第21話 偽物のおまえを演じろ!
五日目。
すでに五日もルルちゃんと一緒に過ごしている。
ずるずるとこのまま帰ることもなく、ルルちゃんと住み続けてしまうのかな……。
それじゃいけないとは思うけど……。
『さっ、着いたよ、猫ちゃん!』
ベツノ村に僕とルルちゃんは来ていた。
僕はルルちゃんの横に並んで歩いている。
ルルちゃんはまだ子供だし、身体は小さい。
僕は猫としてはかなり身体大きく、ルルちゃんが抱えるには大きいだろう。
当然、移動中は僕が自分で歩くことになる。
ただ家にいる時は抱きかかえられたりすることも多いし、少しの間なら抱えて移動も可能みたいだけどね。
何が言いたいかというと、単純に逃げようと思えば逃げられるということだ。
ただ自由な行動を許されているということは、ある意味ではルルちゃんが僕を信用しているということでもある。
逃げないよね、という黙した圧力を感じるのだ。
……この子、無意識の内に計算をしているんじゃないだろうか。
いやまさか、そんな風に考えたらルルちゃんに悪い。
『さっ、行こう!』
僕はルルちゃんと共にベツノ村に足を踏み入れる。
さて僕達が何をしに来たのかというと、単なる買い出しだ。
ルルちゃんの家は農家ではあるけど作物はすでに出荷済みで、畑は放棄されている、
僕としてはもったいないし、引き継がせて欲しいなと思うけど魔物の僕には無理だろう。
それはそれとしてだ、とにかく畑の作物がないため必然的に食料を買い出ししなければならない。
そのために週に一度、ベツノ村を訪れているようだ。
ルルちゃんは慣れた様子で迷いなく通りを進むと、何かの店に入った。
店内にあったのはお肉。
ふむ、独特のニオイがする。
精肉店、という奴かな。
ちょっと血なまぐさく、何というか若干暗い印象を受ける。
肉かぁ。
そう言えば作物ばかりに注目していたけど、肉類も食料として考えてもいいかも。
ただ狩猟はどうしても手間と時間がかかるし、少数だと非効率だ。
他の方法を考えた方がよさそうだな。
……そういうことを考える前に、現状をどうにかすべきだよね。
『いらっしゃい。あら、ルルちゃん』
店員の女性が笑顔で迎えてくれた。
四十代くらいだろうか、目尻の皺が、柔和な印象を与えてくれた。
『こんにちは!』
『あら、その子は?』
『猫ちゃん! とっても賢いから、いてもいい? 外に出した方がいいかな?』
『うーん、そうね……商品に触られると困るけど。
大人しくしてるなら良いわよ』
『大丈夫! ねっ、猫ちゃん!』
「にゃっ!」
僕が答えると女性は少し驚きながら感心した。
『あら、本当に賢いのね。返事をするなんて……』
『あの、商品見ていい?』
『ええ。もちろん、どうぞ』
ルルちゃんが店内を見回る中、僕は精算台の近くで待った。
あんまりうろうろすると怒られそうだし。
『本当に賢いのね、猫ちゃん』
「にゃっ」
僕が答えると店員の女性は相好を崩した。
そんな中、奥から店主らしき男性が出てきた。
『おっと、お客さんか。うん? ルルちゃんか。
今日は何だかご機嫌だな』
恰幅がいいおじさんって感じだ。
『ええ、何かあったのかしら』
僕を見下ろす女性。
僕はそれには答えずじっとルルちゃんを見た。
確かに何だか楽しそうだ。
『少し前まではずっと塞ぎ込んでたからな……。
笑顔もなかったし、心配だったんだが』
『猫ちゃんのおかげで元気になったのならよかったわね』
『ああ。子供の泣き顔なんて見たかねぇからな……』
僕は黙して二人の会話を聞いていた。
ルルちゃんのことを見てくれている人もいるみたいだ。
彼女は完全に一人ってわけでもないんだね。
……やっぱり僕は。
『これと、これ! あとこれください!』
『あいよ! 毎度あり』
ルルちゃんは生肉と干し肉をある程度購入したようだった。
ほくほく顔で紙袋を抱えるルルちゃん。
『ありがとう! それじゃまた!』
『帰りに気を付けるんだよ!』
ルルちゃんは精肉店の夫婦に手を振ると店を出る。
僕も後に続こうとした時、
『あの子のこと、よろしくね』
女性店員に優しく、そう言われた。
僕は女性を一瞥した後、店を出た。
よろしくね、か。
僕は魔物。
ルルちゃんは人だ。
お互いに相容れない種族。
もしも僕が魔物とわかればルルちゃんは怖がるだろう。
そして村の人は僕を殺そうとするだろう。
その関係性は変わらない。
そういう世界なのだ。
ふとルルちゃんを見上げる。
楽しそうに軽快な足取りで歩いている。
やっぱり誰かが楽しそうにしている方が、僕は好きだな。
誰かが傷ついたり、怒ったり、憎んだり、殺し合ったりなんて世界は嫌いだ。
そんなの嬉しくないし楽しくない。
わかってる。みんな仲良くするなんて不可能だと思う。
けれどそうあるために努力することはできるんじゃないだろうか。
今の僕には何もできないけど。
でも……ルルちゃんを笑顔にすることはできたんだ。
だったら他の人に対しても、魔物に対してもそれはできることなのかもしれない。
……なんて夢幻(ゆめまぼろし)なんだろうか。
『猫ちゃん? どうしたの?』
僕は無意識の内に足を止めていたらしい。
心配そうにルルちゃんが僕を見ていた。
このままじゃいけないよね。
ルルちゃんの傍にい続けても、僕の問題は解決しない。
責任を放棄して、やるべきことをコボくん達に任せて、逃げるなんて選択肢は僕は掴みたくはないんだ。
だから。
僕は帰らなくちゃいけない。
けれど関わったのだから、誤魔化すわけにもいかない。
真摯に、誠意をもって彼女には話すべきかもしれない。
嫌われても、憎まれても、蔑まれても。
逃げてはいけないのかもしれない。
僕は意を決した。
ルルちゃんを見つめて、僕は口を開く。
『…………僕は』
台詞は途中で遮られた。
甲高い悲鳴で。
『きゃああああああ!』
『ま、魔物だああーーーッ!』
僕の言葉を誰かが聞いていたのか、と咄嗟に思った。
けれどそれは違った。
遠くの方、村の入り口付近でその悲鳴は上がっていた。
僕とルルちゃんは同時にその方向へ視線を移す。
『な、なに?』
魔物。
誰かがそう叫んでいた。
だったら何が起こっているのかは想像ができた。
魔王軍の襲撃部隊か?
あるいは調達部隊か?
このベツノ村にもその手が伸びたということ。
そうなったらもうおしまいだ。
正式な命令を下され、襲撃対象となったのならば、もう逃げることはできない。
村は蹂躙され、村人は殺戮される。
さっきの店員さんも、ルルちゃんもみんな殺されるのだ。
そんな……そんなの嫌だ!
誰かが傷つくのなんて見たくない!
関わった人が殺されるのなんて許容したくない!
でも僕に何ができる?
こんな猫の振りをするくらいしかできない僕に何ができるっていうんだ。
村人達が正門から逃げてきた。
『に、逃げろ! ま、魔物だああーッッ!!』
『こ、殺される! 殺されるぅぅっ!』
老若男女の村人達は恐慌状態で家や店に次々に入っていった。
そんな中でルルちゃんはその場にへたり込んでしまう。
『ま、魔物……う、ううっ……』
泣きながら身体を小刻みに震わせている。
確実に恐怖に身を竦ませていた。
過去の記憶なのだろうか。
両親が殺されたことに起因しているのかもしれない。
次々に村人が逃げる中、ルルちゃんはその場から動けない。
『じ、時間を稼ぐんだ!』
正門付近で叫び声が聞こえた。
同時に剣戟の音が響き渡る。
あれは門衛の叫びか。
「コロセ! ニンゲン、コロセェ!」
魔物達がこちらへ走ってきていた。
あれはリザードマン達。
それなりの知能に加えて、道具を扱う種族で、魔物の中でも厄介な相手だ。
硬い鱗と相当な膂力を用いて戦うトカゲに近い魔物。
はっきり言って僕では一体を相手にしても勝てない。
疾走する緑の魔物。
その手には槍や剣が握られている。
何もしなければすぐにこちらへ到達するだろう。
『あ、ああっ……あっ、こ、ここ、来ないで……!』
ルルちゃんを引っ張ろうとするが、猫の振りをしていてはそれも叶わない。
振り?
そんなもんはもう必要ないじゃないか!
僕は立ち上がるとルルちゃんを抱えた。
『きゃっ!?』
そのまま精肉店の中へ急いで入る。
『な、なんだぁ!? ま、魔物か!?』
店主の親父さんが僕を見ながら叫んだ。
しかしすぐに僕だとわかると、かくかくと口を開閉している。
わかる。驚くよね。
でも今は落ち着くまで待つ時間はない。
『ルルちゃんをお願いします!』
僕は叫ぶとルルちゃんを置いて、店を飛び出した。
ちらっと肩越しに後ろを一瞥すると、ルルちゃんが僕に向けて手を伸ばしていた。
僕は振り払うように正面へ向きなおる。
あああああ!
何してんだ僕はあああーーーっ!
人語を喋っただけじゃなく、店を飛び出すなんて!
そのまま店に隠れていればよかったんだ!
何を言われても黙って、匿ってもらえばよかったんだ!
魔物だと言われて追い出されそうになっても、この状況なら仕方ないと判断してくれたかもしれないのに!
なんで僕は!
僕はぁッッ!!
魔物達に向かって走ってるんだッ!
自分の感情がわからない。
でも意思は理解できた。
僕の絶望的なその判断に、僕自身が驚愕し、そして同時に悪態をつく。
バカだ! バカすぎる!
僕は……なんてバカなことをしようとしているんだ!
だけどもう僕は決めてしまっている。
逃げたい、隠れたい、何もしたくない、帰りたい、そんな後ろ向きな思考が次々に頭に浮かぶのに、その意見を僕が受理しない。
僕の足は止まらない。
走る速度が緩まることもなかった。
僕はもう決めてしまっている。
通りから正門にかけての状況を瞬時に確認した。
逃げ惑う村人を斬りつける魔物。
正門からはリザードマンたちが次々に侵入してきている。
門番が戦っている。あれは僕が以前話した若い門番。
彼は数人の門番と共に必死に戦っていた。
まだ死んではいない。
傷ついている人の数は十人ほど。
奇跡的にまだ全員生きている。
しかし殺されるのは時間の問題。
猶予はもうない!
やれッッッ!
「そこまでだッ! 襲撃部隊のリザードマン達!」
僕は魔物語で叫ぶ。
するとリザードマンたちが一斉にこちらへ振り向いた。
心臓を掴まれた気分だ。
鋭い視線は僕の精神に悪影響を及ぼす。
ううっ、怖いよぉ。
なんでそんな怖い目をしているんだ。
僕は内心で怯えてしょうがなかったけど、毅然とした振る舞いを見せる。
胸を張り、威風堂々といった感じで、臆しもしない。
忘れろ。自分の感情はすべてどこかへ捨て去れ。
今の僕は僕じゃない!
自分を騙せ!
自分こそ正しいと思わせるために!
奴らに信じ込ませるために!
動揺なんて微塵もせず!
演じ切るんだ!
失敗すれば何もかも終わりだ!
自分どころか村も村人も、ルルちゃんも殺される!
僕の班のみんなも処分されるかもしれないんだ!
成功しなければ何もかも壊される!
失敗は許されない!
さあ!
ワンダ!
偽物のおまえを演じろ!
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