第2話 空気が美味いぞ!

 僕達、魔物が住んでいるのは魔界と言われる場所だ。

 魔界と言われているが、要は大陸北部に位置する魔物が住まう土地のことだ。

 土地は土か砂か岩、枯れた木々や動物の骨ばかりで緑はほぼない。


 魔界の北部は絶壁、その下には海がある。

 船で上陸するのは不可能なので、人間が北から攻め込むことはまずない。

 さらに西南東すべてにおいて鬱蒼と茂った森か高い山々が立ち並んでおり、人が通ることは困難と言える。

 つまりその森や山を越えた先に、人の住まう村や町があるわけだ。

 人間に超えることは難しいが、身体能力が人よりも圧倒的に高い魔物にとっては不可能ではない。

 また人間には知られていないと思うけど、転移魔方陣が敷かれているため、短時間で魔界から外へ移動することも可能だ。


 僕とコボくんは魔界内にある転移場から魔界の外へと転移していた。

 足元には何かの文字と図形が描かれた魔法陣が光っていたけど、すぐに光は消える。

 四方にはこの場所を隠すための不可視の仕掛け、黒水晶が置かれた小さな塔が備え付けられていた。

 これ本当に便利だよなぁ。人間はまだ気づいていないんだろうか。

 ただ転移できる数は少ないし、再使用まで時間が少しかかるから、大所帯での移動には向いてないんだよね。

 僕達は転移場を出て森に入った。


「で、どこへ行くんだ!?」


 興奮状態のコボくん。

 鋭い牙が見えるので、なんだか怖い。頼むから僕を食べないで欲しい。


「ま、迷いの森を抜けた先に人の村が幾つかある。そこへ行くつもりだ」


 僕が住んでいた森のことだ。

 長年住んでいたため、さすがに近場の情報はある。

 そのため魔界に近い村のことは知っていた。


 確か僻地なせいで寂れた村で、傭兵や兵士はいないとか聞いたような。

 まあ、この情報も曖昧だ。

 森を散歩していたらたまたま人間がいて、話をしていたのを聞いただけだし。

 大分前の話だし。

 ただ他に情報もないし、とりあえず行ってみようと思ったのだ。


 だけど村に行ってどうするかまでは決めていない。

 うーん、争いもなくただ物資を下さいと頼めば応じてくれないだろうか。

 無理か。無理だろうな。

 なんてことを考えていたらコボくんが嬉しそうに言った。


「ワンダは物知りだな! そこに行って殺すんだな!?」

「い、いや殺さないけど」


 不意に言われて、無意識の内に否定してしまった。

 まずい! なんてことだ!

 演技を忘れて、普通に答えてしまった。

 殺? 殺なの? ころころされちゃうの!?

 僕は勢いよくコボくんに振り返る。

 と。


「殺さない? 殺さないのか? どして?」


 きょとんとした表情のコボくんがそこにいた。

 あれ? 別に怒ってない?

 訝しがってもいない。


「い、いや、ほら、殺せって任務じゃないからな!

 優先すべきは食料と装備を調達することだから、そこを忘れたらダメだろう?」


 適当に言い訳を並べ立てた。

 さすがに苦しい言い訳だ。

 なぜなら魔物は人を殺すことが当たり前だと思っているし、あえて避ける必要がないからだ。

 これは墓穴を掘ったかと思ったが、


「おお、確かに、そうだな! 殺す任務じゃないな!」


 と、コボくんはなるほど、と手をぽてんと打った。

 え? うそ、納得したの?

 いやいやコボくん? それはさすがに?

 だってさっき魔王様が人間を殺せ、滅ぼせ、って言ってたんだよ?

 わざわざ殺さないなんて選択肢ないじゃない?

 しかしコボくんは気にしていない様子。


「じゃ、じゃあ、殺さない方向でいいか?」

「うん! 任務じゃないもんな!」


 うん、って。あーた。

 あ。わかった。この子、おバカちゃんだ!

 なんか自分だけ肩に力が入ってた感じだ。

 もしかしたらコボくんも僕と同じで人間を傷つけたくないなんて考えてたりしないかな。

 しないか。してたらあんなに嬉々として殺そうって言わないもんね。


「なんかぽかぽかするなぁ。魔界の外に出るのは久しぶりで、空気が美味いぞ!」


 魔物らしからぬ反応だ。

 通常、他の魔物なら「やっぱり外はいいなぁ、人間の美味そうなニオイがするからなぁぁぁあっっ!」とか言って涎を垂らすはずだ。


「今日は天気がいいからだろう。絶好の任務日和という奴だな」

「そうか! だからぽかぽかするのかぁ ワンダは物知りだなぁ!」


 くっ! なぜだか気を抜いてしまいそうになる。

 ダメだ。流されてはダメだ!

 おかしい。これはコボくんが醸し出す空気のせいか。

 この邪気の欠片もない、コボくんの真っ黒な目を見ていると、なんだか心が穏やかに。

 いや、落ち着け僕。この子、さっきまで「人間、殺す!」とか言ってたから。

 まともじゃないから。ヤバい魔物だから。


 気を抜きすぎてはいけない。

 まだ何も解決していないのだから。

 僕が立ち上がると、コボくんも立ち上がった。

 なんだかさっきよりも尻尾が激しく動いている気が。


「とにかく行くぞ!」

「うん、行こう! 人間を殺し……じゃなくて、殺さなくて、飯を奪おう!」


 うんそうだぞ、コボくん。

 偉いぞ、ちょっとは物騒じゃなくなったね。

 内心で褒めていたら、コボくんが鼻を鳴らして森の奥へ行こうとした。


「お、おい! コボくん! どこに行くつもりだ!?」

「くんくん! 何か変なニオイがするんだ!」


 このままだとどこかへ行ってしまいそうなので、僕はコボくんの手を握って引っ張った。


「こ、こっちだ! そっちじゃない!」

「ニオイが! くんくん! なんだ、この癖になる感じ!」


 僕はコボくんを強引に引っ張ると、村へと向かった。

 まったく移り気で困るよ。

 でもコボくんのことがちょっとわかった気がした。

 ちょっとおバカだけど悪い子じゃないのかも。

 僕はまだ何かを気にするコボくんを連れて道を歩いた。

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