第17話 人間に興味があるのでは?

 僕達は廃村に到着した。

 家屋は二十程でやや小さな村だ。

 土地の一部は畑になっていて、チカイ村の畑よりやや小さい程度。

 大半の家屋は半壊。

 どうやら火事で焼け落ちたようだった。


「以前、軍の魔物達が襲撃したということです。その後は放棄されているようですね」


 ジットンくんは淡々と補足してくれた。

 魔王軍の手によるものだったのか。

 見たところ人の手もまったく入っていないようで、白骨死体もあった。 

 ……嫌な気分になっちゃうなぁ。

 こういう場所は陰鬱な気分になってしまう。

 はぁ、みんな幸せになる方法なんてないのかなぁ……。


「どうかしましたか?」

「いや、何でもない」


 訝しげなジットンくんの視線を気にしないように、僕は畑に視線を移した。

 枯れた作物の残骸がある。

 多分、魔物達が奪っていったんだろう。

 火は届いていなかったようで、畑部分は比較的綺麗な状態だった。

 ドーラちゃんが畑の様子を見てくれた。


「どうだ?」

「土は悪くないわね。畑としても申し分なさそうだわ。

 辺り一帯の土も微精霊が活発で、栄養も豊富だわ」

「前も聞いたが、微精霊っていうのは?」


 以前にも聞いた言葉だ。

 何となく予想はつくけど、一応聞いてみた。


「自然に宿る精霊のことよ。微精霊が多く、活発であればその自然は肥沃であるってこと。

 まあ、土や木々以外に関してはあたしは専門外だけどね」


 ドライアドの見た目からして納得いった。

 樹木の姿をしているし、それに属する精霊にしか干渉できないんだろう。


「調べた感じ前回よりも楽に作物を育てられるわね。

 あたしは土の妖精を連れてくるから、以前と同じようにあんた達は準備しておいて。

 あ、肥料はいらないわ。もう十分、微精霊はいるから。

 種とか周りの整備とかお願い。それじゃ頼んだわよ」


 ドーラちゃんは一息に言うとさっさと去っていった。

 さすがというかマイペースというか。

 でもやる気を出してくれているのは嬉しい。


「あの魔物、どうしてあんなに偉そうなのですか?

 この班の長であるワンダ班長に指示をするなど!」


 ジットンくんがやや不満げに言い放った。

 確かに立場的には僕が上だ。

 ただいきなり昇進しただけだし、ドーラちゃんが言っていることは正しい。

 その上、彼女がいなければ作物を育てるということは不可能だ。

 僕は形式上班長だけど、知識や技術、コネなどを考慮すればドーラちゃんが班長でもおかしくない。

 というかそうなって欲しいくらいなんだけどな……。

 昇進を断ったらどうなるか、言わずもがなだ。

 それにさ、ジットンくんだってさっきは僕に反抗したわけだし?

 どっちもどっちじゃない?


「ドーラちゃんはあれでいい。彼女の役割は重要だからな」

「し、しかし」

「重要なのは任務を達成することだ。他事は気にするな。いいな?」


 僕はやや威圧的に言った。

 いや、だってこの子、そう言わないと納得しなさそうだし。

 まあまあ、いいじゃないそれくらい、なんて言おうものなら、余計に勢いを増して意見を言いそうだし。


「ワンダ班長がそういうのであれば……わかりました」


 僕の予想通り、ジットンくんは不満顔ながらも無理に納得した様子だった。

 今後のことを考えるとちょっと大変だなぁ。

 こういう真面目なタイプは、あまり関わったことがないから後が怖いというか。

 とにかく彼の信頼をある程度は保つようにしないと。

 後々、言うことを聞かず暴走する、なんてことになったら目も当てられない。


「なあなあ、ワンダ。それでこれからどうするんだ?」


 コボくんがのほほんと言った。

 ジットンくんがギラリと眼光を走らせるが、僕は両手で彼を諌める。

 一々、目くじら立てなくてもいいのにと思うけど、軍隊においてはジットンくんの考え方が正しい。

 ただ今さらそういう軍人らしさ、なんてものを僕達が振る舞えるわけもなく。

 彼にとりあえずは飲み込んでもらうしかない。


「まずは畑を耕す。放棄されている状態で枯れた作物があるからな。

 当然、畑の広さが足りないから近くの家屋を解体して広げる必要があるな。

 ジットンくんは腕力や体力に自信は?」

「私は、その……頭脳派といいますか」


 肉体労働はあまり得意ではないみたいだ。

 まあ見た目とか言動でそうじゃないかと思ってはいたけど。

 僕も得意な方じゃないし、言えた義理じゃないけど。


「魔術はある程度使えますが」

「どんな魔術を?」

「重力系と能力向上系を」


 重力系は対象の重力をある程度、操作できる。

 つまり軽くしたり重くしたりできる。

 能力向上系は身体能力を向上させることができたり、魔力を一時的に増加させたりする効果がある。

 いわゆる補助魔術系統だね。


「丁度いいな。残骸の運搬や農耕には持って来いじゃないか」


 僕が言うと、ジットンくんは得意気に胸を張った。


「私は身体能力があまり高くはないので、その補助をするべく覚えました。

 ふふふ! 頭脳とこの魔術により向上した身体能力があれば完璧だと思いまして!

 …………ただ使える回数は少なく、効果時間は短いんですが」


 最後に呟いた言葉は聞かなかったことにしよう。

 ジットンくんは「こほん」と咳払いをすると無理やりに話題を変えた。


「しかし畑の範囲を広げ、耕したとしても種がありませんね。

 村内に残っているとは思えませんし」


 ジットンくんの言う通りだ。

 場所はあっても種がない。

 当然、種がなければ作物は収穫できない。


「田はないので、米などは育てられませんね。

 この一帯ですとジャガイモなどのイモ類、ダイコンなどの根菜、カボチャなどのウリが主となっておりますので、周辺の村を襲えば得られるやもしれません!

 ちなみに現在我々がいる森林は広義ではウエストランドに位置していますが、正確にはどこかの小国の領土に当たるかと思います!

 第三次魔大戦以降、人間界における各国の領域は非常に曖昧で、三大国以外にも存在している、あるいはしていた小国の領土も含むため、現在の国土線はまだ確定していないと聞き及んでいます!

 位置的にはスモル皇国辺りが近いかもしれませんね!」


 ジットンくんは得意顔でつらつらと説明を続けた。

 なんという滑らかな説明だ。

 というかすごく楽しそうだ。

 僕は虚を突かれて呆然と彼の顔を見つめた。

 コボくんは疑問符を浮かべたまま首をかしげている。


「しかし農業とは非常に興味深いですね!

 私は独自に調べていますが、人間は種子から作物を育てることを生業としています!

 作物だけでなく畜産、工芸、鍛冶などなど人間は色々な物を作り出す文化があります!

 下等な人間ですが、この部分においては魔物以上の……いや失礼、魔物とは異なり、何とも好奇心をそそる生態がありますね!」


 はあはあと興奮した様子で一息に言い終えたジットンくんは、はっとする。

 そして僕達を見ると、わかりやすいほどに「しまった」という顔をした。

 そして即座に僕達から視線を逸らした。


「……と、だ、誰かが言ってたのです」


 誰かとは存在しないのではないでしょうか。

 なんという正直者。

 あれだ。多分、彼は嘘を吐けないタイプだな、うん。


「ジットンくんは人間の生態に興味があるのか?」

「わ、わわ私が!? に、人間に!? あ、あるわけがありません!

 なな、なぜ高貴な魔物のわ、私が人間なぞに興味を持つのですか!?」


 動揺しすぎでしょうよ。

 見ているこっちが心配になるよ……。


「ないのか?」

「あ、ああ、ありません!」


 いや、あるでしょ!

 じゃないとそこまで調べないでしょ!

 しかも自分で興味深いとか好奇心をそそるとか言っているじゃないか!

 なんてことは言わない。

 だって面倒なことに首を突っ込むことになるからね!

 ここは穏便に、知らぬ存ぜぬを通そう。

 でも彼が人間や、農業に詳しいというは助かるね。 

 一から教えたり、指示をする必要がないからだ。


「とにかく作業を始めようか。

 コボくん。すまないが一番の重労働を任せることになるが……」

「おお? おお! 任せろ! おいら力だけが自慢だからな!

 遠慮せず、ガンガン指示してくれ!」


 何ていい子なんだろう……。

 僕はちょっと内心で感動しつつ、指示を飛ばした。

 コボくんには家屋の解体作業を任せることにした。

 村の荷車に建材を乗せて村の端に運搬させる作業だ。

 ジットンくんには魔術でコボくんを補佐してもらいつつ、解体作業も手伝ってもらうように頼んだ。


「――その作業が終わったら畑の範囲を広げて、耕せ。

 ドーラちゃんが戻ったら畑の土を活性化してもらうように。

 その間、おまえ達は他の家屋の解体だ。

 それと白骨死体は別の場所に移動させておくように。丁重に扱うんだぞ」

「了解だぞ!」

「それは構いませんが、白骨死体はどうするのですか?」


 どうするもなにも弔うに決まっているんだけど。

 まあ言えないよね……。

 となるとアレしかない。

 僕は威圧感を強引に演出して、鋭い視線をジットンくんへと向ける。


「すべてを話す必要があるか?」


 威厳ありげに、何か裏がありそうな言葉と動作を見せる。

 しかし、これはただの誤魔化しである。

 わかるだろう? 言わなくてもなぁ?

 というどこぞの無能な上司と同じ対応をしているのである。

 言わなきゃわかりませんよ、僕はあなたじゃないんでね、とか言われないかちょっと心配だったけど、ジットンくんは良いように勘違いしたようで、恐縮したように敬礼した。


「い、いえ! 失礼いたしました!」


 ごめんね。ジットンくん。

 でもこうしないとお互いにほら、ギスギスしちゃうしさ。

 多少威厳を見せないと、君は納得しないみたいだからさ……。

 僕は心の中で冷や汗を掻きつつ、鷹揚に頷いた。


「オレは種を仕入れてくる。

 どれくらいかかるかわからんが帰ってくるまでの間、作業をしておくように」

「はっ! ワンダ班長殿が帰ってくるまで、寝る間を惜しんで解体作業を終わらせておきます!」

「愚か者!」


 僕は一喝した。

 さすがにこれは見過ごせない。

 なんてことを言うんだジットンくんは!

 僕は内心で憤慨しながらジットンくんを睨む。

 するとジットンくんが慌てふためき再び敬礼をした。


「し、しし、失礼しました! あ、甘えが出てしまいました!

 帰ってくるまでに、す、すすべての作業を終わらせます」

「何を言っている? 無理に作業を進めても非効率だろう!

 ダラダラと作業をしなければ問題ない!

 きちんと休憩し、食事はしっかりと、そして夜はちゃんと休むように!

 これは命令だ! わかったな!?」


 ジットンくんは、驚きに目を見開き、我に返ると敬礼を継続した。


「か、かしこまりました!」


 僕達のやり取りを見ていたコボくんは、ジットンくんの真似をして敬礼をする。


「かしこまったぞ!」 


 僕は満足そうに頷く演技をして、彼等に背を向ける。


「では後は任せたぞ」

「ご武運を!」

「いってらっしゃーいっ!」


 畏まるジットンくんと元気に手を振るコボくん。

 両極端の見送りを受けて、僕は廃村から旅立つ。

 ……何なのこれ。

 なんか演技が恥ずかしくなってきたんだけど。

 でもさ、僕はふざけているわけじゃないんだ。

 ジットンくんには毅然とした態度を見せないといけない。

 じゃないと、また最初みたいに怪しまれてしまう。

 盲目でもいいから、優秀っぽい上官を演じなければ。


 それにきちんと指示をしておかないと無理に作業を進めて、おかしなことになりそうだしなぁ。

 まあでも、人間に興味がありそうな魔物でよかった。

 人間をものすごく嫌って見下している魔物だったら、農作業なんてしないだろうし。

 どうして人間と同じことをしないといけないのか、とか言いそうだからね。

 不幸中の幸いって奴かな。

 それよりも問題はこれからだ。

 廃村からしばらく歩くと僕は空を仰いだ。


「勢い余って廃村を出てしまったぁ……」


 特に何か考えがあるわけじゃなかった。

 ただジットンくんと一緒に行けば、村を襲おうとか言いそうだし、僕だけで行動するというのは間違っていなかった気がする。

 ただ、どうするかなぁ……

 前回手に入れた作物の種を保管していればある程度は楽だったんだけどさ、それも無理なんだよね。

 だってジャガイモはある程度村に残したし、残りは納品した。

 だから種芋にする分はないんだよね。

 数が少ないと納品量に足らなかったしさ。

 トウモロコシなら種子は大量に手に入れられたし、もったいなかったとは思うけど。

 人間界のどこかに保管しておいて、次の作物を育てる機会に使えばよかったなぁ。

 あの時は必死で考えてなかったな、反省だ。

 今回は少し残しておくようにしておかないとね。

 とにかく、種を手に入れる方法を考えないと。

 前回みたいにどこかの村で種を手に入れる、というのが妥当な案だろうけど。


 所持金は金貨十枚。

 これじゃ種を買えやしない。

 そもそも六百食分の種なんて売っているんだろうか。

 あのベツノ村にあった雑貨屋に種があったのは運が良かっただけかもしれないし。

 ……この付近には大きな村や街はない。

 となるとベツノ村に行くのが一番近いということになる。

 一回転移場に戻って、転移してからベツノ村に行く方がいいか。


 ちょっとこんがらがるので整理すると、チカイ村の近くの転移場、ベツノ村の近くの転移場、廃村の近くの転移場はすべて別の場所だ。

 そしてそれぞれが、ジットン君が言っていたスグダ森林内、あるいは付近に位置している。

 つまり結構近い場所ってことだね。

 魔界にある東西南北の転移場それぞれで、転移できる場所はある程度固まっている。

 一つの転移場からは複数転移できて、僕達が使っている転移場はスグダ森林付近に転移するわけだ。

 もちろん他の転移場を使えば、また違う転移場へ移動できる。

 ただ他の転移場って、転移する場所は村が多めの場所だったり、逆に荒野のように人がいない場所だったりすることが多くて、畑を作るのには向いてないんだ。

 村が近いことが多いから僕達みたいな下級の魔物が行くと危険だしね。

 まあ、ということで僕達は同じ転移場を使って、スグダ森林近辺を主に行動範囲にしているというわけだ。


 さて話を戻そう。

 とりあえず一度、ベツノ村に足を運ぶか。

 それでダメならチカイ村近くの転移場に転移して、離れた場所にある大きめの村に行くしかない。


「我ながら行き当たりばったりだよねぇ……」


 自省するも、どうしようもない。

 そもそもこの任務は無茶なのだ。

 無茶を為すにはどうしても行き当たりばったりな行動で解決することになる。

 用いる手段は少ない。

 その中でやりくりするしかないのだ。

 前回は偶然が重なり何とかなったけど、今回はどうだろうか。


 正直、もう無理じゃないかと思わなくもない。

 だけど諦めるわけにはいかないのだ。

 自分の命だけでなくみんなの命もかかっている。

 あのオクロン隊長のことだ、前回は褒めていたけど、今回失敗したら手のひらを返すに決まっている。

 簡単に、処刑だなんだと言ってきそうな気がするのだ。

 だから逃げるわけにもいかず。

 僕は深い、それは深いため息を漏らして転移場へ向かった。

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