第16話 頭がこんがらがってきた

 僕が内心で安堵のため息を漏らしていると、ドーラちゃんがパンッと手を叩いた。


「さっ、話は終わりね。じゃあワンダは指示をして頂戴」


 君はクールだね。

 僕はね、もう少しで終わるところだったんだよ。

 処刑されるかもしれなかったんだよ!

 という胸中はおくびにも出さず、冷静に答える。


「ああ、そうだな。とにかく作物を育てる方向で行くのは決定だ。

 ただドーラちゃんに聞きたいんだが、以前のように手伝ってもらうことは可能か?」

「もちろん。一応、あたしも魔王軍の兵士だからね。

 それに今回からは任務だから報酬はいらないわ。でも前回のは貰うわよ?」

「ああ、もちろん。先に返しておこう」


 僕は懐から魔金貨を二十枚出すとドーラちゃんに渡した。

 彼女は金貨を数えると懐に入れた。


「確かに、これで借金はなしね。で、今回のことに関してだけど。

 まず場所がないわね。前回は畑があったけど、今回は広い場所を探す必要があるわ」

「……魔界内になら土地はいくらでもあるんだが」


 転移場から転移した場合、人間界の森や山に出ることになる。

 一応、不可視の装置はあるが人気の多い場所に転移場を作るわけにはいかないからだ。

 そこから広い場所に行くにはかなりの時間がかかる。

 チカイ村のように畑がすでに作られている場合は、そこを再利用すればいい。

 だがそう都合のいいことは何度もない。


 元々、チカイ村は森を切り開いて村を作っていた。

 だから土が痩せていたとしてもすでに土地があったため、僕達は畑を再利用できた。

 しかし他に同じような場所があるかと言えばそうではない。

 まず僻地の村があったとしても広大な畑があるとは限らないし、そもそも僕が知っている村の中でチカイ村のようにきちんとした大きな畑がある村はない。

 また大きな畑がある村は、領主が管理している傾向にあり、何か問題があればすぐさま討伐隊、衛兵が派遣される。

 加えて、人間界において開けた広大な土地がある場所で畑を作れば、単純に目立つ。


 人間に見つかってしまう可能性を考えると、実はチカイ村での農耕は非常に危険でもあった。

 ただ僕のわがままと、村人達が近くの村へ逃げた場合、戻ってくるまでの時間を計算して、猶予があると考えての行動だった。

 つまりすべては都合よく、偶然上手くいったということであり、二度目はないということでもある。

 このような前提があるからこそ、僕は魔界内の土地のことを示唆したのだ。

 まあ、返答は予想しているけど。

 僕の言葉にドーラちゃんの表情は険しい。


「無理ね。魔界内の土地は魔物に汚染されているからほとんど枯れているわ。普通の土に戻すのにはかなり時間と労力、手間を要するでしょうね。

 迷いの森内に畑を作るような場所はないし、他の魔物に目撃される可能性がある。

 それに迷いの森は色々な魔物や植物や動物が生息していて、畑を作るにはあまり向いていないのよね。

 当然大渓谷は土地的にも安全的にもダメね」

「やはり人間界側で土地を探すのが妥当か」


 僕とドーラちゃんは同時に唸った。

 畑を作る手段はあれども場所がない。

 そもそも魔物が作物を育てるというのは環境的にも向いてはいないのだ。


「なあなあ! だったら木をぶっ倒して畑を作ればいいんじゃないのか!?」


 確かにそれは開拓という点では基本的なことだ。

 だが、現状を考えると難しい。

 ドーラちゃんが呆れた顔で言った。


「問題があるわね。時間も手も足りないもの。

 前回のように土が枯れていなくても土に微精霊を住まわせることは必ず必要よ。

 前回使った、枯れた土を元に戻すために使った最初の一週間分に余裕があっても、その一週間で畑を作るのはさすがに無理ね。

 今回は六百食分だから、単純に前回の二倍の土地が必要なわけだし、手が足りない。

 土の妖精達を増やせばある程度は短縮できるけど……。

 畑を作る段階から始めれば、まず間に合わないわね。

 それとただの土からだと無理。ある程度、畑に適した場所じゃないと」


 僕も同意見だ。

 木を切り倒して根を完全に除去するという作業はかなりの重労働だ。

 コボくんがいかに腕力と体力に自信があっても不可能だろう。

 というか多分、コボくん以外はあまり戦力にならないと思う。

 ジットンくんは肉体派って感じには見えないし。

 つまり前提として、広い場所、しかもすぐに畑にできるような土地が必要だ。

 あるのかな、そんな場所。


「ワンダ班長殿! このジットンに思い当たる場所がございます!」


 ビシッと手を真っ直ぐ上げるジットンくん。

 さっきのやり取りがあってからか、ジットンくんの姿勢がおかしい。

 なんというか、真面目さに拍車がかかっているというか。

 これってやっぱり、僕に対して間違った認識を持ってしまっているよね……。

 妙に慇懃というか、敬意を持っているというか。


「そ、そうか。どこだ?」

「南西転移場にてスグダ森林南西部分に転移後、二時間ほど移動すれば森林内にある廃村がございます。

 そこに広めの畑があったかと。

 六百食分には及びませんが、家屋を打ち壊して土地を広げれば、森を切り開くよりも時間の短縮になるかと思いますが」


 廃村か。

 スグダ森林は僕達が以前行った場所だ。

 チカイ村、ベツノ村も同じ地域。

 ただ魔界の転移場から人間界の転移場への転移は固定じゃなく、複数の転移場へ転移が可能だ。

 以前はスグダ森林西部の転移場に転移したので、ジットンくんが言っている場所とは違う。

 距離的には徒歩で一週間はかかる感じだろうか。


 ジットンくんの提案は悪くないな。

 畑もあるようだし、その周辺の土も畑として適しているだろう。

 規模が小さくとも、家を潰して土地を確保すれば、可能性はあるかな?

 ただ畑の規模が十分に得られるかは見てみないとわからないな。

 いやそれでも、大量の木々がある土地を一から切り開くよりは圧倒的に時間がかからないはずだ。

 他にめぼしい場所はないし。

 決まりかな。


「わかった。ジットンくん。そこへ行くとしよう」

「かしこまりました! では転移場へ向かいましょう」


 誇らしげに胸を張り、僕達を先導するジットンくん。

 彼の背中を見て、僕は何だか申し訳がない気持ちになった。

 コボくん、ドーラちゃんに続いて、ジットンくんまで巻き込んでしまうことになってしまった。

 しかもみんなを僕は騙しているのだ。

 僕はなんていけない魔物なんだ。

 仲間を騙すなんて……。


 ……ん?

 あれ? 

 でも任務のために作物を育てるってことはみんな納得しているし、人を敢えて殺さないってことにも賛同はしているわけで。

 一応はみんな理解はしているってことになるのかな。

 いやでも僕はただ単に人や魔物を傷つけたくないし、死にたくないと思っているだけで、魔王軍に貢献しようと思っているわけじゃないわけだし。

 やっぱり騙していることになるじゃないか。


 うーん、でも全部が全部嘘ってわけもないし。

 あー、だめだ。

 最早どこまで騙しているのかわからなくなってきた。

 なんかみんな色々と勘違いしている気もするし。

 頭がこんがらがってきた。

 とにかく現状や自分の行動を嘆いても、どうしようもないのだ。

 自分にやれることは全力でやる。

 それしか僕にできることはないのだから。

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