勘違い無双 ~弱い魔物なのになぜか昇進しまくるので、魔王になることにした~

鏑木カヅキ

第1話 魔界にはヤバい魔物しかいません

 黒い空の下、魔王城前に集まる魔物達の中に僕はいた。

 魔物の数は万を超えている。

 それもそのはず、だって魔王様のお言葉を賜るのだから。


 騒がしい中、魔王様がテラスに現れた。

 すると一気にしんと静まり返る。

 真っ白な髪と灰色の肌、真っ黒な目に紅い瞳が浮かび上がっていた。

 身体はとっても堅そうな外殻に包まれていて、豪華なマントを羽織っている。

 初めて拝見したけど、何というかすごい威圧感だ。


「人を滅ぼせ」


 一言、そう漏らした。

 あまりの迫力に僕は生唾を飲み込む。


「人は我らの敵だ。人はこの世に存在するべきではない汚らしい存在。

 ゆえに滅ぼせ。蔓延る人間をすべて屠れ。それが我が望みだ」


 物音一つない空間に小さな音が響く。


「……せっ」


 誰かが言った。


「……ろせっ」


 誰かが続いて言った。


「「殺せっ!」」


 何人かが明確に言った。


「「「「「殺せッ! コロセッ! コォロォセッッッ!!!!」」」」」


 地鳴りとなって辺りに響き渡る叫び。


「ぶっ殺せ! 人間をぶっ殺せ!」


 僕も叫んだ。あらん限りに叫んだ。

 爪を出して、全身の毛を逆立てて、牙を見せつけ、叫んだ。

 尖った耳が不意にピクピクと動く。

 きっと僕の目は縦真っ直ぐに細くなっているだろう。

 そこには狂気と殺意しかなかった。

 魔王様は僕達の反応に満足したのか、テラスから御姿を消した。


「うおおおお! 殺すぞ! 殺すぞ!」


 血の気が多い魔物達が叫びながら巨大な武器を地面にたたきつける。

 ゴブリン、オーク、リザードマン、コボルト、グレムリン、インプ、サキュバス、スライム、トロール、サハギン、ケンタウロス、ドラゴニュート、ハーピー、グール、ゾンビ、スケルトンなどなど。

 そこにいた魔物達は結束して人間達に敵意を持っていた。


「各隊任務を与える! 各々の担当場所へ戻るのだ!」


 いつの間にかテラスにいた魔将軍様が声を張り上げていた。

 金色でとても堅そうな見た目をしている。

 確か魔将軍様はゴーレムだったはずだ。

 激情のままに全員が自分達の配属の場所へと戻っていく。

 目を血走らせて、厳めしい顔つきのまま、叫びながらずんずん歩く魔物達。


「「「「ころっせ! ころっせ! 人間は全部、ころっせ!」」」」


 誰かが最初に言った言葉に続いて、同じように人を殺せという言葉を叫ぶ。

 当然、僕も同じように叫んだ。

 闊歩する魔物達に紛れて城から離れる。

 城周辺は広場になっており、詰め所や見張り塔があるだけだ。

 そこから離れると段々と城が小さく見える。

 集団の数も減る中、僕は徐々に歩く速度を緩めた。


「こっろせ! こっろせ……ころせぇ……ころ」


 声を徐々に小さくして、先に進んでいく集団を見送ると辺りを見回す。

 枯れた木々が沢山ある場所だ。

 僕はさっと木の陰に身を隠した。


「あああああああああああ! ど、どどど、どうしよう!?」


 僕は頭を抱えて叫ぶ。

 思ったよりも声が大きかったので、慌てて周囲の様子を探った。

 誰もいないみたいで、僕はほっと胸をなでおろす。


「ううっ、な、なんでこんなことになっちゃったんだ……。

 僕はただ静かに森に棲んでいただけなのにぃっ!」


 最近のことである。

 僕は森に棲んでいた。平穏な生活で争いとは無縁だった。

 僕はケット・シーという猫の魔物で、ここら辺では珍しい種類だ。

 そのため仲間がいないので僕だけで生活していた。


 魔物が棲む魔界にも平穏な場所がある。

 魔界と人間界の境界部分、そこら一帯は森や山に囲まれていて、動物や小さな魔物はいるが、比較的安全だ。

 人はそれなりに近くにいるけど、魔界の方に来る人間はまずいないため、人と関わることはまずない。

 魚を捕ったり、山菜を採ったり、草に猫パンチしたり、マタタビを決めたりと平和な毎日を送っていた僕だけど、ある日、魔王軍に属するように通達が来た。

 断るわけにもいかず、僕は魔王様の配下となったのだ。


 魔界に住む魔物なのだから、魔王様のために働くべきなのかもしれない。

 でも僕は……。


「ううっ、戦いたくないよぉ」


 僕は言葉を喋れることとちょっとした能力がある以外は、ほとんど役立たずだ。

 はっきり言って戦う能力は皆無だと言える。

 それに自分で言うのもなんだけど、気が弱い。

 戦うことはしたくないし、誰かを傷つけることも嫌だ。

 想像しただけで涙が出てきそうになるくらいだ。


 でも、入軍は強制。

 断れば死なのだ。

 現実は僕に追い打ちをかけてきたのだ。


「な、なんでみんなあんなにヤバいんだよぉ……

 全員目が血走ってたし、殺せ殺せって、怖すぎるよ!

 なんであんなに血の気が多いのさ!」


 他の魔物と接する機会がほぼなかった僕にとって衝撃的だった。

 まさかあんなに凶暴で人を敵視していたなんて。

 怖い! 怖すぎる!


 かといって平和に話し合いで解決しましょうなんて言ったら多分僕が殺されちゃう。

 結果、本意ではないけど、僕はみんなと同じヤバい奴を演じているのだ。

 そうしないと「あれ、あいつヤバくなくね? ヤバくない魔物はヤバくね? 殺しちゃう? 殺しちゃおうかぁぁ!?」となりそうだからだ。

 いや、ほんと。魔物ってヤバいんだからね!


「しかしどうしよう……戻って指示を受けないといけないんだよね。

 僕、人を殺さないといけないのかなぁ。やだなぁ。

 人も魔物も傷つけるのは嫌だよ……というか僕にそんな力ないけどさぁ」


 僕の配属先は調達部隊。食料を主とした物資を入手するための部隊だ。偵察、調査、討伐、戦闘などの戦う可能性が高い部隊に比べると多分マシだけど、それでも危険な任務がないわけじゃない。

 僕は項垂れて、木に手をついた。

 どうしたものか。このまま森に帰っちゃおうかな。

 ダメかな。処刑されちゃうかな。されるんだろうな。


 僕は魔王様の顔を頭に浮かべた。

 すっごい怖かった。命令違反なんて絶対許してくれそうにない感じ。

 魔王様の部下である僕の上司もきっとそうだろう。


「はぁぁぁぁ、どうしよう、ほんっとどうしよう」

「なあにぃをしとるんだぁ、貴様ぁぁ!?」

「ひぃっ!?」


 いつの間にか僕のすぐ横に誰かが立っていた。

 妙に低い声音が聞こえた瞬間、僕はその場で飛び上がると、木に登ってしまった。

 ぶるぶると震えて声の主を見ると、怪訝そうに僕を見上げていた。

 豚だ。いや二足歩行の豚だ。いや違った、オークだ。

 しかも見覚えのある鎧と顔をしている。


「こ、これはオクロン隊長ではありませんか」


 僕は怯えを強引に抑え、木からそそくさと飛び降りる。

 すぐに膝をついて、頭を垂れた。

 ちなみに僕は普段、二足歩行だ。見た目はただの大きな猫なんだけどね。

 歩きやすいようにちょっと人型にしている。人型っていうと怒られるけど。

 もちろん服は着てるよ。恥ずかしいもんね。


「貴様ぁ、我が隊の……なんだったか?」

「ワ、ワンダでございます」

「おお、そうだぁ。ワンダだったな! 種族は、あー、えーと、化け猫だったか?」

「ケット・シーでございます」

「おお、そうだぁ。忘れておったわぁ! がはは!」


 豪快に笑うとだらしない口から唾液が飛び散る。

 きったないよ! 口を閉じてよ!

 なんてことは言わず、僕はじっと黙して耐える。

 このオークは、調達部隊第十五隊のオクロン隊長だ。

 僕の上司になる。

 笑っていたオクロン隊長だったけど、不意に真顔になった。


「で、ここで何をしておるんだぁ?」


 僕は一瞬で張り詰めた空気を感じ取った。

 これは返答を間違うと殺されちゃうかも。

 実際、仲間の魔物を平気で殺すような魔物もいる。

 ほんと何がきっかけなのかわからないくらい、いきなり殺しちゃうんだ。

 怖い。怖すぎる!


 僕はうるさいくらいに動いている心臓を無視して、これみよがしに口角を上げる。

 目を見開き、爪を見せつけ、毛を逆立てた。

 ちなみにこの姿はちょっと変化を加えてヤバい奴風を演出しているのだ。

 目を血走らせて、はあはあと荒い息を吐きつつ、僕は言った。


「人間を殺したい衝動が強すぎましてねッッ!

 くくく、この爪で、奴らの柔肌を切り裂くことを想像するだけでたまりませんよぉっ!?

 にゃふふッッ!」


 なんだよ、にゃふふって、演技の方向性間違っちゃったよ。

 僕は出来るだけ狂気的な魔物を演じてみた。

 大丈夫かな、魔物っぽく見えただろうか。

 ちらっとオクロン隊長を見る。


「ほほう、それは良い心がけだぁ!

 魔王様も、貴様のような魔物がいると知ればぁ、お喜びになるだろうぉ!

 がふぁふぁっ!」


 ご機嫌だ。どうやら満足いくような演技ができたらしい。

 僕は内心で安堵する。

 とりあえず、窮地は脱したようだ。

 しかし長居すると危険な気がする。

 僕は、狂気的な呼吸を見せつけながら、オクロン隊長に背を向けた。


「はぁ……はぁっ! では私はこれで!」

「おい、待て。貴様、任務は与えられておらんだろうぉがぁ?」


 ぐっ、この隊長、覚えていたのか。

 それはそうだろう。一応、上司だし。

 いやもしかしたら、ほら、忘れている可能性もあったしさ。

 なんか、申し訳ないけど、ちょっとおバカっぽいし。


「そ、そうでしたな! この衝動を抑えることに必死で、失念しておりました!」

「ぶほほっ! 何ともやる気に満ちておるなぁ!

 いいぞぉ、そんな貴様にはぁ、重要な任務をぉ、任せようではないかぁ!」


 えええええええええええええええええ!??

 やだあああああああああああああああ!!!

 そう叫びたい衝動をギリギリで抑えた。


 僕は殺意の衝動なんてない! 

 逃げたい衝動に駆られ続けているだけだ!

 戦いとか無理だから。人を殺すのも無理だから!

 どうしよう、人の村に行って全員殺せとか言われたら!


「貴様には人の村へ行ってもらう!」


 無理ぃぃぃぃぃぃーーーーーーっ!!!

 僕は人を殺したくないし、傷つけたくないし、平和に生きたいし、死にたくもないし、むしろ逃げ出したいだけなのにぃぃっ!

 ああ、終わった。僕の命はもう風前の灯だ。

 もう死ぬ。死んじゃうんだぁ。

 しかし、一応任務の内容を聞いておかなければなるまい。

 せめて自分が死ぬ原因は把握しないと。


「ち、ちち、ちなみにどのような理由で?」

「食料の調達だぁ」


 思ったのとは違った返答だった。

 まあ調達部隊だし、当然といえば当然の命令だ。

 あれ、もしかして荒事じゃない?

 まさか交渉してこいとか?

 何かと交換して食料を貰う、とか。

 いやまさかね……。


「しょ、食料の調達、ですか? ではなぜ人の村に」

「ふむ、貴様はあれか、田舎者だったなぁ。

 ならば知らんだろうがぁ、軍に所属する魔物の数は尋常ではないのだぁ。

 だからなぁ、周辺の森で狩りをしたり、採集しても間に合わんのだぁ。

 もちろん、調達部隊の一部はそういった任務を担っておるがなぁ。

 しかしそれだけでは賄えん。そこで人間から食料を初めとする物資を奪う。

 それが貴様の主要な任務となるというわけだぁ!

 これは調達部隊の中でも重要、かつ危険な任務だぞぉ!?

 成功すれば昇進も夢ではない! ……かもしれん」


 かもしれないんだ……。

 いや、そもそも僕は昇進したくはないんだけど。

 でも、思ったよりまともな任務かも。

 いや、人から物資を奪う時点でまともじゃないか。


 やっぱダメだ。

 これダメな任務だ。

 人の村を襲うなんて僕にはできないし、したくないし。

 まあ、でも人を殺せ! みたいな任務ではない分、マシと言えばマシなのかな……。


「初任務だからな、貴様だけでは務まらないだろう? この役立たず……間違えた。

 この優秀な奴を連れていくのだぁ」


 役立たずって言った。

 言ったよね!?

 オクロン隊長の巨体の後ろから、スッと誰かが現れた。

 犬だ。犬の顔をしている、二足歩行の犬。

 コボルトって種類かな?

 ぼろ布を着て、腰にこん棒を差している。

 なんか、失礼ながらちょっと貧相というか、大丈夫なのかなこの魔物。


「おいらはコボだぞ! よろしくだぞ!」

「ぼ……お、オレはワンダ。よろしく頼む」


 元気一杯に挨拶をするコボくん。

 はっはっと息を吐き、尻尾をブンブン振っている。

 なんだかちょっと嬉しそうなのはなぜだろうか。

 クリっとした目ともふもふとした毛並はちょっと可愛いかもしれない。


「一緒に人間をぶっ殺すんだぞ! おいら頑張って血だまり作るぞ!」


 コボくんは僕の手を掴んで荒々しく上下に振った。

 前言撤回だ。

 可愛くない。怖い。この子、怖いよ!

 やっぱり魔物ってヤバいよぉ!


「村は自分達で適当に、ではなく……吟味して決めるがよい! 期限は一ヶ月!

 それまでに二百食分、いや、やっぱり三百食分の食料と、ある程度の装備類を持ち帰るように!」

「三百食分!? あ、あの、それはちょっと多すぎるのでは……」

「ちなみに失敗したらぶっ殺……ではなくちょっとした処罰があるからなぁ!

 では行ってくるがよいぞぉ!」

「隊長殿!? 最後にヤバいこと言ってましたよね!? ちょっとお待ちを!

 隊長どのぉぉぉっ!」


 僕の静止の声を聞かず、オクロン隊長はドシドシと歩いてどこかへ行ってしまった。

 あれほどの巨体でありながらなんとも迅速な行動だ。

 もしかして面倒な任務を強引に任されただけなのでは。

 内容もかなり適当だったような。

 いや、今考えるのはそんなことじゃなくて。


 ど、どうしよう。

 え? 本当に村を襲いに行くの?

 そんで食料とか装備とか色々奪ってくるの?

 しかも失敗したらコロコロされちゃうの?


 僕はちらっとコボくんを見た。

 嬉しそうに口を開いて、僕を見つめてくる。

 尻尾は相変わらず激しく動いている。

 見た感じ、戦闘能力が高いとはあまり思えない。

 というか戦ってほしいとは思わないし、戦わずにすべて上手くいって欲しいけど。

 二足歩行の猫と犬。

 なんて頼りない二体なのか。


「ワンダ。行かないのか!? 人の村に行って殺しまくるんだろ!?」


 こん棒を振り回しながら、やる気満々アピールをしてくる。

 そのやる気、いらないから!

 しかし彼も魔物。他の魔物と同じように、僕にやる気がないとわかれば、牙をむいてくるかもしれない。いや牙じゃなく、こん棒でぶっ叩いてきそうだ。

 いやだな、痛そうだし……。

 そうならないように、どうにか立ち回らないといけない。

 どうしようか。どうすればすべて解決できるんだろうか。


「……い、行くか」

「うん! 行こう! 殺そう!」


 無邪気に怖いことを言うコボ君と共に僕はその場を後にした。

 向かう先は人の村。

 先を考えると不安しか浮かばず、僕は静かにため息を漏らした。

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