第12話 ワンダが残した勘違い

 一方その頃。チカイ村。

 領主の住まう村から戻った村人達と、一緒に来た討伐隊の兵士達は驚愕していた。


『な、なんだこれはっ!?』


 それもそのはず。

 彼等の目の前にあったのはほぼ無害のままの村。

 奪われたものは一部の食料だけで、それ以外は無事だった。

 それどころか家屋は綺麗に掃除されており、道具類も手入れされていた。

 だから余計に村人達は驚いた。

 魔物に襲われて、村は滅茶苦茶になっていると想像していたのに、戻ったら村は無事だし、むしろ綺麗になっているし、襲ったはずの魔物達はいなくなっていたのだから。


『い、一体どうなっているんだ?』


 村長を筆頭に村人達はわけがわからず戸惑った。

 魔物達は一体どこへ行ったのか。

 自分達がいない間、一体何があったのか。


『村長。何があったのですか? 魔物は一体どこへ?』


 スモル皇国遠征討伐隊長トバルが険しい顔で村長へ詰め寄った。

 散切り髪の隙間から鋭い眼光を放っており、相当な実力を持っていることは明白。

 人間の中でも恵まれた体格で背負った巨大な剣が特徴だった。


『い、いえ! 確かにいたのです! ドラゴンとコボルトが!

 私達は命からがら村から逃げたのですから!』

『しかし実際に何もいない……虚言ということはないですよね?』

『そんなはずはありません! 間違いありません!』


 必死に訴える村長や村人を前に、兵士達も戸惑うばかり。

 あまりの反応にそれは嘘とは思えなかったのだろう。

 兵士達も村人の言葉を否定しきれず、ただただどうしたものかと困っていた。


『そ、村長! こ、こっちへ!』

『なんだ? どうしたんだ?』

『す、すごいことになっているんです!』


 村長は村人に言われて、疑問を浮かべながらもついていく。

 連れて行かれた先には畑があった。 

 しかし以前とは違う。

 それは蘇った畑。

 大半の作物はなくなっていたが、しかし一部には残っていた。

 植えた記憶のないトウモロコシ、そして豊かに実ったジャガイモがあった。

 村長は言葉をなくす。


『どうなんているんだ!? 作物は枯れていたはず! しかも土は死んだはず!

 なぜトウモロコシが!? な、なんだどうなっているんだ!?

 わけがわからない!』


 村人全員が現実を受けいれられない。

 一ヶ月前は何も実っていなかった。

 たった一ヶ月でこの作物たちは育ったということになる。

 そんなことはありえない。

 ではわざわざ別の場所にある作物を植え替えたということか?

 それもおかしい。まったく無意味な行為だ。

 やはり得体のしれない。この作物はおかしい。

 村長がそう怪しむ中、一人の村人が不意にトウモロコシを手にして口にした。


『ば、馬鹿者! 得体のしれないものを口にしては!』

 あわてて口から出すように言う村長に対して、村人は、ぱあっと顔を輝かせた。

『う、うまい! うまいぞ!』


 その言葉を皮切りに一気にトウモロコシを食べる村人。

 その様子を見て、全員が恐る恐るトウモロコシを咀嚼する。

 村長も恐る恐る口にした。


『う、うまい……なんだこの旨味は!? こんなものは食べたことがない!』


 驚きのままに味を噛みしめる。

 これは一体。

 何なのだ。

 神の御業か?

 しかしではあの魔物は一体なんだったんだ?

 いや、考えてみればおかしい。 

 あのドラゴンはわざわざ人語を使い、食料を持って逃げろと言っていた。


 魔物は人間を殺すもの。

 魔物は人間から奪うもの。

 だというのにあの魔物はまるで傷つけずに逃げるように促していた。

 しかも荷物まで持っていくように促して。

 村長は酷く狼狽した。

 わからない。わからないが、もしかしたら……。


『……あの魔物がこの畑を? 村を蘇らせてくれたのか?』

『そ、村長。さすがに魔物がそんなことをするとは』

『し、しかし! あの魔物は我々を傷つけないようにした。

 それに魔物が現れ、一ヶ月で畑は蘇り、道具も手入れされ、村は清掃された。

 この村はもうダメだと、我々が諦めかけていた時にだ!』


 村人と村長が話す中、トバル隊長が会話に入ってくる。


『それは一体どういうことですか? この村はダメだったとは。

 課税は最低限で保障もされていたはず』

『も、もちろん、不満はありません。

 色々と考えてくださって領主様には頭が上がりません。

 しかしご覧のとおり若者がもうおりません。老人や女子供だけでは村を栄えさせるのは不可能でした。

 若い連中は大きな街へ働きに出て戻ってきませんので。

 その上、畑は死に、作物はなく、食料を手に入れる手段が少なくなり、狩猟や山菜採りも魔物のせいで上手くいかず……』


 昨今、僻地の村には魔物の危険性が著しく増大している。そのため村を出ることができる人、特に若者は大きな街へ出稼ぎするか移住をすることが多い。

 小さな村、田舎の村には老人や縛り付けられた子供が残るだけで、次第に人が減っていた。

 必然、村は衰退する。チカイ村も同様だった。

 その上、立地が悪く、簡単に移動もできず、辺りに肥沃な土地がないこの場所では畑はまともに管理できなかった。

 次第に畑は枯れ、作物を得ることはできず、比較的若い連中が魔物と遭遇する危険性がありつつも狩りや山菜の採取をしたり、残り連中で内職をすることで何とか生活していた。

 しかしそれも限界を迎えつつあった。

 そんな中での今回の事件。

 村人達からしたらまるで神の思し召しのように思えても不思議はない。


『…………そうだったのですね。我々の力が及ばす申し訳ない。

 魔物を討伐しきれていれば、このようなことには』

『いえ! 皆さんにはこれ以上ないほどしていただいております。

 村人一同不満はありません。その、しかしやはり厳しい面もあります。

 そんな折に……』

『このような奇跡が起きた、と』

『はい。これは一体、あの魔物は? 神の使いだったのでしょうか?』

『……わかりません。私のような凡人には考えの及ばない領域です。

 このことは領主様に報告させていただきます。もちろん、村の現状も含めて』

『っ!? あ、ありがとうございます』


 村長はトバルに頭を下げる。

 トバルは笑顔で返すと、後に畑を調べた。

 確かにまるで神の奇跡。

 これほどに見事な作物は街でも見たことはない。

 この土地がそうさせるのか?

 土を見てみると、明らかに栄養が豊富で、過去に類を見ない程にふわふわとしている。


『これは……なんという素晴らしい土だ』


 農民の出であるトバルにはこの肥沃な土地の素晴らしさがわかった。

 しかしおかしいことに周辺の土は畑とは違い、普通の土。いやむしろやや枯れている。

 村長の言うように違和感がある。

 この畑の部分だけ異常に豊かなのだ。

 これは人のできることではない。

 ではやはり神の御業だとでもいうのか。


 魔物の事も気になる。

 人語を介する魔物は多くはない。

 言葉を話すのは高位の魔物であることは常識だ。

 ではもしかしたら、高位の魔物の中に人間の味方がいるのか?

 いやまさか。そんな荒唐無稽なこと。

 バカらしいとトバルは思った。

 魔物は人を蔑み、見下し、淘汰し、殺りくする害悪な存在だ。

 決して人と相容れぬ存在。

 魔物が人のために何かするなど、決してありはしない。

 それならば神の御使いが奇跡を起こした、という方があり得る。


 しかし魔物を見たという村人の証言は嘘ではないだろう。

 では本当に、魔物が人のために為したのか。

 トバルは村を見回した。

 これほどに整備された村は見たことがない。

 前情報がなく見れば、の村は恵まれた村だと思うだろう。

 これだけのことを魔物がしたというのか。

 わからない。わからないが、とにかくこの事実は領主様に報告すべきだろう。

 トバルは村人達の涙する姿を見た。

 この所業が魔物の仕業でも神の御業でもいい。 

 ただ今は感謝をしよう。

 トバルは素直にその何者かに敬意を払った。

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