第11話 ドーラはそう思った

 一方その頃。某所。

 青く輝く湖。そこは青々とした木々に囲われた自然の楽園。

 樹木の椅子に座る女の魔物が一体。胸元を露出させ、妖艶さと凄艶さを漂わせたその魔物は悠然として時期を待っていた。

 全身が淡く光る、精霊然とした妙齢の女性。長い緑の髪は煌々と輝き、身体からは魔力が溢れていた。

 下級の魔物とは圧倒的に違うその力の片鱗を隠そうともせずに見せつける。

 種はシルフィード。精霊の最上位に位置する存在である。


「――して、その者は?」


 その女が言った。発声するだけで周りを威圧し支配するような力があった。

 正面で跪く魔物。それはドーラであった。

 彼女は薄く目を閉じ、視線を地面に向けたまま言う。


「ワンダと申しておりました」

「ワンダ……聞いたことがない名じゃ。下級よの?」

「はい。種をケット・シーと」

「外様か。他大陸の出と見てよかろうな」

「仰る通りかと思います」


 女はしなやかに指を頬に這わせる。


「ふむ、面白い。動向を見守るように。その者、もしや使えるやもしれん」

「……はっ」


 ドーラは視線を落としまま答える。

 しかし女は何かに感づき、ピクッと眉を動かした。


「何か問題があるのかえ?」

「……何もございません」

「申せ」


 女はすべてを理解している。

 隠し通せるはずもなく、ドーラは心中を晒すしかない。


「あれはただの下級魔物かと思います。我らの力になるとはとても」

「妾に口答えをすると?」


 ドーラは恐れに目を見開き、すぐさま額を地面につけた。


「め、滅相もございません!」


 ドーラの身体は震えていた。

 その態度は恐れ以外に敬服が含まれている。

 女は慈愛の目をドーラに向けたまま。

 そこに怒りや驕りはない。


「よい。許す。なに、ただの戯れよ。期待はしておらん。

 ただ面白いと思うてな。そなたがまさかそれほどに手を貸すとは思わなんだ」

「わ、わたくしはただ……あの者の動向を見守り、意図を推し量るために」

「だがそちがあそこまでする必要はあるまい?

 一ヶ月もの間、内包した魔力を使い、かなりの疲労があったはず。

 まさか気分屋の土の妖精まで使役するとはな。説得も大変であったろう?」

「……いえ、妖精達は乗り気でしたので」

「あの者どもが? それはまた面白い。それほどワンダという魔物を気に入ったか。

 その者、我の配下にすべきかのう?

 さすれば土の妖精達の助力も容易になるであろうて」

「お戯れを」


 女は妖艶に笑う。厳かながらどこか少女らしさの漂う声音であった。


「すべては必然か? それとも偶然か。まるで示し合わせたかのように。

 そうは思わぬか?」


 確かにあれは偶然だとは思えなかった。

 ワンダの置かれた状況に、まるで自分という存在が用意されたかのような。

 もしもドーラがいなければワンダの目的は達成できなかったはずだ。

 土の妖精も妙に協力的だったのもの不思議だった。

 普段はよほどのことがない限り、積極的にはならない。


 では、すべては必然だったのだろうか。

 仮にドーラがいなくても……もしかしたら別のドライアドがいたのか。

 あるいは別の何かが起こり、ワンダの目的は達成されていたのか。

 誰も意図はしていない。恐らくはワンダ自身も。

 何か見えない何かによって引き起こされたのではないかとドーラはふと思い、そして頭を振った。

 そんなまさか。あり得ない。

 あれはただのどこにでもいる魔物だ。


「……私にはわかりかねます」

「ふっ、まあよい。小物が何を思い、何を為そうとしているのか。興味深い。

 あれは魔物の異端。異物は排除されるかあるいは……」


 ドーラは恐る恐る顔を上げた。

 そして女の次の言葉を辛抱強く待った。


「あるいは、すべてを飲み込むか。それもまた一興よの」


 ドーラは再び視線を落とした。

 愉しく笑う女の顔を、ドーラは久しぶりに見た。

 ゆえに思う。

 ワンダという魔物は何かの楔になると、期待していらっしゃるのだろうかと。

 もしもそうならばそれは過剰な期待ではないか。

 主の考えを否定するわけではないが、どうしてもあの魔物が何かをなすようには思えない。

 良くも悪くも小物だ。

 別に見下すわけでも蔑むわけでもない。


 面白い魔物だとは思う。少しばかり興味もあるし……好印象でもある。

 ただ主の望む相手だとは思えないというだけ。

 しかし、そうか。

 引き続き彼等を見守ることになったのか。

 少し楽しみかもしれない。

 ドーラはそう思った。

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