第14話 班長!?

 数日ぶりに僕は魔王城前の調達部隊詰め所前にやってきた。

 いつも通り魔物だらけで活気がある。

 人間の街のように露店や店があるわけじゃないんだけどね。

 だから立ち止まる魔物はあまりいない。

 みんな自分の配属部署の詰め所に出入りしてはどこかへ去っていく。


「おお、ワンダ!」


 偶然、コボくんとばったり出くわした。

 嬉しそうに尻尾を振ってこちらへ走ってくる。


「コボくん、調子はどうだ?」

「おお! 絶好調だぞ! 次の任務が楽しみだな!」


 何という天真爛漫さ。

 僕にはない圧倒的な前向きさ。

 羨ましい。

 僕は憂鬱でしょうがないのに。


「そ、そうか……次の任務はもう少し楽だといいが」

「さすがに同じような任務じゃないと思うぞ?

 一ヶ月で三百食は厳しかったからな!

 おいらも、これはダメか、と思った! ワンダがいてよかったぞ!」


 あら、コボくんはわかっていたのか。

 その割に悲観的な言葉は一切なかったけど。

 いや、彼はびっくりするくらい前向きな精神の持ち主だからなぁ。


「次もワンダと一緒の任務だといいな!」

「そうだな、オレもそう思う」


 コボくんとなら楽しくできそうだ。

 ……任務の内容にもよるけど。

 僕達は詰め所に入ると受付へ向かった。

 と。


「むぅ、おまえたちぃ、来たかぁ?」


 声を掛けられた。

 オクロン隊長である。

 別に正確な時間を定められているわけでもないのに、こうタイミングよくあらわれるものだろうか。

 まさか僕達が来るのを待っていたんじゃないだろうな。

 いや、さすがにそれはないよね……。


「こ、これはオクロン隊長。おはようございます!」

「おはようだぞ!」


 僕とコボくんは敬礼する。

 オクロン隊長は満足そうに頷いた。


「うむ。貴様たちぃ、待っていたぞぉ。早速、任務を与えるぅ」


 あ、待ってたんだ。

 暇なのかな、隊長って。

 そう言えば働いているところあんまり見たことないな。

 命令しているところと報告を受けているところばかり見ている気が。

 ……それだけが仕事なのかな。


「はっ! なんでしょうか!」

「今回は……調達任務だ」


 今回『は』って言ってるけど、同じじゃないの。


「食材でしょうか?」

「うむぅ、そうなるなぁ」


 やっぱり同じだけど。

 僕は内心の疑問を口にせず、オクロン隊長の次の言葉を待った。


「次は六百食を一ヶ月で用意するんだぞぉ」

「…………は?」


 え?

 今、なんて言った?

 六百?

 六百食!?

 な、なななな、何言ってんの!?

 前回より増えてるんですけど!?


 コボくんを見る。

 しかし相変わらずのきょとん顔だ。

 さっき三百で厳しかったって言ってたじゃないか!?

 いや、わかってる?

 六百だよ!?

 前回の倍だよ!?


「貴様らならばぁ、簡単であろう? 三百食も六百食も変わらんよなぁ?」


 倍違うでしょうが!

 これが変わらないなら、三百食でいいでしょうが!

 三百でも厳しいんだって!

 前回はドーラちゃんがいたからどうにかなっただけなのにぃぃぃっ!?

 このままじゃいけない!

 絶対無理!

 な、何か言わないと!


「し、しかしさすがに私達だけでは」

「ふふふぅ、それはわかっているぞぉ。我輩も、そこまで無茶を言うつもりはない」


 あ、無茶って理解はしていたんだ。

 でもその無茶を押し通すつもりなんだね。

 もうなんなのさぁ、この隊長はぁ……。

 僕が放心状態の中、誰かが後ろからやってきた。


「この二体の部下を与える」

「よろしくおねがいします。グレムリンのジットンと申します」


 人型で羽が生えており、顔色が悪い。

 ギョロッとした目が威圧的だけど、どこか理知的だった。

 魔物なのにスーツを着ている。珍しいな。

 なんだかクールな感じだ。


「よろしく。あたしはドライアドのドーラ」


 ちょっとニヤニヤしているもう片方の魔物。

 ……え?

 ドーラちゃん!?


「な、なんでここに?」

「言ってなかったっけ? あたし魔王軍の魔物だから」

「聞いてないぞ!?」


 え?

 ええええええ!?

 じゃあ、魔王軍の魔物なのに僕は任務を手伝わせていたってこと?

 しかも人を殺さず村から何も奪わず作物を作る手伝いを!?

 ま、まずい。

 コボくんなら純粋だから信じてくれたけど。

 ドーラちゃんは違う。

 彼女は完全に僕の行動の意味を理解しているはずだ。

 僕は人を殺していないということも知っている。

 隊長に話してたりしたら、終わりだ。

 僕は内心で冷や汗をかきつつ、頬を引きつらせた。


「じゃあ、今話すわ。ということでよろしくね。班長さん」


 ドーラちゃんの言葉に僕は引っかかる。

 班長?

 僕はオクロン隊長に視線を送る。


「うむ。貴様は、今日をもって調達部隊調達班の班長とするぞぉ!」

「班長……? 班長!? ぼ……わ、私がですか!?」


 ええええええええええええ!?

 なんで昇進しちゃってんのさああああああっ!?


「そうだ! 前回の食料調達、見事であったぞぉ!

 食材の品質は素晴らしく、上官殿の評価も非常によかった!

 ゆえに昇進! これは期待の現れだ。報いるために励むようになぁ!」

「お、お待ちを! 私は班長になれる器ではありません!」

「ぶふぉふぉっ! 謙遜するなぁ! 

 あれほどの功績を見せられては誰も文句は言わんぞぉ?

 これからはより精進し、魔王様のために働くのだぁ! 

 それとも何か、上からのせっかくの話を無碍にするとぉ?」


 ギラッとオクロン隊長の目が光る。

 この眼光、本気である。

 僕は咄嗟にいつものを見せた。


「ふ、ふふっ! まさか! このワンダ!

 魔王軍に報いるために全力で働かせていただきましょう!

 我らの手にかかればこの程度の任務、造作もありませんっ!」

「だろう、だろう! やはり貴様に任せてよかったぞぉ!」

 成果を期待しているぞぉ! ではな!」

「あ! ちょ、まっ!」


 オクロン隊長は僕の言葉なんて聞いていない。

 嬉しそうに笑いながらどこかへ行ってしまった。

 なんだ。なんなんだこの展開!?

 僕は昇進なんてしたくない!

 ただ平穏に暮らしたいだけなのに!?

 どうしてこうなった!?

 僕は頭を抱えて現状を嘆いた。

 しかしその現実逃避さえ、一瞬しか許されない。

 僕の肩をちょんちょんとつつくドーラちゃん。


「ほら、班長。指示しないと」


 くっ!? なぜこの子はこんなにニヤニヤしているんだ!

 ぐぬぬっ!

 わかったよ! 

 やればいいんだろ!?

 僕はみんなに振り返り胸を張る。


「ということで、今日からおまえ達の班長になったワンダだ。よろしく頼む」

「おお! よろしく頼むぞ、ワンダ班長!」

「頑張って、ワンダ班長」


 嬉しそうなコボくんと意味ありげな表情のドーラちゃんは両極端な笑顔で言う。

 いや、ドーラちゃんと再会できたのは嬉しいけど、また新たな悩みの種が出来た気が。

 頼むから作物を育てたことは黙っていてほしい。

 それに、もう一体の新しい魔物、ジットンくん。

 彼は何だか頭がよさそうだ。

 コボくんを相手にする時と違って簡単に騙されそうにない。

 胃が痛い! 早退したい!


「どうしました、班長殿? ご指示を」


 ジットンくんが神経質そうな切れ長の目を僕に向ける。

 ぐぬぬっ! 逃れられぬのかぁっ!

 仕方ない。

 腹を決めよう。

 やるしかないんでいっ!


「ああ、そうだな。ではまず詰め所を出るとしよう」

「なるほど。転移場へ向かい、人間の村を襲うのですね」


 また、それぇっ!?

 君ら魔物はほんっとそればっか!

 何かあれば「人間を殺す」か「人間の村を襲う」か「人間の物資を奪う」ばっかり!

 もっと生産的な考えしようよ!

 ほら平和になるために何ができるか考えるとかさ!

 しかしここでうだうだしても始まらない。

 とりあえず転移場へ向かうべきだろう。

 魔界で出来ることはどうせ何もないわけだし。


「……まずは転移場へ向かう。道中で指示を出すことにしよう」

「はっ! かしこまりました」


 敬礼するジットンくん。

 これは真面目タイプかぁ。

 厄介だなぁ。

 どうするかなぁ。

 僕はちらっとドーラちゃんを見た。

 僕と目が合うと、またニヤっと笑った。

 ぐぬぬぅっ!?


 この子、何を考えているのかよくわからない。

 うーん、とにかく移動中にどうするか考えないと。

 六百食かぁ……。

 これ無理だろ。

 前と同じようにやれば、場所さえあればできるかもだけど。

 ドーラちゃん手伝ってくれるかなぁ。

 それに新たな仲間のジットンくんがいるし、不用意なことはできないからなぁ。

 作物を育てる、って言ったら訝しがられて、上に報告されたら終わりだ。

 ああ、もう!

 どうしたらいいんだ!?

 僕は思考を回転し続ける。

 全員で詰め所を出た。

 現状を打開する手段を考え付いてくれと何かに祈りながら、僕は歩き続けた。

 

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