた。


 猫も、ひと眠りしたからだろうか。


 昨日は少しばかり怒りを見せたことすら忘れているようで、もしゃもしゃと缶詰から引っぺがしたご飯を食べている。


 それはもう、盛大に。


 何時もと変わりないおねだりだったので気付かなかったが、実は何時も以上にお腹が空いていたのかもしれない。


 ぽろりぽろりと皿から零れ落ちるご飯を抓んでは、皿に戻してやる。


 けれどもすぐに、舌に弾かれた幾らかが散らばってしまう。というか、欠片が皿から落ちた。



 ……抓んで、戻してやる。



 加えて、散らばっているそれらを指先で押しやり、小山のようにして食べやすいようにしてやれば……まるで積み木を崩す子供のように、半分以上が口から零れ落ちた。



 少々面倒だが、また小山を作る。


 世間的に、これは過保護なのだろうか。



 まあ、過保護と言われればそれまでだが、こうしないと3分の1ぐらいのご飯を平らにしてしまい、『ご飯が少ない』と泣き喚くのだ。



(頭は良いのに、こいつは本当に食べるのだけは下手くそっす……)



 最初の頃は、皿の上にまだご飯が残っているのに、どうして新しいのが欲しいのかと首を傾げたものだ。


 もしかしたらワガママにさせてしまったのかと、断腸の思いで最初は無視していたが……どうも、そうではないことに気づいたのが、少し前。


 キッカケは、食べ終わった皿の周辺に散らばった猫のご飯と、皿の上に平べったく伸ばされたご飯だった。


 その時までは『零すお前が悪い』と思っていたが、それにしても変だと思い、これまで以上に注意深く観察して……発覚したのが、ソレであった。


 どうにもこの子は、平べったくなってしまったご飯を、ご飯とは思わないようだ。最初は皿に慣れないからだと思って、深みのある器に変えたりもした。


 だが、そうすると食べ辛いらしく、今以上にぽろぽろとご飯を零してしまったから元に戻し……そうして、今みたいな状況になってしまっている、というわけだ。



「お前、食べるのが本当に下手くそ……」



 せっせ、せっせ、散らばるご飯を纏める彼女の努力を理解しているのか、いないのか。


 猫は何時もと変わらず気楽そうな様子でもしゃもしゃと一通り平らげると、のそのそとその場を離れていった。


 ……ふりふりと揺れる尻尾と空になった皿を見て、何とも言えない充足感を覚えるようになって来ていることに、ふう、とため息を吐いた彼女は……ふと、網戸越しにベランダを見やった。




 ……結局、あの後も寝る気にもならないままベランダより眼下の騒動を見つめる事、数時間。その間、マンションの下には一度として静けさは戻らなかった。




 朝日が昇り、住宅街を照らし始めた辺りで、ようやく引っ切り無しに来ていたパトカーやら消防車やら救急車やらが静かになった後。それでもまだ、十数名近い人だかりが出来ていた。


 頭上から見下ろす限り、通行人や近所の住人……というわけではない。何やらカメラやら何やら持っているのが何人か……考えるまでもなく、マスコミなのだろう。


 起き出して来た猫の相手をしていたり、とりあえずはと朝食の用意(結局、昨夜は手を付けなかったので)をしたりしている程度の時間で、眼下の様子が変わったようには思えないが……ふむ。



 ……気になってテレビを付けてみれば、やっぱり報道されていた。



 ただ、さすがに昨日今日の話だ。


 どの放送局も似たような部分までしか調べられてはいないようで、どの番組も結論は『男性三人が起こした、謎の車両炎上!?』ということに終始していた。


 その合間に、炎上した車の車種や、乗っていた男性たちの情報が流れ、どのようにして引火し炎上事故が起こったのかという様々な推測を語る専門家等が、ちらほらと姿を見せていたが……まあ、それだけであった。


 客観的に考えればそうなるだろう……番組を眺めながら、彼女はそう思った。



 何せ、車両が炎上したのは住宅街の一角だ。



 他の車両との衝突も無ければ、壁や電柱に衝突した跡もない。周囲に何一つ損傷の後を残さず、突然爆発炎上した。



 事実だけを述べれば、そうなってしまう。



 だから、専門家の語る推測も……当事者である彼女から見ても、いまいち説得力がなかった。


 なにせ、専門家の挙げる推測が、だ。



『エンジンがいきなり爆発した』


『何らかの要因で燃料タンクに引火した』


『燃料が漏れて、それが車内に充満、引火して炎上』



 という、何処となくフワッとしたものばかりだったのだ。



(隕石が衝突して炎上した……意外と、近い答えなのが皮肉っすね)



 その中でも、偶然とはいえ近いかもしれない推測を出した専門家はいたが……案の定、スタジオのコメンテーターから失笑されていた。


 当の専門家も本気で言っているわけではないようで、特に思う所なく笑っているのが救いだが……ん? 



 ぱちぱちとチャンネルを変えている中で、ふと、目に止まったのは、再び映し出されている車両炎上の現場であった。



 右上に『LIVE』の文字がある辺り、リアルタイムのようだ。ちらりちらりと、このマンションが画面の端に写り込んでいるのが分かる。


 既に撤去されてしまっているのは上から見下ろしていたので分かっていたが、映像越しに見る火災の跡は、何とも言い表し難い迫力というか、悲壮感が……あっ。



「あっ」



 思わず、彼女は声をあげた。


 上手く言葉が発せなくなってから、もしかしたら初めてかもしれない大声に、毛づくろいしていた猫がビクッと身体を硬直させた。



 ……とりあえず、ごめん、と猫に謝る。



 それだけで猫は理解したのか、にゃん、と一声だけ鳴くと、再び毛づくろいをし始めた。


 それを見て、ふう、とため息をついた彼女は……改めて、テレビ画面に映し出された人物を見やった。



(……店長がいるっす)



 そこにいたのは、店長であった。


 とはいえ、カメラの前に立っているわけではない。


 現場に来ている取材陣がたまたまカメラを向けた先にいた……という感じであった。



 いったい、どうしてここにいるのだろうか。



 店長の住居は、『アニマル・フレンド』の二階だ。


 何かしら商品の買い出しに来ているとしても、このマンションの周辺に問屋はない。商品の配達……にしては、挙動がおかしい。



 ……いや、本当に落ち着きがない。



 見ていて、どうしたのかと不安になってくるぐらいだ。


 少し落ち着くべきなのではないかと、彼女はテレビ越しに思う。何せ、店長の見た目が見た目だ。


 慣れている己は平気だが、とにかく顔立ちも体格も雰囲気も何もかも強面だから、こんな場所でうろちょろしていたら……あっ。



 心配した傍から、自転車に乗った警官が二人やってきた。



 その二人は、脇目も振らずに店長へと駆け寄り……何やら、話しかけている。


 映像を撮り続けている取材陣(つまり、今、彼女が見ているこの番組の)も、その事に気づいたのだろう。


 それまで全体を緩やかに撮っていたのが、一転して店長をフォーカスし始め……ああ、もう。



 ──このままでは、店長が捕まってしまう。



 映像越しとはいえ、警官たちを前にしどろもどろになっているのが見て取れた。


 実際に無実であるのが分かっている己とは違い、第三者からすれば……怪しいことこの上ないだろう。



 故に、彼女はパッと立ち上がると、急いで外へと飛び出した。



 たまたまなのか、廊下には人影は誰もいなかった。変な目で見られる心配はないようだ。


 ぺたぺたと裸足のままだったが、構うことなくエレベーターホールへと向かい……待たされる。


 こういう急いでいる時に限ってエレベーターが中々捕まらないのは、もはや不変の法則なのだろうか。


 苛立ち紛れにその場で足踏みをして……ようやく、到着。


 急いで乗り込む……遅い。


 これならベランダから降りた方が……いやいや、それはまずい。


 あまりにソレに慣れてしまうと、歯止めが利かなくなってしまう。


 さすがにエレベーターの中で足踏みは出来ないので、ディスプレイに表示された数字をジッと眺め……到着し、扉が開いた瞬間に飛び出す。



 ──うわっ!? 



 その際、何人かを驚かせたが、構うことなくマンションの外へと──いた。




 ……幸いにも、まだ警官に逮捕などはされていないようだ。




 しかし、人数が4人に増えている。そのうえ、店長はかなり不審な目を向けられていたようだ。


 それは、非常に冷たい眼差しを店長に向けている警官たちの態度から、察せられた。



「──店長」



 だから、急いで駆け寄って声を掛けた。


 ……途端、彼女に気付いた誰もが、彼女を見て驚いた。「ま、舞子ちゃん……!」その中でも、最も驚きを露わにしたのは警官たちではなく、詰問されていた店長であった。



「テレビを見ていて驚いた。いきなり、警官に囲まれ始めたから……何か、した?」

「何もしていないわよ! 私はただ、舞子ちゃんが心配だったから来ただけだって行っているのに、放してくれないのよ!」



 吼える店長……まあ、見ていたからだいたいの想像はついていたが、まさか寸分の違いもなく想像通りだったとは。


 本当かという意味で警官たちを見やれば、「えっ──と、ちょっといいですか?」その内の一人が恐る恐るといった様子で話しかけてきた。



「その、お名前は……」

「立花・エプレシア・舞子」

「……え?」

「立花・エプレシア・舞子。説明は省く、ハーフ。ここに暮らしている」



 今しがた飛び出して来たマンションを指差せば、警官たちが顔を見合わせた。


 おそらく、警官たちは彼女の言葉を信用して良いのかどうか、迷っているのだろう。



 相手が店長と似たような風貌ならともかく、若い女性だ。



 しかも美人で、どう悪く見ても、何かを隠しているようには見えない。それに、明らかにマンションから慌てて飛び出してきたかのような恰好である。


 今しがたの発言が事実なら、なるほど、不自然な点は見当たらない。住んでいるところの下でそうなっていると分かれば、とりあえず様子を見に来ても不思議ではない。


 それに……警官たちの視線が、彼女に……『立花・エプレシア・舞子』と名乗った、彼女へと向けられる。


 確証があるわけではないが、事件に関与しているようには見えない。見た目で判断するのは間違いだが、それでも、雰囲気というか、そういうのが感じられない。



 ……それでも、この男と一緒に連れて行く事は出来る。そう警官たちは思った。



 任意の事情聴取という名の強制連行だ。


 それで、署に連れて行く事は可能だが……この場はマズイ。同時に、そうも警官たちは思った。


 周囲の目が有り過ぎるし、この状況で連れて行けば、『証拠も無く、憶測で連行した』という印象を……いや、まあ、事実としてそうなのだけれども。



「──もう、行っていいですか?」



 実際のところ、彼女にとっては何の関係も無い話だ。


 明確な証拠が見つかり、それが店長と繋がったのであれば、彼女も警官の行動を遮るようなこともしない。


 今回は明らかに警官たちが憶測で動こうとしていた。それに、この事件の犯人を彼女は知っていた(当たり前だけど)。


 警察は無実だったの一言で放り出せば終わりだが、周りは違う。マスコミの撮影がある以上、無責任な風評被害は免れない。



 だからこそ、さっさと場を切り上げたいと彼女は思った。


 そして、それは警官たちもまた……同様だったのだろう。



「……お時間を取らせました」



 無言のままに、警官たちに頭を下げた彼女は、困惑している店長の手を引っ張ってマンションへ──っと。



「いえ、駄目よ。独身の女の子の部屋に、不用意に男を入れては駄目」



 マンションに入る直前、当の店長が足を止めた。


 言われて、彼女は思い出す。そして、理解した。


 そういえば今の己は女(見た目は)で、店長は男だ。


 紳士的な態度だし、彼女も今の己に無頓着なところがあったのでウッカリしていたが……店長の言い分はもっともだと思った。



「とにかく、無事だと分かって良かった。怪我とか、そういうのはしていないのね?」



 ちらり、と。


 店長の視線が足へと向けられ……そういえば、裸足だった事も今更に思い出す。



「大丈夫、足の皮は人並み以上に分厚いから」

「そういう問題じゃないわよ」


(いや、本当に大丈夫なんすけど……)



 そう思ったが、あえて彼女は口に出すような事はしなかった。


 言ったところで店長が納得することも、引くこともないのが分かっていたから。それに、冷静に考えてみれば……店長の心配だって、もっともだと思った。



「それじゃあ、助けてくれてありがとう。あたしが言うのもなんだけど、もう少し自分の事に気を使いなさいね」



 言葉通り、本当に心配して様子を見に来ただけだったのだろう。


 億単位の貯金がある気楽な無職とは違い、店長は自営業だ。


 店を開けなければ収入を得られない店長は、最後にお礼の言葉を残すと、足早に……あ、あんなところに自転車。


 彼女の視線が、マンションの外にポツンと止められている、少し錆が目立つ自転車へと掛けて行く店長の背中を追いかける。


 ニュースを見てやって来たけれども、人だかりが多かった。自転車を降りて様子を伺おうとしたら、不審者扱いされてしまった……といった感じだろうか。



(まあ、店長さん、明らかに強面だし、身体もごつくて威圧感あるから、そう見られるのも仕方ないといえば仕方ないっすけど……)



 正直、気の毒というか不憫な御人だなあ……と思いつつ、彼女も店長に倣って、そそくさと自室へ戻ったのであった。



 ……。


 ……。


 …………そうして、自室に戻った彼女が目にしたのは、すやすやと安らいで寝入っている猫と、点けっぱなしのテレビであった。




 ──やはり、この子は大物っす。




 苦笑交じりの笑みと共に、再びテレビの前へ。


 先ほどの騒動はテレビ的には不味かったのか、何事も無かったかのように報道が続けられている。



 とはいえ、内容は先ほどとは変わらない。



 通報された時刻より推測される当時の状況、壊れた車の車種や特徴、自称目撃者の証言、コメンテーターたちの意見交換など、特に真新しいモノはない。


 どうやら、ステルスは何事も無く作用していたようだ。


 この様子だと、監視カメラなどで現場映像を解析したとしても、証拠らしい証拠は何も見つからず、車が突然爆発したようにしか見えない──っと。



「あっ、死んだのか……」



 ぼーっと眺めていると、ニュース速報のテロップが流れた。


 内容は、『○○町車両炎上の男性3名死亡を発表』。


 その文字だけを見れば他所の事件と思いそうだが、直後にスタジオの空気が変わり、改めてそれを告知されると共に、ざわざわとコメンテーターたちが討論を始める。



 ……けっこう長生きしたのかな? 



 それを見て、彼女は……少しばかり申し訳ない事をしたなと思った。


 何故なら、あの時……確実に殺すという考えはなかったが、死んだならば、それはそれで仕方がない事だよなあ……と、思った程度の力加減で彼らを無力化してしまったからだ。


 下手に追いかけて来ないように手足を砕いて筋肉を引き千切り、余計な事を言わないように両目と喉を潰しておいた。



 人間の時だったらそんな事出来なかったが、今は出来る。



 この身体は、人体を引き千切るぐらいは簡単で、捻じってへし折るのも簡単だったから。


 でも、それが良くなかったのだろう。


 おかげで、彼らには無用に長く苦しませる形になってしまった。


 彼女としては、そこまでするつもりはなかった。


 結果的に死んでしまうにしても、どうせ死ぬのなら苦しまないように死なせてやるべきなのだというのが彼女の考えであった。



 ……ちなみに、男たちを痛めつけた理由はちゃんとある。



 己があの場を離れて、あの女の人がその場から動けなくなっていても、絶対に無事であるようにするためだ。


 その為に、動けないようにと手足を潰した。眼と喉まで潰すのは悪いかな……とは思ったが、相手は悪者なのだ。


 生きていたって、今後も要領よく周りに迷惑を掛け続けるだけだし、第二、第三の犠牲者が出て来る可能性がある以上は、潰しておいた方が後々みんなの為だ。


 彼女は……元人間の男であり、真坂太一という名を持っていた彼女は、身に染みて理解していた。



 あの手の連中は、反省なんてしないのだ。



 それどころか、反省しているとか口にしながら、それを美談に仕立て上げて、俺は周りに感謝しているとか言い出す。


 反省したフリはするが、本当の意味で反省したわけではなく、一皮剥けば皆同じことを言う。



 『何時までも、昔の事を!』、と。



 事実として、今の身体になる前の彼女は、それを目にしてきた。


 実際に、『しつこいんだよ!』と、まるで何時までも許さない己が悪いのだと言わんばかりに罵声を浴びせて来た者さえ居た。



 彼らにとって、他者へ与える苦しみなんてその程度なのだ。


 彼らが口にする謝罪や反省なんて、所詮はその程度なのだ。



 だから……彼女は、欠片の罪悪感も覚えてはいなかった。



 悪い事していて、返り討ちにされただけ。今回、返り討ちにしたのが自分だった……ただ、それだけの事でしかなかった。


 ……故に、彼女にとっては。



(気楽に暇を潰せるバイト、なんかないっすかねぇ……)



 死んだ方が良い人間が、3人死んだだけ。ただ、他者を害そうとした者を排除しただけ。


 車両が燃えて騒ぎになったのは申し訳ないけど……その程度の感覚でしかなかった。






 ……。



 ……。



 …………そうして、それから早3週間ほど時間が流れた。



 その間、彼女はというと……特に、何もして……いや、本当に何もしていなかったわけではない。


 いちおう、求人雑誌や求人サイトを眺めながら、良さそうなバイト先を探したり、店長の店に猫のトイレ用品や玩具などを買いに行ったり。


 あるいは、猫の名前を考えたり、ダラダラとパソコンで映画を見たりなど……下手に外に出て警察などに絡まれても嫌なので、とりあえず、外の騒動が治まるまで引きこもり続けた。


 ちなみに、店長のお店でも良かったのだが、店長曰く『今は、新たに人を雇う余裕が無い』とのこと。


 なんでも、彼女が声を掛ける前に募集に来た子が1人居るらしい。しかも、フルタイムで出られるとのことで、ちょうど足りなかった人手がすっぽり埋まってしまったのだとか。



 ──できるならもう1人雇いたいけど、教育出来るのがあたし1人だけだから、手が回らなくて……。

 ──仕方ありません、タイミングが悪かったのでしょう。

 ──ある程度余裕が出来たら雇えるようになるから。その時、改めて誘ってもいいかしら? 

 ──それは構いませんが、別の所にバイトが決まっていたらどうするのですか? 

 ──その時は、お互いに縁が無かっただけの話でしょ。



 と、いった感じで断られてしまったので、別の店を探す事になった。まあ、そういう事もあるのだろう、そう彼女は思った。


 そのおかげか……まあ、関係はないけれども、そんなこんなで日にちが過ぎてゆくに連れて、連日連夜続いたニュースも、昔の話となった。


 車両が回収され、現場検証が終われば、あれだけの騒ぎが夢だったかのように、マンション周辺は以前の静けさを取り戻していた。



 そうなるのも、致し方ない事なのだろう。



 事件性そのものはショッキングであり死者が出てはいるが、残された映像と回収された車両の調査を行った限りでは、人為的なモノではないという話が出てきている。


 具体的には、真上から隕石が直撃した結果、爆発した……といった感じらしい。


 そうでなければ、説明が付かないのだとか。


 加えて、車両に違法な改造が施されていた形跡が確認出来たばかりか、死んだ3人は全員ともが前科持ちであった。


 それも、1人は強盗致傷、1人は暴行誘拐、1人は性犯罪。


 関係性というものは特になく、強いて挙げるのであれば、偶発的に彼らは接触し、偶発的に彼らは互いが同類である事を理解し、共同で動くことを選んだ。


 何もかも偶然が積み重なった結果、協力関係を結んだ3人が凶行に及んだ……という、フィクションのような凶悪犯だということが新たに発覚した。


 事件そのものに前科の有無は関係ないが、ネットに限らず世間の反応は『天罰でも下ったのだろう』という程度に冷ややかなモノであり、誰もがそれほどの関心を寄せなかった。



 なにせ、事件は日常的に起こる。



 犯人は全員死亡しているし、それ以上の捜査の必要性が無いとなれば、一般的な関心は薄れてゆくものだ。


 実際、当初は事故現場を覗きに来る者たちがチラホラいた。だが、あまり表だって話題にする事でもない。


 一週間もすれば野次馬も消え去り、二週間もすればカラーコーンと柵で囲われた場所に注意を払う者も居なくなり、三週間もすれば、ごく一部を除いて、誰もが『ああ、そんな事件があったね』という程度の感覚になっていた。


 ……そうして、マンションの掲示板にて『現在、工事業者に依頼中・柵内立ち入り禁止』という注意書きが張られるようになった頃。



(……あ、この喫茶店……覚えがあるっす)



 ふと、何気なく求人サイトを回っていたその時、彼女は見つけた。それは、今の姿になる前の、バイト帰り。


 いつか、お金が溜まって余裕が出来たら行ってみたいなあ……と、思っていた喫茶店であった。




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