【番外編】真夜中、繁華街の地下店にて
いらっしゃいませ。
初めてのご来店ですね。
え? ああ。そうなんですよ。僕ね、お客さんの顔を覚えるのが特技で。瞬間記憶っていうんですかね? それなのにこんな地下の、場末のバーのマスターなんて、笑えるでしょ。
まあ、人生なんてそんなもんじゃないですかね。
あー、すいません初めてのお客様なのに語っちゃって。どうぞ、メニューです。今日は……この、メキシコのビールだけ品切れなんです。名前が名前でしょう? だから逆に売れてるらしいんですよ。コロナビール。
まあ、ウチの店にはコロナなんてありませんってことでね。縁起もいいでしょ。ああ、もちろんちゃんと除菌は徹底してますよ。いつも以上にね。
こんな情勢なのに、ウチに来て感染なんてしたら、申し訳ないですからね。消毒液が切れたら、しばらく店じまいですよ。寂しいけど。
ああ、ここは僕だけでやってますから、店を開けるも閉めるも僕次第なんで、ゆっくりしてってください。すいませんね、マスク姿で。でもこの方が安心でしょう。
さ、何にします?
え? ああ。ウチはね、夜でもコーヒーを出すんですよ。
ある時ね……夜のお店の子が……早退してウチに来たんです。なんだか疲れちゃったって言っててね。ちょっと涙ぐみながら。
僕はね……その時酒でも飲んで元気だしなよ! なーんて言ったんですけど……その子、夜の蝶なのにそんなに酒に強くなくて、酒に疲れてたんですよ。そうとも知らずに、馬鹿な僕はヘラヘラ笑いながらお酒を差し出してねえ。でもバーに来たんだから酒出すでしょ。そしたらその子、余計に泣いちゃって。
そうなんですよ。あれは失敗だったなぁ。でもね、その時、たまたま居合わせた常連さんがね……こう言ったんです。
「飲めば陽気に踊れる飲み物があるんだよ。マスター、この子に昼のやつを出してあげて」
ってね。
え? そうなんです。昼も店開けて、コーヒー出してたんですよ。その常連さんは昼も来る人だったから、それを知っててね。
そう。それがこのコーヒー。モカ・マタリです。お客さん知ってます?「みんな陽気に飲んで踊ろう、愛のコーヒールンバ」って。
そうそう。懐かしい歌でしょ。
その女の子も夜の子だから、そんな昔の歌知ってるはずもなくて。でも、コーヒー飲んだらクスクス笑いだして、元気になってねぇ。
「繁華街のバーでわざわざコーヒー飲んでる、私……」
なんて言って、ちょっとカッコつけだしてね。かわいいでしょ。
その常連さんに後で聞いたんですけど、コーヒー……カフェインって、神経を刺激するからホントに元気になる人はなるんだとか。ただ粋なだけじゃなくて、そういうとこまで考えてたってのはびっくりですよ。気遣いの人ですよね。しかも、全然その子を口説いたりしないんですよ。そこもまたかっこいいよねぇ。
それからその子、ウチに来てはコーヒーを飲む様になったんですよ。
どうです? 結構本気のドリップなんです。夜にコーヒー出す店の中じゃあ、上の方だと思ってますよ。
ありがとうございます。
ええ。そうですね。周りはスナックばっかりでしょう。そこでウチはコーヒー出すもんだから、妙に名が売れちゃって。なんとか続けられてますよ。持つべきものは常連さんですよ。
お? 噂をすればその常連さんです。直接語ってもらいましょうか。
ねえ、モガさん。
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