第15話 色々勘違いしてませんか?
僕にある選択肢は、今のところ二つ。
一つ目はオクロン隊長の命令通り、村々を襲って食材を奪う。
だけどこれは現実問題、不可能だ。
まず戦力が足りない。
それなりに大きな村を襲った場合、僕達四体だけではまず村を襲っても返り討ちにあう。
小さな、例えばチカイ村のように憲兵がいないような閑散とした村を襲えば、前回同様に無傷で奪える可能性はある。
しかし、それでは実入りが圧倒的に少ない。
六百食分の食料を手に入れるなんて夢のまた夢。
それに、そもそもの話、僕は村を襲いたくはない。
人を傷つけたくないし、正直に言うと、前回の村の人達を追い出したことがトラウマになっている。
もうできればやりたくない……。
だからこの選択を僕はしたくない。
では二つ目。
前回と同じように作物をどうにかして育てるということ。
本音を言えば、僕の心境としてはこちらを選択したいと考えている。
当然だろう。
だって労働に対してきっちりとした対価が得られ、且つ安全で誰も傷つけない。
最も安全で確実な方法なのだから。
問題点は幾つかある。
まず、ドーラちゃんとコボくんが手伝ってくれるかどうか。
コボくんは多分手伝ってくれそうな気がする。
彼はとっても気持ちのいい性格をしているし、疑うということを知らない。
純粋でとてもいい子だ。
だから僕が言えば「おう! いいぞ!」とか言いそうな気がする。
ドーラちゃんは報酬を支払えば大丈夫かもしれない。
ただ前回の報酬分はまだ借りているし、その分を返さなければならない。
特別報酬としてある程度の収入があったので、返せなくはない。
ただ結構カツカツではある。
前回の種購入代が魔金貨二十枚。前回の時点では僕の全財産だった。
それに加えてドーラちゃんに借りたお金分が魔金貨二十枚。
そして現在の所持金は特別報酬で貰った魔金貨三十枚。
二十枚をドーラちゃんに返せば魔金貨十枚が手元に残る。
もしも作物を育てるということになったらまた種が必要だ。
前回は金貨二十枚を使って約三百食分の種を買った。
仮にドーラちゃんへの借金を待ってもらったとしても、村に残した作物分を加算したとしても金貨三十枚で六百食分の種を購入できるかは疑問だ。
もしも購入分のお金があっても、種自体があるかもわからない。
前回は偶然手に入れたけど、種を売っている店自体は多くはない。
そして最大の問題はジットンくんである。
僕は隣に並ぶジットンくんを見た。
彼は羽をパタパタと動かして空を移動している。
あまり飛行力はないのか、高度は低い。
「ワンダ班長」
「え?」
不意に声をかけられ僕は素っ頓狂な声を出してしまう。
ジットンくんは怪訝そうに僕を見ていた。
「失礼ながら、指針を立てて頂きたいのですが」
「あ、ああ。そうだったな」
早速来たか。
まあ、班長である僕が行動の指針を立てるのは当たり前だ。
どうしよう。
彼の性格や考え方、何をもって魔王軍で働いているのかとか、まったくわからない状態で、判断を下すのは難しい。
作物を育てるという方向で行動したいけど、ジットンくんが納得できる理由を僕は用意できるだろうか。
先延ばしにしようにも転移場が近いため、人間界へ到着するまでの時間は短い。
どうする!
どうすりゃいいの!?
すると突然コボくんが口火を切った。
「なあなあ! ワンダ! 今回も作物を育てるんだよな!?」
ん?
「いやあ、前回の農業? だったっけ? 楽しかったぞ!
おいしかったし! またあんな風に働きたいぞ!」
んん!?
僕はあまりの事態に硬直してしまった。
んんんんんっ!?
この子、何を言っているの!?
なんでいきなり前回のこと暴露しちゃってるんだ!
いや、コボくんならそうなって当然なのだ。
だって彼は何も悪いことをしているとは思っていない。
前回が作物を育てて成功したのだから、今回も同じようにすると考える方が自然である。
そんなことにも気づかず、僕は今後の作戦を考えるために思考に耽りすぎていた。
つまり出遅れたのだ。
時すでに遅し。
もうコボくんの発言は取り消せない。
「作物……? 育てる? 農業? 班長。どういうことですか?」
ジットンくんの視線が僕に突き刺さる。
この子、かなり目つきが悪いせいか睨まれると中々に迫力がある。
しかし、目を逸らすわけにはいかない。
内心では逃げてしまいたいが、一度でも情けない素振りを見せれば、僕への評価は気弱で情けない魔物、というものになってしまう。
それでは僕の虚勢が意味をなさない。
今までの努力も演技も水の泡だ。
例え中身がただの小物でも、演じることをやめてはいけない。
もう後には引けないのだ。
バレたら死!
隊長に報告されたら死!
こうなったらもう誤魔化しはきかない。
やるっきゃない!
僕は自信満々に、そしてちょっと威厳なんか見せたりして、仰々しく口を開いた。
「そうだ。ジットンくんは前回の我々の功績を知っているか?」
「……ええ。確か一ヶ月で三百食分の食料を人から奪ったとか」
「事実は違う。人の村を襲ってはいない。だが三百食分は用意した」
ジットンくんの目が細くなる。
彼は僕を疑っている。
怖い。もうヤバい。いきなり危険な状態だ。
でも、僕は進む。
ここからはハッタリと勢いと虚勢で行くしかない!
コボくんはよくわからないとばかりに首を傾げていた。
しかし空気を僅かにでも察したのか、口を挟んでくることはなかった。
ドーラちゃんは無表情で見守っている。
「それはどういうことですか? まさか嘘の報告をしたと?
もしもその通りならば、私は上に報告せねばなりません」
確固とした決意が瞳に宿った。
ああ、やっぱり真面目なタイプかぁ。
こういう性格の魔物を言いくるめるのは骨が折れそうだ。
でも不可能じゃないはず。
そう信じるしかない!
「嘘? オレは嘘なぞ吐いたことなぞない」
ごめんなさい。嘘だらけです。
「前回、オレ達が与えられた任務はなんだったか知っているか?」
「……確か、一ヶ月で三百食分を調達するという内容だったかと」
「そうだ。そこに【人の村を襲い】とか【人を殺し】とか【人から奪い】などという前提はない。
つまりオレ達が村を襲わず、人を殺さず、人から奪わずに食料を調達したとしても違反にはならない」
「確かに……ですが隊長は勘違いしてらっしゃいました。なぜ訂正をなさらないのですか?」
そうなるよね。
僕が逆の立場でも、だったらきちんと説明しろ、って思う。
「そうすることに何の意味がある?」
「事実を報告するという義務を果たせます」
「なるほど、確かに事実を報告する、それも大事なことだろう。
だがそれをすればどうなる?」
ジットンくんは顎に指を当てて考え込んだ。
数秒後に答えが返ってくる。
「あなた方は処刑になる」
「なぜ?」
「なぜって……村を襲い、食料を奪うことは魔物にとっては当たり前のことです。
それをあえてやらなかったことは、魔物の道理に反しています」
「そんな道理はないな。確かに魔王様は人を殺せ、滅ぼせと言っている。
だがオレ達の任務は調達だ。人を殺すことは二の次。
肝要なのは物資、特に食料の調達だろう?
では処刑になることに道理はあるか?」
恐らく処刑になることはないだろう。
実際に食料を調達はしているのだから。
ただ立場は危ういし、何かしらの処罰は与えられるかもしれない。
それに加えて二度と同じ手段を講じることを許可されない。
そうなったら終わりだ。
だから僕はできるだけその状況を回避したい。
というのは希望的観測だ。
オクロン隊長に報告したら、処刑されそうな気がするなぁ……。
隊長は、激情型っぽいもんねぇ……。
しかしこれはあくまで現時点での話だ。
今後、実績を残していけば、もしかしたらまた反応は違うかもしれない。
僕の言葉にジットンくんは再度の思考。
そして答える。
「確かに処刑は行きすぎかもしれないですが、しかしやはり魔物の歴史を鑑みるに、あなたの行動は正しい方法とは言えないのでは。
それに最初の質問に答えていません。
なぜ訂正しないのかということに」
「訂正すれば、必ずこの方法は禁じられるからだ」
なぜならば人を殺さずに物資を調達するなんて考えは魔物にはないからだ。
あくまで魔物の中で一般的にはという話ね。
だから村を襲い、人を殺して奪ってこい、という命令を改めてされるだけで終わるだろう。
それをわかった上で、僕は賭けに出た。
これは【僕は敢えて訂正せずにいる】と言っているようなもの。
つまり虚偽の報告をしていると同義だ。
しかし、真面目な彼がどう反応するのか予想はできた。
「つまり故意的に隠した、そう言うことですね?
これは……見過ごせません。やはりオクロン隊長殿に」
「それで、魔王軍に利益はあるのか?」
踵を返すジットンくんの背中に僕は声をかけた。
彼はその場で足を止める。
「……何を」
「確かにジットンくんの行動は正しい。だがそうしたとすれば魔王軍に何の益がある?
村を襲う、人を殺す、物資を奪う、それはオレ達調達部隊の為すべきことではない。
その行動を前提にした場合、任務を達成できない可能性が著しく高くなる。
それでは本末転倒というもの。
オレ達がすべきことは物資の調達だ。そこに貢献すべく、オレは作物を育てた。
その方が効率的だし、圧倒的に得られるものが多いからだ。
結果、一ヶ月で三百食分を用意した。少数でだ。
それは村を襲い、人から奪って可能なことか?」
「…………不可能でしょう」
よし。彼は冷静に物事を判断できるタイプだ。
感情を優先する性格だったら終わっていた。
「オレは虚偽の報告はしていない。魔王様に反旗を翻してもいない。
そして、魔王軍の規範にも反せず、加えて多大な貢献をしている。
その方法が今までにない【新しい方法】だったとして、それが何の問題になる?」
本当は敢えてこういう作戦をとっただけだ。
しかも成り行きで、たまたま。
でも結果的には僕が言っている通りになっているはず。
無茶苦茶な理論だ。
でも【魔王軍にとって利益があるように行動している】という筋は通っている。
これは裏切るつもりはなく、新たな手段を用いて、貢献しようという忠義に通じる理念も含まれている、と考えてもおかしくはない。
ただしそれは【まだ】一般的ではないし、理解される可能性は高くない方法だというだけだ。
まっ、実際はないけど。そんな義理や忠義は。
あー、心臓が痛い。
バクバクいってる。
心臓が破裂しそうだ。
頼むから、全部解決してくれっ!
そんな僕の思いとは裏腹に無言のジットンくん。
コボくんは僕とジットンくんを交互に見ている。
そんな中、ドーラちゃんは嘆息して、口を開いた。
「あたしはワンダに賛成よ。実際、ワンダのしたことにあたしは賛同して手伝った。
コボは、どうか知らないけど……でも任務に忠実に従ったからこそのこと。
間違ってもいないし、魔王様の意に反してもいないでしょう?」
ナイス、ドーラちゃん!
援護ありがとう!
僕は内心でそうだ! そうだ! と叫んでいた。
「おいら頭悪いからよくわからないけど、みんなで作物を育ててすごく楽しかったぞ!
それに隊長もすごく喜んでいた! おいら達、すごく頑張ったんだ!
おいしい作物もできたのに、やっちゃダメなことだったのか?」
「そ、それは……」
コボくんは子供のように純粋な視線をジットンくんに投げかけた。
さすがの彼も、あまりに真っ直ぐな言葉に狼狽えたようだった。
なんかみんなを巻き込んで申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
発端は僕。
でも……コボくんもドーラちゃんも、僕とは違った理由で手伝おうと思ってくれたんだよね。
最初は僕が騙した部分も沢山あったけど。
今は、少しは違うんだろうか。
かと言って、僕が悪いという点はなくなりはしないけど。
ジットンくんは思案している。
何を考えているのだろうか。
不安だ。
やっぱ、報告する!
って言われたら終わりだし。
僕は待った。そしてその時は来た。
「…………確かにご説明通りです。
現在の魔王軍の態勢だと、作物を育てるという方向性には反発が多いかもしれない。
それに報告に関してもワンダ班長が嘘を吐いているわけではないご様子。
……魔王様や今後の魔王軍のことを考えればむしろ正しい!
ええ、ええ! そうですとも!
このような方法を考える魔物は過去にいなかった、あなたはすごい方だ!
私もワンダ班長の命令に従うことにします!
あなたの考えを理解できず反発してしまい申し訳ありませんでした!」
ガバッとジットンくんは頭を下げた。
あまりに恐縮したのか、額をガンガンと地面にたたきつけている。
い、いやあ、そこまでしなくていいのに。
ちょっと怖いんだけど。
僕は内心で引きながらも、演技を見せつける。
「よ、ようやく理解したか! オレがいかに考えを巡らせ、行動していたかを!
魔王様に貢献し、魔王様のご意向に従い、魔王様に満足した頂くことこそ喜び!
そのために魔王軍にとって何が重要かを考え続けること!
それがオレ達魔王軍兵士にとって最も必要なことなのだ!」
「ははあっ!
このジットン、ワンダ班長の深謀遠慮を理解できず、浅はかなことを申しました!
今後はワンダ班長の指示に従い、魔王軍に貢献いたします!」
「その意気やよし! オレ様についてくるのだぞ!
にゃっふっふふっ!」
なんだかちょっと行きすぎな気はするけど。
危機は脱した?
脱したんだよね?
やああああああっふぅぅぅぅっぅーーーっ!!
よかったあああああ!
何とかなった。もう本当、頼むよ本当。
いやあ、よかった。説得できたみたいで。
また問題の火種が増えた気がするけど、とにかく危険は乗り切ったわけで。
ああ、でもまた色んな言い訳だったり、嘘八百を並べ立てることになったなぁ。
これからも同じようになっちゃうんだろうか。
……もしもどうしようもなくなったら、みんなを騙していたと公言して、全責任を負うようにしないと。
さすがにみんなを巻き込むわけにもいかない。
そのためにも演技に磨きをかけておこう。
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