第18話 僕、拾われちゃいました

 森の中をトボトボと歩く僕。

 魔王軍に入ってから、気の休まる時間がほとんどない。

 ああ家に帰りたい。

 帰ってマタタビをくんくんしたい。

 そんな欲求を抱きつつも、僕の足は村へ向かっている。

 すでに転移しており、ベツノ村までもう少しだ。

 着いたら人に変化しないと、と思った時、不意に僕は気づいた。


 何かの気配。

 誰かがいる?

 魔物か?

 こんなところで遭遇したら厄介だ。

 知能のない魔物なら無視すればいいけど、僕と同じくらいの知能がある魔物だと、僕がここにいる理由を聞いて来るだろう。

 それにこの場所にいるということはベツノ村を襲おうとしている可能性が高い。

 そうなったらどうすればいいのか。


 村へは行けないし種は手に入らない。

 それに……やっぱり人が襲われるのも嫌だ。

 だからといって僕にできることがあるのかと言えば……。

 とにかく確認だけでもしようと茂みから覗いてみた。

 あれは……人だ。

 ベツノ村からそう遠くはない森の中だから人がいてもおかしくはない。

 ただその人間は十歳ほどの女の子だった。

 癖のある長い金色の髪を微風で揺らしている。

 澄んだ青い瞳は潤んでいて、明らかに動揺していた。

 彼女は一人だった。

 籠を抱えて、不安そうにきょろきょろしている。


『こ、ここ、どこなのぉ……?』


 恐る恐る進もうして、元の位置に戻ってきた。

 これは……あれかな。

 迷子って奴かな。

 どうしよう。

 放っておけないし、人に化けて村まで案内するのがいいのかな。

 でもここで一度変化したら村の中で買い物する時間がなくなる。

 次に変化できるまで時間を置かないといけないから、時間を多く使うことになる。

 ……だからって困ってる人を放置はできないよね。

 そう思い、僕は変化をしようかと魔力を集め――パキッと音がした。


『だ、だれ!?』


 し、しまった!

 気づかない内に枝を踏んでしまった!

 ど、どど、どうしよう!?

 変化をする時間はなさそうだ。

 女の子は不安そうにしながらも、こちらへ近づいてきた。

 思いの外、勇気のある女の子らしい。

 見たくないけど見ないと安心しないタイプか!?

 しかしこの状況ではその勇気は出さないで欲しかった。

 くっ!

 こうなったら仕方がない!

 僕は変化をせず、そのままの姿で茂みから飛び出た。

 ただし四つん這いで。


『きゃああっ!? ……え? ね、猫ちゃん?』


 そう。

 僕は猫。

 見た目は大きな猫なのである。

 普段は二足歩行の上、喋っているから普通の猫には見えないはず。

 でも四つん這いになり、喋らなければ猫に見えなくもないんだ。


『……な、なんだかちょっと大きいような?

 服を着てるし、ちょっと変な子……』


 そう。

 僕は服を着ているし、ちょっと大きい。

 ……普通の猫の二倍くらいの身体だ。

 これくらいの猫ならいそうな気もするけど、普通の猫、とは違うだろう。


「にゃ、にゃあ」


 僕は慣れない鳴き声を出した。

 ちょっと震えていたし、しゃがれていた。

 む、難しいな。

 少女は訝しげにしながらも恐る恐る近づいてきた。

 手を伸ばすと、僕の顎に触れくる。


『…………もふもふ』


 ふむ。中々に心地がいいじゃないか。

 いいぞぉ!

 その優しい感じで撫でてくれるなら、悪くないぞぉ!

 僕は気持ちよさに目を細めて、体重を少しだけ少女に預ける。


『……可愛い』


 少女は僕に気を許したのか、さらに近づいてきた。

 両手で顎の下、耳の付け根、背中にいたるまで、僕の弱点を的確に掻いてくる。

 な、なんだこの子は!?

 この慣れた手つきは!?

 ふにゃああああああ!

 最高にゃあああああ!

 僕はふにゃりと身体から力を抜くと地面に転がった。


「にゃふぅ、にゃにゃ……ふにゃああっ」

『うふふ、気持ちいいの?』


 この少女、末恐ろしい。

 この手練手管、並の猫ならすぐに籠絡されているだろう。

 しかし僕は猫ではない。ケット・シーなのだ。

 僕には僕の誇りがある。

 ちっぽけな誇りでも!

 僕は猫ではないのだから!


「にゃふふふぅぅ……」


 あ、無理だわ。

 これ無理。

 すんごいリラックスしちゃうんだもん。

 力が入らないんだもん!

 こんな経験はじめてなんだもん!

 抵抗なんて無理!

 そもそも魔物がここまで誰かに撫でられることなんてないのだ。

 だから抵抗力がない。

 慣れていない。

 ゆえにやられたい放題なのだ。


 うへぇ……もう好きにしてぇ……。

 と、地面に転がってされるがままだった僕だったが、途端に何の感覚もなくなった。

 どうやら少女は僕を撫でるのをやめてしまったようだ。

 僕は未練がましく少女の手を見ていたが、はたと気づいてすぐに立ち上がった。

 あ、二足じゃなく四足でね。


『ありがとね、猫ちゃん。ちょっと元気出たよ……』

「にゃあ……?」


 僕は首を傾げて少女を見上げる。

 少女はふっと笑うと、困り顔を見せた。


『ルル、迷子なんだ。村に帰りたいんだけど……道わからなくて』


 少女の名前はルルちゃんというらしい。

 やっぱり迷子だったか。

 時間的にはもうすぐ夕方くらいだろうか。

 夜になると危険だ。

 魔物がいなくとも獰猛な動物はいるし、人間の山賊や盗賊はいる。

 子供が一人でいれば簡単に殺されてしまうだろう。

 さすがに放ってはおけない。


「にゃっ!」


 僕はルルちゃんに声をかけると、村の方へ歩いた。

 そして振り向き、もう一声かけると進む。


『ついて来てって言ってるのかな……?』


 おお、言いたいことが伝わったみたいだ。

 ルルちゃんは心配そうにしていたけど僕の意図を汲んでくれ、ついてきた。

 歩き出して十分ほど経過すると背後からルルちゃんの声が聞こえた。


『あれ? ここら辺、見たことがあるかも……?』


 僕は、よかったねと思いながら村への道を行く。

 二十分くらい歩くと村へと延びる街道に出た。

 遥か遠くに村が見える。


『やった! 村が見えたよ! ルルの家は、村の近くにあるんだ!』


 ルルちゃんが指差す先にはベツノ村があった。

 商人や旅人の姿が何人か見えた。

 ベツノ村は交易が比較的盛んらしい。


『ありがと、猫ちゃん!』

「にゃ!」


 いいってことさ、とばかりに僕はニヒルに鳴き声を出した。

 さて、僕の役は終わった。

 一旦森に戻って、変化してから村に入ろう。

 と思ったのだが。

 いきなり僕の身体が浮かんだ。

 おお!? なんだ!? 天変地異か!?

 と、よくよく見るとルルちゃんによって抱き上げられていた。


『猫ちゃん、お礼したいから家に来て!』

「にゃにゃっ!?」


 丁重にお断りしたいのに、僕の願いはルルちゃんに届かない。

 何を言っても、ルルちゃんは鼻歌を歌いながらスキップで村へと向かうだけだった。

 くっ、存外にこの子、腕力がある!

 僕は子供には重いはずだ!

 なのに持ち上げて、離そうとしない!

 思いが伝わらないってもどかしい!

 はーなーしーてーッ!


 僕の思いとは裏腹に、ルルちゃんは僕を抱いて村へと向かっていく。

 僕は諦観のままに暴れることなく、ルルちゃんの気が済むまで待つことにした。

 気分は連れ去られる仔牛の気分だった。

 ルール―ルールー……。

 バイバイ、みんな。

 僕は人間の女の子の飼い猫として生きるよ――

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